渇望
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「なんか最近仙道くん遊んでくれなくなったよねー」
「あ、やっぱり?!私だけじゃないんだ」
お昼休みの女子トイレでは女子職員のこんな会話が飛び交っている。
危うく私は歯ブラシを喉に詰まらせるとこだった。
「えぇーいよいよ本命できちゃったのかなぁ」
「あの仙道くんがぁ?!まさかぁ」
ですよね、そう思いますよね。
仙道の女好きは有名だったし、誰も本命になんてなり得ないって。
私もそう思っていたもの。
その『まさか』が自分になるなんて。
相も変わらず全力で愛情をぶつけてくる仙道に、私は自分の気持ちに嘘をつけなくなってきていた。
好き。
仙道が好き。
なのに一歩踏み出せない。
それはまだ怖いから?
信じられないから?
ーーまだ忘れられない人がいるから?
「あれ、明日の会議の資料ってまだ印刷終わってない?」
あと30分で今日の就業は終わり、そんな時に同僚のひとりが声を出した。
その資料なら後輩の女の子が印刷しているはずだけどーーと、その子のデスクに目をやるとデスクには誰も座っていない。
「……今日休みだった」
壁にかけられているホワイトボードを見ると、後輩の名前の横には『有給』のマグネットが貼られている。
全員の顔から血の気が引くのがわかった。
「まずくないですか?!会議明日ですよね?!」
「全部で何万枚と印刷あんだぞ?!」
一気に課内は慌ただしくなる。
「…私、やります」
ゆっくりと私は手を挙げながら席を立つ。
「俺も手伝いますよ」
仙道が声をかけてきた。
「いいよ、今日ノー残業デーだし。1人で出来ることだからさ!仙道は練習行きなさい」
その後他の同僚達からも「手伝う」と言われたが、私は「ありがとう」と言ってその申し出を断った。
ただでさえ最近残業について人事が目を光らせているし、さっき仙道にも言ったけど1人で充分な仕事だったから。
「大丈夫か?」
課長からも声をかけらるが、私はニッコリ笑って「はい」と告げた。
「よっし!やるか!!」
就業終わりのチャイムが鳴り、私は1人印刷室で気合を入れた。
何百部と印刷しては、丁合をして並べる。
そんな作業を繰り返す。
思いのほか作業は順調に進み、あと少しという所で腕時計を見ると午後9時前。
私は両手を真上へ伸ばし、グッと背伸びをした。その時ーー
「どうだ?」
後ろから声をかけられ、思わず身体をビクつかせる。
「あ、悪い。驚かせたか」
振り向くと、そこには少しだけ困ったように笑う課長の姿があった。
「気になってな。どーせ何も食べてないんだろ?」
そう言って課長はコンビニの袋を差し出す。
それを受け取ると中にはおにぎりやら、お菓子やらが入っていた。
「好きだったろ、甘いもの」
優しく笑う課長に少しだけチクリと胸が痛くなった。
一瞬だけ2人の思い出が蘇る。
けど、それはほんの一瞬だけで…
その時に私はハッキリと自分の気持ちに向き合うことが出来た。
「 まなみ、俺はーー」
課長はゆっくりと私に歩を進める。
「課長、私好きな人ができました」
私は課長の話を最後まで聞かなかった。
もう聞く必要もないのだから。
そんな私の発言に課長は目を丸くする。
そして立ち止まった。
「……仙道か?」
「え?!」
「いつだったか忘れたが、もう一度話がしたくて行ったんだよ、お前のアパート。そしたらそこに入ってく仙道を見たんだよ。」
「……」
「偶然そのアパートに用があったのかと思ったけど、お前の部屋に行ってたんだな」
「……そうです。私の好きな人は仙道です」
「そうか。そんなにハッキリ言うんだな…なんだかスッキリしたよ」
課長は小さく息を吐いた。
それはため息にも似ていたし、安堵の息にも思えた。
「もう終わるのか?印刷」
「はい、もう帰りますよ」
「お疲れ様」
そう言って課長は印刷室を出ていこうとしたが、ピタッと止まり再び私に向き合った。
「……俺が言えた立場じゃないけど、その、仙道は大丈夫なのか?アイツ女癖があまり……」
心配そうに私を見つめ、言いにくそうに話す課長に思わず私はクスッと笑ってしまった。
「大丈夫ですよ。私、幸せになりますから」
「そうか…」
その時バタバタと廊下を走る足音が聞こえてきて、印刷室に大きな影が見えた。
「まなみさん!」
印刷室に入ってきたのは仙道だった。
どこから走ってきたのだろう、仙道は息を切らしながら入ってきた。
「仙道?!ちょっと、あんた練習は?!」
「ははは、抜けてきちゃいました」
私は課長の横を通り過ぎ、仙道に駆け寄った。
「本当に大丈夫そうだな」
課長は私たち2人を見ながら小さく呟いた。
すると仙道はグイッと私の頭の後ろへ手を持っていき、身体を引き寄せキスをしてきた。
私は慌てて身体を引き離そうとするが、仙道はそれを許してくれない。
ようやく解放された私は恐る恐る課長を見ると、課長は呆気に取られている。
が、急に笑いだした。
そして「お疲れ」と言って印刷室を出て行った。
「課長と何話したんですか?」
「ありゃ、ヤキモチ?」
珍しく少しだけ面白く無さそうに話す仙道に私はからかい気味に話した。
「さすがにね」
「仙道が好きって話だよ」
「え」
これもまた珍しい顔だ。
こんなに驚く仙道の顔なんて見たことがない。
「私は仙道が好き。頭のてっぺんから足のつま先まで全部あんたにあげる」
私の言葉が終わるか、終わらないかのその間に私は仙道に抱きしめられる。
「……やっと」
仙道は私をきつく抱きしめたまま小さな声で言った。
「やっと手に入った」
何がホントの自分かわからないなんて嘘だ。
最初からわかっていたはずだ。
だって仙道は最初から私自身を丸裸にしてしまったんだもの。
ホントの私を…私だけを愛してくれた人、それは他でもない仙道だけ。
そんなあなたの全部、私にくれますか?