最愛
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バチン!!!
そんな音とともに私の耳に小さな穴が開く。そう、私はたった今、耳にピアスの穴を開けたのだ。
高校に入ったら絶対ピアスを開ける!!そう思っていたのだが、なかなかお母さんからのお許しが出ない日々が続いていた。が、ようやく私の熱意が伝わったのかお母さんがこう言ったのだ。
「期末テストで150番以内に入ったらいいわよ」
……そうきたか。
私はそこまで勉強が得意という訳ではない。いつも200番台、全順位の半分前後を行ったり来たりしていた。その為、150番以内というのは頑張ればいける、というなかなかうまい所をついてきた。さすが母親、私のことをよくわかっている。やりよるな。
という訳で、私は必死に勉強をして見事に145番という順位をたたき出したのだ。
ギリギリセーフとはこういうことを言うんだね。
「痛くねぇの?」
そう声をかけてきたのは、今、私の耳にピアッサーで穴を開けてくれた人物で、幼なじみの洋平だ。
洋平とは家が隣で年齢も同い年という事もあり、家族ぐるみの付き合いを物心がついた時からしている。入学式、運動会、学芸会、卒業式といった子供の頃からの学校行事だけではなく、キャンプや旅行、クリスマス、誕生日も家族ぐるみでよく一緒にイベントを楽しんできていた。
「痛くないよ。氷で耳冷やしといたからかな?」
「そもそも冷やすってホントにいいもんなのか?」
「わかんない、友達が言ってた」
「信ぴょう性ねぇなぁ」
洋平は自分が開けた穴をまじまじと見ながら、少し笑って言った。
私はこの洋平が困ったように片眉を下げて笑う顔が何よりも大好きだ。
ーーというよりも私は洋平が大好きなのだ。
幼なじみに恋をするなんて、我ながらなんてベタなんだと思うけど、気付いたら大好きになってしまっていたんだから仕方ない。
……リーゼントはあまり好きじゃないけどね。
でも似合ってしまっているんだから、これまた仕方ない。
「つか、これってもうピアスついてんのか?」
「そうそう、穴を開けると同時に透明なピアスが刺さるの。んで、1ヶ月間このピアスは外しちゃダメなんだよ」
「へぇ~~~」
洋平は感心したかのように言った。
そして私にひとつの疑問を投げかけてきた。
「なぁ、開けたのオレでよかったのか?」
「え?なんで?」
「いや…一生モンじゃねぇのかなぁって、ピアスの穴って」
「あはは、洋平考えすぎだよー」
……あっぶな。
私は自分の考えが洋平にバレてしまったのかと、ドギマギした。だって、その通りなんだもの。
これから先、穴を塞がない限りは「この穴は洋平が開けてくれた」っていう事実を一生背負っていくんだから。
危ない思考なんて思われるかもしれないけど、そうでもして洋平との繋がりを増やしたかった。
幼なじみなんだから繋がりなんていくらでもある?
うん、確かにそうかもしれない。
小さな頃から一緒にいるし、それも家族ぐるみの付き合いだし、、、でもね、その分年齢を重ねるとその繋がりが減っていく事が増えていくんだよ。
高校は一緒だけどクラスは別になってしまった。私は1組で洋平は7組。朝の登校はお互い友達と行くし、学校で会うこともあまりない。高校に入ってから洋平はバイトと親友である花道の部活見学で忙しそうだし。正直寂しいと思っている。
でもそれは洋平だけじゃない、私だってバイトをはじめたし、友達だって増えた。
お互いにいつでもそばにいる訳じゃないのは、当たり前の事だ。きっと家族旅行だって行かなくなっていくのが自然なんだろうな。事実今年の家族旅行はお互いの家の都合が合わなくて中止になってしまった。
「来年は行くよ!」と両両親は息巻いていたけどね。
むしろ中学生になってまで、家族旅行にちゃんと行っていた方が珍しいのかもしれない。
それに、いつまでも単なる幼なじみの関係でいるのは嫌なんだ。それなら早く気持ちを伝えろ?
