片恋
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今、目の前には俺の好きな子がいる。
別の男の事を想って泣いているこの子。
俺は失恋真っ只中って訳だ。
好きになったきっかけは…覚えてねぇな。
気付いたら好きになっていた。
むしろ好きだと思った時に失恋が確定したんだっけ。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「いらっしゃいませー」
「あれ」
「あ、桜木軍団!!」
初めて入ったラーメン屋で真っ先に目に飛び込んできたのは、同じクラスの佐藤さんだった。
「水戸くん、お願い!!!」
水をテーブルに置いた後、パシン!と自分の顔の前で両手の平をくっつけ、俺に懇願する佐藤さん。
「ここでバイトしてる事は秘密にして!!」
「や、いいけど…。学校に申請してねぇの?」
まぁ、俺もしてねぇけど。
「……バイトするには成績足りないんだもん。」
下を向き、少し言いづらそうにボソボソと喋る姿に俺はプッと笑ってしまった。
「佐藤さんて意外とバカなんだな」
「なにそれ、褒めてんの?けなしてんの??」
今度はムスッと表情を変える。
「ははは、言わねぇよ」
「ホント?!ありがとう!!後で口止め料持ってくるね!」
最終的には顔をパァっと明るくし、満面の笑顔を振りまいてくれた。
まるで百面相だな。
「おい、洋平。今のお前のクラスの子だよ
な??」
俺の向かいに座っている大楠が身を乗り出し、尋ねてくる。
「そうだよな!確か……」
えっとぉ…と、考え込む高宮。
「佐藤さん」
「「「そう!!!」」」
さすが和光中3バカトリオ。
こんな時まで息ぴったりかよ。
全員人差し指を立て、ポーズまで同じ。
「あの子、かわいいよな」
「わかる。しかも誰とでも仲良くしてくれるらしいぜ」
佐藤さんは湘北1年の中では少し有名だった。
派手、地味、不良、どんな奴とでも同じ態度でつるむ彼女は人気者だった。
「お待たせしましたー!」
ニコニコの営業スマイルでラーメンを運んできた佐藤さん。
そのラーメンには頼んだ覚えのないチャーシューがプラスされていた。
しかも全員分。
「佐藤さん、これ。」
「言ったじゃん、口止め料」
にししと笑い、人差し指を口元に持っていきシーっと内緒のジェスチャーをする。
「ははっ、こりゃ墓まで持ってかねぇとダメだな」
「たのみまーす」
俺とそんなやり取りをして、佐藤さんは俺らのテーブルから離れていった。
3バカが全員自分の手で顔を覆い「好き…」と呟いている俺らのテーブルから。
それから俺らは頻繁にこのラーメン屋に食いに行くようになった。
花道のバスケを見た後だったり、パチンコの後だったり。
俺らは…というより、実は各々1人でも行っているようだった。
アイツら本気かよ……。
もちろん佐藤さんは毎日バイトしている訳ではなく、いない日もある。
だけど、そんな時は必ず次の日教室で
「昨日来てくれてたんだって?店長から聞いたよ!」
と話しかけてくれた。
それだけでも行ったかいがあったと思うようになっていたんだ。
「惚れてんなぁ…俺。」
机に肘をつき窓の外を見ながらボソリと呟く。
「む、なんか言ったか?洋平」
「なんでもねぇよ」
あーあ、気付いちまった。
気付いたってどうしようもねぇんだよ。
俺は佐藤さんの最大の秘密を知っている。
「いらっしゃいませー!あ、水戸くん!今日は1人?」
「あぁ、アイツらはうるせぇから置いてきた」
「あはは、そうなんだ。」
俺は1人で厨房が見える位置にあるカウンターに座る。
「たまには佐藤さん独り占めしてぇしな」
「はいはい、そんなこと言ってもサービスはしません」
トンっ、と水を置き「味噌でいい?」
と言う佐藤さん。
こりゃ前途多難だな。
「しかしまなみちゃんのおかげで客が増えたな。」
鍋を振りながら、そう話すのはこのラーメン屋の店長だ。
歳は……おそらく、30歳前後かな。
佐藤さんがいない時でも気軽に話しかけてくれる、とてもフランクな人だ。
そして、佐藤さんの想い人。
「そぉでしょ?!バイト代上げてください」
「一丁前に言うねぇ」
店長は黒頭巾を被っている佐藤さんの頭をグリグリと雑に撫で回す。
「ちょっと、やめてくださいよ」
そう言いながらも、もちろん佐藤さんの顔はとても嬉しそうだった。
これが佐藤さんの最大の秘密。
「恋してんね」
横を通り過ぎる佐藤さんに俺はボソッと声をかける。
ガシャン!!!!
