突っ走る
空欄の場合は「まなみ」になります。
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
まだまだゴールが見えない仕事の繁忙期。経ってしまえばあっという間なのだけれど、今はまだその途中。先が見えない状態からは少し脱したのだけれど、それでもゴールテープを切るのにはまだまだ長い距離だ。目を細めてもゴールは近くならないし、むしろ目をつぶってしまいたくもなる。そしてそのまま眠ってしまいたい、このまま夢の中へ……ってそんなわけにもいかないんだよぇ~、わかってますよ。ムン!と両手共に作った握りこぶしに強く力を入れ、再び目の前のパソコンと戦いのゴングが鳴った。
「おい佐藤」
トドメの右ストレートならぬ、キーボードのエンターキーを強くぶちかましてやったその時、パソコン越しから声が聞こえてきた。その人は私のデスクの前の席の先輩で、名前を三井寿という。密かに私が想いを寄せている先輩でもある。密かにって事だから、わかるよね?えぇ、片想いというヤツです。去年から同じ部署で働くようになったんだけど、別部署にいる頃から彼の存在は知っていた。背も高く、顔もイケメン…黙っていても目立つタイプだったから。だから同じ部署になった時にかなり胸が高鳴ったのを今でも覚えている。けれど、いざ一緒に働くとイメージと違ったんだよ。口は悪い、何かと不器用、情に厚い…元々のイメージがどうだったんだって?今となってはあんまり覚えてないんだけど、もっとスマートで優しい人かなって思ってたはず。それでも三井さんの事を知れば知るほど彼に惹かれていったのは事実で、今もこうして遅くまで残業をしているにも関わらず、目の前に三井さんがいるから嫌じゃないっていう気持ちもある。モチベが違うよね。
でも……そろそろ帰りたい気持ちも正直なところあります。
「お前どうやって帰んだよ」
「え?」
三井さんの言葉に私はおそるおそるパソコン画面の右下に表示されている時刻を確認した。まさか、まさかだよね?……現実は残酷だ。
終電が過ぎてしまっている。
ガックリと肩を落とし、いや、体全身の力がヘナヘナと抜け、机に突っ伏してしまった。明日は休みとはいえ、どうやら少し頑張りすぎてしまったらしい。コレは私の悪い癖で、1度夢中になってしまうと制御が効かなくなってしまう。いわゆる突っ走ってしまうのだ。またやってしまった…三井さんの問いかけに答える気力も無くなり、私は机から体を起こすことができない。ーと、その時、天の声が降ってきた。
「しゃーねーから送ってく」
その言葉に私は、3秒前まではあれだけ起き上がれなかった体をガバッと起こす。そして目の前の三井さんを見るとため息混じりで呆れながらこっちを見ている。
「なんだよ、元気じゃねーか」
呆れ顔は変わらずも、仕方ねーなと言わんばかりに三井さんはちょっとだけ笑った。言わずもがな私の心臓の鼓動は大きく跳ね上がり、顔が熱くなってしまう。
「もう帰れんのか?」
「あ、はい…」
「んじゃ帰るぞ」
「え?!あ、あの…」
「あんだよ」
本当にいいんですか?
