偏見
空欄の場合は「まなみ」になります。
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
突然ですが、あなたは人を見かけで判断するタイプですか?
もしくは人に対するイメージを自分の中で決めつけるタイプですか?
何が言いたいかと言うと……ギャップってずるいですよねって話です。
口いっぱいとろける様な甘さに幸せを感じながら舌つづみを打っていると、デスクをトントンと指で鳴らされた。横を見ると、隣のデスクの仙道くんがこちらを見て私に問いかけてきた。
「何食べてんの?」
「チョコだよ、さっき濱口さんから貰ったの」
仙道くんは社歴的には後輩になるが、年齢は同い年の男性職員で、うちの会社のバスケ部に所属している。一応実業団チームという事で、それなりにバスケ部は有名で、仙道くんにはその端正な顔立ちから社内、社外問わずにファンがいる。
「濱口さんて、総務課の?」
「そ、甘党男子なんだよ、あの人」
濱口さんとは去年まで同じ課で働いていた先輩で、お互い甘い物好きという共通点があり、濱口さんが異動した今でもこうして甘い物交換をしたりしている。
さっきいただいたチョコは某有名店のチョコで、私はウキウキしながらソレを堪能していたのだ。やっぱり味は絶品、最高品だった。
「私も甘い物大好きだから、お互い美味しいもの発見したらこうやってあげたり、もらったりしてるの」
仙道くんは「ふぅん…」といつもは割とポーカーフェイスのくせに、珍しく面白くなさそうな顔をしている。
ポーカーフェイスというよりは、いつもニコニコしていて腹のうちが読めないって事も含んでるんだけどね。
「食べる?」
私がひとつ差し出しても「いや、いらない」とその申し出を断る仙道くん。すると、彼は何やら少し考えたあと私に聞いてきた。
「今日仕事終わり時間ある?」
「ん?あるけど、どうしたの?」
「チョコよりもっと美味いもん食いに行かない?」
「……え?」
「決まりな」
仙道くんは満足そうにニコリと笑って、自分のパソコンへと向き合った。私の返事も聞かずに。
数時間後ーーーーー
「まなみちゃん、終わりそう?」
「うん、あとちょっと」
私がそう答えたその時、デスクの上に置いていたスマホがブブッと震えた。裏返しにしていた画面を見てみるとどうやらLINEがきたらしい。
「じゃあオレ正面に車持ってくるわ」
仙道くんはそう言って席をたち、歩いて行った。私はそれを見届けたあと、スマホのLINEを開く。そこには同期の女性職員から「ねえ!」「ちょっと」「今日」「仙道くんと」「ご飯行くんだって!?」「しかも2人で!」と一言ずつ区切られた通知が来ていた。そして文字の後にはいくつものスタンプも。
どんな嗅覚してんのよ。てか、ただの同僚とご飯に行くってだけなのに、こんなに大騒ぎをするような事ないじゃん。……それだけ仙道くんが有名人って事か。
これは面倒なことになりそうだと思った私は、そのまま既読スルーというやつをした。
後でちゃんと返すから、、、という言葉を心の中で言いながら。
…………。
さらに私は嫌な予感がして、LINEの通知をoffにしてからスマホをバッグの中に入れて、自分の席を立った。もちろんその予感は的中する事になる。
「オレのオススメの店でいい?」
「あ、うん……」
思わず見とれてしまうほど綺麗な仙道くんの横顔に、私は言葉数少なめに答えた。そりゃモテるよね、こんな人。彼女になる人は大変そう…心配で仕方ないんだろうなぁ。
ーーあれ、私もしかして今ものすごい人の車の助手席に座ってる?
