傷口
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「じゃあ神、また明日な」
「おう」
暗くなった夜道を自転車に乗り、オレは家へとは違う方向へと進み出す。目的地はオレのモヤモヤを解消してくれる場所だ。
自分の家とは少し離れてはいるが、部活ができないオレにとっては救世主として選ばれた場所。
バスケットゴールがある公園だった。
学校の行事やらで部活ができない時はこうして自転車を走らせ、この公園までやってきてシュート練習をするのが日課になっている。
「今日はちょっと暗くなっちゃったな」
公園には数本の街灯が建っているが、あまり明るくはない。それでもほんの少しの灯りを頼りにオレは自転車を降り、ゴールの近くへと歩き出した。
「……え」
その時オレは自分の目を疑った。
なぜならベンチに人影が見えたからだ。それも見覚えのある人物。
「やっぱり来た」
そう言ってベンチから立ち上がったのは佐藤だった。そしてゆっくりと歩いてオレの近くへとやって来る。
「なんで…」
戸惑いを隠せないオレは疑問をぶつけることしかできなかった。
「私の家スグそこなの」
そうか、ここは和光中の学区域か…。
和光中は佐藤の出身校だった。けれど、さすがに家までは知らなかったし、これはただの偶然だったんだけど……
「やっぱりって、なに?」
「実は何回か見たことあるの。神がここでシュート練習してるとこ」
……予想外すぎてオレは何も言えなかった。
まさか見られていたなんて。
「声かけてよ」
「あはは、いや…神すごい真剣だったから、声かけられなかったんだよ」
もしかして彼氏といる時に見た?
そんな言葉をオレは飲み込んだ。そんな自殺行為できるわけが無い。自虐をできるほどまだオレの傷口は塞がっていないから。
針で刺した1ミリの傷は自分でも気がつかないうちに徐々に広がりをみせていて、今日で一気に広がってしまった。
「そうなんだ。で、なに?ハッキリとオレを振るために待ってたの?」
「…………」
我ながら意地悪を言ったもんだ。好きな子をいじめたくなる、なんて小学生の男の子みたいな自分に嫌気がさした。でもコレは意地悪でもなんでもない。自分のためにクッションを置いただけ、あくまでも対処法だよ。これ以上傷口を広げないための。
『ごめん』
この3文字を聞いたら本当に終わりだ。
むしろ謝るのはオレの方なんだ…だって今さら友達として接することなんてできない事はわかっているから。それならもういっそ早く言ってくれないか。
「神…ごめんね」
謝られると惨めになるって本当だったんだな…。
オレはため息をかみ殺す。
「……私、神の事が自分で思ってた以上に好きみたい」
「いいよ、謝るのはオレの方……って、は?」
思ってもいなかった佐藤の言葉に、オレはあんぐりと口を開けたままになってしまう。
「ふふふ、神でもそんな顔するんだね」
クスクスと笑う佐藤に今の状況がオレにはまったく飲み込めないでいた。すると佐藤は大きく1歩踏み出し、呆然と立ち尽くすオレの目の前へと近づき、オレを見上げた。
「私は神が好きです」
真っ直ぐにオレの目を見て、それは嘘偽りのない瞳だった。
「……彼氏は?」
「私に?いないよ」
「え?!」
「……1回か私に聞いてきたことある?」
「それは……」
確かに直接佐藤に聞いたことは1度もなかった。聞いて傷付きたくなかったから。
けれど、間接的に友達から聞いてはいたんだからそれは事実じゃないか。
と言っても佐藤の口から彼氏の『か』
の字も出てきたことは1度もなかった。
「今はいないよ、去年に別れたもん」
「そう…だったんだ」
「誰かさんのせいだよ」
「オレ…って事でいいんだよね?」