……そんな怖いこと出来るならとっくのとうにしてますよ。そんなヘタレな私だけど、それは洋平が好きで好きで仕方がないからだ。
それ故にこの関係が崩れるのがとても怖い…。
私が本当の気持ちを言える日は来るのだろうか?
「クリスマス?」
「そう!まなみちゃん私とシフト代わって貰えないかなぁ?!」
12月に入ったある日、バイト中に1つ年上の先輩がパン!と目の前で手を合わせ、私に懇願をしてきた。言われて気付いたが、もうすぐクリスマス。毎年私の家か洋平の家で家族ぐるみでクリスマスパーティをしてるんだけど…………
私は先日「付き合うことになったの♡」と語尾にハートを付けながら言ってきた先輩の嬉しそうな顔を思い出した。
「全然いいですよ!残念なことに私はクリスマス予定ないですし!」
「マジ?!本当にありがとう~!!」
先輩は私の手を握り、大はしゃぎで喜ぶ。そんな姿を見てなぜか私まで嬉しくなった。
別にパーティ自体は約束をしているわけでもないし、私1人いなくても大丈夫でしょ。
「その変わり、私に彼氏ができてデートに行く時はシフト代わってくださいね?」
「もちろんだよー!まなみ大好き!!」
いつになるかわからない約束を私は先輩と交わした。
ーー12月24日ーー
「いらっしゃいませ、2名様ですか?」
時間なんてあっという間に過ぎる。
先輩からのお願いをきいた私はクリスマスイヴの今日、アルバイトに勤しんでいる。店内もメニューもクリスマス仕様になっているファミレスで。
そして……多くの学生カップルが楽しそうにしているこの空間で。
私はチラ…っと店内にある時計に目をやった。
只今の時刻は20時半。あと30分でバイトは終わる。
先輩とシフト交換が決まった日、クリスマスはバイトになった事をお母さんに話した。すると「え?!あんたも?!」と言われた。あんた……「も」??
話を聞くと、どうやら洋平もバイトが入っているらしい。そして「2人して寂しいわね」なんて笑いながらお母さんに肩を叩かれたっけ。
私は洋平がバイトという事にほっとしていた。だってバイトっていう事は一緒に過ごすような女の子はいないって事でしょ?
そんな事を思いながら私は家への道を歩く。寒くなった空気の中、白い息を吐きながら。
あと数メートルで家に着くその時、ポケットに入っていたスマホがブブッと震えた。ポケットから取り出したスマホの画面には「新着メッセージがあります」の文字。どうやらLINEが来たらしい。
メッセージの中身を確認して私は「は?!」と思わず声を出してしまった。
「大人たちは飲みに行ってきマース♡♡」
「チキンとケーキ食べてね」
差出人はお母さん。
え、なに、どゆこと…。そして家に入った私はその文面の内容をハッキリと理解した。
ダイニングテーブルにはラップのかかった皿がいくつか並べられている。チキン、サラダ、その他の豪華な食事たち。そして冷蔵庫の中には白くて大きな箱。中身は見なくてもわかる、そう、クリスマスケーキだ。
私は無言で冷蔵庫をパタン…と閉めた。
そして料理が置かれているダイニングテーブルに再び視線をうつす。私以外に誰もいない、静かなダイニングに。
そう、大人たちはバイトで一生懸命働いている子供たちを置いて飲みに行ったのだ。
