手
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吐く息も白くなり、すっかり季節は秋から冬へと変わった。空気も澄み渡り、身体に染み込む寒さに自然と身震いをする。そりゃそうだ、あと1週間もしないうちに冬休みになるのだから。
「おはよ~」
「まなみおはよ、今日寒いね」
「ねっ!!超寒い」
「なんか天気予報で雪マークついてたよ」
「マジ?!」
朝の教室で友達との会話にいつもの日常を感じながら、私はお気に入りのマフラーを首元から外した。
そして先日手袋をどこかでなくしてしまった事を悔やむほど、自分の手がガチガチにかじかんでいることに気付く。
「手の感覚なくなりそう」
手に「はぁ」と自分の息を吹きかけると、その様子を見ていた隣の席の三井が私に声をかけてきた。
「んだよ、だらしねぇな」
「いやマジで今日寒いじゃん!ほら、触ってみてよ」
私が三井に向けて手を伸ばすと、彼はみるみるうちに顔を赤くした。
「……なに、三井ってば意識してんの?」
私は面白くなり、座っている椅子を少し床に引きずりながらガタガタと三井に近づけ、ニヤニヤと笑った。
「あ?!誰がだよ!」
三井はそう言うと私の手を包み込むようにぎゅっと握った。……あれ、あれれ?
ヤバい気がする、これ……。
私は自分の体温が一気に熱を増すのを感じた。
さっきまでの寒さなんて嘘のように。
そして2人の視線はぶつかり合った。きっと私たちはおんなじ顔色をしている事だろう。
「……お互い様じゃねーか」
三井は私から視線を逸らし、包み込むように握ったその手を見ながら言った。
私も黙ったままその手を見つめる。振り払う事もせずに。
「雪予報とか絶対嘘じゃない?」
頭上から声が聞こえてきて、私と三井は急いで手を離す。2人して離したその手を後ろに組んだ。
そして声のした方を見上げると、クラスメイト数人が私と三井を囲んでいた。
ぜ、全然気付かなかった……。
「こんだけあつ~い空気なら雪なんて降らないでしょ」
「暖かくしてくれるのは嬉しいけど、なんかイラッとするから別のとこでやってよね」
「うちの教室だけヒーターいらないんじゃね?」
「てか、いつから付き合ってんの?」
好き勝手に言うクラスメイトたち。
「付き合ってない!」と声をシンクロさせて言う私と三井にみんなは「ハイハイ」とため息をつきながら、それぞれ自分の席へと戻って行った。
……き、気まずい。
その後タイミングよく担任の先生が教室に入ってきて、そのまま三井とは話をすることなくホームルームが始まった。
1時間目が始まる直前に三井の様子をチラ見しようと隣を見るとバチっ!!と思いっきり三井本人と目が合ってしまった…。
そこからはもう私のおでこはずっと机とお友達だ。さすがに直接ではなく、腕の上におでこを置いているけれど。要は机にうつ伏せの状態。
いやいやいや。
意識してんのはどっちよ。めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど…。穴があったら入りたい。
というか、もう帰りたい。
今更クラスメイトの男子にドキドキしてどーすんの。ちょっと手が触れ合っただけじゃない。
事故みたいなもんよ。……自分で仕掛けたんだけど。
しばらく彼氏がいないせいかな、うん、そういう事にしておこう。
そうやって無理やり自分を納得させようとしたが、そう簡単にこの胸の鼓動を抑えることは出来なかった。
「おーい、三井、佐藤、そこの2人。仲良く寝るなぁ」
2時間目の授業の時、教卓から聞こえてきたそんな声に私は慌てて顔をあげた。それはもう光の速度で。しかも三井も同じ早さで顔を上げたようで、私たちは顔を見合わせる。
「なんだ、2人とも起きてるんじゃないか。推薦で大学決まったからと言っても気を緩ませるなよー」
周りを見渡した訳では無いが、完全にクラスメイトたちがニヤニヤしているのがわかった。
むしろ周りなんて見れるはずもない。私は自分の机とにらめっこをする。
もう18歳だよ?あと数ヶ月で高校を卒業するんだよ?クラスメイトに男女関係でからかわれるなんて、中学生じゃないんだから…。
授業終わりのチャイムが鳴ったと同時に私は自分のカバンとコートを持って、教室をダッシュで出る。もうこの場にいることが耐えられなくなったのだ。