じっと目を見つめながら聞くと、暗がりの中佐藤の顔が赤くなっていく事に気付いた。
「ホントに困ったよ……気付いたらいつも神の事ばっかり考えてるんだもん」
オレから目を逸らし、横を向きながら言う佐藤をオレは優しく抱きしめた。ずっとずっとこうしたかったんだ。
「なんでそんな嬉しい事言うんだよ」
「……一生言えないかと思ってた」
「それはオレのセリフ」
オレたちはクスッと笑い合い、そっと口付けを交わした。ゆっくりと心が暖かくなり、広がっていた傷口は塞がっていく。佐藤のぬくもりによって。
「別れたなら別れたって言ってくれればよかったのに」
「だってわざわざ言うこと?別れましたーって」
「むしろ大きな声で言って欲しかったよ」
「あはは、アピールすれば良かったね」
「……オレの気持ち気付いてなかったの?」
オレたちはさっき佐藤が座っていたベンチに並んで腰をかけながら話をする。
こんな日が来るだなんて思ってもいなかった。
「何が本気なのかわかんなかったんだもん」
「どういう事?」
「男子にさ、私に彼氏がいなければよかったって言われてたの肯定してたじゃん?」
「あぁ、立ち聞きされてたやつね?」
「ち、ちが!!……わなくもないけど」
こんなやりとりですらオレは楽しくなり、黙っていると顔は緩む一方だ。
「それがただ単にその場を流すために言ってると思ってたし、それに……」
「それに?」
オレから視線を逸らし、なんだか言いにくそうにしている佐藤。夜空には星がいくつも輝いていて、7月の夏とはいえさすがにあまり遅い時間まで一緒にいる訳にはいかない。……オレはもちろん佐藤とまだ一緒にいたいけど、せっかく付き合い始めたのに彼女の両親に嫌われたくないしね。
「神が本気で言ってるなんて思ってなかったんだもん」
「あはは、なんだよそれ」
「なんか神ってなんでもそつ無くこなすからさ、本気出す時ってわからな」
オレは話し続ける佐藤の唇を塞いだ。自分の唇で。
「伝わった?オレの本気」
街灯に照らされた佐藤の顔は真っ赤になっていて、だまってコクコクと縦に振った。そんな彼女を見てオレはクスリと笑いながらベンチから立ち上がる。
「オレの本気も伝わったことだし、そろそろ帰ろうか」
まだベンチに座っている佐藤にそっと手を差し伸べると、佐藤はキュッとオレのその手を力強く握ったかと思うと、ぐいっと勢いよく引っ張る。思わずオレが前のめりになったその瞬間、柔らかな感触を唇に感じた。それはつい先程触れ合ったそれだ。
オレが唖然としていると佐藤はいたずらっぽく笑いながら言う。
「私の本気も伝わった?」
……あぁ、もう。
こんな事を別れ際にするなんてホントにずるい人だなぁ。帰したくなくなるじゃないか。
「オレの本気をあんなものだと思ってる?」
「え?」
オレは佐藤の後頭部に手をまわし、軽く引き寄せ何度もキスをした。唇、頬、まぶた…突然の事で佐藤は慌てているようだったが、そんなのはお構い無しだ。あれだけ近くにいて、何も出来なかったんだからこれぐらいはさせてもらわないとね。
……ただ、さすがに外でこれ以上の事をするつもりはない。オレはゆっくり佐藤の身体を離し、耳元で言う。
「あまく見ないでよ」
「……お手柔らかにねがいます」
自転車を押して、生暖かい風を感じながら歩く。隣にはずっと想いを寄せていた女の子。
しまい続けていたその想いをようやく打ち明けることができたんだ。
「ねぇ、佐藤」
「なに?」
「来週の学祭、一緒にまわらない?」
「また噂になっちゃうよ?」
「なにか困ることでもある?」
「ふふ、まったく問題ありません」
なんだろうな…いつも見ていた笑顔なのに一段と可愛くて見えてしまうのは気持ちの問題なのだろうか。君の瞳にオレはどう映っている?
