愛染
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ダメだ……
こんな目だと今日はコンタクトできないや。
そして私はメガネをかけた。
洗面所で鏡に映った自分の顔を見ながら「はぁ…」と私はため息をつく。真っ赤な目をして、涙がうるうると溜まっている自分の顔を残念に思いながら。
なんなら鼻水までもジュルルと音が聞こえてきそうなぐらい鼻の中で大洪水だ。
そう、私はいま絶賛花粉症なのです。
春の訪れとともにやってくるコイツと今年も仲良く過ごさなければならないのだ。
早く病院に行けばいいものの…いつも酷くなってから行くのが毎年のルーティンだった。いい加減学べよ、と自分にツッコミを入れるのもルーティンに入っている。
「おはようございます」
会社へとやって来た私は、全ての文字に濁音が付くような声で挨拶をする。もちろんマスクの下ではズビズビと鼻をすすりながら。花粉症独特の気だるさを感じながら今日も一日仕事が始まる。
頭がボーッとして、いつもよりも仕事へのヤル気がどこか遠くへと飛んでいってしまったかのようだ。
「あれ、今日メガネなの?」
その声で私の気だるさは一気に吹っ飛び、だるさで丸まっていた背筋がピン!と伸びた。
「じ、神さん!」
仕事中の私に声をかけてきたのは、去年まで同じ部署だった神さんだった。私より数年先輩で、とても仕事ができる男性。背も高く、女子職員からとても人気がある。かく言う私も神さんに恋をしているうちの1人なのだ。
「涙目だし、もしかして花粉症?」
「そ、そうなんです…」
私は神さんから目を背けてしまう。なぜなら、今のこの顔を見られたくないからだ。
元々視力が悪い私はメガネをかけると度が強いため、目がとても小さく見えてしまう。そして今日は花粉症で絶不調のため、アイメイクはいつもよりかなり薄め……。
そんな手抜きメイクの顔で神さんに会いたくなかったのだ。
「大丈夫?」
神さんはそんな私にも優しく気遣ってくれる。本当に素敵な男性だ。私は「大丈夫です」と言いながら顔の前で手をパーに開き、少しでも顔を隠そうと必死になる。
すると神さんは申し訳なさそうに言った。
「あ、ごめんね。あんまり顔見られたくないよね」
……違うんです。本当は見て欲しいんです、私のこと。けど、けど……今日だけは!!
心の中で私は神さんに土下座をした。
そして仕事の案件を終えた神さんは自分の部署があるフロアへと戻って行った。
それを見届けた私はガックリと肩をおろし、「はぁぁぁぁ」と大きなため息をついて、そのままおでこがデスクにつきそうなぐらい下を向いた。
花粉症のバカヤロウ
心の中でそう呟いたあと、私は仕事へと取り掛かった。
ーーーーーーーが、その後神さんは何度も私の部署へとやって来た。
「印鑑貰い忘れちゃった」
「課長いる?」
「〇〇さんから書類預かったよ」
1日にこんなに何回も私の部署に来ることなんてほとんど無いのに、なぜ今日に限って!!!!神様……なぜあなたはこんなに私に意地悪をするのですか??私が何かしましたか?
そして私は1つの決意をしたのだ。
明日有給取って病院に行こうーーーーと。
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(ちょっと露骨すぎたかな?)
佐藤さんがいる部署から戻って、自分のデスクに座ったオレはぬるくなったコーヒーを喉に流し込んだ。今年から別部署になってしまったあの子とは顔を合わせる事が一気に減ってしまった。
オレは佐藤さんに恋をしている。
去年まで一緒の部署で働いて、彼女にはすごく助けられた。仕事の力量だけではなく、持ち前の明るさだったり、優しさだったり…いつでもそばに居たい、いつの日からかそう思っていたんだ。
まぁ、たまにぬけてる所もあるけれど、そんな所も可愛らしくて笑ってしまう。
さっきだっておかしな事を言うもんだから、思わず吹き出してしまった。
「神さんは花粉症じゃないんですか?」
「オレも花粉症だよ」
「え?!めちゃくちゃ余裕っぽいですね!」
「早めに病院行ってるからね」
「……見習います。神さん目が大きいから人より花粉入ってきそうですよね」
……確かにオレは目が大きい方だけど、そんな事考えたこともなかったな。
こんなに恋愛に対して慎重になるのは初めてだった。
確かに元々オレは何に対しても慎重派ではあったが、ここまで女性に対してじっくりと距離を縮めていこうとするのは今までは無かった。
それほど佐藤さんへの想いは真剣で、本気なんだ。
人事異動で離れる時はすごいへこんだりもした。
それでもたまに廊下越しに目が合って嬉しく思ったり、自販機にいるのを見かけてワザとオレも飲み物を買いに行ったりしていた。
まるで思春期の少年のようだ、なんて恥ずかしくも思うけどね。
そろそろ頃合だよな…なんて思っていたら今日のあの顔だ。
新鮮すぎるでしょ。
メガネ姿なんて滅多に見れないし、いつもより薄いメイクに潤んだ瞳。そんなレアな姿に黙ってられないよ。そしてその姿を見られたくないらしく、恥じらうあの子がとても可愛らしく感じてしまったのだ。
何かと理由をつけ、あの子のいる部署へ何度も行った。その度にオレとは目を合わせないようにするのがおかしくなって、笑ってしまいそうだった。
まだまだオレの知らない佐藤さんの姿はたくさんあるのだろう。それを1番近くで見れるようにと願い、オレは目の前にあるパソコンのキーボードに手を置いた。そしていつもより軽やかにタイピングをし始める。
愛しのあの子を思い出しながら。
オレの心をとらえてしかたないあの子をーーー。
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