花火
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「じゃあ、またね」
「ばいばーい」
結局たいした勉強もせず、私は友達の家を出た。案の定だ。駅までの道を歩いていると、小さな薬局が目に入ってきた。
『南龍星堂』と書かれたその薬局はまさに名前の通り『南さん』が経営している薬局で、その息子は私が片想いをこじらせている、南だ。
「お前何してんねん」
薬局の看板を立ち止まって見ていたその時、後ろから聞き慣れた声が聞こえてきて、私は勢いよく振り返った。そこにはまさに今、私の頭の中にいる人物だった。
「南?!なんで?!」
「…いや、なんでってここオレんちやから。お前も知っとるやろ」
南は私が目の前に立っていた薬局を指さして言う。
……その通りですね。お家に帰ってきたんですね。そりゃ、ここにいても不思議じゃないです。見ると南は大きなスポーツバッグを持っている。
インターハイからの帰りなのだろう。
「……」
会いたかったはずの南なのに、いざ彼を目の前にすると私は言葉が出てこない。
そんな私の態度に南は何かを察したのだろう、いつものように話をしてきた。
「宿題なら自分でしいや」
「やってるわ!!」
「ほぉ、珍し。まっ、それが合ってるかは別問題やけどな」
南はいつも通りにふざけて、憎まれ口を叩きながら私の頭の上にポンと手を乗せ、私の横を通り過ぎる。その時、さっきの『これが最後なんやで』という友達の言葉が頭をよぎった。
「南!!」
そんな南を慌てて後ろから呼び止める。
まるで、あの日直の日の時ように。
「あ、明日の花火大会、一緒に行かへん?」
すると南は「……ええよ」と一言だけ言って、私とは目を合わさず自分の家の薬局へと入っていった。
花火……南と、花火……。
自分の家に帰ってきた私は枕を抱きしめながら、ジタバタとベッドの上でもがいていた。
気分はまるで少女漫画の主人公のようだ。
南と2人で出かけるなんて初めての事、こんなんデートやん!!!
そこで私はハッと気付く。
花火ーーーといえば?!
バタバタと大きな音をたてながら駆け足で階段をおり、リビングでテレビを見ているお母さんに私は大きな声で言った。
「お母さん!明日休み?!」
「なんなん、いきなり。明日は仕事やで」
「何時まで?!」
「明日は夜の7時までやな」
その返答に私はガックリと膝を床についた。夏休みに入ってから1番の落胆と言ってもいいかもしれない。もちろんそんな私を見て、母は不思議そうに聞いてくる。
「どうしたん?」
「……明日、浴衣着せて欲しかってん」
「なにあんた、花火大会行くことにしたん?受験勉強がどーとか言うてなかった?」
「……うん」
花火大会と言えば浴衣やん?
私は1人で浴衣の着付けをする事ができないので、母に頼むしかなかったのだ。しょんぼりする私に母はニヤニヤして、畳み掛けるように言ってきた。
「誰と行くん?なぁ、誰と行くん?!」
明らかに面白がっている母に対し、「誰でもええやろ!」と私は言葉を残して、再び階段をのぼり、自分の部屋へと戻ってきた。そして大きなため息を1つ吐き出した。
「…しゃーないか。よしっ!切り替えて何を着てくか考えなあかんな!」
私はクローゼットを開け、目に付いた洋服を何着も引っ張り出した。
地べたに座ることになるだろうから、スカートじゃない方がいいのか…それでも少しは可愛らしい格好の方がいいのか…恋する乙女の頭の中は考えることが山のようにあるのだ。
そんな私は、当然のようにぐっすり眠ることができないまま、朝をむかえた。
「……なんやねん、その大荷物は」
心底呆れたような顔で私にたいして大きなため息をつく南。
夕方、花火大会の会場近くの駅で待ち合わせをした私たちは、いつもより人が多い駅構内でもさほど時間もかからず合流をする事ができた。
むしろ大きな荷物を抱えた私はすぐに南に見つけてもらうことができたのだ。
「え…いや、レジャーシートやろ?簡易座布団やろ?飲み物やろ?あとはウェットティッシュとか他には」
「わかった、わかった」
南はそう言って私の言葉を遮り、私が抱えていた大きなバッグをヒョイと奪った。
「え?!ちょ、南!」
「ほら、行くで」
私は慌てて先を歩く南について行く。
そして私たちは並んで歩き出した。ふと、駅構内にある展示品が飾られてあるショーケースを見ると、うっすらと私と南の姿が反射して写っていた。まるで並んで歩く恋人同士かのように。
そんな光景に、私は顔の緩みを必死で隠しながら歩いた。
「うわぁ…めっちゃ人いるやん」
会場にはすでに多くの、人、人、人!!!