……まぁ、ご馳走もケーキもあるし多目に見てやるか。それにたまには大人たちだって息抜きが必要だよね。私はそんな事を思いながら、冷めてしまったチキンが乗ったお皿を電子レンジへと入れてボタンを押す。
一通りの料理をレンジで温めて「いただきます」と1人で料理を食べ進めようとした時、ピンポンとインターホンが鳴った。
時刻は21時半過ぎ、お母さんたちが帰ってきたのかな?私は椅子から立ち上がりリビングに付いてあるドアホンの画面を見に行った。そしてその画面を見て思わず大きな声を出してしまった。
「洋平?!」
私は慌ててドアまで走っていき、鍵をあけてそのままドアも開けた。そこには「よっ」と片手を挙げた洋平が立っている。
「な…んで?」
「サンタ登場!なんてな」
洋平はそんなことを言ってニッと笑った。
「バイト終わったからさ。お互い1人で寂しいクリスマスなんてやだろ」
ヒョイ、と洋平は手に持っていた紙袋を持ち上げ、私に見せてくる。思わぬサプライズに嬉しくなり私は顔が緩んだ。
「え、これガチでシャンパン?!」
2人でダイニングテーブルに腰掛けて、洋平が持ってきた紙袋から出されたボトルを見た私は洋平に問いかける。
シャンメリーとかではなく、紛れもないシャンパンだったのだ。そりゃ洋平はお酒なんて飲みなれてる悪いヤツだけど、私はそんなに飲みなれてる訳ではない。
「まなみはこっち」
洋平はそう言って紙袋からもう一本ボトルを出した。子供向けアニメの袋に包まれたボトルを。
「……シャンメリー??」
「そっ、お前はまだ子供だろ?」
「目の前の人と同い年のハズなんですけどねぇ」
私が不貞腐れ気味に言うと洋平は笑いながら私の頭を軽くクシャクシャと撫でた後、2本のボトルを持ちキッチンへ行って手馴れたようにポンッ!!っと勢いよくコルクを抜いた。シュワシュワと少しだけボトルから中身が出て、洋平は手際よくふきんでソレを拭く。
そしてキッチンから別々の中身が入った2つのグラスを持って戻ってきた。
それから2人で乾杯をしてお母さんたちが作ってくれていたご馳走を食べ始めた。私にはシャンメリーしか飲ませてくれないくせに洋平はシャンパンを飲んでいる。いつの間にこんな悪い子になったんだか……けっこう前からか。それにしてもこれは、出かけてくれた大人たちに感謝かな。
こんな風に2人っきりで過ごす時間は久しぶりだった。高校に入ってからはもしかしたら初めてかもしれない。そりゃたまに会うことはあるけど、こうやってご飯を食べてゆっくり他愛もない話をするなんて何ヶ月ぶりだろう。
やっぱり好きだな…。
高校生になって背も伸びて、男らしい顔つきになって、それでも変わらない優しさをもつ洋平が大好き。涙が出そうになるぐらい大好き。
「そーいやケーキあんじゃねぇの?」
「あっ!そう!そうなの」
私はガタッと椅子から立ち上がり、パタパタと冷蔵庫へと足早に向かった。そして鼻歌交じりにケーキが入った箱を冷蔵庫から取り出す。甘党の私にとってケーキが嬉しいから…というのも鼻歌が出るひとつの理由ではあるけれど、今のこの空間が幸せすぎて歌い出したい気分なのだ。
「ずいぶんとご機嫌ですね、おじょーさま」
私の気持ちを見透かしたかのように言ってきた洋平にドキリとしてしまい「べ、別に?!」と思わず声が上ずってしまった。平静を装いケーキの箱をダイニングテーブルまで持ってきた次の瞬間、部屋の明かりが消えた。かと思うとリビングからチカチカと光が輝き出した。