きっとこれからはかっこ悪い所や、情けない所も見せてしまうのだろう、けど、それでもずっと佐藤の瞳に映り続けていきたいんだ。
数時間前は限界というところまで広がった傷口は、今ではすっかり塞がり、それは決して雑に縫い合わせたものではなく、元々の針が刺さったところから完治されたもので、これから2人が喧嘩をしたり、傷つけ合って再び傷が出来ることもあるかもしれない。けれど、2人でそれを修復していくんだ。2人でならどんな心の傷も癒せるはずだからーーー。
「おう」
暗くなった夜道を自転車に乗り、オレは家へとは違う方向へと進み出す。目的地はオレのモヤモヤを解消してくれる場所だ。
自分の家とは少し離れてはいるが、部活ができないオレにとっては救世主として選ばれた場所。
バスケットゴールがある公園だった。
学校の行事やらで部活ができない時はこうして自転車を走らせ、この公園までやってきてシュート練習をするのが日課になっている。
「今日はちょっと暗くなっちゃったな」
公園には数本の街灯が建っているが、あまり明るくはない。それでもほんの少しの灯りを頼りにオレは自転車を降り、ゴールの近くへと歩き出した。
「……え」
その時オレは自分の目を疑った。
なぜならベンチに人影が見えたからだ。それも見覚えのある人物。
「やっぱり来た」
そう言ってベンチから立ち上がったのは佐藤だった。そしてゆっくりと歩いてオレの近くへとやって来る。
「なんで…」
戸惑いを隠せないオレは疑問をぶつけることしかできなかった。
「私の家スグそこなの」
そうか、ここは和光中の学区域か…。
和光中は佐藤の出身校だった。けれど、さすがに家までは知らなかったし、これはただの偶然だったんだけど……
「やっぱりって、なに?」
「実は何回か見たことあるの。神がここでシュート練習してるとこ」
……予想外すぎてオレは何も言えなかった。
まさか見られていたなんて。
「声かけてよ」
「あはは、いや…神すごい真剣だったから、声かけられなかったんだよ」
もしかして彼氏といる時に見た?
そんな言葉をオレは飲み込んだ。そんな自殺行為できるわけが無い。自虐をできるほどまだオレの傷口は塞がっていないから。
針で刺した1ミリの傷は自分でも気がつかないうちに徐々に広がりをみせていて、今日で一気に広がってしまった。
「そうなんだ。で、なに?ハッキリとオレを振るために待ってたの?」
「…………」
我ながら意地悪を言ったもんだ。好きな子をいじめたくなる、なんて小学生の男の子みたいな自分に嫌気がさした。でもコレは意地悪でもなんでもない。自分のためにクッションを置いただけ、あくまでも対処法だよ。これ以上傷口を広げないための。
『ごめん』
この3文字を聞いたら本当に終わりだ。
むしろ謝るのはオレの方なんだ…だって今さら友達として接することなんてできない事はわかっているから。それならもういっそ早く言ってくれないか。
「神…ごめんね」
謝られると惨めになるって本当だったんだな…。
オレはため息をかみ殺す。
「……私、神の事が自分で思ってた以上に好きみたい」
「いいよ、謝るのはオレの方……って、は?」
思ってもいなかった佐藤の言葉に、オレはあんぐりと口を開けたままになってしまう。
「ふふふ、神でもそんな顔するんだね」
クスクスと笑う佐藤に今の状況がオレにはまったく飲み込めないでいた。すると佐藤は大きく1歩踏み出し、呆然と立ち尽くすオレの目の前へと近づき、オレを見上げた。
「私は神が好きです」
真っ直ぐにオレの目を見て、それは嘘偽りのない瞳だった。
「……彼氏は?」
「私に?いないよ」
「え?!」
「……1回か私に聞いてきたことある?」
「それは……」
確かに直接佐藤に聞いたことは1度もなかった。聞いて傷付きたくなかったから。
けれど、間接的に友達から聞いてはいたんだからそれは事実じゃないか。
と言っても佐藤の口から彼氏の『か』
の字も出てきたことは1度もなかった。
「今はいないよ、去年に別れたもん」
「そう…だったんだ」
「誰かさんのせいだよ」
「オレ…って事でいいんだよね?」
じっと目を見つめながら聞くと、暗がりの中佐藤の顔が赤くなっていく事に気付いた。
「ホントに困ったよ……気付いたらいつも神の事ばっかり考えてるんだもん」
