直覚
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残暑も去り、少しずつ街の気配も赤や黄色に色付いた頃、私は見事に季節の変わり目の洗礼を受けていた。
「大丈夫?熱は?」
「喉痛そうだね」
友人たちがそう言って私の顔を覗き込む。その表情はとても心配そうに眉をしかめながら。そして1人の友人が手の平を私のおでこにあて、うーん…とさらに眉をしかめた。
「大丈夫だよ、熱はないから」
「そうみたいだね。じゃあ体育行ってくるから、ゆっくりしてなよー」
「私もやすみたーい!」
季節の変わり目に受けた洗礼、それは風邪だった。昨日の夜から若干咳が出始めたので早めに寝たのだが、喉の痛みは昨日よりも酷くなっていた。
それでも熱は無く、いつも通りの生活はできるのでズル休みは通用せず、母に笑顔で家から送り出された。それでも体育だけは教室で休ませてもらう事にしたのだ。今日の体育は持久走だったし、ラッキーと思ったことは内緒にしておこう。
ヒラヒラとお互いに手を振り合い、友人たちは教室を出て行く。私は軽く「ふう」と一息つき、ぐるりと教室中を見渡した。毎日見ているこの教室の風景を、と言っても私は1番後ろの席なので、ただ首を左右に振ったぐらいだ。
そして、最終的に行き着いた私の視線はというと……右隣の席で死んだように眠っている1人の男子生徒だった。
「…………」
自分の腕を枕にし、キレイにセットされたツンツン頭が崩れないよう器用に寝ているのは仙道彰。2年になって同じクラスになったバスケ部のスーパースターだ。先週の席替えで隣の席になったものの、まだ1度も話をした事がない男子。
授業のほとんどを寝て過ごす彼は、先生たちからも呆れられて、というよりも諦められて怒られることすら減ってきていた。
目をつぶっていると余計にわかるまつ毛の長さに感心して、私はじっと彼の寝顔を覗き込んでしまった。
「なっが……」
思わず口に出したその瞬間、パチッとその瞳が開いた。私は思わず座ったままでビクッと体を跳ねさせる。
「あれ……?もうガッコ終わった?」
大きなあくびをして、頭をかきながら周りを見渡す仙道くん。誰もいないガランとした教室を見てそう思ったのだろう。
「体育だよ」
言葉数少なめに私がそう答えると仙道くんは「なるほど」と、またまたあくびをしながら言った。
そして組んだ手をグッと天井へ向けて伸ばし、背筋も共に伸ばしている。
「サボり?」
ちょっと目を細め口角をあげながらいたずらっ子のように言う仙道くんに、ドキっと私の心臓は小さく跳ねた。まるでさっき仙道くんが起きたことに驚いて、跳ねた私の体と同じように。
「ち、違うよ…風邪ひいちゃって」
「え、大丈夫?」
にゅっと伸びてきた仙道くんの大きな手の平は私のおでこにピタリとくっつく。今度は先程とは比べ物にならない程、とても大きく心臓が跳ね上がり、鼓動までもがエンジンがかかったように高速に、そして大きく波打つ。そしてそれは止まる気配はない。
「ちょっと顔赤いけど、熱あるんじゃね?」
「な、ないです!ないです!大丈夫です!!」
「ははは、なんで敬語なんだよ」
それから私たちはベラベラと夢中で話をするわけでも無く、かと言って仙道くんは再び寝ることもなく……なんとなく来週から始まるテスト勉強をしたりして、たまに「家どの辺?」とか「テスト範囲どこだっけ?」なんて仙道くんが話しかけてくれて軽い世間話をした。
沈黙が続いても気まずい思いは全然無くて、むしろなんとなくそれが心地いい空気感を感じていたが、そんな空気は期間限定だ。
「いやぁー、あのシュート決められなかったのは痛かったよなぁ!」
大きな声とともにガラッ!と勢いよく教室の扉が開く。そしてゾロゾロと男子生徒たちが中へ入ってきた。それと同時にキーンコーンカーンコーン…と学校中に鐘の音が響きわたる。男子の方は少し早めに体育の授業が終わったのだろう、戻ってきたクラスメイトたちはもう着替えも済んでいる様子だった。
「あっちぃー!!」
1人の男子生徒がそう言いながら教室の窓を開ける。するとブワッと冷たい秋の風が入ってきた。窓の近くの席だった私は、強い寒さを感じて思わず身震いをしたが、体育後のみんなには気持ちの良い風なのだろう。「閉めて」だなんて言えるはずがない。
ここは黙って耐えよう、そう思っていた時ーーー
「越野~、窓閉めてくれよ」
私の右隣から聞こえてきたのはそんな声だった。
声の主は仙道くんで、窓を開けた越野くんへ向けて言っていた。
「あ?!あっちぃんだけど」
越野くんは怪訝そうな顔をしながら、ノートでパタパタと自分の顔をあおぎながら言葉を零す。
「オレ寝起きで体冷えてんだよ、たのむ」
「ったく、寝てたお前が悪いんだろ。それにいつも寝てんだろ、お前」
仙道くんが「悪い」と手を顔の前に持ってきてお願いをすると、越野くんはしぶしぶだが、窓を閉めてくれた。
これって……私のために言ってくれたの?
チラッと仙道くんの方を向くと、仙道くんは席を立ち、私の頭の上に手を乗せてポンポンと軽く2回優しく叩いて歩いて行く。その後、越野くんに「お前サボんのかよ?!」と突っ込まれて「便所だよ」と困ったように笑いながら教室を出て行った。
黙ってその背中を見送ることしかできないでいると、仙道くんと入れ替わりで体育から戻ってきた女子生徒たちが次々に教室へと入ってくる。
「ちょっとまなみ聞いてよ~」
「ん?なんかまなみ顔赤くない?熱上がってきてんじゃないの?!」
友人たちに囲まれ、私は次々におデコに手をあてられる。
「え!!熱いよ!!」
「ホントだ!!超熱いけど大丈夫?!」
「絶対熱あるって!!」
すぐ目の前にいるはずの友人たちの声が遠くに聞こえる。
仙道くんごめんね。
せっかく窓を閉めてもらったけど、私の体はどんどん熱を増して暑くなってきてしまったよ。
でもこれは全部仙道くんのせい。
憶測とか推測とかじゃなくて、瞬間的にわかってしまった。心も体も熱くなってしまったのは、仙道くん、あなたのせいだよーーーー。
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