苛立ち
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いつからか見せなくなったお前の笑顔、一体いつになったら見れんねん、ボケ。
「おい、落ちたで」
昼休みの学校の廊下を歩いている時、オレは目の前でヒラヒラと落ちたハンカチを拾い、前を歩いていた女子へと声をかける。何度も見たことがある後ろ姿。なんならガキの頃から成長をずっと見てきた後ろ姿。
「…ありがとうございます、岸本先輩」
女はそう言ってニコリともせず、真顔でオレからハンカチを受け取り颯爽と歩い行く。
その姿を見届けたオレは近くにあった自販機のボタンをグーパンで強く押した。そして、出てきたコーヒーを一気に飲み干し、近くにあったゴミ箱へガシャン!と投げつけた。
「実理どーしたん?めっちゃ荒れてるやん」
その時、1人の女がオレの腕に絡まりながら甘ったるい声で言う。
「……別に」
「なぁなぁ、午後の授業サボってうち来ぇへん?」
柔らかい胸をムギュッとオレの腕に押し付けながら、女はオレを上目遣いで見つめた。オレの視線はボタンがあいたシャツの隙間から見える豊満な2つの膨らみに釘付けとなる。
「あっ…やぁっ、実理っ…気持ちいぃっ……!!」
「……っ!」
サルやな。高校生なんてみんなアホみたいにサルや。オレもこの女も、みんなサルや。
オレは出すもんを出して、スッキリした頭の中でアホみたいな事を考えていた。そしてベッドの下に脱ぎ捨てていたシャツを拾い上げ、それを着始める。
「え~、今日は1回で終わりなん?」
声が聞こえてきた方を向くと、素っ裸のままベッドの中から女が不満そうな顔をしている。包み隠さず出ている豊満な2つの膨らみも、オレはもう興味が無い。そしてもう1つ言うなら、さっきからオレの頭の中は1人の女の事でいっぱいやった。
コイツとヤっている最中も、ずっと頭の中では別の女の事を考えていた。
そしてそんな自分にクソ腹が立っていた。
「え、実理帰るん?!ねえっ!実理ってば!」
そんな声を背中にオレは自分のカバンを持って女の部屋を出た。ポケットに手を突っ込み歩く。冬の気配が近づいてきた空気の中を。オレはここ数ヶ月、イライラの原因であることを思い起こす。
元はと言えば4月がこのイライラのはじまりやった。
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4月ーーー
「実理ちゃん!見て!!」
スカートをパンツが見えないギリギリのラインで、ヒラリとひるがえし、オレの目の前でクルッと回る女、オレの幼なじみのまなみ。
よう言うやろ、物心がついた時から知っとるって。1個年下のコイツがオレにとってはその相手やった。
あと数日で高校生になるまなみは真新しい制服を着て、わざわざオレの部屋まで見せに来たっちゅーわけや。
「なんでお前豊玉やねん。あんなロクデモナイヤツラばっかりの高校…」
「そん中に実理ちゃんもおるやろ」
ニシシと、ベッドに座っているオレに近づきながらまなみは笑う。
と、その時オレの部屋のドアがガチャりとあいて、1人の女が顔を出した。
「きっしもとぉ~来たでぇ…って、あれ?お客さん?」
「なんでお前勝手に入ってきとんねん!」
「LINEしたやろ。鍵もあいてたし…なんや、随分可愛いらしいお客さんやね」
そう言いながら女はまなみに近づこうとする。オレはまなみの前に立ち、それを阻止した。
「……実理ちゃん、彼女さん?」
まなみは少し不安そうにオレの腕を掴みながら後ろで聞いてくる。
「ちゃう、オトモダチや。ええからお前はもう帰れ」
色んな意味でのオトモダチや。オレは心の中で呟いてまなみの背中を押し、無理やり部屋から追い出した。
「なに?随分可愛がってそうな感じやったなぁ?」
まなみが部屋からいなくなったあと、女は上着を脱ぎながらベッドの上でオレにまたがる。
「あ?なんやその言い方」
「気付いてへんの?…意外とお子ちゃまやなぁ~、『実理ちゃん』は」
「やめろやその言い方」
オレは何故か苛立ちを覚え、またがっていた女を反対に押し倒し、その気持ちをぶつけるかのように噛み付くようにキスをする。そしてそのままコイツと身体を重ね合わせた。
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この頃からや、まなみがオレに対する態度が一変したのは。まずいっちゃんわかりやすいのは呼び方やな。
『実理ちゃん』から『岸本先輩』。あとは表情、半年以上アイツはオレに対して笑顔を見せていない。つーか、ほとんど話をしとらん。
まなみが豊玉高校に入学して、偶然学校内で顔を合わすこともあった。オレが「よぉ」と声をかけてもぺこりと頭を下げるだけ。しかも真顔で。つい1秒前まで友達と楽しそ~に笑うてても、オレを見た瞬間、真顔や。
その状態がもう半年以上っちゅーわけや。
なんやねん!!!!
