過ち
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やったよこれ。
やっちゃったよこれ。
はぁ…と頭を抱えた私は隣でスヤスヤと寝ている男を見る。
彼は清田信長。職場の同期仲間。
そしてここは私の部屋。
時刻は…ベッド脇に置いてある時計を見ると『7:10』とデジタル表示されていた。
もちろん朝の7時。
えっと……昨日は、とベタに昨日のことをゆっくりと思い出してみる。
昨日は仕事が終わったあと、同期飲み会があって…
というより、同期飲み会という名の彼氏と別れた私のなぐさめ飲み会だったけど。
別に私から別れを切り出したんだから、なぐさめなんていらないのになぁ。
しかも別れてからもう2ヶ月たってるし。
けっこうみんな飲んで、2軒目にいつものお店行って……
信長が家まで送ってくれたんだっけ。
ーーーーで?!
それでなんで2人同じベッドで寝ているの?
しかも裸で。
どうしてこうなった?!
パニくる自分を落ち着かせるため、私は信長を起こさぬよう、そっとベッドから降りて部屋を出た。
服を着て、キッチンでお水を飲む。
トン、とグラスを置いて再び昨日の事を思い出した。
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「お前飲みすぎじゃね?」
「大丈夫!だーいじょぶ!」
そんな事を言いながら2人で歩いてたんだよね。
で、うちに着いた時にーー
「……元気出せよ」
信長が私の頭にポン、と手を乗せイキナリ言い出すもんだから、その優しさにちょっとキュンとしちゃって……
あ、そうだ。
抱きついたんだった。信長に。
2人とも気持ちよく酔ってたせいもあって、アレよアレよという間に、、、という事だった。
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回想をやめてもう1口お水をグビっと飲んだ時、ガチャリと寝室のドアが開く音がした。
もちろん寝室から出てきたのは信長だ。
「…はよ」
目は合わさずともちゃんと挨拶をする事に信長らしいな、と少しおかしくなる。
「おはよ」
けれどやっぱりその後の言葉は2人して出てこない。
壁にかけてある時計の秒針の音だけがカチ…カチ…と部屋に響いている。
ーーと、その時信長が大きな声を出した。
「やべぇ!遅刻する!!家帰ってシャワー浴びて…ギリギリじゃねえか!!」
バタバタと自分のカバンを持ち、玄関へと走り出し靴をはく。
シャワーならうちで浴びて行けば……という私の言葉も遮って。
「……じゃ、また会社でな」
最後は小さく、気まずそうにそう言ってうちを出ていった。
1人部屋に残された私は、考えることを放棄してシャワーを浴びるため浴室へと向かった。
が、嫌でも色々と考えてしまうわけで……
もちろん信長のことは嫌いじゃないし、部署は違うけれどみんなのマスコット的存在の信長に何度も助けられたことがある。
けれど、それはあくまでも職場の同期として。
好きとか、付き合うとかそんな事はまったく考えたことがなかった。
「まなみ…」
私に覆いかぶさり聞いたことの無い低い声で囁く信長を思い出し、私は全身が熱くなるのを感じた。
思わずシャワーの温度を下げ冷水を頭からかぶる。
「つめたっ!!!」
そんなバカなことをして私は浴室から出た。
そして会社へと向かうのだった。
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「信長!おはよ!!」
「うわぁっ!!!」
出社するとフロア前の廊下で、朝の挨拶と共に肩をポンと叩かれた。
そんないつもの事にオレは身体を大きくビクつかせ驚く。
「どしたの?」
声をかけてきたのは同期の女性社員だった。
「な、なんでもねぇよ…おはよ」
その子はオレのそんな反応を不思議そうな顔で見てくる。
「そーいや昨日ちゃんとまなみを家まで送ったー?」
ぎくーーーーー!!
まさにそんな効果音が聞こえてきそうだった。
オレの、だけどな。
「おおおお、送ったに決まってんだろ!!」
「なにその反応…あっ、もしかしてーー」
「なっ、なんだよ!!」
「やっと告ったの?!」
「告ってねぇよ!!……告って…ねぇよ」
オレはその場に頭を抱えてしゃがみこんだ。
「おーい信長?」と頭の上から声が聞こえてきてはいたが、答える気になんてならない。
そうだ。
昨日結局オレは、何一つ自分の気持ちを伝えることができなかったんだ。
ずっと好きだったまなみに。
オレは入社してすぐまなみを好きになった。
けど、アイツには彼氏がいて…なんにもできなくて。
何度も諦めようとしたけど、やっぱり好きで諦める事なんてできねぇ!!って思っていた矢先に彼氏とは別れたって聞いたから、よっしゃ!これからだぜ!!!なんて意気込んでいたんだ。
なのにーー。
なに先に手ぇ出してんだオレは!!!!
……でもあんなん手出さない方が無理じゃね?
むしろ手出さなかったら失礼じゃね?
いや、違うだろ。
手を出すのは仕方ない。あんなん仕方ない。
……ちゃんと気持ちを言えよ、オレ。
ゆっくりと立ち上がり前を見ると、少し先からこちらへ歩いて来る人物とバチッと目が合った。
その人物とはまなみだ。
オレは思いっきり目を逸らし足早にその場を去った。
もちろん心の中で「だからなにやってんだっつの!」と叫びながら。
ブブッ
仕事中デスクの上に置いてあるオレのスマホが震えた。
どうやらLINEが届いたらしい。
そして送ってきた相手の通知を見て、オレは心臓が止まりそうになる。
『まなみ』
送り主はまなみだった。
『なに避けてんの』
メッセージはこの一言。
怒ってるのか、悲しんでるのか、からかっているのか、なんにもわかんねぇ一言だ。
オレはそんなLINEのメッセージに対して返信ができなかった。
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既読スルーですか。
私はスマホのLINE画面を見て眉をしかめる。
思いっきり信長に避けられた廊下でのあの光景が、ずっと頭の中でグルグルと駆け巡っている。
違う部署でよかった。
きっと時間がたてばまた前みたいに、フツーの同期仲間に戻れるはず。
けど……
ホントにこのままでいいの?
