冷静
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我が家の薬箱には必ず常に絆創膏と消毒液がストックされている。
家族におっちょこちょいな人がいて、よく怪我をするから……という訳ではない。
家族、ではないのだ。
よく怪我をして我が家にやってくる男ーー
「わり、また頼む」
笑いながらそう言って今日も我が家にやってくるのは、俗に言う幼なじみ。水戸洋平という同い年の男だ。我が家の斜め向かいの家に住んでいる。
「今日はどこの人とやりあったの?」
ここは私の部屋だ。
洋平に質問をしながら、手馴れたように消毒液を脱脂綿に染み込ませ、それを洋平の顔へポンポンと軽くつける。もうお手の物になっていた。
「どこだったかな…北村中……?」
眉を八の字にして、困ったように笑う洋平。
相手がどこの人かもわかんないままで喧嘩するんかい。心の中で私はつっこんだ。
そう、彼の怪我のほとんどは喧嘩によるものだった。洋平は世間一般的に言う『ヤンキー』という部類に入る。
「てゆーか、そろそろ手あてをしてくれる彼女とか作った方がいいんじゃないの?」
「別にいらねーよ、まなみがいるしな」
「なにそれ。私だってそのうち彼氏ができて、もう洋平の事を部屋に入れなくなるよ?」
「ははっ!そりゃさみしーな」
私と洋平は物心がついたときから一緒にいた。
今でこそ両隣に家が建っているが、私が引っ越してきた頃のこの近所には、私の家と洋平の家しか建っていなかった。それでその時から家族ぐるみのお付き合いをしているという訳だ。
中学生になり、思春期特有の『近いけれど遠い存在』になるなんて事はなかった。
私たちの関係は幼い頃と何も変わらない。
学校の登下校だって一緒にするし、もちろんお互いの部屋に入ることだってする。
まあ、確かに昔ほど一緒に遊ぶことは多少なりとも減りはしたけれどね。
だんだんと見た目も素行もヤンキーになっていく洋平だったが、私はそれに対し『こわい』とか『話しかけにくい』なんて1度も思ったことはなかった。
だって、洋平は洋平だもの。
私の大切な大切な幼なじみだもの。
「おはよ」
「よう」
毎朝決まった時間に家を出ると、斜め向かいの家の玄関から洋平が出てくる。
大きなあくびをして、今日もリーゼントがバッチリ決まっている。
うん、私の幼なじみは今日も見た目は超ヤンキー。
高校に入学して数ヶ月がたった。
洋平と一緒に歩いていると、途中で洋平のお仲間たちと合流する。
これもいつものルーティンだ。
桜木、大楠、野間、高宮、そして洋平。
この5人は中学の時から『桜木軍団』なんて周りから言われ、ちょっとした有名人だった。
……決していい意味ではないよね。
「なぁ、洋平とまなみちゃんは付き合わねーの?」
駅までの道を歩いている最中、金髪リーゼントの大楠が私たち2人に問いかけてくる。
私と洋平は歩きながらも顔を見合わせた。きっと同じような顔をしている事だろう。
「まなみはなぁ…男を見る目が厳しいから、オレがもっといい男になんねーと無理かもなぁ」
洋平はそう言って笑いながら上手く質問をかわした。こういう所は本当に大人なんだよなぁって、感心する。いつでも冷静だしね。
それに合わせるかのように私も話を続けた。
「洋平の身長があと15センチ伸びて、年収1000万円以上稼げるようになったら、考えてもいいかな」
そんなアホみたいな会話をしながら、私たちは駅に着く。私と洋平たちは学校が違うため、ホームは反対側。
先に電車に乗るのは私、電車に乗り込んだ私に向かっていつも反対側のホームから手を挙げる洋平。
最近そんな洋平の姿を見ると、心がぎゅっと握りつぶされたように苦しくなる。
チクッとか、ズキン…とかじゃない。
もう…ぎゅぅぅぅっと、眉をしかめたくなるぐらい苦しくなる。
単純に寂しいんだって思ってた。
幼稚園も、小学校も、中学校も、ずっと一緒にいたんだもん。洋平がいない生活なんて初めてだったから、寂しいんだ…って。
そう思い込んでた。
……なんとなくはわかってたくせにね。
「……え?洋平、行かないの?」
学校が夏休みに入ったある日、私のバイト先のラーメン屋に来た洋平の言葉に私はひどくショックを受けていた。
それはいつも8月の終わりに一緒に行っている近所の神社でのお祭りに洋平が今年は行かない、というものだった。毎年家族ぐるみで一緒に行っていたのだ。
「あぁ、今年は行かないっつーか…」
