バレンタイン(洋平の場合)
空欄の場合は「まなみ」になります。
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「好き」っつー言葉がこんなに大事で、こんなに繊細なモノだったなんて知らなかったな。
甘くて溶けてしまいそうで、まさにチョコレートみたいだな。
「洋平!あと2日だな!!!」
朝の教室で意気揚々とオレの席に近づき、鼻息を荒くして言うこのデケェ男は、オレのダチの桜木花道。中学ん時から何するにも一緒にいた悪友だ。
高校に入ってからはバスケに夢中になり、夏に怪我をしたがすっかり完治して、今ではアサレンとやらまで行くようになった。
そんなアサレンを終え、教室に入って来た花道がオレに言った言葉がどうしてもなんの事だかわからねぇ。
あと……2日。
今日は2月12日…………あぁ、そういう事か。
2日後の2月14日は世の中の男女が色めきたつイベント、バレンタインデーだ。
そういやバイト先でも騒いでるやつがいたな。
「ちゃんと渡せるかな」「何個もらえるかな」
恋人がいる奴らはもちろんの事、片想いをしている奴らからしたら大層なイベント事なのだろう。
ーーーそんなオレはというと……
「は、ははははハルコさんはくれるだろうか?!オレに!!!!」
髪の色と同じぐらいに顔を真っ赤にした花道は、オレに顔を近づけて必死に訴えてくる。
「そりゃくれるだろうよ」
マネージャーなんだし、何よりも部員にあげたらルカワにあげるのにいい口実になんだろ。
そんな言葉をオレは飲み込んだ。
ハルコちゃんっつーのは花道の片想いの相手で、ルカワっつーのはそのハルコちゃんが片想いをしているバスケ部の奴だ。
なんだか恋の矢印の方向は全部一方通行になってんな…。と、その時予鈴の鐘の音が学校内に響き渡った。
「あと2日…2日……」
花道はブツブツ言いながら自分の席へと戻って行く。
「バレンタインねぇ…」
オレはというとポツリと誰にも聞こえない声で独り言を投げ、机に肘をつきデカい欠伸をするのだった。
「で!どう思う?!」
「ど、どうって言われてもなぁ……」
放課後、いつものように花道の部活見学をしていると1人の女子高生が鼻息を荒くしてオレに詰め寄る。花の女子高生が、だ。今日は一体なんなんだよ。
「オレ!オレがもらってあげるよ!!」
「いや!高宮の腹にはもう入るスペースねぇだろ!オレにちょーだい!」
「こー見えてオレ甘いもん好きなんだよ!」
「アンタらには聞いてないし、あげない!!」
オレと一緒にバスケ部を見に来ていた高宮、野間、大楠の3人はオレに詰め寄ってきた女の子に対して逆に詰め寄り、その結果ピシャリと一掃された。はは、ざまぁねぇな。
すると、その女の子はくるりとこちらに向き直し、再びオレへ詰め寄ってくる。
「流川くん、受け取ってくれると思う?!」
「いやぁ…オレはルカワじゃねぇしなぁ」
オレは苦笑いで答える。
この子はある物をルカワに渡したいのだ。
そのある物とはーーーー
「流川くんチョコ好きなのかなぁ」
そう、ソレはチョコレート。
まさに今朝、教室で花道がオレに話していた事と同じで、バレンタインデーのチョコレートの事だ。この子は流川目当てでバスケ部を見に来ていて、2日後のバレンタインにチョコレートを渡したいが、どう思う?!とオレに聞いてきたのだ。
なんせルカワは学校一と言っていいほどのモテ男だ。バレンタインのチョコレートなんてどうせ腐るほど貰うのだろう。
きっとこの子があげても埋もれてしまう…けど、そんな事言えるわけねぇじゃねぇか。
「オレ別にルカワとそこまで喋ったこともねぇしなぁ。オレに聞かれてもなぁ…」
「男子としてよ!男子としての意見を聞きたかったの」
「なら、アイツらでも良くね?」
オレはずぅぅぅんと落ち込んでいる三馬鹿を指さす。
「や、アイツらは恋愛経験なさそうだし、聞いても無駄」
「ははっ、なんだよそれ。オレだってそんなに恋愛経験なんてねぇよ」
「え?!そーなの?!」
横からひょこっともう1人、女の子がそう言いながら身を乗り出してきた。
この子はオレと同じクラスのまなみちゃんだ。さっきのルカワルカワと言っていた子とは中学からの友達らしい。その友達の付き合いでバスケ部に見学をしに来ていて、オレと花道のクラスメイトという事もあり自然とオレらともよく喋る仲になった。
そして、最近オレが気になっている子でもある。
教室でもよく喋るし、フツーに笑った顔が可愛いとか、眠そうな顔が可愛いとか思っちまう、ちょこっとだけ特別な女の子。
……これってホントにちょこっとか?