オレが一体何をしたっちゅーねん。
女の家からこのまま学校へは戻らず、オレは部活をサボって家に帰ることにした。ーと、その時やった。
オレの隣の家の前で楽しそうに話す男と女。男は見たことない奴。女は紛れもないオレの幼なじみ、まなみや。
久々に見たまなみの笑顔にオレは無性に腹がった。バチッと目が合ったオレとまなみ。せやけど、どちらもすぐに目を逸らし、挨拶もせずにオレはそのまま自分の家の中へと入った。
あぁ、ホンマに腹立つ。
誰やねんその男は。なんでお前は笑っとるねん。なんでオレの前ではせぇへんねん……その顔。
自分の部屋に入ったオレは、制服の上着を脱ぎ捨てシャツのままベッドへと寝転がる。そして天井を見ながら、自分の心の中のモヤモヤと戦う。
ホンマに腹立つわ……自分に。
ガキの頃からアイツの事を、1番ようわかってるんはオレやと思っとった。なんとなくアイツがオレに好意を持ってることだってわかっとった。それでもオレはその事を真剣に考えよーとはせぇへんかったし、オレはオレでアホみたいにサルになってたんや。
オモチャを取られたガキみたいに、アイツが他の奴のモノになって初めて気付いたんや。
ーーー好きやって。
「……アホらし」
オレはもう一度制服の上着を着て、部屋を出た。
コンビニでなんか飲みもんでも…そう思って玄関のドアを開けた瞬間、オレは身体が氷のように固まった。
……それは冬のはじまりの気温のせいではない。見てしまったからや。
さっきの男と家の前の道路でキスをしているまなみの姿を。
オレは慌ててドアを閉めたが、そっと少しだけ開けてドアの隙間から様子をうかがう。
男はそのまま手を上げ、歩いて行った。曲がり角を曲がるまでまなみは男を見送っていた。
オレは男が道を曲がったのを見計らって、玄関から外へ出て足早にまなみの元へと歩いて行った。そして家に入ろうとするまなみの腕をつかんだ。
「……実理ちゃん」
まなみは驚いた顔をして、オレを見る。
「久しぶりに聞いたな、その呼び方」
オレがそう言うとまなみは慌てて口を抑えた。そして睨むように眉をしかめながらオレを見た。
「なに?」
「そんなに嫌いなんか、オレの事」
「は?なんやの、いきなり」
「高校入ってからずっとやないか、お前のその態度。言いたいことあるなら言いや」
オレが真っ直ぐにまなみの目を見ると、まなみはオレを先程とは違う、強い目付きでキッと睨んだ。
「嫌い!実理ちゃんに近づく女の人も……好きでもない人と付き合って実理ちゃんを忘れようとする自分も!大っ嫌い!!!」
まなみはオレからバッと勢いよく腕を振りほどき、バタバタと走って家の中へと入って行った。追いかけたオレはまなみん家のドアを開けようとしたが、ガチャガチャと音をたてるだけで、ドアは一向に開きはしない。そう、まなみが鍵をかけたんや。
「……甘いわ」
オレは自分の家へと入り、2階の自分の部屋へと向かう。そして窓を開け、窓枠に手をかけ足も引っ掛けた。そしてそのままジャンプする。ドタ!っと音をたてて着地したのは、オレの部屋から向かいにあるまなみの部屋のベランダだ。
この距離なら簡単に飛びうつれる事はもう何年も前から知っとる。
「おい!まなみ!開けろや!!」
オレは叫びながらドンドンとまなみの部屋の窓を叩く。数回叩いた後、窓は横へスライドして開いた。そして下を向きながらまなみは「恥ずかしいからやめてや…」と小さく言う。
オレは窓から部屋に入るなりまなみをキツく抱きしめた。
「なっ、何するん!!離して!」
「言いたい事だけ言って逃げよって…」
腕の中でギャーギャーとオレの胸を叩きながら騒ぐまなみ。まるで網にかかった魚みたいやな。オレは暴れるまなみの両肩を抑え、そのままキスをした。
するとさっきまでの活きの良さが嘘のようにコイツはピタリと静かになった。
「お前、いつもしとるんか?」
「な、なんやの…」
まなみはオレにキスをされた唇を指で触れながら、顔を真っ赤にしている。
「せやから、あの男とさっきしてたやろ!……キス、いつもしてるんか?って聞いてんねん」
「あ、当たり前やん……彼氏や…んっっ」
オレはまなみの言葉を最後まで聞かず、またキスをした。先程の触れるだけのキスではなく、深く深く、唇を軽く噛み、口内に舌を入れてまなみの舌へと絡みつく。
「んふっ…んんっ…」
まなみの漏れる吐息がオレの理性を壊そうとする。
……あかん、これはあかん。
オレはちょびっとだけ残っていた最後の理性でまなみの肩を押し、どうにか離れた。
「あぁっ!くっそ腹立つわ!!お前はもうオレ以外の奴とこんな事すんなよ?!ええな?!」
オレは何言っとんのや。ガキか。
こんなん言われてまなみはさぞ呆れるんやろな。
……そう思っていたのに。
「は、はい……」
顔を真っ赤にしてコクンと頷くまなみ。
……は?!可愛すぎやろ。なんやねん、何を試されてんねんオレは。つか、こんな顔すんのかいなコイツは…。
オレは心の底から後悔した。なんでもっと早くコイツを手に入れなかったんや、と。
オレはきつくまなみを抱きしめた。
そして今更気付いた気持ちをハッキリと口にする。
「まなみ…好きや、死ぬほど好きや」
まなみの後頭部を手のひらで包み込みながら、更にきつく抱きしめた。するとまなみは小さく「私も…」と涙声で呟いて、オレの制服の裾をキュッと掴んだ。
そしてオレ達は自然に再び口付けを交わした。
大事にする。
月並みの言葉やけど、オレはそう思ったんや。女に対してこんな事を思うなんて初めてことや。オレの全てをかけてでも、コイツを大事にする。
……せやから、そんなに潤んだ目でオレを見つめるんはやめろや。理性が吹っ飛びそうになる。
オレは出そうになるため息を我慢した。
まぁ、これでしばらく続いた苛立ちともお別れできそうやな。オレのソバにずっとまなみがいてくれるんやからーー。
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