後ろから「あ、おい!」と三井の声が聞こえた気がしたけれど、気のせいだと思うことにした。
けれど……
それは気のせいなんかじゃなかったということを、私は身をもって知るこ事となる。
階段を降りて、靴箱まで来たその時だったーー。
「待てっつーの!!」
その声と共に私の手首はガシッと勢いよく掴まれる。振り向かなくてもその相手は安易に想像ができる。想像というよりも確信だ。
この声は三井しかいない。
私がゆっくり振り向くと三井は手を離し、私の顔に何かを投げつけてきた。
「忘れもん」
それは私のマフラーだった。
……慌てて出てきたから忘れてたよ。
「……ありがと」
私は雑にそのマフラーをグルグルと首に巻きながら、ボソっと三井にお礼を言った。
すると三井は私の横を通り過ぎ、靴を履き替えてから振り返って私に言った。
「行くぞ」
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「あらー!お兄ちゃん久しぶりね!髪切って随分カッコよくなったわねぇ!!!別人じゃない!!」
「元からだよ!」
私が三井に連れてこられやって来たのは、とある古びたカラオケ屋だった。受付のおばちゃんと親しげに話す様子から、三井はここの常連だったのだろう。
けど、それはちょっと前の事らしい。
なぜなら、おばちゃんは三井の短髪姿を今日初めて見たという反応だったから。恐らくロン毛時代の三井がグレてた時期によくここに来ていたのだろう。
「ここはタバコ吸おうが、学校サボって来ようがなんでもOKなんだよ」
部屋に入って、三井はドカッと偉そうにソファに座る。
「……三井ってタバコ吸うの?」
「吸わねーよ!……吸ったこともねぇよ」
「まぁ、どっちでもいいんだけど。今補導されたら私も三井もヤバいやつじゃん」
「だからここは安息の地、なんだよ」
三井のくせにそんな言葉知ってるんだ。
という思いを私は口に出さずに心の中に閉まった。
私たちは2人とも大学の推薦が決まったばかりで、補導された…なんて言ったらそれが取り消されてしまうかもしれない。そんなのは御免だ。
だからホントはそのまま家に帰る予定だったのに。
……なぜ私は三井についてきてしまったのだろう。
「で、なんか言うことねぇのか?」
三井が自分の太ももの上で手を組みながら、そっぽを向いて私に言葉をなげかける。朝の時のように顔を赤らめながら。
「………………とくに」
私は少し考えてみたものの、三井に言うことなど1つも思いつく事がなかったので、そのままソレを答えとして出したのだ。
「あぁ?!お前、オレの事好きなんじゃねぇのかよ?!」
「え、別に好きじゃないよ」
「じゃあ、なんなんだよ!あの態度は!!」
三井はソファから立ち上がり、座っている私の目の前に詰め寄ってきた。怒っているような、焦っているよな表情で。私はそんな三井を見上げる。
そしてじっと彼の目を見つめながら言った。
「……今はね」
そんな私の言葉に三井は眉をしかめた。
顔全体にハテナマークが浮かび上がっているかのように。本当にわかりやすいオトコだ。
「今はまだハッキリ好き、なんて言えない……だからさ」
私は手で三井をちょいちょいと手招きをした。
不思議そうな顔で三井は少し屈んで、座っている私に顔を近づける。そして私はチョン、と三井の学ランについてあるボタンを人差し指で軽くつついた。
上から2番目のボタンを。
「予約、ね」
「あ?どーゆー事だよ」
「……伝わらないならいい!」
私は三井のように感情を露わにしてプイッと横を向いた。三井はそんな私に困惑をしている。
可愛い、なんて言ったらきっと彼は怒るだろう。だから、言わないけど……
「とりあえずさ」
私は未だに目の前で立ったままの三井へと視線を戻し、コホンと1つ咳払いをして話す。
「私、手袋欲しくてさ。学校終わる時間になったら付き合ってよ、買いに行くの」
一瞬キョトンとした三井だったけど、その後すぐに「しょーがねぇな」と嬉しそうに言った。
そんな三井を見て、私が心から「好き」と言える日はそう遠くないだろうと思うのだった。
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