「洋平くんってなんか、色んな女の人と色んなことしてそうって思ってた」
「はっはっは!!色んなことってどんなことだよ」
なんてこと言うんだと、オレは思わず爆笑してしまった。するとまなみちゃんは「うーん」と顎に手をあて、少し考えたあと悪い顔をしながらニシシと笑って言った。
「ここでは言えないようなこと?」
……おっと。それはずるくね?
その悪い笑顔と含みを込めた言い方、人差し指を口元に持ってくジェスチャーはヤベぇだろ。
そんな事されるとさ、ちょこっと特別って思ってたのが変わっちまうじゃねぇか。決定打になっちまう。
ついさっきまでの想いを撤回しなきゃいけなくなる。つか、これ完全に好きになっ…………
「好きなの?」
「は?!」
心の中を見透かされたのかと思ったオレは思わず強めな声を出してしまった。やべ…冷たく言っちまったかな。コレはなにかしらフォローしねぇと…と思っていたのにまなみちゃんはケロッとして話を続けた。
「チョコ、洋平くんはチョコ好きなの?」
「ちょ……こ?」
「チョコってゆーか、甘いもの。好き?」
…………ソーユーコトね。
そうだよな、どう考えても話の流れでわかるよな。
「う~ん、あんまり食わねぇかな」
「…そう、なんだ………」
まなみちゃんは見るからに残念がり、しょんぼりと下を向いてそれ以上は何も言わなくなってしまった。
えっと…これは、ソーユーコトだよな?それこそ話の流れから言ったらソーユーコト、だよな?
さっきまで話していたのはバレンタインの話だ、それ以外は何も話していない。
これは……期待しちまうだろ。
「でもさ、無性に食いたくなる時あんだよな」
オレはバスケ部の練習を見ながら言う。
気配でまなみちゃんが顔を上げたのがわかった。だから、オレはクルッと彼女の顔を見ながら言ったんだ。
「なんかその衝動が、明後日ぐらいに来る気がするぜ」
するとまなみちゃんはみるみる顔を明るくして嬉しそうな表情になった。……可愛いねぇ。
「じゃ、オレバイトだから」
まなみちゃんの頭の上にポン、と軽く手を乗せてオレはこの場を去った。
「明後日、楽しみにしてるぜ」と他の奴らには聞こえないようにまなみちゃんの耳元でそう言いながら。
うーーーん。
2日。2日ってこんなに長ぇもんだったか?
まなみちゃんからバレンタインチョコを貰えると思うと、1日がすげぇ長く感じる。
昨日のまなみちゃんの反応からして、義理…では無いことを願いてぇんだけど。
オレはチラッと友達と話しているまなみちゃんを自分の席から眺めた。
朝の教室で友達と楽しそうに話すまなみちゃん。オレの席からはかなり遠い場所にいる為、話し声までは聞こえては来ない。なーに話してんだろうなぁ。
……つか、オレ女々しくねぇか?
そんな事を考えているとバシッと肩を叩かれた。それもかなり強めに。
「洋平!!いよいよ明日だな!!!」
アサレンを終えた花道が昨日と同じように教室に入ってきて、オレの席までやって来たのだ。
そして話す内容も昨日とほぼ同じだ。教室中に響き渡るようなでけぇ声で明日のバレンタインを楽しみにしている花道。
オレは再びチラッとまなみちゃんの方へ視線を向けた。するとバチ!!っと思い切り目が合ってしまった。もちろんまなみちゃんと。
そしてまなみちゃんは物凄い勢いでオレから目をそらす。そして何やら友達に笑いながら肩を叩かれている。
その日の放課後、まなみちゃんはバスケ部の見学には来なかった為、オレは益々期待をしてしまったのだった。
おい。嘘だろ。
こんな事ってあんのかよ。
ついにやってきた2月14日、バレンタインデー。
16年間で、この日をこんなに待ちわびたことは今まで無かった。そりゃ、今まで全く気にしなかった訳ではない。もちろん義理だろうがなんだろうが、貰えたときは嬉しかったもんな。
けど、今年ばかりは特別な年になりそうだと思っていた。
……はずだったのに。
来ねぇじゃねぇか。
只今の時刻は11時過ぎ…3時間目が終わろうとしているところだ。まなみちゃんの机の上はキレイに何も乗っていない。もちろん、イスにも誰も座っていない。完全に空席だ。
「センセー、腹痛いんで便所行ってきマース」
オレはそう言うと席をたち、教室を出た。