「せっかくなんだし、もうちょいクリスマス気分味わおーぜ」
いつの間にか席を立って移動していた洋平が部屋の電気を消して、リビングに飾っていたクリスマスツリーの電飾を点灯させたのだ。
キラキラと光るクリスマスツリーをバックにして洋平は再びダイニングテーブルの椅子に座り、私と向き合う。
なんだか急に照れくさくなり、私は思わず洋平から目を逸らしてしまった。
「て、てゆーか、そのシャンパンっておじさんのじゃないの?飲んじゃっていいわけ?」
「まぁまぁ、クリスマスに働いたゴホービって事でいいだろ」
「えぇ~?!洋平だけじゃん!私だってバイトしてきたのに!」
私がバンバンとテーブルを叩くと洋平は「わかったわかった」と言いながらズボンのポケットから小さな箱を出して私の手を掴み、手のひらの上にソレを置いた。
「え?洋平……これって」
「頑張ったまなみに洋平サンタからクリスマスプレゼントってやつだな」
私の手の中にある小さな箱は赤と緑のリボンで可愛く包装がされている。
胸がいっぱいで何も言えないとはこういう事を言うんだ。私はありがとうすら言えずに、ただ目の前の箱をじっと見ることしかできないでいた。
「……い、おーい、まなみ~?まなみちゃーん?」
目の前でヒラヒラと動く洋平の手に私はハッとする。そして慌てて「ありがとう!」とお礼の言葉を伝えた。
それと同時になんだか申し訳ない気持ちも湧き上がってくる。なぜなら……
「……ごめん、私なんにも用意してないよ」
毎年どちらかの家でパーティはするものの、プレゼント交換なんて1度もした事がなかった。
嬉しい気持ちと申し訳ない気持ちで私の感情はぐちゃぐちゃになってしまう。
「なんか欲しいものない?ちょっと遅れちゃうけど、まなみサンタが洋平くんに何かプレゼントしてあげよう!」
「ははっ、気にすんなって。それより開けねーの?」
「開けていいの?!」
「当たり前だろ?」
イソイソとそれでも丁寧に私はリボンを解き、小箱の包装を解いていく。そして箱の中から出てきたのは小さなピアスだった。
「可愛い…」
「おっ、その反応は当たりですか?」
洋平は嬉しそうな顔で笑う。
そんな洋平の顔を見てなぜか涙が出てきそうになったので、私は必死にそれを堪えた。
「ありがとう…あとちょっとで穴開けて1ヶ月たつから、1番につけるね!」
「1番、か」
ツリーが点灯する光の中、薄暗く見える洋平は心無しかちょっとだけ寂しそうに目を細めて微笑んだ。あまり見たことがない表情に私の心臓はドクンとひとつ音をたてる。
「洋平…?」
「なぁ、まなみサンタはホントになんかくれんの?」
「う、うん…ただし、私のバイト代で買えるものならね」
少しの沈黙の後、洋平が真っ直ぐに私を見据えて真剣な顔をした。そして何か意を決したように言葉を発する。
「オレさ、いい加減まなみにとっての1番の男になりてぇんだけど」
まただ…。
さっきとはまた別の見たことがない顔をする洋平。それは幼なじみ、というよりも1人の男の人の顔だった。一瞬洋平の言っている意味がわからないぐらい、私の心はどうしようもなくドキドキする。こんなに早く、大きく波打つ心臓の鼓動は今まで経験したことがない。
イチバンって…あのイチバンだよね?