え、そんなに動揺する?
まさかのグラスを床に落とし、割ってしまったのだ。
「も、申し訳ありません!」
そう言いながら慌てて割れたグラスを拾おうとする佐藤さんの手を俺はガシッとつかむ。
「手、切るよ」
佐藤さんは小さく「ごめん…」と言って、奥からホウキとちりとりを持ってきた。
そして割れたグラスを片付けながら
「帰りちょっと時間ある?」と聞いてきた。
ラーメンを食べ終わった俺は隣のコンビニで雑誌を立ち読みしている。
するとガラス越しに手を振る女の子が見えた。
佐藤さんだ。
コンビニから出て、俺らは夜道を並んで歩く。
こんなとこアイツらに見られたら俺殺されんだろうな…。
「あ、あのさ!!」
下を向き、歩きながら俺に話しかける佐藤さん。
「わ、私…そんなに…わかりやすい??」
いつもあんなにハキハキ喋っている人物とは思えない、別人のようだ。
しどろもどりになりながらボソボソと話す。
ホントに素直な子だな。
「いや、なんとなくだし…。たまたま俺が気付いちゃっただけだから。大丈夫なんじゃね?」
それは俺が佐藤さんを見ているから、なんて事は言えるはずもない。
「だ、だよね?!今まで誰にも言われたことないし!!水戸くん鋭そうだし!!」
うんうん!と力強く頷き、自分を納得させているようにも見える。
そして立ち止まり、俺の方へと体を向け、両手をパン!と叩く。
前にも見たなこれ。
「お願い!!誰にも言わないで!!!」
「んー…そうだな」
俺は少し考え込む。
佐藤さんはハラハラとした心配そうな表情で俺を見ている。
「よーへー」
「え?」
「俺の事、『洋平』って呼んでくれたらいいぜ?」
「なんだ…そんな事でいいの?」
なんだって…けっこう勇気出したんだけど?
俺は困り顔で笑うしかなかった。
だけど、勇気を出した俺に思いもよらぬ嬉しい事が起こる。
「ならさ、私の事も『まなみ』、でいいよ!」
ーーーーーーーーーーーーーーー
「あ、洋平!おはよう!」
「洋平!今日はバイト?」
「ねえ洋平、甘いもの持ってない?」
それから俺達は前以上によく話すようになり、たまに一緒に授業をサボったりもする仲になった。
そんな時はだいたい店長の話をする。
まなみは高校入学と同時にあのラーメン屋でバイトを始めたらしい。
そしてすぐに店長に惚れたとの事。
「ホントはね、この気持ちを誰かに知って欲しかったのかもしんない」
ある時俺にそう言った。
その言葉の通り、店長の話をするまなみはホントに嬉しそうだった。
明らかに俺らの仲は深まり、一歩前進かのようにも見える…が、
改めてまなみの店長への気持ちを思い知り、一歩後退しているような気もした。
「おい、洋平。お前いつから佐藤さんとそんなに仲良くなったんだ?」
「抜け駆けかよ!!!」
「名前で呼び合うとか…羨ましすぎかよぉ!ぉぉぉ!!」
相も変わらずコイツらはうるせぇ、うるせぇ。
花道のインターハイが終わり、広島から神奈川へと帰ってきた俺はその足でまなみがバイトをしているラーメン屋へ行った。
もちろん3バカには言わずに1人で。
「え?!桜木くん怪我しちゃったの?」
「あぁ、でもアイツは大丈夫だよ。」
そんな話をしてると俺の2つ隣のカウンター席に座ってるおやじが大きな声を出した。
「えぇ?!店長結婚すんのかい?!」
ーーーーは?!
