慰め
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私は、私だけはいつでもあなたのそばにいる。
「なぁ!バスケ部の話知っとる?!」
「アレやろ?!今度は〇〇高の人を怪我させたんやって!」
「そうそう!なんかうちのバスケ部って物騒やよね」
「ただでさえガラ悪いんやから、試合ぐらいちゃんとやったらええのになぁ」
昼休み、隣の席から聞こえてきた会話に私は食べていたお弁当を途中で包み、席を立つ。一緒に食べていた友達には「用事を思い出した」と一言だけ言って。
無心で歩く私の頭の中には、1人の人物のことだけを思い描いている。ただ1人だけをーーー。
「……ノックぐらいせぇよ」
ガチャりと1つの部屋のドアをあけると、不満そうな声が聞こえてくる。こちらを向きもせず、だるそうに言う声が。その声の主はさっきからの頭の中に居座る人物だ。
ここはバスケ部の部室で、ソファに座っている彼はここの管理人と言ってもいいのかもしれない。
バスケ部のキャプテンなのだから。昼休みにここに入れるのもその特権、といったところだろう。
「私が来ると思っとったから、鍵あけといたんやろ?」
そう言いながら私は鍵を閉め、ゆっくりと歩み寄る。南という男に。そして彼の目の前に立ち、上から見下ろした。
「相変わらずお見通しやな」
「それは私のセリフや」
2人して達観してるかのような言葉を放ち、南は私を見上げながらフッと微笑んだ。微笑むーーというよりは、ニヤリとした。と言った方が正しいのかもしれない。そして両手を広げた。
私たちは傷の舐め合いをしている。
けれど、その傷がどんな傷なのかお互い知らない。言う必要もないのだ。直接傷口に触れぬよう、いい距離感を保っていると言ってもいい。
私は両手を広げた南の太ももの上にまたがって座り、彼の首へと手を回す。南はそんな私を撫でるように抱きしめ、私の胸に顔を埋めた。
制服の上からキスをするように、南の唇があたるのがわかる。
他人にすがりたくなる時もある。
自分ひとりじゃどうしようもなくなる時もある。
それでも、他人には自分の気持ちなんかわからない……そう思ってしまうんだ。
そんな時は気持ちの慰め合いなんて効果はない、だからこうして私たちは身体で慰め合う。
私の両頬を大きな手で包み込んだ南は私の顔を引き寄せ、唇を開きながらキスをする。そう、まさに噛み付くように。お互いの存在を舌で絡めあって確かめる私たちは、恋人同士なんかじゃない。
それでも私は決意したんだ。
私は、私だけはいつでも南のそばにいる。
8月3日ーーーー
お疲れ様。よう頑張ったな。全国に行けるだけすごいやん。
……あかん。どれも言ったらダメな言葉な気がする。私は音を立てながら窓にぶつかる雨粒を見ながら頭を抱えた。
『バスケ部負けたらしいで』
昨日友人からの電話でその事実を知った。
夏のインターハイ出場が常連だった彼らは、まさかの初戦敗退、という厳しい現実を突きつけられたのだ。
「いっそ私が雨で頭冷やした方がええのかな」
なんてアホな事が浮かんでくるほど、私の頭の中はもう考える隙間がなくなってしまったのだ。梅雨はとっくに抜けたはずなのに、雨が止む気配は全然ない。ーと、自室から窓の外を見ると、傘をさして我が家の玄関に向かってくる1人の人影を発見した。私はバタバタと階段をおり、勢いよく玄関ドアを開ける。
「なんやねん、お前」
インターホンを押そうとしていたであろう、人差し指を立てたままで驚いた顔をして立っているこの人物は南烈。私のクラスメイトで身体だけの関係、いわゆるセフレというやつだ。そして、昨日までインターハイのため広島に行っていたバスケ部のキャプテンだった。
「だ、だって…広島にいるんやなかったの?」
「もう帰ってきたわ」
「もうって……」
あぁ、そうか…負けてしまったからもう試合は無いのだと気付いた私は一気にバツが悪くなる。その時チラッと目に入ってきたのは南の肩にかけられた大きなカバンだった。
「は?!あんたまさか家帰ってへんの?」
「おん」
「そ、そんな…負けたからって家出はあかんよ!」
勝つ時もあれば負ける時だってあるのだから、そんな事で家出なんてしたら親御さんは悲しむじゃないか…。私は必死で南を説得しようと思ったが、うまく言葉が出てこない。
私が一生懸命言葉を探していると、目の前の南はプッと吹き出し、笑いだした。
「誰が家出少年やねん」
「え?…ちゃうの?」
「ちゃうわ」
「な、なんだぁぁぁ…よかったぁ」
安心した私はヘナヘナと玄関にしゃがみ込んでしまう。てか、紛らわしいことをしないでもらいたい。でも……よかった。笑いだした南の顔はいつもとは違って見えた。といっても南が笑うこと自体が珍しいのだけれど。
なんていうのだろう、、、清々しいというか、目に光が戻ったというか……。
あぁ、そっか。試合が終わったあとはいつも南は私を抱く。だからそのまま私の所へとやって来たのだ。どんな心境とか、私への想いはどうなのか、とかそんな事は聞いたこともない。でも、それでも身体だけでも私を必要としてくれる事に意味があったから。
「親は?」
しゃがみ込んでいた私の腕をグイッとつかみ、立たせた南はリビングの方を見ながら言う。
「あ、今日いないねん。親戚のとこ行ってる」
「ほうか…なら、上がらせてもろてもえてもええ?」
「……ええよ」
私たちは黙って階段をあがる。トントンと階段をのぼる足音だけが響く。それでも背中には南の気配をしっかりと感じながら、私は開けっ放しにしてあったドアから自室へと足を入れた。
その瞬間だった。
フワリと後ろから何かに包まれたのは。
背中に感じていた南の気配が一気に近づき、暑いぐらいの体温を背中に感じる。
あぁ、きっとこのままあれよあれよという間に今日もヤるんだろうな…そんなことを思いながら、南の腕を掴むと耳元で小さな声が聞こえてきた。
「今まですまんかった」
そしてギュッと私を抱きしめる力を強くする。まるで私が振り向くことを許してはくれないかのように、きつく私を抱きしめる。少しの息苦しさを覚えるほどに。
「南…?」
「好きや」
「え」
「お前のことが死ぬほど好きなんや」
離したくないとまるで駄々っ子のような南に、私は初めて彼に対して戸惑ってしまった。今までいくら急に身体を求められても、強引に抱かれても戸惑う事なんてなかったのに。
すべて受け入れてきたが、私を好きだと言う南なんて悲しいことに想像すらできていなかった。そのため急に受け入れる耐性なんてできていない。
「好きって……私を好き?」
「むしろ他に何があんねん」
「だって、南やろ?あんた」
「あ?」
「あの南が」
そんなことを言うなんてーーそう言おうと瞬間だった。私を抱きしめていたその手は私の肩に置かれ、くるりと身体を方向転換させた。そして真っ直ぐに私を見つめる。たまに見せる氷のような冷たい目とは真逆で、夏の太陽みたいに熱い眼差しだった。
「……オレの話、聞いてくれるか?」
ーーー聞くよ。いくらでも聞く。
だって私は、私だけはずっと南のそばにいるって決めたんだから。とっくにできているんだよ?あなたの全てを受け入れる準備なんて。
傷の舐め合いなんてやめよう。どっちかの傷は2人で癒していけばいい。だから全てをぶつけて欲しい。今まで言えなかったこと、心の中に秘めた想い、そして生まれ変わったかのようなその瞳の意味も。
全部教えて、私だけにーーー。
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