仙道くんとは今年から初めて同じ課で働くようになった。もちろん、目立つ仙道くんの存在は知っていたし、色んなところで噂話を聞いたこともある。色んな、ね。
カノジョが6人いるとか、とりあえず全女性職員を口説くとか、先輩のカノジョに手を出して騒ぎになった、とか……男と女の色んな…ね。
ただ、あまりにも色んな話を聞くので、私はいつも話半分でその噂話を聞いていた。きっと男からも女からも逆恨み的なことだってあるだろうしね。
それでも私の中ではただの同僚のうちの1人だし、それ以上でもそれ以下でもないのだ。
ーと、その時私のバッグの中でブーブーとバイブ音が鳴った。スマホのバイブ音だ。私はソレを取り出し画面見てみると、さっき怒涛のLINEを送ってきていた同期からの着信だった。
私は「はぁ…」と小さくため息をついて仙道くんに「ちょっとごめん」と手を合わせあと、通話ボタンをタップした。
『ちょっとー!!LINE見たでしょ?!なんなの?!どーゆー事?!ホントなの?!もう行ってんの?!』
私が「もしもし」と言葉を発する前にマシンガンのように同期からの質問攻撃が続く。思わずスマホを耳から離したくなるほどに。
「あのさ、また後からかけ直すから」
『え、待って。もしかして、もう………わかった!絶対連絡してよ?!?!』
「わ、わかったって…」
通話を終えた私は一気に疲れを感じ、通話前に吐き出したため息よりも、何倍も大きなため息を「はぁぁ」とついた。
「でっかいため息」
仙道くんは笑いながら言う。
「……ねぇ仙道くん?今日私とご飯行くって誰かに言った?」
「んー…あぁ、言ったかも」
「誰に?!」
「なんだっけ…会計課の女の先輩、えっと……畑中さんだっけ」
「……中畑さん、ね」
「ははは、そう、その人。今日練習ないならご飯行かない?って言われて、その時にまなみちゃんと行くから無理ですって」
それだ。
それだよ。
私は本日3度目のため息をついた。それは言うまでもなく、1番大きなため息だった。
「着いたよ」
着いた先は小さなラーメン屋。しかもお世辞にもあまりキレイとは言えないようなお店。昔ながらの古びたラーメン屋だ。
……ほら、仙道くんは私を口説く気なんてゼロなんだよ。少しでも気があるならこんな所…いや、失礼な事を言ってるのは承知です。ホントに私を1ミリでも女として見てるなら…女性として意識をしているのなら、もう少しいい所へ連れていくでしょ。
仙道くんならきっともっとオシャレで、女性ウケが良さそうなお店知ってるだろうしね。
「んまっ!!!!」
思わず出てしまう声。自然に出てしまう声。
偽物なんかじゃなく、心の底から出た自分の声だった。
「オレがイチバン好きなラーメン」
仙道くんのこの笑顔もきっと嘘なんかじゃない、自然と出てくる笑顔なんだと思う。
だってそれほどここのラーメンは美味しいのだから。……見た目で判断しちゃいけないってことだよね。私は心の中で厨房にいる、おそらく夫婦であろう店長さんと奥さんに謝った。
「お兄ちゃんやっと結婚したんだねぇ」
レジで奥さんがニコニコしながら声をかけてきた。どうやら私のことを仙道くんの奥さんだと思ったらしい。この感じだと仙道くんは正真正銘ここの常連客なのだろう。私は面白半分でその設定に付き合うことにした。……ホントにバカなことをしたもんだ。
「いつも主人がお世話になってますぅ」
私はそう言ってペコりと頭を下げる。
「こんなにいい男なのに、いっつも1人で来てたから心配してたのよぉ!やっぱりいい人いたんじゃない!」
奥さんは仙道くんの肩をバシバシと、けっこうな強さで叩いて言った。
そして「また2人で来てね」と今度は私の肩も叩いた。それもやっぱりけっこうな強さで。
「あはは、いつの間にか私たち夫婦になっちゃったね」
仙道くんの車に乗り込み、私はケラケラと笑いながら仙道くんに話しかけた。仙道くんはエンジンをかけて車を発進させる。
「まなみちゃんのアパートってあそこだっけ?あの本屋の近く」
「そうそう!仙道くんちもその辺なんだよね?」
「……まなみちゃんさ、なんでオレが今日あの店に連れてったかわかってる?」
車を走らせながら、仙道くんは真っ直ぐに前を見たまま言ってきた。私が聞いた事とは見当違いな回答が返ってきたので、私は固まってしまう。
彼の言っている意味がすぐには理解できなかったし、そもそも理由なんてあるの?ただ、美味しい店を紹介してくれただけーー、それ以外に考えようがなかった。
「なんでって…仙道くんのオススメなんでしょ?それ意外に理由なんて」
赤信号で車がゆっくりと止まった時、私の後頭部は仙道くんの大きな手のひらでつつみこまれた。そして引き寄せられそのまま………………キスをされた。
「やっぱりわかってない」
突然の出来事で私は何も言えずに、再び前を見始めた仙道くんの横顔を見ることしかできない。あまりのパニックで、車が今どこを走っているのかもわからないほどだ。
「や、や、や、やっぱりチャラい!!!」
ようやく出た私の言葉に仙道くんは「やっぱりってなんだよ」と、声を出して爆笑する。そして殺し文句を私に落とした。
「オレさ、こんなに我慢できねぇぐらいキスしたいって思ったのまなみちゃんが初めてなんだけど」
するとちょうど車は私が住んでいるアパートの前に到着して、停車した。私が勢いに任せてドアを開けようとしたが、ガチャガチャと音をたてるだけで、ドアは一向に開かない。どうやら鍵をロックされているらしい。
「ちょっと、、仙道くん?!」
「……オレが今日どんだけ悔しい思いしたかもわかってないでしょ?」
「…え?なに?」
悔しい思いってどういう事?
