希望
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2月14日が近づくとオレは心が落ち着かなくなる。健全な男子高生だから?いや、そういうんじゃ……無くもねぇな。今年もアイツから貰えるかもしれねぇって思うんだから、健全な男子高生の一員だよな。アイツーーーとは佐藤まなみという名前の女子だ。
はじめて佐藤からチョコを貰ったのは中学1年の時、同じクラスの中でも何人かで一緒にどっかへ遊びに行ったりするグループの中の1人だった。だから、その中の一員としてバレンタインデーにチョコを貰ったんだ。貰った…というよりは配られた、に近いな。だってそれはオレだけにじゃなかったから。同じように何人にも配ってたんだ。それでも柄にもなく喜んじまったオレにアイツは爆笑して言ったんだ。
「あはは!三井ってばそんなに嬉しいの?あげた甲斐が有るわぁ」
「っせぇな!チョコが好きなだけだ!」
まるで小学生みてぇな言い訳だよな。本当はお前から貰ったことが嬉しいだなんて、言えるわけなかったんだよ。んな恥ずかしい事言えっかよ。そんな意地を張ったガキみてぇなオレに佐藤は言ったんだ。
「ふぅん…それなら毎年あげるね」
それからホントに毎年バレンタインにオレにチョコをくれるようになった。たまたま同じ高校へと進学して、クラスが違うにも関わらず必ず2月14日には「はい、今年もどーぞ」って笑顔で寄越してくれたんだ。……オレがバスケを辞めて、やさぐれている時も。絶対に近寄り難いと思ってたよな。それなのに嫌な顔ひとつせず、変わらずにだ。オレだけがダメな方に変わっていっていた。
でもそれも去年で終わり、なぜなら今年はオレら3年は2月に入り学校自体が自由登校になっているし、来年からは別々の大学へと進学をするのだから。だから決めたんだ、最後の最後ぐらいバシッと決めてやるってな。
……バシッと、バシッとな………
あぁぁ!!もうこの指はどうして動かねぇんだよ!!佐藤の家の前までやって来たっつーのに、インターホンが押せずにかれこれ10分は過ぎたことだろう。これじゃ不審者として通報されるのも時間の問題じゃねーか。ダメだ、一旦コンビニでも行って仕切り直しだ、そう思いクルリと方向転換をした時「あれ?」と背中から声が聞こえてきた。
「三井じゃん、どうしたの?」
振り返ると玄関ドアを開けて、不思議そうな顔でこちらに歩いてくる佐藤の姿が目に入ってきた。マジかよ…。こりゃもう言い逃れはできねぇぞ。でもコレでようやくタカをくくれるってもんか。
「ちょうど良かった、私さ今から行こうとしてたんだよ、三井んち」
「あ?オレんち?」
「そっ、コレ渡したくて」
手に持っていた紙袋をオレに差し出し「今年の分」
と言って笑う顔に、オレの心臓は破裂寸前だ。バカみてぇにうるさい鼓動の音が目の前のコイツに聞こえねぇか心配になるほどに。オレは震えてしまいそうになる手にグッと力を込め、「お、おう」なんて言って冷静さを装いながら紙袋を受け取った。声、裏返ってねぇよな?チラッと覗いた紙袋の中にはリボンで包装された箱が入っている。聞かなくてもわかる、コレはオレが毎年2月14日に楽しみにしていた物。まさか今年もこの手に受け取れるなんて思いもしなかった…。
「今年はもらえないと思った?」
心を見透かしたように、悪い顔をして笑いながら言われて、オレは思わずビクッとする。
「言ったじゃん、毎年あげるって」
「そうだけどよ…」
「まぁ、2人とも無事に大学決まったしね?決まってなかったらあげてなかったかも」
冗談でもねぇ事を楽しそうに笑って言う佐藤に、オレの心臓はドキドキとまたでけぇ音をたてた。いつだって笑っていた、オレと話す時のコイツは。昔に何度かふざけて怒らせたりもしたけれど、いつも楽しそうに笑っている顔ばかりが浮かぶんだ。
「てか、なに三井ってば私にチョコもらいたくてわざわざ来たの?」
「あ?!」
「他にもらえないからって…可哀想なヤツめ」
よしよしとオレの頭を撫でる素振りをしながら佐藤はキャッキャとはしゃぐ。背伸びをしてもオレの頭には届かねぇらしい。……可愛いかよ。いや、違ぇんだっつの。
