自分の気持ち
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急ぎ足で階段を登っていると聞きなれた声が上から降ってきた。下を向いていた顔を、条件反射であげると目をまるまるさせたノブくんがこちらを見ている。彼は私の1個年下の彼氏でバスケ部員。ヘアバンドをして、少しだけど汗ばんだ様子を見ると部活の途中だったのだろう…え?どうして部活の最中にこんな所にいるの?
「先輩何してんすか?!」
バタバタとこちらへ駆け寄るノブくん。あまりに勢いが良くて転がってこないか心配になるほどだ。そしてその予想は悪いことに当たってしまう。階段を1段踏み外したノブくんは前へとつんのめり、そのまま半分以上残っている階段から飛び降り、そのまま私を通り越して綺麗に踊り場へ着地をした。お猿さんかな?
それを見届けた私はなんとなく自分も数段降りて、踊り場まで歩を進める。もちろん彼の隣に行くためだ。
「私は日誌届けに行った帰り。てゆーか、ノブくんこそ何してんの?部活は?」
「教室にタオル忘れちゃって…取ってきたんす」
照れくさそうに笑ったノブくんは、持ってるタオルで自分の額の汗を拭いながら言った。無邪気なその笑顔に私の心はキュンと可愛らしい音を立てる。彼と一緒にいるといつも心がスーッと軽くなる。日々の生活の中で私にとってノブくんはオアシスなのかもしれない。
……まぁ、振り回されることもあるけど?それでもそんな事すら愛おしく思ってしまうのは、惚れた弱みなのかもしれない。
「先輩今日日直だったんすね」
「あ、いや…友達に頼まれて。今日別の学校の彼氏と会うからって」
「そうなんすか…………ん?なんか前もそんな事言ってませんでした?」
「え?」
「オレの部活見に行けないって言ってた時、今とおんなじ事言ってました」
「あ~そうだっけ」
自分ですら忘れてた事を言われ、記憶をほじくってみる。そういえばそうだったかもしれない…それぐらい自分にとってはいつもと変わらない日常なのだ。その時、ベシッと私の額に軽い痛みが走る。それは目の前にいるノブくんのデコピンによってだった。
彼にこんな事をされるのははじめてで、驚きのあまり何も言えずにいると彼はズイっと私の顔に近づく。あまりの近さに先程とはちがってバクバクと心臓の音が大きくなる。うるさいと思うほどに。
「先輩って人のために働きすぎ」
「へ?」
「いつもそうなんすよ、自分より他人を優先しすぎ」
……お、怒ってる?
いつもより低めのトーンに私はビクビクしてしまう。
ノブくんを怒らせてしまったの?どうしよう、謝らなきゃ。彼から1歩後ろへ下がり、私は小さく声を出す。
「ご、ごめん…」
「?!いやいやいや!なんで先輩が謝るんす
か!」
「だってノブくんが怒るから」
「は?!怒ってないすよ」
「ほら!その言い方、怒ってるじゃん」
「怒ってねぇす!」
「怒ってる!」
2人の大きな声が踊り場に響き渡り、私たちは同時に自分の口元を手で抑えた。しん…と静まり返ったこの場の空気を破ったのは気まずそうな表情のままのノブくんだ。
「オレは優しい先輩好きですけど…もっと自分のために生きて欲しいんす」
「……なんか壮大なテーマになってない?」
人生を諭すかのようなノブくんの言葉がおかしくて、クスッと笑ってしまう。すると彼は「ジョーダンじゃないんすけど?」と言って私は本日2度目のデコピンをくらわされる。でもそれは、さっきよりも軽くどこか暖かくも感じられた。そして2秒後、私はノブくんの腕の中にいる。放課後の学校とはいえ、いつ誰が通ってもおかしくないこの場所で抵抗もせず、ただ私は彼に抱きしめられていた。抵抗もせず…と言うのは語弊があるかもしれない。だって抱きしめられた瞬間に私は抵抗しようとしたのだから。だけど、あまりにもノブくんの力がきつく、強く感じられたから…私は抵抗するのをやめたんだ。
「先輩って長女ですか?」
「え?うん。そうだけど」
「どっかで聞いた事あるんすよ、長女の人は自分より周りを先に尊重するって」