仙道くんはハンドルに手をかけたまま、静かに話し始めた。
「まなみちゃんさ、濱口さんからチョコもらってすげー幸せそうな顔してた。……めちゃくちゃくやしかったんだよ」
ズルくない?そのギャップ。
普段ヘラヘラしてるくせに、子供みたいに拗ねるとかさ…。
「あんな顔見れるならいくらでも美味いもん食わせてあげるし、苦手な甘い物だって食うよ」
だから……ずるいって。
そんな今まで見たことの無いような真剣な顔でこっち見て言うとかさ…。
「待ってよ、ホントに口説こうとするならラーメン屋なんて連れてく?!もっとこうさ…いいお店というか……いや!ラーメンはめちゃくちゃ美味しかったんだけどね?!ありがとう!いや、そうじゃなくて…でもさ?!ねぇ?!やっぱり」
猛烈な勢いでベラベラと言葉を並べる私に、仙道くんはハンドルから手を離し、身体ごとこちらに向けて眉を八の字にして笑った。
「ふっ…ふははは!まなみちゃんってよく喋るんだね」
その笑顔は今まで見てきたような腹の中が見えないような笑みではなく、本当の仙道くんの笑った顔のように感じた。
そしてその顔に私の心臓が飛び跳ねたのは言うまでもないよね。
「…っ、わ、私のことよくわかってないんじゃん!」
必死で気持ちを持っていかれないように私は抵抗する。
「うん、あんまわかってない」
「は?!」
ケロッとして言う仙道くんに私は若干腹が立った。わかってもないのにこんな事言うわけ?!からかってんの?!
「だから…教えてほしい。まなみちゃんの事」
仙道くんはそう言うとそっと私の手を両手で優しく包み込んだ。
「で、オレの事もよく知ってほしいんだ」
心の奥底まで覗こうとしているかのように、仙道くんはじっと私を見つめる。包み込まれたその手はどんどんと熱を増し、そこから逃げることなんてできない。
「だから、連れてったんだよ。さっきの店」
「……まずは仙道くんの好きな物を知って欲しかったって事?」
「そ、子供みたいでしょ。でもさ、こんな気持ち初めてだからオレどーしたらいいかわかんねぇんだよね」
ずるい。
もう、『ずるい』意外の言葉が出てこないぐらい、ずるいよ。
「まなみちゃん、好きだよ。オレだけのものになって、ずっとオレだけを見てほしい」
独占欲丸出しの告白。
何を信じていいのかもよくわからない。
それなのに、握られた私の手は彼の手から離れようとはしない。ううん、離れられないんだ。
力強く握られているわけでもなく、スルリとその手から逃れる事だってできるのに…。それでも私の手は黙って包み込まれたままーー。
「……もうオレ1人であの店行けなくなっちゃったね」
ニッコリと笑って言う仙道くん。
ねえ、その笑顔はどんな意味の笑顔なの?