オレから目を逸らし、横を向きながら言う佐藤をオレは優しく抱きしめた。ずっとずっとこうしたかったんだ。
「なんでそんな嬉しい事言うんだよ」
「……一生言えないかと思ってた」
「それはオレのセリフ」
オレたちはクスッと笑い合い、そっと口付けを交わした。ゆっくりと心が暖かくなり、広がっていた傷口は塞がっていく。佐藤のぬくもりによって。
「別れたなら別れたって言ってくれればよかったのに」
「だってわざわざ言うこと?別れましたーって」
「むしろ大きな声で言って欲しかったよ」
「あはは、アピールすれば良かったね」
「……オレの気持ち気付いてなかったの?」
オレたちはさっき佐藤が座っていたベンチに並んで腰をかけながら話をする。
こんな日が来るだなんて思ってもいなかった。
「何が本気なのかわかんなかったんだもん」
「どういう事?」
「男子にさ、私に彼氏がいなければよかったって言われてたの肯定してたじゃん?」
「あぁ、立ち聞きされてたやつね?」
「ち、ちが!!……わなくもないけど」
こんなやりとりですらオレは楽しくなり、黙っていると顔は緩む一方だ。
「それがただ単にその場を流すために言ってると思ってたし、それに……」
「それに?」
オレから視線を逸らし、なんだか言いにくそうにしている佐藤。夜空には星がいくつも輝いていて、7月の夏とはいえさすがにあまり遅い時間まで一緒にいる訳にはいかない。……オレはもちろん佐藤とまだ一緒にいたいけど、せっかく付き合い始めたのに彼女の両親に嫌われたくないしね。
「神が本気で言ってるなんて思ってなかったんだもん」
「あはは、なんだよそれ」
「なんか神ってなんでもそつ無くこなすからさ、本気出す時ってわからな」
オレは話し続ける佐藤の唇を塞いだ。自分の唇で。
「伝わった?オレの本気」
街灯に照らされた佐藤の顔は真っ赤になっていて、だまってコクコクと縦に振った。そんな彼女を見てオレはクスリと笑いながらベンチから立ち上がる。
「オレの本気も伝わったことだし、そろそろ帰ろうか」
まだベンチに座っている佐藤にそっと手を差し伸べると、佐藤はキュッとオレのその手を力強く握ったかと思うと、ぐいっと勢いよく引っ張る。思わずオレが前のめりになったその瞬間、柔らかな感触を唇に感じた。それはつい先程触れ合ったそれだ。
オレが唖然としていると佐藤はいたずらっぽく笑いながら言う。
「私の本気も伝わった?」
……あぁ、もう。
こんな事を別れ際にするなんてホントにずるい人だなぁ。帰したくなくなるじゃないか。
「オレの本気をあんなものだと思ってる?」
「え?」
オレは佐藤の後頭部に手をまわし、軽く引き寄せ何度もキスをした。唇、頬、まぶた…突然の事で佐藤は慌てているようだったが、そんなのはお構い無しだ。あれだけ近くにいて、何も出来なかったんだからこれぐらいはさせてもらわないとね。
……ただ、さすがに外でこれ以上の事をするつもりはない。オレはゆっくり佐藤の身体を離し、耳元で言う。
「あまく見ないでよ」
「……お手柔らかにねがいます」
自転車を押して、生暖かい風を感じながら歩く。隣にはずっと想いを寄せていた女の子。
しまい続けていたその想いをようやく打ち明けることができたんだ。
「ねぇ、佐藤」
「なに?」
「来週の学祭、一緒にまわらない?」
「また噂になっちゃうよ?」
「なにか困ることでもある?」
「ふふ、まったく問題ありません」
なんだろうな…いつも見ていた笑顔なのに一段と可愛くて見えてしまうのは気持ちの問題なのだろうか。君の瞳にオレはどう映っている?
きっとこれからはかっこ悪い所や、情けない所も見せてしまうのだろう、けど、それでもずっと佐藤の瞳に映り続けていきたいんだ。
数時間前は限界というところまで広がった傷口は、今ではすっかり塞がり、それは決して雑に縫い合わせたものではなく、元々の針が刺さったところから完治されたもので、これから2人が喧嘩をしたり、傷つけ合って再び傷が出来ることもあるかもしれない。けれど、2人でそれを修復していくんだ。2人でならどんな心の傷も癒せるはずだからーーー。
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