その言葉を私は言いかけて飲み込んだ。ずるいかもしれないけれど、万が一ここで「やっぱり無し」
的なことを言われるのが怖かったから。いや、三井さんはそんな人じゃない事はわかってはいるよ?わかってるけど…それでも慎重になってしまうんだ、それだけほんの1ミリのチャンスでも逃したくないくらいこの人が好きなの。
そして私は大事なことを思い出す。
今は0時を過ぎ日付が変わった。今日5月22日は三井さんの誕生日なのである。なぜ知っているのかって?同じ部署の情報網を舐めちゃいけませんよ…と言っても同僚と話をしていたのを盗み聞きしたっていうだけなんだけど。
誕生日がわかったというものの、単なる職場の後輩である私が何かプレゼントをあげてもいいものなのか、迷惑じゃないのか?「おめでとう」の言葉だけでもと考えもしたけれど、まさかの誕生日当日は日曜日で、仕事は休み。かといってわざわざLINEをするのもいかがなものか……なんてごちゃごちゃ考えているうちに仕事の忙しさも相まって、あっという間にこの日が来てしまった。
「おい、どーした?」
暗闇の中から三井さんの声が聞こえてきて、私はハッと我に返る。会社を出て、今は職員駐車場まで歩いてるところだ。外に出ると昼間の暖かさが嘘のように風が冷たくなり、かなり冷え込んでいた。もう夏も近いかなって思っていたのに。会社の建物から駐車場までは少し距離があるのだが、その道のりがまぁ暗い。どう考えても街灯が足りなさ過ぎるのだ。社員からもどうにかして欲しいと要望が出るほどだった。だけど、今の私にとってはその暗さがちょうどいい。だって今自分がどんな顔色をしているのか、鏡を見なくたってなんとなくわかるのだから。好きな人と並んで歩くだなんて、どんな人でも多少なりとも緊張するし、顔だって赤くなるでしょ?少なくともきっと今の私の顔は真っ赤に違いない。だからこそ、この暗闇に助けられているのだ。
「ホントに暗ぇよな、ここの道。どうにかしてほしいもんだぜ」
不満そうな三井さんの声に「そ、そうですね」と私は少しどもってしまう。まさか暗闇に感謝をしているだなんて言えるはずもない。
「しかもここ砂利っつーのが危ねぇよな」
駐車場へ入ると、そこは平らな地面でなく、砂利が敷かれている。1歩歩く度にガリ…と石が転がるような音が響く。確かに今このご時世に舗装がされておらず、砂利の駐車場というのはさすがにどうかと思う。しかもその砂利も気をつけなければグリッと足元を持っていかれ、転びそうになってしまうのだ。
「お前とろそうだから転ぶんじゃねーぞ」
「誰がとろそうなんですか」
「お前しかいねーだろ」
「ホント失礼、体育は5でした。体育は」
「ぶはっ、そら失礼しやした。体育は、な」
三井さんは楽しそうに肩を揺らしながら笑う。
あぁ…やっぱり私はこの人が好きなんだ、大好きなんだ。気持ちがたまらなく溢れてくる、この人の特別になりたい、せめてこの瞬間だけでも。
誰よりも先に言いたい。
「み、三井さん!」
「あ?」
「あのっ、お誕生……びっ!?」
三井さんへ1歩近づこうとしたその時、足元の石がぐらついた。そして私の体はぐらつきそのまま前へ倒れーーーーこむ事はなく「あぶね!」と声を発した人の胸の中へと飛び込んだ。そう、三井さんの胸の中へと。
「おいおい、誰が体育だけは5だったんだよ」
「す、すいません…」
三井さんは私が転ばないよう、抱き止めてくれた。顔をあげると私たちの視線はぶつかり合う。暗がりの中、目が慣れてきたせいか、それとも距離が近すぎるからなのか、三井さんの表情がハッキリとわかる。そしてダイレクトに伝わる彼の心臓の鼓動。私とシンクロしているかのように、早く、大きく響いている。
次の瞬間、私は強く三井さんに抱きしめられた。抱きとめられているのではく、大きな手のひらは私の後頭部へ、そしてもう片方の手は背中へ…文字通りギュッと抱きしめられたのだ。
「み、三井さん?!」
「お前ちょっと突っ走りすぎだ」
「すいません…別に三井さんに突進するつもりじゃなかったんです」
「ちげーよ」
耳元で聞こえてくる三井さんの声にどうにかなってしまいそうだ。
「仕事の事だっつーの、少しは力抜け。お前が頑張ってんのはオレだけじゃなくて、みんなわかってんだから」
「……はい」
泣きそうになりながら、私は三井さんの腕の中で小さく返事をする。こういうところなんだよ、決してスマートじゃなくても、熱い気持ちで優しさをくれる。どうしようもなく私が惹かれてしまうのもわかるでしょ?