してやったりなの?それとも……。
2人がホントの夫婦としてあのラーメン屋に行くのは、あと数年先のお話ーー。
もしくは人に対するイメージを自分の中で決めつけるタイプですか?
何が言いたいかと言うと……ギャップってずるいですよねって話です。
口いっぱいとろける様な甘さに幸せを感じながら舌つづみを打っていると、デスクをトントンと指で鳴らされた。横を見ると、隣のデスクの仙道くんがこちらを見て私に問いかけてきた。
「何食べてんの?」
「チョコだよ、さっき濱口さんから貰ったの」
仙道くんは社歴的には後輩になるが、年齢は同い年の男性職員で、うちの会社のバスケ部に所属している。一応実業団チームという事で、それなりにバスケ部は有名で、仙道くんにはその端正な顔立ちから社内、社外問わずにファンがいる。
「濱口さんて、総務課の?」
「そ、甘党男子なんだよ、あの人」
濱口さんとは去年まで同じ課で働いていた先輩で、お互い甘い物好きという共通点があり、濱口さんが異動した今でもこうして甘い物交換をしたりしている。
さっきいただいたチョコは某有名店のチョコで、私はウキウキしながらソレを堪能していたのだ。やっぱり味は絶品、最高品だった。
「私も甘い物大好きだから、お互い美味しいもの発見したらこうやってあげたり、もらったりしてるの」
仙道くんは「ふぅん…」といつもは割とポーカーフェイスのくせに、珍しく面白くなさそうな顔をしている。
ポーカーフェイスというよりは、いつもニコニコしていて腹のうちが読めないって事も含んでるんだけどね。
「食べる?」
私がひとつ差し出しても「いや、いらない」とその申し出を断る仙道くん。すると、彼は何やら少し考えたあと私に聞いてきた。
「今日仕事終わり時間ある?」
「ん?あるけど、どうしたの?」
「チョコよりもっと美味いもん食いに行かない?」
「……え?」
「決まりな」
仙道くんは満足そうにニコリと笑って、自分のパソコンへと向き合った。私の返事も聞かずに。
数時間後ーーーーー
「まなみちゃん、終わりそう?」
「うん、あとちょっと」
私がそう答えたその時、デスクの上に置いていたスマホがブブッと震えた。裏返しにしていた画面を見てみるとどうやらLINEがきたらしい。
「じゃあオレ正面に車持ってくるわ」
仙道くんはそう言って席をたち、歩いて行った。私はそれを見届けたあと、スマホのLINEを開く。そこには同期の女性職員から「ねえ!」「ちょっと」「今日」「仙道くんと」「ご飯行くんだって!?」「しかも2人で!」と一言ずつ区切られた通知が来ていた。そして文字の後にはいくつものスタンプも。
どんな嗅覚してんのよ。てか、ただの同僚とご飯に行くってだけなのに、こんなに大騒ぎをするような事ないじゃん。……それだけ仙道くんが有名人って事か。
これは面倒なことになりそうだと思った私は、そのまま既読スルーというやつをした。
後でちゃんと返すから、、、という言葉を心の中で言いながら。
…………。
さらに私は嫌な予感がして、LINEの通知をoffにしてからスマホをバッグの中に入れて、自分の席を立った。もちろんその予感は的中する事になる。
「オレのオススメの店でいい?」
「あ、うん……」
思わず見とれてしまうほど綺麗な仙道くんの横顔に、私は言葉数少なめに答えた。そりゃモテるよね、こんな人。彼女になる人は大変そう…心配で仕方ないんだろうなぁ。
ーーあれ、私もしかして今ものすごい人の車の助手席に座ってる?
