冗談
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自分の人生の中で思ってもみないことっていくつぐらい起こるんだろう?そう何度もあったらたまったもんじゃない。だって、そんなの心臓がいくつあっても足りないよ。
梅雨明けなんて嘘じゃん…。
バイト先の店を出ると外は夏独特の草の匂いと共に、音をたててシャワーのような雨が降っていた。
ううん、シャワーなんて可愛いものじゃない。まさに土砂降り、そんな言葉がピッタリだった。
地面を打ち付けるその雨粒は、私の帰り道を邪魔するかのように降り続けている。
「あ、誰か傘持ってるかも?!」
そう思った私は数秒前に開けたドアを再び開けた。事務所には誰もおらず、グルリと周りを見渡しても傘のかの字もない。かといって店内に戻ることははばかられる。なぜなら先程まで店は激混みだったのだ。「もう時間だから帰りなさい」と店長が気を利かせて帰らせてくれた手前、今さら店内には戻れない……。きっとまだ忙しいんだ。
「仕方ない…濡れて帰るかぁ」
失恋した映画のヒロインにでもなった気分になれば、びしょ濡れでもいいかも?なんて思いながらドアを開けると「あ」と声が出る。
外に出た私の目の前に現れたのが我が校のスーパースターである、仙道彰だったからだ。
制服姿で傘をさしながら私と同じように「あ」という口をしている。
「傘ねぇの?」
「……はい」
「はいんなよ」
「え?!」
「ほら」
仙道はドアの軒下で黙ったままの私に近づき傘の中へと私を招いた。私は「どうも…」と小さく言ってその傘の中へと入る。
「あそこでバイトしてんの?」
「そう、仙道は部活帰り?」
「うん」
至近距離で並んで歩く私たちはクラスメイトにも関わらず、心の距離は物理的な今の距離とは正反対にものすごく遠い。なぜならほとんど話をした事がないのだから。だってだって、仙道彰だよ?!あの仙道彰だよ?!彼はバスケ部のエースで、東京からスカウトされて陵南高校へ入学したらしい。
仙道彰の名前を知っているのは陵南生だけではなく、バスケ部じゃない人までもなぜか知っている始末だ。それは彼が超高校生プレイヤーで、引くぐらいイケメンという理由もあるのだろう。だから、私みたいなただただフツーの女子高生がこんなスーパースターとクラスメイトっていうだけで恐れ多いのに…仲良くなるなんてこと、天と地がひっくりかえってもないことなのだ。
「オレ相合傘とかはじめてしたかも」
「えっ?!」
いきなりの仙道の発言に私は思わず彼をガン見しながら大きな声を出してしまった。
そして心に思っていたことをそのまま口にしてしまう。
「まって…どうしよう、こんなところ誰かに見られたら」
私は今になって重大なことに気が付いた。
仙道彰と相合傘、、、なんて下手したら学校新聞のネタになるような大事だ。
「私もう学校行けない…」
「ははは、どーゆーことだよ」
「だって、仙道と噂になんてなったら神奈川中の女子を敵に回すよ」
「なんだそれ」
「どうか誰にも見られてませんように」
私が神にも祈るような気持ちで手の平を重ね合わせていると、仙道がピタッと歩を止めた。
それに気付いた私は先に進むわけにもいかないので、仙道同様その場に立ち止まる。
「仙道?どうし「オレとじゃ嫌?」
私の言葉の上に被さるように仙道は口を開いた。
私と向き合うようにして。
「オレと噂になるのは嫌?」
真っ直ぐに私を見つめるまつ毛の長いキレイな瞳。私は仙道のその瞳から目を背けることは許されないかのように、縛られてしまう。その強い眼差しに。
「……い、嫌だよ。平和な学校生活を送りたいもん」
やっとの思いで私はパッと視線を逸らす。仙道の瞳に縛られていた数秒がとても長く感じた。
「オレは大歓迎なんだけど?」
……はい?今なんて言いました?
思わず私は自分よりかなり背の高い仙道を見上げた。
だい、かん、げい。大歓迎とは?私は自分の頭の中の辞書をペラペラと超高速でめくる。
でも出てきたのは大歓迎=大歓迎、というわけのわからないものだった。
だって大歓迎なんて他の意味知らないもの。
「オレは佐藤と噂になるの大歓迎だぜ?」
私がごちゃごちゃ考えていると仙道はトドメを刺すかのように目を細め、笑いながら言った。
「~~~っ、やめてよ、変なジョーダン言うの」
私は自分の顔が熱くなっていくのを感じて、水たまりが出来ている1歩先の地面に視線を向けた。
いっそ雨にうたれて頭を冷やしたい……。
「ジョーダンだと思う?オレジョーダンとか言うタイプに見える?」
「だ、だって…」
「だって、なに?」
だから!その瞳で見つめないでよ!!