ゆっくりと離れた私たちは気まずさ満点で、お互いの目を見ることができなかった。夢かと思うような数分の出来事は、私の寿命をかなり縮めたに違いない。
「あの、三井さん」
「な、なんだよ」
「また月曜日からもよろしくお願いします…色々頼ってもいいですか?」
三井さんは目をパチパチと大きく瞬きしたあと、クシャッと私の頭の上に手を置き「あったりまえだろ」とニカッと笑う。
心が軽くなるのがわかった。いつも『辛い』とか『苦しい』とか1人で抱える必要なんてないんだ。先に1人でどんどん突っ走ったって良くないんだよね、ゆっくり周りを見ながら歩いたっていいんだ。
「ありがとうございます」
「ま、落ち着いたらゆっくり飯でも行こうぜ」
「はい!」
再びクシャッと三井さんに撫でられた私の頭は、ほんわり暖かくなった気がした。そして私たちは彼の車へと乗り込んだ。
本当にありがとう、三井さん。私はあなたという人間を好きになれて良かった。いつかこの気持ちをちゃんと伝えますね、もう少し私の勇気のパワーが溜まったら。きっとそんなに時間はかからないはず。
だから、今はまずこの言葉を言わせてください。
車が出発する前に。
「三井さん、お誕生日おめでとうございます」
さっき言えなかった言葉、言えてよかった。
ちゃんと三井さんの目を見て言えて………ってアレ?三井さんなんか顔がどんどん赤くなってない?え、口元手で隠しちゃったけど…これ完全に照れてるよね?
「お、おう…サンキュ」
「三井さん照れてます?」
「照れてッ……るよ」
へ?今ハッキリと言ったよね?
『照れてる』って。聞き間違えなんかじゃないよね?三井さんはハンドルに顔を埋めながらボソッと言った。
「1番言って欲しいヤツに言われたんだから、照れるに決まってんだろ」
私は頭の中が真っ白になり、今のこの現実が受け入れられずにいると、三井さんは「あーもう!行くぞ!」と言って真っ赤な顔のまま車を発進させた。
「三井さん…」
「な、なんだよ」
「私、毎年1番に言いたいんですけど、いいですか?」
「は?……それってお前」
この時間、ほとんど車通りのない路肩へ車を停車させた三井さんは片手をハンドルに乗せたまま、真っ直ぐに私を見つめる。
「私は三井さんの事が好きです」
勇気なんてちょっとした事がきっかけで満タンになっちゃうみたい。まさかあれだけ言えなかった2文字がこんなにサラッと言えちゃうなんて、自分でも驚きかな。
するとさっきと同じ光景が私の目に飛び込んできた。ハンドルに顔を埋める三井さんの姿が。
「なんでお前先に言うんだよ…」
「ほら、私すぐ突っ走っちゃうんで」
「よう言うよ」
笑いあった私たちは口付けを交わしたーーーー。
「おい佐藤」
トドメの右ストレートならぬ、キーボードのエンターキーを強くぶちかましてやったその時、パソコン越しから声が聞こえてきた。その人は私のデスクの前の席の先輩で、名前を三井寿という。密かに私が想いを寄せている先輩でもある。密かにって事だから、わかるよね?えぇ、片想いというヤツです。去年から同じ部署で働くようになったんだけど、別部署にいる頃から彼の存在は知っていた。背も高く、顔もイケメン…黙っていても目立つタイプだったから。だから同じ部署になった時にかなり胸が高鳴ったのを今でも覚えている。けれど、いざ一緒に働くとイメージと違ったんだよ。口は悪い、何かと不器用、情に厚い…元々のイメージがどうだったんだって?今となってはあんまり覚えてないんだけど、もっとスマートで優しい人かなって思ってたはず。それでも三井さんの事を知れば知るほど彼に惹かれていったのは事実で、今もこうして遅くまで残業をしているにも関わらず、目の前に三井さんがいるから嫌じゃないっていう気持ちもある。モチベが違うよね。
でも……そろそろ帰りたい気持ちも正直なところあります。
「お前どうやって帰んだよ」
「え?」
三井さんの言葉に私はおそるおそるパソコン画面の右下に表示されている時刻を確認した。まさか、まさかだよね?……現実は残酷だ。
終電が過ぎてしまっている。
ガックリと肩を落とし、いや、体全身の力がヘナヘナと抜け、机に突っ伏してしまった。明日は休みとはいえ、どうやら少し頑張りすぎてしまったらしい。コレは私の悪い癖で、1度夢中になってしまうと制御が効かなくなってしまう。いわゆる突っ走ってしまうのだ。またやってしまった…三井さんの問いかけに答える気力も無くなり、私は机から体を起こすことができない。ーと、その時、天の声が降ってきた。
「しゃーねーから送ってく」
その言葉に私は、3秒前まではあれだけ起き上がれなかった体をガバッと起こす。そして目の前の三井さんを見るとため息混じりで呆れながらこっちを見ている。
「なんだよ、元気じゃねーか」
呆れ顔は変わらずも、仕方ねーなと言わんばかりに三井さんはちょっとだけ笑った。言わずもがな私の心臓の鼓動は大きく跳ね上がり、顔が熱くなってしまう。
「もう帰れんのか?」
「あ、はい…」
「んじゃ帰るぞ」
「え?!あ、あの…」
「あんだよ」
本当にいいんですか?
