言霊
空欄の場合は「まなみ」になります。
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「寿」
私の好きな人を名前で呼ぶ特権を持っている人。
それは『彼女』だから。
私がどう願ってもその特権を持つことはできない。
「よぉ、どうした?」
「久々に見に来た」
「そっか、まぁせーぜー俺のカッコイイ姿を目に焼き付けとくこったな!!」
バスケ部のマネージャーである私は三井さんと彼女のそんなやり取りを横目で見ながら、部活で使う備品整理をする。
心の中はザワザワとなんとも言えない気持ちで、全然集中ができない。
そんなわけで、持っていた冷却スプレーが手元を離れコロコロと転がって行った。
「はいよ」
そう言って私に手渡してくれたのは、私と同じクラスで花道を見に来ていた洋平くんだった。
「ありがとう」
私は洋平くんからスプレーを受け取る。
「気になる?」
洋平くんの視線は私ではなく、その先の三井さんと彼女に向かっている。
……気付いてるんだね。私の気持ち。
「別に」
「ふぅん。そんな顔してねぇけどな?」
だって言葉にしたら止まらなくなっちゃうじゃん。
気持ちが。
好きって気持ちが。
「洋平くん、言霊ってわかる?」
「言葉にしたらそのトーリになる、的なやつ?」
「そっ、まじで凄いよ言霊ってやつ」
そう言って私は再びガチャガチャと、備品の入ったケースの中身整理を始める。
と、その時私の頭の上に何かが乗った。
「あんまり溜め込むのも良くねぇと思うよ?」
私の頭の上に乗せられたのは、洋平くんの手だった。
それから洋平くんは「バイトだから」と言って帰って行った。
ダメだよ。
この気持ちを言葉にしたって、誰も幸せになんない。
困るだけ。
他のバスケ部の部員も、三井さんの彼女も、そして三井さん本人も。
第一印象は最悪。
そりゃそうだ、バスケ部を潰そうとした張本人、大嫌いだった。
けれど、気付いた時にはいつも目で追っていた。
部活中にふと目が合って「なに見てんだよ」そう言って私の頭を雑に撫でてくる。
そんな事にいつからかドキドキするようになった。
部活以外の学校内で会うとその日1日がハッピーになった。
けれど、私のそんな恋心は叶わない。
どんなに願ったって叶うことはない。
こんなに近くにいるのに私の想いは独りよがり。
そう思っていたのに……。
インターハイが終わった夏休みのある日。
珍しく部活も休み、両親は旅行で不在。
こんなお家パラダイス滅多にないと、私は極楽気分でダラダラしていた。
友達と遊びに行くことも考えたが、なんだか家でゆっくりしたい気分だった。
時間はあっという間に過ぎ、時計は夜の7時をまわっている。
「どうりでお腹空いた」
寝っ転がっていたリビングのソファから起き、台所へ行き冷蔵庫をガコッとあける。
中には色々と食材はあったが、、、
料理が苦手な私はまず頭の中にレシピがない。
作れるのはオムライスぐらいだ。
だが、肝心の卵が無いことに気が付く。
「……買いに行くか」
私は近くのスーパーまで歩いていくことにした。
まだ少しだけ明るい空は今にも雨が降りそうだった。
傘を持ち、私は家を出る。
卵といくつかのお菓子・アイスを買い、スーパーの外へと出た時外は大粒の雨が降っていた。
私は持ってきていた傘を広げ、自宅へと帰り道を急いだ。
が、その時ひとつの事に気づく。
「……ケチャップ忘れた」
スーパーへ戻るにはだいぶ歩いてきた私は「コンビニでいっか」そう思い、途中にあるコンビニへと足を進めた。
これが運命の分かれ道というやつだったんだと、今になっては思っている。
「三井さん……」
コンビニの前にはびしょ濡れになった三井さんが立っていた。
「よう」
「何してんですか?」
「ちょっと走ってたら、このとーりだよ」
ロードワーク中に雨に降られ、雨宿り中。
そんなとこだろう。
部活休みでも頑張ってんだ、と感心もしたが……
「天気予報見てなかったんですか?今日超雨予報でしたよね」
「っせぇな」
そう悪態をつきながら、大きなクシャミをする三井さん。
そんな所が三井さんらしい、と私は心の中でほっこりした。
そして私は三井さんにこう言った。
「……うち来ます?」
*********************************************************
「タオルと着替え置いときますね」
「おう」
脱衣場から浴室にいる三井さんへと声をかけながら、私はなんて大胆な発言をしたんだと驚いている。
大きなクシャミをしている三井さんが風邪をひいたら大変だと、そう素直に思ったのはもちろんだったが…
下心が無いわけでもなかった。
「いや!このままだったら三井さん風邪ひくじゃないですか!うち、すぐそこなんで……」
そんな提案を三井さんはあっさりと受け入れた。
……私の家のお風呂場に三井さんがいる。
これは現実???