なんてバカなことを考えてしまうほど、今のこの現実が信じられない。
けど、目の前にいる洋平の顔を見たらこれは現実だって、冗談なんかじゃなく真剣な想いなんだって伝わってきた。
「とっくのとうになってるよ。洋平はずっと私の中で1番大切な人」
私は自分の気持ちを、素直な気持ちを洋平にぶつける。偽りのない本当の気持ちを。
すると洋平はテーブルの上にある私の手を両手でぎゅっと包み込んだ。
「オレにとってまなみはずっと1番なんだよ。今までも、これからも」
「私もだよ」
「まなみ、好きだ」
「うん…私も洋平が好き、大好き」
私の頬を伝う涙を洋平が腕を伸ばし、そっと優しく指で拭う。そして優しく微笑んだ。
私は洋平のその手の上に自分の手を重ねる。
あなたは私にとって最愛の人。
最初で最後の……ね。
そんな音とともに私の耳に小さな穴が開く。そう、私はたった今、耳にピアスの穴を開けたのだ。
高校に入ったら絶対ピアスを開ける!!そう思っていたのだが、なかなかお母さんからのお許しが出ない日々が続いていた。が、ようやく私の熱意が伝わったのかお母さんがこう言ったのだ。
「期末テストで150番以内に入ったらいいわよ」
……そうきたか。
私はそこまで勉強が得意という訳ではない。いつも200番台、全順位の半分前後を行ったり来たりしていた。その為、150番以内というのは頑張ればいける、というなかなかうまい所をついてきた。さすが母親、私のことをよくわかっている。やりよるな。
という訳で、私は必死に勉強をして見事に145番という順位をたたき出したのだ。
ギリギリセーフとはこういうことを言うんだね。
「痛くねぇの?」
そう声をかけてきたのは、今、私の耳にピアッサーで穴を開けてくれた人物で、幼なじみの洋平だ。
洋平とは家が隣で年齢も同い年という事もあり、家族ぐるみの付き合いを物心がついた時からしている。入学式、運動会、学芸会、卒業式といった子供の頃からの学校行事だけではなく、キャンプや旅行、クリスマス、誕生日も家族ぐるみでよく一緒にイベントを楽しんできていた。
「痛くないよ。氷で耳冷やしといたからかな?」
「そもそも冷やすってホントにいいもんなのか?」
「わかんない、友達が言ってた」
「信ぴょう性ねぇなぁ」
洋平は自分が開けた穴をまじまじと見ながら、少し笑って言った。
私はこの洋平が困ったように片眉を下げて笑う顔が何よりも大好きだ。
ーーというよりも私は洋平が大好きなのだ。
幼なじみに恋をするなんて、我ながらなんてベタなんだと思うけど、気付いたら大好きになってしまっていたんだから仕方ない。
……リーゼントはあまり好きじゃないけどね。
でも似合ってしまっているんだから、これまた仕方ない。
「つか、これってもうピアスついてんのか?」
「そうそう、穴を開けると同時に透明なピアスが刺さるの。んで、1ヶ月間このピアスは外しちゃダメなんだよ」
「へぇ~~~」
洋平は感心したかのように言った。
そして私にひとつの疑問を投げかけてきた。
「なぁ、開けたのオレでよかったのか?」
「え?なんで?」
「いや…一生モンじゃねぇのかなぁって、ピアスの穴って」
「あはは、洋平考えすぎだよー」
……あっぶな。
私は自分の考えが洋平にバレてしまったのかと、ドギマギした。だって、その通りなんだもの。
これから先、穴を塞がない限りは「この穴は洋平が開けてくれた」っていう事実を一生背負っていくんだから。
危ない思考なんて思われるかもしれないけど、そうでもして洋平との繋がりを増やしたかった。
幼なじみなんだから繋がりなんていくらでもある?
うん、確かにそうかもしれない。
小さな頃から一緒にいるし、それも家族ぐるみの付き合いだし、、、でもね、その分年齢を重ねるとその繋がりが減っていく事が増えていくんだよ。
高校は一緒だけどクラスは別になってしまった。私は1組で洋平は7組。朝の登校はお互い友達と行くし、学校で会うこともあまりない。高校に入ってから洋平はバイトと親友である花道の部活見学で忙しそうだし。正直寂しいと思っている。
でもそれは洋平だけじゃない、私だってバイトをはじめたし、友達だって増えた。
お互いにいつでもそばにいる訳じゃないのは、当たり前の事だ。きっと家族旅行だって行かなくなっていくのが自然なんだろうな。事実今年の家族旅行はお互いの家の都合が合わなくて中止になってしまった。
「来年は行くよ!」と両両親は息巻いていたけどね。
むしろ中学生になってまで、家族旅行にちゃんと行っていた方が珍しいのかもしれない。
それに、いつまでも単なる幼なじみの関係でいるのは嫌なんだ。それなら早く気持ちを伝えろ?