その言葉を私は言いかけて飲み込んだ。ずるいかもしれないけれど、万が一ここで「やっぱり無し」
的なことを言われるのが怖かったから。いや、三井さんはそんな人じゃない事はわかってはいるよ?わかってるけど…それでも慎重になってしまうんだ、それだけほんの1ミリのチャンスでも逃したくないくらいこの人が好きなの。
そして私は大事なことを思い出す。
今は0時を過ぎ日付が変わった。今日5月22日は三井さんの誕生日なのである。なぜ知っているのかって?同じ部署の情報網を舐めちゃいけませんよ…と言っても同僚と話をしていたのを盗み聞きしたっていうだけなんだけど。
誕生日がわかったというものの、単なる職場の後輩である私が何かプレゼントをあげてもいいものなのか、迷惑じゃないのか?「おめでとう」の言葉だけでもと考えもしたけれど、まさかの誕生日当日は日曜日で、仕事は休み。かといってわざわざLINEをするのもいかがなものか……なんてごちゃごちゃ考えているうちに仕事の忙しさも相まって、あっという間にこの日が来てしまった。
「おい、どーした?」
暗闇の中から三井さんの声が聞こえてきて、私はハッと我に返る。会社を出て、今は職員駐車場まで歩いてるところだ。外に出ると昼間の暖かさが嘘のように風が冷たくなり、かなり冷え込んでいた。もう夏も近いかなって思っていたのに。会社の建物から駐車場までは少し距離があるのだが、その道のりがまぁ暗い。どう考えても街灯が足りなさ過ぎるのだ。社員からもどうにかして欲しいと要望が出るほどだった。だけど、今の私にとってはその暗さがちょうどいい。だって今自分がどんな顔色をしているのか、鏡を見なくたってなんとなくわかるのだから。好きな人と並んで歩くだなんて、どんな人でも多少なりとも緊張するし、顔だって赤くなるでしょ?少なくともきっと今の私の顔は真っ赤に違いない。だからこそ、この暗闇に助けられているのだ。
「ホントに暗ぇよな、ここの道。どうにかしてほしいもんだぜ」
不満そうな三井さんの声に「そ、そうですね」と私は少しどもってしまう。まさか暗闇に感謝をしているだなんて言えるはずもない。
「しかもここ砂利っつーのが危ねぇよな」
駐車場へ入ると、そこは平らな地面でなく、砂利が敷かれている。1歩歩く度にガリ…と石が転がるような音が響く。確かに今このご時世に舗装がされておらず、砂利の駐車場というのはさすがにどうかと思う。しかもその砂利も気をつけなければグリッと足元を持っていかれ、転びそうになってしまうのだ。
「お前とろそうだから転ぶんじゃねーぞ」
「誰がとろそうなんですか」
「お前しかいねーだろ」
「ホント失礼、体育は5でした。体育は」
「ぶはっ、そら失礼しやした。体育は、な」
三井さんは楽しそうに肩を揺らしながら笑う。
あぁ…やっぱり私はこの人が好きなんだ、大好きなんだ。気持ちがたまらなく溢れてくる、この人の特別になりたい、せめてこの瞬間だけでも。
誰よりも先に言いたい。
「み、三井さん!」
「あ?」
「あのっ、お誕生……びっ!?」
三井さんへ1歩近づこうとしたその時、足元の石がぐらついた。そして私の体はぐらつきそのまま前へ倒れーーーーこむ事はなく「あぶね!」と声を発した人の胸の中へと飛び込んだ。そう、三井さんの胸の中へと。
「おいおい、誰が体育だけは5だったんだよ」
「す、すいません…」
三井さんは私が転ばないよう、抱き止めてくれた。顔をあげると私たちの視線はぶつかり合う。暗がりの中、目が慣れてきたせいか、それとも距離が近すぎるからなのか、三井さんの表情がハッキリとわかる。そしてダイレクトに伝わる彼の心臓の鼓動。私とシンクロしているかのように、早く、大きく響いている。
