傷口
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出会う順番を自分で決められるもんなら決めたかったよ。せめて同じ土俵で戦いたかった。
それすらも叶わないなんて神様も酷な事するよな。
「神、おはよ!」
今日も朝イチの教室でオレは気分を良くする。
なぜならオレが今1番会いたかった子に真っ先に声をかけられたからだ。
「佐藤おはよ」
「今日暑くなりそうだね~」
「そうだね」
こんな社交辞令みたいな会話でもオレは嬉しかった。彼女の言葉ひとつひとつがオレにとっては何よりも大切なものだ。いつからだろう、こうやって佐藤がオレの中で日に日に大きな存在になったのは…。
佐藤とは高校に入学した時に隣の席だった。気付いた時にはもう仲良くなっていたし、オレ自身の恋心にもすぐに自覚した。
けど、それは芽生えてはいけなかったものだったんだ。そりゃそうだろ?だって佐藤には彼氏がいるんだから。
オレは今までこんなに異性に心を奪われる事なんてなかった。それがどうだ。相手がいる人を好きになって、しかもバカみたいに好きになってしまったんだ。こんな不毛な想いすぐにでも捨て去るべきだと思い、自分に言い聞かせた。
他の子でもいいだろ?
できもしないのに言い聞かせた。
案の定そんな事は無理で、毎日教室で顔を合わす度にオレの気持ちはなくなるどころか、増すばかりで…それでも2年になってクラスが変われば、
とも思ったんだ。けど、神様って意地悪なんだよな。どうしてまた同じクラスにしちゃうんだよ。
「やったね、また神と同じクラスだ」
案の定、2年に進級したての頃の席はまた隣同士で、無邪気に笑うその顔にオレはもう諦めすら覚えた。
この気持ちを風化させるなんて無理だ。って。
きっとオレたちははたから見たら付き合っている恋人同士のように見えるだろう。それぐらいよく話すし、仲がいいのだ。実際聞かれたこともある。その度に「佐藤には別の高校に彼氏がいる」と言いたくもないことを何度も言った。
なんでオレがこんな事を説明しなきゃいけないんだといつも思っている。
誰が好きな人の恋人事情を説明したがるんだよ。
「アレだな佐藤に男いて残念だったな」
「ははは、そうだね」
「でもマジでオレは神と佐藤はお似合いだと思うんだけどなぁ」
「はいはい、ありがとう」
友達とのこんな会話も慣れたもんだ。
いつか君の隣にいる男がオレになってくれないか…そんな淡い想いに心を燻らせながら今日を過ごす。
「あ、ガムテープ取って」
「はいよ」
「ねえ誰かこれ試着してー」
「これ間に合うの?」
そんな会話が飛び交う放課後の教室。
今は来週にせまった学校祭の準備の真っ只中だ。そのため、部活も休止中。皆それぞれの自分の役割を果たすために切磋琢磨して動いている。
オレはというとーーー心の奥ではシュート練習ができなくて正直うずうずしていた。
オレが所属するバスケ部はインターハイ出場を決めたのだが、その大会前に練習ができないのは正直痛い。それがたとえ1週間だけだとしても。
仕方がないので、部活が始まるまではバスケットゴールのある公園まで自転車で通っている。
たとえ家から少し遠くてもオレにとってはシュート練習をしなければ、その日1日を終えることはできないんだ。
「ちょっとまなみ大丈夫?!」
オレがそんな事を考えていると教室の向こう側で大きな声が聞こえてきた。佐藤の名前が出てきたことでオレは条件反射的に声が聞こえてきた方へと体を向ける。
するとそこには佐藤を囲うように何人もの人だかりができていた。オレは思わずその輪の中へと足早に駆け寄った。
「いったぁ…」
そこには右手で左手を包み込むように抑えている佐藤の姿があった。そして指の隙間からは赤い血が流れている。
オレは制服のポケットからハンカチを取り出し、佐藤の左手首をつかんで、血が出ているその部分にハンカチを押し当てた。
「え?!神?!いいよ!ハンカチ汚れちゃ」
「いいから、行くよ」
オレは慌てる佐藤の言葉を遮り、座っている彼女を立たせ、手をつかんで教室を出た。
周りの目なんて気にすることもせずに。
「……ごめんね」
「なんで佐藤が謝るの」
「だって神のハンカチ…」
「そんなのどうだっていいよ」
