記憶
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1週間の疲れを全て飲み込むかのように、グビグビと大好きなビールを一気に喉に流し込む。その旨味と喉越しの気持ち良さに思わず「ぷはぁ!!」と可愛げのない声が出てしまった。
「オヤジかよ」
隣に座っている寿が呆れ顔で私を見て、テーブルの上にあがっているツマミに箸を伸ばす。そのツマミはさっき私が作ったもので、簡単だけれどもこれがまた美味いのだ。
「うめぇな」そう言いながら美味しそうに食べて、ビールを飲む寿に私の顔は自然にほころぶ。
寿とは結婚して3年、付き合った頃から数えるともう10年以上も一緒にいる。
「あ、今日タイタニックやってんだっけ」
「お前観たことある?」
「あるある!でも昔すぎてなぁ~」
夕飯を食べ終え晩酌タイムに突入した時、リビングにある目の前のテレビには何年も前に話題になった映画が映し出されていた。子供の頃に見た事があったが、随分と昔の事なので所々はうろ覚えだ。それでも話題作だった事もあり、大筋の内容はわかっているし、結末も知っている。
「なんかポセイドンとごっちゃになる」
グビっとビールを口に含みながら私は頭の中で記憶と戦っていた。なぜなら、船が沈みゆくシーンが別の映画のシーンと混在してしまっているから。
「ポセイドン?すげぇ昔のやつか?」
「それ本家の方ね!ほら!リメイクしたじゃん!」
「そんなんあったか?」
「あったよ。てか、一緒に映画館行ったじゃん!!」
「……あぁ?」
……あれ。これもしかして私いま思いっきり地雷を踏みました?恐る恐る寿の顔を見ると、これでもかというぐらい眉間にシワを寄せ、不機嫌マックスな表情だった。私は懸命に自分の記憶と戦っている。10年ぐらい前、確かに私はポセイドンという映画を観に行っていた。
ーーが、隣に座っていた人物の顔の記憶が曖昧だ。これはマズイやつ。
「い、行ったじゃん!!寿ってばホントすーぐ忘れるんだもん!」
自分の記憶違い…段々とそう思い始めたが、あとに引けなくなった私はバシバシと寿の肩を叩きながら、残りのビールを一気に飲み干す。そして「おかわり持ってこよー」と席を立とうとしたのだが、これが完全に裏目に出てしまうとは思ってもなかった。
「……待て、調べるからな」
「え」
寿はそう言うと立ち上がろうとした私の手首を掴みながら、ポチポチ自分のスマホをいじり出した。……ごめんなさい。もうやめてください。
私はまるで死刑を待つ囚人のようで、今すぐこの場から逃げたい気持ちでいっぱいだったが、そんな事は許されるハズもなくーーー
「おい、これ見ろよ」
ズイ!!っと寿は私にスマホを差し出す。
そこにはポセイドンの公開日の画面が映っていた。それを見た私は少し驚く。なぜなら、思っていた事とは違う結果が出ていたからだ。
「ほら!この年って私と寿が付き合い始めた年じゃん!!」
キタコレ。と、私は心の中でガッツポーズをした。心の底からこんなに安心したのは久しぶりで、人の記憶って曖昧なんだよなぁ…なんて思っていたのに。
「あめーんだよ。何月かを見ろ」
「……あれ」
「あれ、じゃねぇよ。こん時まだオレと付き合ってねぇだろ」
やばい。
これはもうどう足掻いても私の嘘が証明されてしまった。弁解の余地なし、というやつだ。
けれど、私はそれよりも寿が付き合った日をきちんと覚えていたことに喜びを感じてしまった。
結婚記念日ぐらいは覚えといてよ、とは思っていたが、結婚したいま付き合った日を覚えていてくれ、なんて願うこともなくなっていた。
普段はぶっきらぼうで、愛情表現なんて滅多にしてこない彼が、実は正確に付き合った年月をしっかりと覚えているだなんて……可愛いじゃない。キュンとしちゃうじゃない。
「ったく、どこのどいつと行ったんだか……ってなんでお前嬉しそうなんだよ」
テーブルに頬杖をつきながらビールを飲む寿は、私の顔を見て呆れている。本日何度目の呆れ顔だろう。
「だって記念日をちゃんと覚えてくれてたから」
私がニマニマしながら言うと寿は「?!」と目を大きくさせ、気まずそうにそっぽを向いた。
そんな寿は私は隣から抱きついて「好き好き」と言いながらはしゃぐ。なんならほっぺにチューまでしてしまう始末。
「寿ってこーゆーとこホントに可愛いよねっ…て…えっっ?!?!?!」
気付くと私は寿にお姫様抱っこをされている。
落ちそうになるのを阻止するため、私は必然的に寿の首に手を回した。そして寿を顔を見上げると、彼はまだ面白く無さそうな顔をしていた。
そのまま向かった先は寝室で、私をゆっくりベッドに下ろすとそのまま寿は私に覆い被さる。
そして不貞腐れたままで言った。
「他の男なんて思い出せねーよにしてやるからな」
こんな小っ恥ずかしい事を言うのはお酒のせいなのかもしれない、私の顔が赤くなっているのもきっとお酒のせいーーー。
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