ラブコメみたいなバースデー
空欄の場合は「まなみ」になります。
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涙は出なかった。だって闘うみんなの姿があまりにも立派だったから。
「……悪かったナ」
雨上がりの草の匂いの中、三井さんは私に申し訳なさそうに謝る。思わず私は歩いていたその足を止めた。少しだけ先を歩いていた三井さんはそれに気付き、私へと振り向く。
「なんで三井さんが謝るんですか?」
「……負けちまったからよ」
1度は私の目を見たその目は再びそっぽを向く。
今日はインターハイの3試合目、愛和学園との試合だったのだが、前日に山王との試合に全てを出し切った私たち湘北は負けてしまった。
しかもかなりのボロ負け、というやつで。
そして今は泊まっている旅館の近くで、夕飯の後に三井さんに「ちょっと外出ねぇか?」と言われ、外へ出てきていた。
「謝らないでくださいよ。みんな全力を出したのはマネージャーの私が1番よくわかってますもん」
そう、私は入学してすぐ湘北高校バスケ部のマネージャーになった。そしていくつかの月日がたつと、恋心を抱くようになっていた。いま目の前にいる、三井さんに。
「そう…なんだけどよ」
「やだなぁ!三井さんはまだ引退しないでしょ?!」
「まぁな」
ほかの3年生の2人はこれで引退をしてしまうらしい……けど、三井さんはまだ残るということを前々から言っていたので、私は正直に嬉しかった。まだ彼と一緒に過ごすことができるのだから。
「よかった……」
思わず心の声が漏れてしまったことに気づき、私はハッとした。恐る恐る三井さんを見ると、じっとこちらを見ている。その顔は少しだけ驚いているようでもあり、何かを期待しているかのような顔でもあった。
「あ、のよ……オレお前に」
「あー!!まなみちゃんこんな所にいたぁ!」
三井さんの言葉の上に大きな声が被った。後ろから聞こえてきた声に振り向くと、石井と桑田がこちらへ歩いて来ていた。大きな声は石井で、その石井の言葉から私を探していたようだ。
「どうしたの?」
「いいからいいから」
桑田はそう言うと私の背中を押し、無理やり歩かせる。「おめーらなんなんだよ!」と三井さんも歩かされていた。そして着いた先は私たちが泊まっている旅館だ。……せっかく三井さんと2人でお散歩デートできていたのに!!不満を心に秘めたまま旅館の談話スペースに行くと、なぜか部員みんなが集まっている。そしてパっと部屋の電気が消えた。
「え?!停電?!」
私が慌てふためいていると、どこからともなくボワっと光が近づいてくるのが見えてきた。そして聞こえてきたのは……
「「ハッピーバースデートゥーユー」」
みんなの歌声だった。
「え?!は?!え?!」
光はどんどん私に近づいてきて、その正体はロウソクがささった丸いホールのケーキを持った彩子さんだった。そのケーキのプレートには「まなみ誕生日おめでとう」の文字。
……嘘でしょ。
確かに今日8月4日は私の誕生日なんだけど、誰かに言ってたっけ?!だってこんなインターハイ真っ只中で「今日私誕生日なんですー」なんて言えるわけがない。
「あら、私たちお邪魔だったかしら?」
彩子さんがとある1箇所を見ながら、からかうように笑う。その視線の先は……
ガッシリと三井さんの腕を掴む私の手だ。
「?!」
慌てて私は三井さんから離れる。
先程電気がきえた瞬間、思わず掴んでしまっていたらしい。いくらすぐ隣にいたからといって好きな人の腕を掴むなんて、恥ずかしすぎる……。
チラッと三井さんを見上げると三井さんは口元を手でおさえ、そっぽを向いている。
「邪魔して悪いんだけど、消してもらえる?」
彩子さんはウインクをしながら私にロウソクの火を消すように促した。ハッとした私がふぅーっと息を吐き、ロウソクの火を消すと周りから「おめでとう」とたくさんの声と拍手が私に送られる。