真っ暗になったスマホの画面を見つめながら、私は信長の顔を思い浮かべた。
今までたくさん一緒に笑ったり、怒ったり、泣いたり…はしてないか。
バカな話もたくさんしたし、愚痴もたくさん言い合ったりもした。
きっと思い出せないような些細な出来事も、信長とならたくさんあるはずだ。
時間がたてば元通り?
ううん…きっと時間がたてばたつほど私たちは元通りには戻れない。
ズキズキと音を立てている胸の痛みと、黙っていると溢れ出てしまいそうな涙をこらえ、私は目の前のパソコンを打ち始めて仕事を再開した。
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「待って!!!」
大慌てで止めたのは、上りのエレベーター。
これを逃すと15時からの会議に間に合わなくなると、私は走りながら必死に叫んだのだ。
「……何階?」
エレベーターの中にいた人物に聞かれ、階数ボタンを見ると私が行く階がすでに押され光っていた。
「あ、同じ階で…」
言いかけた私は言葉を失った。
先に乗っていたのは信長だったから。
「…お前も会議出んの?」
「う、うん……」
上の階へと進むエレベーターの中は無言になる。
ーー私と信長の2人だけを乗せたエレベーターの中は。
目的の階まではまだかなりある。
「既読スルーですか」
私は信長の顔を見ずに話しかける。
「い、いや、そんなわけじゃねぇよ」
「じゃあどんなワケですか」
「どんなって…だってお前っ…」
ポーン。
エレベーターは目的の階よりかなり前の階で止まった。
1人、職員が中へと入ってくる。
「………」
「………」
もちろん私たちは無言になる。
そして私たちの他に乗っていた職員が先に降り、再びエレベーターの中は私と信長の2人きりになった。
「…なかったことにしよ?」
私の言葉に信長は少し怒ったように「は?!」と言った。
「だって、そうでもしないとフツーに戻れないじゃん。私たち」
「お前はなかったことにしていいのかよ」
エレベーターという箱の中で距離をあけている私たち。
まるで心の距離のようだ。
お互いの目は合わないでいる。
「……だって嫌なんだもん」
「嫌だって…何がだよ」
「……信長と距離ができるのは嫌なの」
私は書類を持っている手にぎゅっと力を入れた。
「お前…それって」
「信長が離れていくのは嫌だよ…」
私はきゅっと信長の腕の裾を掴みながら言った。
信長は何も言わない。
……それが答えか。
そう思い私はゆっくりと掴んでいた裾を離そうとした、その時。
ガバッと勢いよく信長に抱きしめられる。
抱きしめられる、というより抱きつかれる。
「え?!ちょっと…」
「そんなのお前…オレの事好きって事じゃんか」
「………悪い?!こんな風になんないと気付かないとかバカだ…」
私の言葉は塞がれる。
昨日も重なった信長の唇によって。
2人きりのエレベーターの中には唇を何度も重ね合う音が響く。
息苦しくなるほどに。
「のっ、信長っ……」
やっと解放された私は彼の名前を呼ぶのが精一杯だった。
そして今日初めて信長と目が合う。
「誰が好きでもねぇ女とヤるかよ」
手を握りながら、私を真っ直ぐに見つめるその目は真剣そのものだった。
「え…て事は、信長って私の事好……」
ポーン
なんてタイミングなんだと恨みながらも、エレベーターのドアは開く。
「あらま」
開いたドアの先にはそう言って佇む清掃員の中年女性の姿。
その目線は繋がれている私たちの手に向かっている。
私たちは慌てて手を離した。
「うふふふ。どーぞ、どーぞ。次ので行くわ」
女性はニコニコと笑いながら、私たちにそのまま行くよう促した。
その心遣い感謝して、私たちはドアを閉めた。
「……いいおばちゃんだったな」
「うん…けど!清掃員さんでよかったよ!他の職員だったら…ましてや上司とかだっ…」
再び私の唇は塞がれそうになったが、私はソレを手で阻止する。
「どんだけすんのよ!」
「いいじゃねぇか!やっとなんだからよ!!」
「……やっと?」
すると信長はわかりやすく私から目を逸らした。
「やっと…ってどゆこと?」
「…………ずっと好きだったんだよ!まなみの事!!」
顔を赤くし、そっぽを向きながら信長は答えた。
そんな信長に私は嬉しさとおかしさが同時に込み上げてきて、思わず笑ってしまう。
「笑うんじゃねぇよ!」
ポーン。
エレベーターは目的の階へと着き、ドアが開く。
廊下へ出ようとした時、グッと信長に腕を掴まれる。
「オレはこれから一生、お前を手放す気なんてないからな」
そう言ってパッと掴んでいた腕を離した。
そしてニカッと笑い「会議早く終わるといーな」と言って歩き出した。
もちろん私たちは肩を並べて歩く。
きっとこれからの人生もずっと並んで歩いて行くのだろう。
無邪気な笑顔のあなたと一緒に。
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