キョロキョロと辺りを見渡して、座れそうな場所を探す。
「こっち行くぞ」
南はそう言って私の手を握り、足早に歩き始めた。……手、手を握って??!!
その状況が理解出来ず、ただただ私は黙って南について行く。
「ここならええやろ」
人混みの中、どうにか場所を確保した私たち。ここぞとばかりに私は南が持っていてくれているバッグからレジャーシートを取り出し、地面にひいた。もちろん簡易座布団も。
「気が利くやろ?お嫁さんにしたいやろ?」
私はにししと笑って南に向かって冗談を言う。きっといつもみたいに「間に合っとるわ」とか「寝言は寝て言え」とか言うんやろな…なんて思っていたのに。
「……そやな」
目を細め、優しく微笑みながら私の顔を見つめる南。こんな顔…見たことない。そんな南の視線から私は逃れることが出来ず、しばらく私たちは見つめ合う…と、その時周りの街頭や出店等の灯りがフッと消えた。
ヒュルルルルルル……ドォォン!
「お、始まったみたいやな」
大きな一発目の花火が夜空に舞った。
南は視線を空へと移す、それに続くかのようにわたしも慌てて空を見た。
「やっぱり夏はコレやな!」
「お前受験勉強はどーやねん」
「……そーゆー南こそどうなん?」
「まぁ、オレの夏は終わったし、これからやな」
……あ。
私はバカだ。南とデートだなんてすっかり浮かれ気分でいて、南が今どんな心境かちゃんと考えられていなかった。最低や……。
「なんやねんお前、一丁前に気でもつかってるんか?花火の途中で雨降ったらかなわんから、やめろや」
黙ってしまった私に対し、南はいつも通りに振る舞う。いつもみたいに毒を吐いて…気をつかってるんは南やん…。
きっと色んな悩みや責任、葛藤もあった事だろう。その事をわかってあげられない事が悔しかった。かける言葉も見つからない、逆に気をつかわれるなんて…ホンマ私はアホや……。
上をむくと涙がこぼれない、なんて聞いた事があったけど、それは嘘だ。
花火を見上げていても、ツーと、頬に涙がつたう。
ゴシゴシと目をこするも、涙はポロポロと流れてくる。私は耐えきれなくなり、顔を隠すかのように膝を抱え下を向いた。
ホンマ最悪やーーー。
自分から誘っといて何を泣いてんねん。
こんなん意味わからんくて、気持ち悪い女やん。
そう思っていると頭の上に重さを感じる。
……南の手のひらだ。
「花火見に来て、下向くなんて斬新やな」
南はそう言って優しく私の頭を撫で続けてくれた。
「そろそろ顔あげたらどうや?フィナーレやで?」
しばらくたった後、そんな南の言葉で私はゆっくりと顔をあげる。隣にいる南には顔を見せないように、南とは反対側を見ながら。
だって、絶対ひどい顔してるやん??
すると横から「ぷっ」と笑いを吹き出した声がした。
「なんやねん、お前もしかして顔、見られたないんか?」
「……うっさい!」
「こっち向き?どんだけ酷い顔なのか見たるわ」
「いやや、絶対見ぃひん。ほら!見るのは花火!!」
私は身体ごと座っている向きをかえ、南に背を向けた。が、そのあと私はフィナーレの花火を見ることなんて出来なくなってしまった。
なぜなら……
「佐藤…今日、ありがとうな」
そう言って南が後ろから私を包み込むように抱きしめてきたからだ。
「来年は着てきい、浴衣」
「……うん」
私たちはそうして2人だけの約束を交わしたーー。
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