……そんな怖いこと出来るならとっくのとうにしてますよ。そんなヘタレな私だけど、それは洋平が好きで好きで仕方がないからだ。
それ故にこの関係が崩れるのがとても怖い…。
私が本当の気持ちを言える日は来るのだろうか?
「クリスマス?」
「そう!まなみちゃん私とシフト代わって貰えないかなぁ?!」
12月に入ったある日、バイト中に1つ年上の先輩がパン!と目の前で手を合わせ、私に懇願をしてきた。言われて気付いたが、もうすぐクリスマス。毎年私の家か洋平の家で家族ぐるみでクリスマスパーティをしてるんだけど…………
私は先日「付き合うことになったの♡」と語尾にハートを付けながら言ってきた先輩の嬉しそうな顔を思い出した。
「全然いいですよ!残念なことに私はクリスマス予定ないですし!」
「マジ?!本当にありがとう~!!」
先輩は私の手を握り、大はしゃぎで喜ぶ。そんな姿を見てなぜか私まで嬉しくなった。
別にパーティ自体は約束をしているわけでもないし、私1人いなくても大丈夫でしょ。
「その変わり、私に彼氏ができてデートに行く時はシフト代わってくださいね?」
「もちろんだよー!まなみ大好き!!」
いつになるかわからない約束を私は先輩と交わした。
ーー12月24日ーー
「いらっしゃいませ、2名様ですか?」
時間なんてあっという間に過ぎる。
先輩からのお願いをきいた私はクリスマスイヴの今日、アルバイトに勤しんでいる。店内もメニューもクリスマス仕様になっているファミレスで。
そして……多くの学生カップルが楽しそうにしているこの空間で。
私はチラ…っと店内にある時計に目をやった。
只今の時刻は20時半。あと30分でバイトは終わる。
先輩とシフト交換が決まった日、クリスマスはバイトになった事をお母さんに話した。すると「え?!あんたも?!」と言われた。あんた……「も」??
話を聞くと、どうやら洋平もバイトが入っているらしい。そして「2人して寂しいわね」なんて笑いながらお母さんに肩を叩かれたっけ。
私は洋平がバイトという事にほっとしていた。だってバイトっていう事は一緒に過ごすような女の子はいないって事でしょ?
そんな事を思いながら私は家への道を歩く。寒くなった空気の中、白い息を吐きながら。
あと数メートルで家に着くその時、ポケットに入っていたスマホがブブッと震えた。ポケットから取り出したスマホの画面には「新着メッセージがあります」の文字。どうやらLINEが来たらしい。
メッセージの中身を確認して私は「は?!」と思わず声を出してしまった。
「大人たちは飲みに行ってきマース♡♡」
「チキンとケーキ食べてね」
差出人はお母さん。
え、なに、どゆこと…。そして家に入った私はその文面の内容をハッキリと理解した。
ダイニングテーブルにはラップのかかった皿がいくつか並べられている。チキン、サラダ、その他の豪華な食事たち。そして冷蔵庫の中には白くて大きな箱。中身は見なくてもわかる、そう、クリスマスケーキだ。
私は無言で冷蔵庫をパタン…と閉めた。
そして料理が置かれているダイニングテーブルに再び視線をうつす。私以外に誰もいない、静かなダイニングに。
そう、大人たちはバイトで一生懸命働いている子供たちを置いて飲みに行ったのだ。
……まぁ、ご馳走もケーキもあるし多目に見てやるか。それにたまには大人たちだって息抜きが必要だよね。私はそんな事を思いながら、冷めてしまったチキンが乗ったお皿を電子レンジへと入れてボタンを押す。
一通りの料理をレンジで温めて「いただきます」と1人で料理を食べ進めようとした時、ピンポンとインターホンが鳴った。