仙道くんとは今年から初めて同じ課で働くようになった。もちろん、目立つ仙道くんの存在は知っていたし、色んなところで噂話を聞いたこともある。色んな、ね。
カノジョが6人いるとか、とりあえず全女性職員を口説くとか、先輩のカノジョに手を出して騒ぎになった、とか……男と女の色んな…ね。
ただ、あまりにも色んな話を聞くので、私はいつも話半分でその噂話を聞いていた。きっと男からも女からも逆恨み的なことだってあるだろうしね。
それでも私の中ではただの同僚のうちの1人だし、それ以上でもそれ以下でもないのだ。
ーと、その時私のバッグの中でブーブーとバイブ音が鳴った。スマホのバイブ音だ。私はソレを取り出し画面見てみると、さっき怒涛のLINEを送ってきていた同期からの着信だった。
私は「はぁ…」と小さくため息をついて仙道くんに「ちょっとごめん」と手を合わせあと、通話ボタンをタップした。
『ちょっとー!!LINE見たでしょ?!なんなの?!どーゆー事?!ホントなの?!もう行ってんの?!』
私が「もしもし」と言葉を発する前にマシンガンのように同期からの質問攻撃が続く。思わずスマホを耳から離したくなるほどに。
「あのさ、また後からかけ直すから」
『え、待って。もしかして、もう………わかった!絶対連絡してよ?!?!』
「わ、わかったって…」
通話を終えた私は一気に疲れを感じ、通話前に吐き出したため息よりも、何倍も大きなため息を「はぁぁ」とついた。
「でっかいため息」
仙道くんは笑いながら言う。
「……ねぇ仙道くん?今日私とご飯行くって誰かに言った?」
「んー…あぁ、言ったかも」
「誰に?!」
「なんだっけ…会計課の女の先輩、えっと……畑中さんだっけ」
「……中畑さん、ね」
「ははは、そう、その人。今日練習ないならご飯行かない?って言われて、その時にまなみちゃんと行くから無理ですって」
それだ。
それだよ。
私は本日3度目のため息をついた。それは言うまでもなく、1番大きなため息だった。
「着いたよ」
着いた先は小さなラーメン屋。しかもお世辞にもあまりキレイとは言えないようなお店。昔ながらの古びたラーメン屋だ。
……ほら、仙道くんは私を口説く気なんてゼロなんだよ。少しでも気があるならこんな所…いや、失礼な事を言ってるのは承知です。ホントに私を1ミリでも女として見てるなら…女性として意識をしているのなら、もう少しいい所へ連れていくでしょ。
仙道くんならきっともっとオシャレで、女性ウケが良さそうなお店知ってるだろうしね。
「んまっ!!!!」
思わず出てしまう声。自然に出てしまう声。
偽物なんかじゃなく、心の底から出た自分の声だった。
「オレがイチバン好きなラーメン」
仙道くんのこの笑顔もきっと嘘なんかじゃない、自然と出てくる笑顔なんだと思う。
だってそれほどここのラーメンは美味しいのだから。……見た目で判断しちゃいけないってことだよね。私は心の中で厨房にいる、おそらく夫婦であろう店長さんと奥さんに謝った。
「お兄ちゃんやっと結婚したんだねぇ」
レジで奥さんがニコニコしながら声をかけてきた。どうやら私のことを仙道くんの奥さんだと思ったらしい。この感じだと仙道くんは正真正銘ここの常連客なのだろう。私は面白半分でその設定に付き合うことにした。……ホントにバカなことをしたもんだ。
「いつも主人がお世話になってますぅ」
私はそう言ってペコりと頭を下げる。
「こんなにいい男なのに、いっつも1人で来てたから心配してたのよぉ!やっぱりいい人いたんじゃない!」
奥さんは仙道くんの肩をバシバシと、けっこうな強さで叩いて言った。
そして「また2人で来てね」と今度は私の肩も叩いた。それもやっぱりけっこうな強さで。
「あはは、いつの間にか私たち夫婦になっちゃったね」
仙道くんの車に乗り込み、私はケラケラと笑いながら仙道くんに話しかけた。仙道くんはエンジンをかけて車を発進させる。
「まなみちゃんのアパートってあそこだっけ?あの本屋の近く」
「そうそう!仙道くんちもその辺なんだよね?」
「……まなみちゃんさ、なんでオレが今日あの店に連れてったかわかってる?」
車を走らせながら、仙道くんは真っ直ぐに前を見たまま言ってきた。私が聞いた事とは見当違いな回答が返ってきたので、私は固まってしまう。
彼の言っている意味がすぐには理解できなかったし、そもそも理由なんてあるの?ただ、美味しい店を紹介してくれただけーー、それ以外に考えようがなかった。
「なんでって…仙道くんのオススメなんでしょ?それ意外に理由なんて」
赤信号で車がゆっくりと止まった時、私の後頭部は仙道くんの大きな手のひらでつつみこまれた。そして引き寄せられそのまま………………キスをされた。
「やっぱりわかってない」
突然の出来事で私は何も言えずに、再び前を見始めた仙道くんの横顔を見ることしかできない。あまりのパニックで、車が今どこを走っているのかもわからないほどだ。
「や、や、や、やっぱりチャラい!!!」
ようやく出た私の言葉に仙道くんは「やっぱりってなんだよ」と、声を出して爆笑する。そして殺し文句を私に落とした。
「オレさ、こんなに我慢できねぇぐらいキスしたいって思ったのまなみちゃんが初めてなんだけど」
するとちょうど車は私が住んでいるアパートの前に到着して、停車した。私が勢いに任せてドアを開けようとしたが、ガチャガチャと音をたてるだけで、ドアは一向に開かない。どうやら鍵をロックされているらしい。
「ちょっと、、仙道くん?!」
「……オレが今日どんだけ悔しい思いしたかもわかってないでしょ?」
「…え?なに?」
悔しい思いってどういう事?