オレは家から持ってきた紙袋を目の前の佐藤に差し出す。「え?!」と目を丸くして驚くリアクションは想定内だ。よし…今日オレがここに来た理由、最後まで言うんだ。
「毎年…サンキュな」
そうだ、まずは礼だ。オレは指を折って数える、今までコイツからもらったバレンタインチョコの数を。まさか今年までもらえるなんて思ってなかったけどな。なんだか素直に言える気がしたんだ、今までの佐藤の笑顔を思い出すと。クズでどうしようもなかったオレに、毎年約束を果たしてくれたコイツに全て言うんだ。オレの気持ちを。グッと作った握りこぶしに力を入れ、意を決して言葉にしようとしたその時、佐藤が口を開いた。
「私たち同じことを考えてたのかもね」
少しだけ寂しそうに笑い、伏し目がちに佐藤は言う。
どういう意味だ?同じって……
「お互いなんやかんや感謝の義理チョコってやつ?」
ちげぇよ、オレは義理なんかじゃねえ。
「あのなぁ、一緒にすんなよ?オレはおめーみたいにみんなに配ってる義理じゃねーんだからな」
「それって本命ってこと?」
ズバリ言ってくんなよな……。
けど、もうオレは逃げも隠れもしねぇんだよ!何から?んなもん知らねーよ!!
「……そ、そうだよ!」
「それならやっぱりおんなじじゃん」
「あ?」
「私のソレ、本命だもん」
「は?!」
「てゆーか、初めてあげた時からずっと、本命なんだけど?」
ほんめい?初めてあげた時から?
オレは佐藤が言っていることを理解するのに時間がかかった。むしろ、自分の頭の中だけで考えていたら永遠に理解ができなかったかもしれねぇ。それだけ信じられなかったんだ。コイツの言葉が。
「おーい、三井くーん?」
目の前でヒラヒラと手を振られハッとする。目の前には顔を真っ赤にした佐藤の顔。その顔を見て、ようやくコイツの気持ちがわかった。
「私ね、三井のことずっと好」
言葉より先に手が出た。腕をのばし、ずっと手に入れたかったものをオレは抱きしめる。腕の中にスッポリとおさまっている佐藤に「先に言うな」と言いながら、キツく抱きしめる。せめてこの言葉だけは先に言わせてくれ。
「好きだ…オレはずっとお前の事がすげぇ好きだった」
「うん、私もだよ…三井が好きだった」
少し経ってからだった、ここが今コイツの家の真ん前だという事に気付いたのは。お互い離すもんかと言わんばかりにキツく抱きしめあって、場所なんて気にもしていなかったんだ。けど、現実は今のオレらのように甘くはない。ここは住宅街だ、道行く人たちが見世物かのようにオレらを見て行く。……そりゃそうだよな。
とりあえず場所を変えようとなったオレらは近くの公園のベンチに座った。外の風はまだ少し冷たくて、自然と手を繋ぐのにはいい条件になる。どちらからともなく繋いだ手はポカポカと暖かくなっていった。
「あーあ、春からは遠距離かぁ」
薄暗くなった空を見上げながら佐藤は言った。そうだ、オレらは春からはもう同じ場所にはいられない。桜が満開になる頃には別々の道へと進むんだ。オレがもっと早く素直になっていたら…なんてくだらねぇ事を今さら思っても仕方ねぇ。だから、今この瞬間を大事にしてぇんだ。
「あのよ、オレちゃんと会いに行くから」
「ふふ、ありがと。でも三井きっとバスケで忙しくなるよ?」
「そう…だけどよ」
「大丈夫。私たちはそんな簡単に壊れる関係じゃないよ」
この笑顔だ。いつもオレを救ってくれたのは。
この先も希望があると思わせてくれる、ずっとこの笑顔を守っていくんだ、オレが。
「楽しみにしてくれてた?私のチョコ」
「……すっげぇ楽しみにしてた。毎年」
「覚悟してね?これからも毎年あげるつもりだから」
これから先、何年でもオレはずっと楽しみにすんだろうな、2月14日を。ガキみてぇにずっとだ。
それも悪くねぇと思えるのは他の誰でもない、佐藤のおかげだ。ずっとオレが大切だと思える人ーーーー。
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