意識なんてした事はなかった…確かに私は下に弟がいるけど、自分自身がそうしてるなんて思ったこともなかったし、あえてそうしているなんて考えもしなかった。今こうしてノブくんに言われたことで多少なりとも思う節はある…。けれど、そうなっているのは私が自然にしている事で、良かれと思ってしてきた事でもある。
(私が我慢すればいい事)
物心ついた頃から、いつしか頭の中にこの言葉が住み着いた。そうすればみんな笑ってくれる、みんなが楽しく過ごせる…だからこその優先順位を考えていたのかもしれない。
「でも先輩さ…」
スっと抱きしめていた手を緩め、私の顔を覗き込んだノブくんは真顔で問いかけてくる。
「オレにはけっこうズケズケ言ったりするよね?さっきみたいに」
…………確かに。
出会った頃からそうだったかもしれない。この人には自分の本心をぶつけてもいいんだって、直感的にそう思っていたのかも。だからこそノブくんと一緒にいると気持ちが楽だし、自然体でいられるんだ。こんな風に思える人は初めてかもって思っていた。それがいい事なのか、悪いことなのかは分からないけど、今私たちがこうして抱き合えて幸せな気分なんだからいい事なんだよね。
「ノブくん」
「はい?」
「大好き」
私の言葉にピクっと身体が跳ねたノブくんは、じっと私の顔を見つめたかと思うと、噛み付くようにキスをしてきた。ここが学校だろうと階段の踊り場だろうと関係無しに、そう無我夢中という言葉がピッタリで息を取り入れる事すら忘れているように私の唇を甘噛みし、何度も角度をかえて…そんな事されると頭がボーッとしてきてしまう。それでも口内に舌を入れてきたその瞬間に私はハッとする。そしてノブくんの胸をグッと押して、彼から離れた。
「ストップ!ノブくん!ハウス!」
「……オレは犬かよ」
「調子に乗らない!」
ビシッと人差し指をノブくんに向けながら言う私を、面白くなさそうな顔で彼はこちらを見ている。尖らせたその唇につい数秒前の出来事を思い出してしまい、顔がカッと熱くなる。それでもどうにか私は理性と戦うのだ。
「やっぱり長女はつえーや」
いつもの『カッカッカッ!』と大きな口を開けて笑う顔ではなく、ちょっとだけ困ったように、それでも嬉しそうな顔で笑うノブくん。そしてポン、と私の頭の上に手を乗せた。
「先輩はオレの彼女でしょ?なんでも言ってくれるのは嬉しいっすよ」
「……口うるさいお姉ちゃんみたいじゃない?」
「オレの姉ちゃんはこんなに可愛くねぇっす!!!」
そう言い放った後、ノブくんはチュッと軽く私にキスをしたかと思うと、ズルズルとその場にしゃがみ込んだ。
「あぁ~、もう可愛い…ホンットに可愛い…マジで超好きっす……好きすぎて部活戻りたくねぇ」
床とにらめっこをしながらブツブツ言うノブくんに、思わず吹き出してしまう。同じようにその場にしゃがみ込んだ私は、彼の熱くなった手を包み込んだ。
「さっきも言ったけど…私も大好きだよ」
今度のキスは私から。
大好きの意味をたくさん込めたキスを。
それから私たちは手を繋ぎながら廊下を歩いている。目指す先はバスケ部が部活をしている体育館だ。「行きたくねぇ」と言ってダダをこねる彼を引っ張るかのように。これ以上の時間をサボらせる訳にはいかないし、本当はバスケが大好きで、ボールに触れたい気持ちがある事もわかっているから。すると、唐突にノブくんが切り出した。
「つか、オレの方が好きっすから」
「え、私の方が好きだよ?」
「いーや、オレです」
「……彼女の事まだ名前で呼べないくせに」
「うぐっ…」
「ね、私の方が大好きなん」
言葉の途中で私は前へ進めなくなる。それは手を繋いで一緒に歩いていたノブくんが急に止まったからだ。後ろを向くと真っ赤な顔でこちらを見ているノブくん。それはいつになく真剣な顔だった。
「大好きっす!オレはまなみが大好きだから、これからもずっと1番近くにいるって決めました」
決めましたって…今決めたの?
本当に面白いな、この人は。でも私の笑顔を1番引き出してくれるのは他の誰でもない、この清田信長なんだ。だからこそこの人の前だけではいつも素直な自分でいよう。
「うん、ずっと近くにいてね」
自分を偽ることも、ムダに我慢をすることもしなくていいんだ、この人の前でだけはーーー。
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