なんだか照れくさいが、素直に嬉しかった。
「これだけじゃないわよ?」
彩子さんはそう言うとラッピングされた大きな包みを安田さんから受け取った。そしてそれを私に……ではなく、三井さんへと渡す。
あれ?私への誕生日プレゼントじゃないの?そんな疑問を抱いていると、三井さんが彩子さんへ問いかけた。
「あ?なんでオレ?」
「代表して三井さんからまなみへ渡してください」
「なんでだよ?!」
「あ、じゃあリョータに頼みますね」
「待て待て待て!!……オレがやる」
三井さんはガシッと包みを掴むと、まるで某ジブリ映画に出てくる男の子のように「ん」とそれを私に渡してきた。思わず私はプッと吹き出して笑ってしまう。それは私だけではなく周りからもクスクスと笑い声があがっていた。きっと考えていることはみんな一緒なのだろう。
そして私の気持ちを知っている彩子さんは後ろで私に向かってウインクをした。……グッジョブです、大先輩。私も彩子さんみたいに上手にウインクができるいい女になります……。
「夏休み前に教室で友達と話してるの聞こえたんだ」
切ったケーキをみんなで食べていると桑田が私に話しかけてきた。桑田と私は同じクラスで、なんだ、そーゆー事かと私は納得をする。
わざわざこんなサプライズを用意してもらえるなんて夢にも思ってなかった。
「あ、三井さんそういえばさっき私に何か言おうとしてませんでした?」
さっき外で石井の声によってかき消されていた、三井さんの言葉を私は思い出した。私に何かを言おうとしていた事が気になったのだ。
「べ、別になんでもねーよ。つーか、オレ聞かされてねーんだけど?」
不満そうにテーブルに肘をたて、頬杖をつきながら三井さんが言う。それにつられるように赤木さんと木暮さんも「オレも聞いてなかった」と後に続いた。
「先輩たちにも内緒だったんすよ。特に三井サンに言うと、バレそうだったし」
「ふざけんなよ」
宮城さんと三井さんのそんなやり取りを見て私は思った。そうか、先輩たちには気を遣わせないようにと配慮していたんだ。そこまで色々考えてもらって、私は本当に幸せ者だよ。
「本当にありがとうございます」
私がみんなにお礼を言うと隣に座っていた三井さんがボソッと小さな声で言った。
「……誕生日おめでと」
そして自分の前に置いてあるケーキの皿をスっと私の目の前に移動させる。
「え?」
「……誕生日プレゼントだよ」
「あはは!しょっぼい!」
「っせーよ!」
「でも嬉しいです。さすがに2個は食べられないから気持ちだけありがたく受け取りますね」
私がお礼を言いながらお皿を三井さんの前に戻すと、三井さんはケーキにフォークをさし、パクリと口へ運んだ。
「……帰ったらなんかやるよ」
「え?!」
「なんか欲しいもんねーの?」
まさかの三井さんの発言に私の頭の中はパニックだ。だって「おめでとう」の言葉すら聞けないと思っていたのにまさかのプレゼントの約束をしてくれるだなんて。こんな事あっていいの?!もはやこれが神様からの最高のプレゼントなのでは?!
「……じゃあ1個だけ」
意を決した私は三井さんの耳に手をあて、小声で話す。
「夏祭り…一緒に行ってください」
そう言い終えた私は三井さんの顔も見れずに、姿勢を正したまま目の前のテーブルとにらめっこだ。顔なんてまともに見れるはずないじゃない!
すると自分の膝の上に乗せていた手がキュッと暖かな温もりに包まれた。ゆっくりと顔を上げ隣を見ると、真っ赤な顔の三井さん。
「んなもんいくらでも行くっつーの」
三井さんは顔を真っ赤にしたまま、テーブルの下で私の手を更に強く握る。そして、やっとこちらを見たかと思うと「こんなんよりもっといーもんやるよ」と言ってニヤリとした。
その時に聞かせてもらえるかな?
さっき外で私に言いかけた言葉をーーー。
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