ちょうどその時お客さんが来たり、注文に呼ばれたりと一気に忙しくなってしまい、それ以上話をする事はできなかった。
ーーでも、それで良かった。
これ以上どんな顔で洋平と話をしていいかわからなかったから。
自然なことなのかもしれない。こうして離れていくことは。
家族とも違うし、もちろん彼氏でもない。
こうやって大人になっていくのかもしれない、幼なじみって。
いつまでも同じじゃいられないのかな…。
きっとそれはもう無理なこと、同じではいられない。だってようやく自覚をしたから。
私は洋平が好きだって事を。
異性として洋平のことが好きだって事を。
それから夏休みの間はあまり洋平に会うことがなかった。ーーというよりもなんとなく私が避けていたんだ。
ホントは会いたいはずなのに、会うと気持ちが溢れちゃいそうでこわかった。
私の気持ちに気付かれて、洋平を困らせたくなかったから。
それなのに私は『偶然』という名の最悪なタイミングに出くわす。
バイトからの帰り道、この曲がり角を曲がって少しすると我が家、という所で目の前には見覚えのある後ろ姿を発見した。
洋平だーーー。
振り向くな、振り向くな……そんな私の願いは虚しく夜空へと消えていった。
くるりと振り向く洋平。もちろん私はギクリとして、思わずその場に立ち止まってしまった。
「なんか、あつーい視線を感じたんだけど?」
洋平はハッハッハと笑いながら私へと歩いてくる。……同じ方向の目的地なんだから、わざわざ洋平がこっちに来なくても私もそっち行くのに。
私たちは2人並んで歩き出す。
「バイト帰りか?」
「うん」
「お疲れ、また近いうちに食いに行くわ」
「うん」
……私は日本語覚えたてか!?
バカみたいだなー。不貞腐れた子供みたいに振る舞ったりして。
洋平の事だからきっと気付くよね、私のこの変な態度に。
「なぁまなみ……」
きた!!
絶対『どうしたんだお前』って言われるよ。
ヤバい、なんて答えれば……なんて一生懸命言い訳を考えていたその時だったーー。
「洋平くん」
洋平を呼ぶ声。
私じゃない、女の子の声。
「ハルコちゃん」
洋平が呼ぶ。
私じゃない女の子の名前。
1人の女の子に声をかけられたのだ。
とても女の子らしく、可愛らしい子だった。
「洋平くんのお家ってこの辺なの?」
「そ、すぐそこ。ハルコちゃんはなんでまたこんなとこに?」
「友達の家に遊びに来てたのよ」
「へぇ、この辺の子なら和光中の子かな?」
「そうそう!和光中の……」
傍観者。
今の私はまさにソレだった。
会話に入ることもできず、ただ楽しそうに話す2人を見ることしかできない。
けれど目の前にモヤがかかったかのように、私は2人の姿を見ることに拒否反応を起こしている。
「私、帰るね」
そう言って私は自分の家へと走り出した。
その時に洋平が何かを言ったような気もしたけれど、そんな事にかまっていられなかった。
『ハルコちゃん』にペコっと頭を下げるのが精一杯だった。
家に着いて真っ先にシャワーを浴びた後、私はお母さんが用意してくれた夕飯をひとくち、ふたくち、口に運んで食べるのをやめてしまった。お腹はペコペコだったはずのに……。
ソレを見かけたお母さんは「どうしたの?」と少し心配そうに私に声をかける。
「夏バテかも」
私は困ったように笑いながら、食器を下げて自分の部屋へと向かった。
幼なじみってのは厄介だ。
フツーの同級生とも違う。かと言ってもちろん家族でもない。
それでも遠くの親戚よりも親しかったりもする。なんとも厄介な関係だ。
けれど、そう思うのは自分のせいでもある。
私が洋平に特別な感情を抱いたせいだ。何も思わず、単なる幼なじみなら『厄介』なんて思うことはなかっただろう。
そんな事をベッドで枕に顔をうずめ、うつ伏せになりながらグルグルと考えていると、スマホからLINEの通知音が聞こえてきた。
『お祭り行こー!!』
同じクラスの仲良しグループLINEで、内容はみんなでお祭りに行こう、というものだった。そのお祭りとは私が毎年行っているモノで……今年は洋平に断られたお祭りの事だった。
どうせ家にいてもずっとモヤモヤした気持ちは晴れることはないだろうし、それならいっそ友達と楽しもう!という思いで私は『行く!』と返信をした。
「めいっぱい楽しんでやるんだから」
私はそう独り言を言って眠りについた。
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