仙道くんはハンドルに手をかけたまま、静かに話し始めた。
「まなみちゃんさ、濱口さんからチョコもらってすげー幸せそうな顔してた。……めちゃくちゃくやしかったんだよ」
ズルくない?そのギャップ。
普段ヘラヘラしてるくせに、子供みたいに拗ねるとかさ…。
「あんな顔見れるならいくらでも美味いもん食わせてあげるし、苦手な甘い物だって食うよ」
だから……ずるいって。
そんな今まで見たことの無いような真剣な顔でこっち見て言うとかさ…。
「待ってよ、ホントに口説こうとするならラーメン屋なんて連れてく?!もっとこうさ…いいお店というか……いや!ラーメンはめちゃくちゃ美味しかったんだけどね?!ありがとう!いや、そうじゃなくて…でもさ?!ねぇ?!やっぱり」
猛烈な勢いでベラベラと言葉を並べる私に、仙道くんはハンドルから手を離し、身体ごとこちらに向けて眉を八の字にして笑った。
「ふっ…ふははは!まなみちゃんってよく喋るんだね」
その笑顔は今まで見てきたような腹の中が見えないような笑みではなく、本当の仙道くんの笑った顔のように感じた。
そしてその顔に私の心臓が飛び跳ねたのは言うまでもないよね。
「…っ、わ、私のことよくわかってないんじゃん!」
必死で気持ちを持っていかれないように私は抵抗する。
「うん、あんまわかってない」
「は?!」
ケロッとして言う仙道くんに私は若干腹が立った。わかってもないのにこんな事言うわけ?!からかってんの?!
「だから…教えてほしい。まなみちゃんの事」
仙道くんはそう言うとそっと私の手を両手で優しく包み込んだ。
「で、オレの事もよく知ってほしいんだ」
心の奥底まで覗こうとしているかのように、仙道くんはじっと私を見つめる。包み込まれたその手はどんどんと熱を増し、そこから逃げることなんてできない。
「だから、連れてったんだよ。さっきの店」
「……まずは仙道くんの好きな物を知って欲しかったって事?」
「そ、子供みたいでしょ。でもさ、こんな気持ち初めてだからオレどーしたらいいかわかんねぇんだよね」
ずるい。
もう、『ずるい』意外の言葉が出てこないぐらい、ずるいよ。
「まなみちゃん、好きだよ。オレだけのものになって、ずっとオレだけを見てほしい」
独占欲丸出しの告白。
何を信じていいのかもよくわからない。
それなのに、握られた私の手は彼の手から離れようとはしない。ううん、離れられないんだ。
力強く握られているわけでもなく、スルリとその手から逃れる事だってできるのに…。それでも私の手は黙って包み込まれたままーー。
「……もうオレ1人であの店行けなくなっちゃったね」
ニッコリと笑って言う仙道くん。
ねえ、その笑顔はどんな意味の笑顔なの?
してやったりなの?それとも……。
2人がホントの夫婦としてあのラーメン屋に行くのは、あと数年先のお話ーー。
1/3ページ