次の瞬間、私は強く三井さんに抱きしめられた。抱きとめられているのではく、大きな手のひらは私の後頭部へ、そしてもう片方の手は背中へ…文字通りギュッと抱きしめられたのだ。
「み、三井さん?!」
「お前ちょっと突っ走りすぎだ」
「すいません…別に三井さんに突進するつもりじゃなかったんです」
「ちげーよ」
耳元で聞こえてくる三井さんの声にどうにかなってしまいそうだ。
「仕事の事だっつーの、少しは力抜け。お前が頑張ってんのはオレだけじゃなくて、みんなわかってんだから」
「……はい」
泣きそうになりながら、私は三井さんの腕の中で小さく返事をする。こういうところなんだよ、決してスマートじゃなくても、熱い気持ちで優しさをくれる。どうしようもなく私が惹かれてしまうのもわかるでしょ?
ゆっくりと離れた私たちは気まずさ満点で、お互いの目を見ることができなかった。夢かと思うような数分の出来事は、私の寿命をかなり縮めたに違いない。
「あの、三井さん」
「な、なんだよ」
「また月曜日からもよろしくお願いします…色々頼ってもいいですか?」
三井さんは目をパチパチと大きく瞬きしたあと、クシャッと私の頭の上に手を置き「あったりまえだろ」とニカッと笑う。
心が軽くなるのがわかった。いつも『辛い』とか『苦しい』とか1人で抱える必要なんてないんだ。先に1人でどんどん突っ走ったって良くないんだよね、ゆっくり周りを見ながら歩いたっていいんだ。
「ありがとうございます」
「ま、落ち着いたらゆっくり飯でも行こうぜ」
「はい!」
再びクシャッと三井さんに撫でられた私の頭は、ほんわり暖かくなった気がした。そして私たちは彼の車へと乗り込んだ。
本当にありがとう、三井さん。私はあなたという人間を好きになれて良かった。いつかこの気持ちをちゃんと伝えますね、もう少し私の勇気のパワーが溜まったら。きっとそんなに時間はかからないはず。
だから、今はまずこの言葉を言わせてください。
車が出発する前に。
「三井さん、お誕生日おめでとうございます」
さっき言えなかった言葉、言えてよかった。
ちゃんと三井さんの目を見て言えて………ってアレ?三井さんなんか顔がどんどん赤くなってない?え、口元手で隠しちゃったけど…これ完全に照れてるよね?
「お、おう…サンキュ」
「三井さん照れてます?」
「照れてッ……るよ」
へ?今ハッキリと言ったよね?
『照れてる』って。聞き間違えなんかじゃないよね?三井さんはハンドルに顔を埋めながらボソッと言った。
「1番言って欲しいヤツに言われたんだから、照れるに決まってんだろ」
私は頭の中が真っ白になり、今のこの現実が受け入れられずにいると、三井さんは「あーもう!行くぞ!」と言って真っ赤な顔のまま車を発進させた。
「三井さん…」
「な、なんだよ」
「私、毎年1番に言いたいんですけど、いいですか?」
「は?……それってお前」
この時間、ほとんど車通りのない路肩へ車を停車させた三井さんは片手をハンドルに乗せたまま、真っ直ぐに私を見つめる。
「私は三井さんの事が好きです」
勇気なんてちょっとした事がきっかけで満タンになっちゃうみたい。まさかあれだけ言えなかった2文字がこんなにサラッと言えちゃうなんて、自分でも驚きかな。
するとさっきと同じ光景が私の目に飛び込んできた。ハンドルに顔を埋める三井さんの姿が。
「なんでお前先に言うんだよ…」
「ほら、私すぐ突っ走っちゃうんで」
「よう言うよ」
笑いあった私たちは口付けを交わしたーーーー。
1/1ページ