俺は慌ててまなみを見る。
まなみの表情を見て俺は察した。
知ってたんだ…って。
「じゃあ、店長また明日ー!お先に失礼しまーす!」
裏口から出てきたまなみは待ち伏せをしていた俺の姿を見つけると、一瞬目を丸くした後に少しだけ泣きそうになり、笑った。
「送ってきますよ。おじょーさん」
そう言って俺はまなみの頭の上にポンと、手のひらを乗せる。
「ねぇ…たまには原付の後ろ乗せてよ」
「いや、原付は2人乗りダメだから」
「えぇ~、いつも4人乗りとかしてんじゃん!!」
頬を膨らましムスッと可愛い顔をする。
「あれはアイツらが勝手に……」
その時言葉の途中でまなみがうつむきながら、俺のTシャツの裾をキュッと掴んだ。
「いいじゃん…乗せてよ…」
ガラじゃねえけど、胸が締め付けられるってこういう事言うのか。
俺は「はぁ…」と1つため息をつき、こう言った。
「わかったよ。だけど、共犯、だぜ?」
海沿いの夜道を原付で走る、後ろには好きな子を乗せて。
「いえーーーい!!気持ちいいー!!」
「ちょっとだけだかんなー!」
「洋平!!」
「んー??」
「ありがとう……」
俺の腰にまわす手にぎゅっと強く力を入れ、それとは裏腹に小さな声でつぶやくまなみ。
俺は聞こえないふりをした。
「彼女いるのは最初からわかってたし、結婚するのもちょっと前に聞いてた。」
俺達は原付を降り、海に来た。
まなみが行こうと言い出したのだ。
「しかもね!バイトの中で、1番先に教えてくれたの!……まなみちゃんはバイトの中でも…特別だからっ…て…っ…」
俺に背を向けたまま真っ暗な海に向かって話すまなみ。
その声はだんだんと小さくなり、波の音にかき消されてしまいそうだった。
「バイト…の中、じゃなくてっ…っく…店長の心の中で…特別な人っ、に、なりたかっ…たなぁ…」
その涙声はまなみのやるせなさを痛いぐらいに俺に伝えてきた。
笑ったり、泣いたり、怒ったり、喜んだり。
自分の気持ちの表現を素直に見せる…そんなキミに惚れたんだ。
「でも…私はもう前に進まなきゃ…」
今、目の前には俺の好きな子がいる。
別の男の事を想って泣いているこの子。
俺は失恋真っ只中って訳だ。
だけど……そろそろ俺も前に進むとするか。
俺は後ろからぎゅっとまなみを抱きしめる。
「よ、洋平?」
「諦めんの?店長の事。」
「うん…もう…諦める。」
「そっか…。悪いなまなみ。俺は今ちょっと喜んでる。まなみがやっと店長を諦めてくれるから。」
抱きしめる腕を離すと、まなみはゆっくりと俺の方へ体を向ける。
さすがにそこまで鈍くはないまなみは、動揺の色を隠せないでいるようだ。
「好きだぜ、まなみ」
まなみは見たことの無い顔をしている。
ポロポロと流していた涙は止まり、人よりも大きめな目をさらに大きくし、暗がりでもわかるぐらい真っ赤な顔。
そして、声にならない声を出そうとしている。
その百面相、願わくばずっと俺の隣で見せてくんねぇかな。
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