オレが佐藤を連れてきた先はもちろん保健室。佐藤はどうやらカッターで指を切ってしまったらしく、保健医の先生にガーゼで血を止めるために抑えるように言われている。
オレはなんだか手持ち無沙汰でその場で突っ立っている事しかできず、この場にいるべきなのかもう教室へ戻るべきなのか悩んでいた。
その時、勢いよく保健室の扉が開き1人の生徒が慌てた様子で顔を出す。
「先生!めっちゃ怪我した子いる!来て!!」
「どんな怪我?!」
「釘刺さったの!!!」
「わかったわ。あ、彼氏くん血止まったらこれで消毒して絆創膏貼っておいて」
先生はそう言うとオレに消毒液を渡して、救急箱を持ち、慌ててやって来た生徒と共に保健室を出て行った。オレは放心状態のままだったが、後ろから視線を感じハッと我に返る。そしてゆっくりと振り返り、その視線に真っ向勝負をした。
「…彼氏、じゃないのにね」
ガーゼで傷口を抑えている佐藤 は申し訳なさそうに言って視線を逸らした。心なしか少しだけ切ない表情をしているのはオレの考えすぎなのだろうか…。そんな顔をされると誤解しちゃうじゃないか。
「てゆーかさ…神、迷惑してるよね」
「迷惑?」
「なんか私たち噂になったりしてるじゃない」
「……知ってたんだ」
オレは佐藤に背を向け、脱脂綿に消毒液を染み込ませながら彼女の話を聞く。
「この間も男子に言われてたじゃん。私に彼氏がいて残念だったなー、なんて」
「あぁ、聞いてたんだ?」
「たまたまね…でも神はさすがだね!ああやって言ったらうまく流せるもんね」
流す?あぁ、オレが本気でそう思ってるなんて微塵も思うわけがないよね。
違うよ、別に流すためなんかじゃない。
……もう限界だな。
オレは佐藤の向かいに椅子を持ってきて座り、彼女の手をゆっくりと掴んだ。
「じ、神?」
「もう血止まったでしょ?」
「あ…」
ガーゼを離したその傷口からもう血は止まっていた。その代わりにオレの抑えていた気持ちはもう止まらなくなる。いや、止めようとするのを自分でやめたんだ。
「いつも思ってたよ」
オレは消毒液を傷口に優しくあてながら言う。
消毒液が傷口に染みたのか佐藤は身体をピクリとさせ、小さく「…ッ」と声を出した。
「なんで彼氏がいるのかって。オレじゃダメなのかって」
傷口からオレへと目線をうつす佐藤に気付いたが、オレはそのまま目線を合わさず傷口に絆創膏を貼る。これ以上化膿させてはいけないのだ。
どんどん傷口が広がっていくのはもう限界だ。
「オレは佐藤が好きだよ」
この一言を吐き出すのにどれだけの苦労があったかわかる?たった一言『好き』という言葉を言うのに、どれほどの葛藤があったかわかる?
言わなければきっとこのまま友達として過ごすことはできたはずだ。そうするのが正しかった?
どうするのが正しいかなんて、きっと誰にも決める事なんてできない。
オレはもう限界だっただけ。
佐藤はオレの言葉に何も言わない。
それに対して何も言う気はないよ。困らせてごめん、なんて言わない。だって困らせるぐらいしたっていいだろ?
「じゃあオレ教室戻るね」
「あっ、神……」
オレの名前を呼ぶ佐藤の声を背にオレは保健室を出る。完全に言い逃げだった。
そうでもしないと抱きしめてしまいそうだったから。そこまで関係を崩す事はしたくなかった。
彼氏がいる人に告白をしといてなんだけど、嫌われたくはないだろ?……嫌われる勇気なんてないから。
教室に戻ると数名の女子がオレへと駆け寄ってきた。もちろん理由なんて1つしかない。
「佐藤なら大丈夫だよ、そろそろ戻ってくるんじゃないかな」
オレが言うとみんな「よかったぁ」と安堵した様子を見せる。それからお決まりのごとくクラスメイトにからかわれたオレはそれを流しながら学祭の準備を進めた。
佐藤が教室に戻っきたのはそれから少したってからだった。視界に入らずともオレはその空気で気付いてしまうんだ。佐藤の存在を。
「ちょっとまなみ、大丈夫~?!」
「うん、大丈夫、大丈夫。ごめんね」
「今日はもう帰りなよ」
「そうだね、そうしよっかな」
……オレも諦めが悪いなぁ。
無意識に会話を聞こうとしてしまっている自分に呆れてしまう。気配だけで佐藤を察知してしまう癖はそう簡単にはなくならないんだろうな。
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