ガキくせぇなぁ、オレも。苦笑いを浮かべながらオレがたどり着いた先は便所ではなく、屋上だった。
手すりに腕を乗せ、白い息を吐きながら空を見上げる。さすがに2月の風はまだ冷たく、とてもじゃないが長居なんてできそうも無かった。オレは寒いのが苦手なんだよ。
「さーて、どーっすかなぁ」
もう4時間目の授業は始まっている。このままここにいるのはさすがにキツい、かと言ってこのまま帰るにしても1度教室に戻ってカバンを持ってこなきゃなんねぇ……そんな事を考えていると、バンッ!!と勢いよく屋上のトビラが開く音がして、オレは手すりから手をおろし、トビラの方へと体を向けた。するとそこには肩で息をしながら、こちらを見ているコート姿のまなみちゃんの姿があった。その様子から明らかに走って階段を駆け上がってきたことは容易に想像ができた。
そしてまなみちゃんはパタパタと駆け足でオレへと近づいてくる。
「よかったぁ…ここにいて」
「なんで……」
「桜木くんにっ…聞いたの、さっきまでは…教室にいたって…。っ、だから、探しに来た!」
ハァハァと息を切らしながら話すまなみちゃんの手には紙袋が握られていた。
「もう誰かからもらった?!」
「なにが?」
「チョコ!バレンタインチョコ!」
「い、いや…もらってねぇけど」
「ホント?!」
まなみちゃんは軽くガッツポーズをして、オレに紙袋を差し出した。中身なんてわかっているけど、オレはあえて聞くんだ。
「なに?これ」
「……わかってるくせに。チョコです、バレンタインチョコ」
ちょっとだけ唇を尖らせ、頬を赤くしてまなみちゃんは答えた。
「お菓子作りなんていつもやってるのに…なんか色々考えてたら見事に失敗しちゃって。明け方までかかって見事に寝坊しました」
「色々って何考えてたんだ?」
「……そこ聞く?!ずるくない?!」
まなみちゃんは顔を真っ赤にしてオレに怒ってくる。けれど、その顔はすぐに表情を変えた。
目を細め少しだけ視線を逸らしながら、優しく微笑んだんだ。
「でもよかった…1番乗りで渡せて」
その笑顔がたまらなく可愛くて、オレは思わずキスをしていた。
「???!?!!?!」
声にならない声で何かをオレに言っているまなみちゃんにオレは思わず笑いながら謝った。
「ごめんごめん、でもまなみちゃんが悪いんだぜ?」
「な、なんで…」
「そんな可愛い笑顔見せられたら、そりゃキスもしたくなるだろ」
「だからってイキナリする?!?!」
まなみちゃんは自分の手をグーにして、それを口元へと持っていく。そしてプイ、と体ごと横を見てしまった。そんな仕草すら可愛いと思ってしまうオレは相当だな。
「ワルかったって……まなみちゃん。な?こっち向けよ」
どうにか笑うのを止めたオレはまなみちゃんの肩をつかみ、こちらへ向かせて真っ直ぐにまなみちゃんを見つめる。心の中まで全てをオレに見せて欲しい、そんな想いで。
「本命って事でいいんだよな?」
「……っ、はい」
オレは必死にニヤけそうになる顔に力を込めて、気合いを入れて真剣な顔をする。今、目の前で顔を真っ赤にしているまなみちゃんに自分の想いを伝えるために。
「好きです。オレと付き合ってくれませんか?」
こんなに心を込めて言う『好き』という言葉は初めてだった。
「好き」っつー言葉がこんなに大事で、こんなに繊細なモノだったなんて知らなかったな。
つーか、心を込めてというよりも自然にこもっちまうんだよ、溢れんばかりの好きという気持ちがな。
まなみちゃんはデカい目にうるうると、これまたデカい涙を浮かべ「はい…」と言ってからオレの胸にトンっと軽くおでこをくっ付けてきた。恐らく泣いている顔を見られたくねぇんだろうな。けど、そんなん逆効果だぜ?
もちろんオレはそのまま彼女を優しく抱きしめる。まなみちゃんは一瞬ピクリと身体を強ばらせたようだったが、オレの背中に腕を回しギュッと抱き締め返してくれた。
「洋平くん…大好き」
オレは更に強くまなみちゃんを抱きしめる。
こんな風に強く『好き』と想える女は後にも先にもこの子しかいねぇんだろうな……どうやらオレはまなみちゃんじゃなきゃダメみてぇだ。
そんな事を思いながら、オレらはそっと唇を重ねた。
1/1ページ