時刻は21時半過ぎ、お母さんたちが帰ってきたのかな?私は椅子から立ち上がりリビングに付いてあるドアホンの画面を見に行った。そしてその画面を見て思わず大きな声を出してしまった。
「洋平?!」
私は慌ててドアまで走っていき、鍵をあけてそのままドアも開けた。そこには「よっ」と片手を挙げた洋平が立っている。
「な…んで?」
「サンタ登場!なんてな」
洋平はそんなことを言ってニッと笑った。
「バイト終わったからさ。お互い1人で寂しいクリスマスなんてやだろ」
ヒョイ、と洋平は手に持っていた紙袋を持ち上げ、私に見せてくる。思わぬサプライズに嬉しくなり私は顔が緩んだ。
「え、これガチでシャンパン?!」
2人でダイニングテーブルに腰掛けて、洋平が持ってきた紙袋から出されたボトルを見た私は洋平に問いかける。
シャンメリーとかではなく、紛れもないシャンパンだったのだ。そりゃ洋平はお酒なんて飲みなれてる悪いヤツだけど、私はそんなに飲みなれてる訳ではない。
「まなみはこっち」
洋平はそう言って紙袋からもう一本ボトルを出した。子供向けアニメの袋に包まれたボトルを。
「……シャンメリー??」
「そっ、お前はまだ子供だろ?」
「目の前の人と同い年のハズなんですけどねぇ」
私が不貞腐れ気味に言うと洋平は笑いながら私の頭を軽くクシャクシャと撫でた後、2本のボトルを持ちキッチンへ行って手馴れたようにポンッ!!っと勢いよくコルクを抜いた。シュワシュワと少しだけボトルから中身が出て、洋平は手際よくふきんでソレを拭く。
そしてキッチンから別々の中身が入った2つのグラスを持って戻ってきた。
それから2人で乾杯をしてお母さんたちが作ってくれていたご馳走を食べ始めた。私にはシャンメリーしか飲ませてくれないくせに洋平はシャンパンを飲んでいる。いつの間にこんな悪い子になったんだか……けっこう前からか。それにしてもこれは、出かけてくれた大人たちに感謝かな。
こんな風に2人っきりで過ごす時間は久しぶりだった。高校に入ってからはもしかしたら初めてかもしれない。そりゃたまに会うことはあるけど、こうやってご飯を食べてゆっくり他愛もない話をするなんて何ヶ月ぶりだろう。
やっぱり好きだな…。
高校生になって背も伸びて、男らしい顔つきになって、それでも変わらない優しさをもつ洋平が大好き。涙が出そうになるぐらい大好き。
「そーいやケーキあんじゃねぇの?」
「あっ!そう!そうなの」
私はガタッと椅子から立ち上がり、パタパタと冷蔵庫へと足早に向かった。そして鼻歌交じりにケーキが入った箱を冷蔵庫から取り出す。甘党の私にとってケーキが嬉しいから…というのも鼻歌が出るひとつの理由ではあるけれど、今のこの空間が幸せすぎて歌い出したい気分なのだ。
「ずいぶんとご機嫌ですね、おじょーさま」
私の気持ちを見透かしたかのように言ってきた洋平にドキリとしてしまい「べ、別に?!」と思わず声が上ずってしまった。平静を装いケーキの箱をダイニングテーブルまで持ってきた次の瞬間、部屋の明かりが消えた。かと思うとリビングからチカチカと光が輝き出した。
「せっかくなんだし、もうちょいクリスマス気分味わおーぜ」
いつの間にか席を立って移動していた洋平が部屋の電気を消して、リビングに飾っていたクリスマスツリーの電飾を点灯させたのだ。
キラキラと光るクリスマスツリーをバックにして洋平は再びダイニングテーブルの椅子に座り、私と向き合う。
なんだか急に照れくさくなり、私は思わず洋平から目を逸らしてしまった。
「て、てゆーか、そのシャンパンっておじさんのじゃないの?飲んじゃっていいわけ?」