何も言えなくなっちゃうじゃない…。
「本気……なの?」
「なんなら既成事実でも作る?」
ゆっくりと顔を近づけてくる仙道。ザァァァと聞こえる雨音だけがやけに耳に響いて、私は1ミリも動くことができずにギュッと目を閉じた。
するとそっと頬に感じたのは暖かな温もり…。だが、それはすぐに消え去る。
「………え?」
ゆっくりと目を開けると目の前にはなんとも言えない表情の仙道。困ったようにも見えるし、面白くないような表情にも見える。どういう感情なの?!それは?!?!
「まいったなぁ」
ツンツン頭をポリポリとかきながら仙道はポツリと言う。雨音が邪魔でよく声が聞こえない。
「さっき佐藤さ、本気?って聞いてきたじゃん?」
「う、うん……」
だってまさか本気だなんて思わないじゃない。こんなどこにでもいる女子高生がスーパースターに相手になんてされるわけがないんだから。本気にして恥ずかしい思いだってしたくないし。
仙道はポン、と私の頭の上に軽く自分の手を乗せながら言った。
「このままオレの家までさらっちまいたいぐらい本気」
「なっ…」
「でも、このままさらったら嫌われるの確実だろ?だからしねぇよ。それぐらい本気」
……だからさっきキスもしなかったのか。
私の頬に触れたのは唇とかじゃない、人の手の温もりだった。
正直なところあのままキスをされても私はきっと拒めなかった。動けなかったっていうのもあるけれど…でも……。
「伝わった?オレの想い」
ニコッと笑う仙道に私の心臓の鼓動は一気に速さを増す。こんなにも仙道の存在を近くに感じたことはない。たとえ同じ場所で同じ授業を受けていても、教室という空間にたまたま一緒になっているだけで、ものすごく遠い存在だった。
実はそれが少し悔しくて、悲しかったのかな……私。
「伝わったよ…でも今は仙道の事なんにも知らないからさ、とりあえず教えてよ。仙道のこと」
「わかったよ……じゃあ色々教えるから今からオレん家行く?」
「さっきの言葉はなんだったの!!」
呆れと怒りが混ざったような、ごちゃごちゃした感情を胸に私は大きな声を出してしまう。……これは振り回される予感しかしない。何が本気なのかジョーダンなのか……ん?ジョーダン??
私は頭の中の記憶を必死に巻き戻して仙道が言った言葉を思い出す。
「さっきジョーダンは言わないとも言ってたじゃん!」
私が仙道を見上げながら言うと彼はケロッとした表情で答えた。
「え?だってジョーダンじゃねぇもん」
「?!?!」
「なんか気持ち伝えたら止まんなくなってきたわ」
仙道はそう言いながらグイグイと私に近づき、その距離はあと数センチで仙道の高い鼻が、私の鼻に触れてしまいそうなぐらいまでに近い。
先程のゆっくりと近づく艶っぽさとはまた違う、完全に男の顔、悪い顔をしながらだ。が、私もさっきまでの私じゃない。
自分の目の前に手をかざし、顔もそっぽを向けた。阻止、の行動をしたのだ。
「……さっきしとけばよかったなぁ」
残念そうに、それでも少し笑いながら言う仙道の言葉を私は聞き逃さなかった。これ…すでに私振り回されてない?仙道に。悔しい、すごく悔しいのに…嫌悪感はない。まるで見た目が苦手だからと、嫌いだった食べ物をいざ食べてみたら意外に平気だった、みたいな感覚。私、仙道のこと食わず嫌いだったのかもしれないなぁ。
「今日はちゃんと家まで送るよ」
「今日は、って何よ」
「ん?そのまんまの意味」
私の家の前まで来ると仙道はニコッと笑い、私の頭を傘を持っていない方の手でポンポンと数回、優しく叩いた。地面に強く打ち付けて跳ねる雨粒ように、私の心臓もドキンと跳ね上がる。そして仙道は私の目を真っ直ぐに見つめてこう伝えた。
「オレのこと早く好きになってね」
家に入った私は仙道と交わしたいくつもの言葉を思い出し、夜ご飯も食べずに自分の部屋へと直行する。下からお母さんが「早くお風呂に入りなさいよー」と呼びかけているのが聞こえたが、私は黙って窓に手をつけ、外を眺めた。
ジョーダンじゃないよ…あんな人にせまられるだなんて。ホントに…ジョーダンじゃない。
いくつ心臓があっても足りないじゃない。
外の雨はまだ止まない。
私の胸の鼓動もまだ、止まないーーー。
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