ジャっ!ジャっ!と、フライパンでご飯を炒めながら私は半ばパニック状態。
「ふぃーーサッパリしたー!ありがとな!」
髪の毛をガシガシとバスタオルで拭きながら、三井さんは台所にいる私に近づいてきた。
「お前料理なんてできんのか?」
三井さんはヒョイと私の背中ごしからフライパンを覗き込んできた。
近い近い。
心臓の音が聞こえてしまうじゃないかと思うほど2人の距離は近い。
「と、とりあえず!あっちで座っててください!!」
この距離に耐えられなくなった私は三井さんをリビングへと促した。
「おっ、うまいじゃん!」
「やれば出来る子なんです」
「よう言うぜ」
向かいあわせでオムライスを食べる私達。
……オムライスぐらいしか作れないのは口が裂けても言いません。
美味しそうに私が作ったものを食べる三井さんに、私は今にも顔がニヤつきそうだった。
「そーいや親は?」
「今日旅行なんです」
「お前は行かなかったのか?」
「明日も部活ありますしね」
そんな会話をしながらリビングのソファに並んでテレビを見る。
まるで恋人同士かのように。
錯覚しちゃうよ、こんな状況じゃ。
けれど、そんな時間は続きはしない事はわかっている。
ピーピー、と脱衣場の方から洗濯機の機械音が聞こえてきた。
まるでこの時間は終わりですよ、と終わりを告げるチャイムのようだ。
「三井さんの服取ってきますね」
そう言って私はソファから立ち上がり、脱衣場へと向かう。
乾燥まで終わった三井さんの服を洗濯機から取り出し、軽く畳み三井さんの元へと戻る。
「あれ?」
リビングへと戻ってきた私は先程までソファに座っていた三井さんの姿がなくなっていて、キョロキョロと辺りを見渡す。
「三井さん?」
私はハッとして慌てて階段を駆け上がった。
そしてひとつの部屋の中で三井さんを発見する。
「何勝手に入ってんですか!」
「お前けっこう部屋綺麗にしてんのな」
ニヤニヤしながら三井さんは私の部屋にいた。
「お、なんだこれ」
そう言って三井さんは私の机の上にあるものを手に取る。
……嘘でしょ。
「なんだよお前。そんなに俺の事好きか」
三井さんが手に取ったもの、それは手にしている本人が写っている写真だった。
「ちが!!それは……」
その先を私は何も言えなくなってしまった。
少しの沈黙の後
「……雨やまねぇな」
三井さんは窓の外を見ながら言った。
「……やむまでいていいですよ」
「朝までやまなかったらどーすんだよ」
「……朝までいたらいいじゃないですか」
「お前何言って…」
私はゆっくりと三井さんの胸の中へと飛び込む。
「帰らないでください」
ぎゅっと三井さんの胸元を掴む。
「……まなみ」
三井さんはそっと私の両肩をつかみ、私を離れさせた。
「お前わかってるよな」
わかってる。
三井さんの言いたいことはわかってる。
けれど、それ以上にーーー
「好きです。三井さん」
そんな私の言葉が合図かのように私達は口付けた。
ほら、言葉にしたら止まらなくなる。
「ん……」
「よう、起きたか?」
目が覚めると隣には三井さん。
私の片思いの相手。
私は慌てて何も身につけていない身体を布団で隠す。
「今更隠すなよ」
そう言って私のおでこにキスをする三井さん。
そんな三井さんの行動に私はなんとも言えない気持ちになった。
『お前わかってるよな』
昨日の三井さんの言葉。
わかってますよ。
ー彼女がいるー
重々承知しておりますよ。
それでも三井さんが欲しかった。
どうしても。
「お前、部活来るよな…?」
心配そうに私の顔を見ながら三井さんはボソッと言った。
「当たり前じゃないですか、行きますよ」
「だよな」
ホッとしたような三井さん。
大丈夫ですよ、部活にも行くし、誰にも言いません。
そんな言葉を私は飲み込んだ。
言わなくても伝わっているはずだから。
それから私達は2人で会うようになる。
練習後の部室だったり、たまに授業をサボって屋上に行ったり。
私の家で会うこともあった。
もちろん身体を重ねることも。
その度に私は三井さんの愛情を感じていた。
けれど、それは私の思い過ごしなのかもしれない。
なぜなら、三井さんには相変わらず彼女がいたから。
「まなみちゃん最近なんかあった?」
ある日部活の練習前、私は洋平くんに声をかけられる。
「え?なんかって?」
「いや、それを聞いてんだけど」
洋平くんは困ったように眉を下げ、笑った。
「どうして?」
首をかしげ、私は洋平くんに問いかけた。
「なんか顔が…いや、なんでもねぇや」
洋平くんには何もかもお見通し、そんな感じがしたけれど私はそれ以上何も話をしなかった。
1/3ページ