「まぁまぁ、クリスマスに働いたゴホービって事でいいだろ」
「えぇ~?!洋平だけじゃん!私だってバイトしてきたのに!」
私がバンバンとテーブルを叩くと洋平は「わかったわかった」と言いながらズボンのポケットから小さな箱を出して私の手を掴み、手のひらの上にソレを置いた。
「え?洋平……これって」
「頑張ったまなみに洋平サンタからクリスマスプレゼントってやつだな」
私の手の中にある小さな箱は赤と緑のリボンで可愛く包装がされている。
胸がいっぱいで何も言えないとはこういう事を言うんだ。私はありがとうすら言えずに、ただ目の前の箱をじっと見ることしかできないでいた。
「……い、おーい、まなみ~?まなみちゃーん?」
目の前でヒラヒラと動く洋平の手に私はハッとする。そして慌てて「ありがとう!」とお礼の言葉を伝えた。
それと同時になんだか申し訳ない気持ちも湧き上がってくる。なぜなら……
「……ごめん、私なんにも用意してないよ」
毎年どちらかの家でパーティはするものの、プレゼント交換なんて1度もした事がなかった。
嬉しい気持ちと申し訳ない気持ちで私の感情はぐちゃぐちゃになってしまう。
「なんか欲しいものない?ちょっと遅れちゃうけど、まなみサンタが洋平くんに何かプレゼントしてあげよう!」
「ははっ、気にすんなって。それより開けねーの?」
「開けていいの?!」
「当たり前だろ?」
イソイソとそれでも丁寧に私はリボンを解き、小箱の包装を解いていく。そして箱の中から出てきたのは小さなピアスだった。
「可愛い…」
「おっ、その反応は当たりですか?」
洋平は嬉しそうな顔で笑う。
そんな洋平の顔を見てなぜか涙が出てきそうになったので、私は必死にそれを堪えた。
「ありがとう…あとちょっとで穴開けて1ヶ月たつから、1番につけるね!」
「1番、か」
ツリーが点灯する光の中、薄暗く見える洋平は心無しかちょっとだけ寂しそうに目を細めて微笑んだ。あまり見たことがない表情に私の心臓はドクンとひとつ音をたてる。
「洋平…?」
「なぁ、まなみサンタはホントになんかくれんの?」
「う、うん…ただし、私のバイト代で買えるものならね」
少しの沈黙の後、洋平が真っ直ぐに私を見据えて真剣な顔をした。そして何か意を決したように言葉を発する。
「オレさ、いい加減まなみにとっての1番の男になりてぇんだけど」
まただ…。
さっきとはまた別の見たことがない顔をする洋平。それは幼なじみ、というよりも1人の男の人の顔だった。一瞬洋平の言っている意味がわからないぐらい、私の心はどうしようもなくドキドキする。こんなに早く、大きく波打つ心臓の鼓動は今まで経験したことがない。
イチバンって…あのイチバンだよね?
なんてバカなことを考えてしまうほど、今のこの現実が信じられない。
けど、目の前にいる洋平の顔を見たらこれは現実だって、冗談なんかじゃなく真剣な想いなんだって伝わってきた。
「とっくのとうになってるよ。洋平はずっと私の中で1番大切な人」
私は自分の気持ちを、素直な気持ちを洋平にぶつける。偽りのない本当の気持ちを。
すると洋平はテーブルの上にある私の手を両手でぎゅっと包み込んだ。
「オレにとってまなみはずっと1番なんだよ。今までも、これからも」
「私もだよ」
「まなみ、好きだ」
「うん…私も洋平が好き、大好き」
私の頬を伝う涙を洋平が腕を伸ばし、そっと優しく指で拭う。そして優しく微笑んだ。
私は洋平のその手の上に自分の手を重ねる。
あなたは私にとって最愛の人。
最初で最後の……ね。
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