花火
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映画やドラマでよく聞く、予想だにしない結末…いわゆる『大どんでん返し』というものが私は大好きだった。
一筋縄ではいかない結末、視聴者をうならせるような結末、そういうモノが大好物なのだ。
けれどーーーー
「え?!負けた?!」
8月2日、クーラーのきいた涼しいリビングで、お昼ご飯を食べ終わり、冷凍庫にあるアイスを物色しようとした時、テーブルの上に置いてある私のスマホの着信音が鳴った。
相手は男友達のケンジだった。
電話の内容はインターハイに出てた豊玉バスケ部が1回戦目で負けた、というものだった。
「え……だって、1回戦目の相手ってインターハイ初出場のとこやって……」
『そうなんやけどなぁ…もうごっつ悔しいわ!!』
こんなどんでん返しはいらない。
ケンジはインターハイが行われている広島まで、友達数人と見に行っていた。
私も誘われてはいたのだが、受験勉強もあるので断っていた。
……ほんまはめっちゃ行きたかったんやけどな。
『南が途中で怪我してな』
「え?!南が?!大丈夫なん?!」
『あぁ、怪我したあとも試合に出てたから大丈夫やと思うで』
南、というのは1年の時から仲がいいクラスメイトで、密かに私は彼に片想いをしている。1年の時からずっと。
その想いを伝えようと考えたことも多少なりともあったが、それは出来なかった。ありきたりだけれど、私が想いを告げてこの関係が壊れるのが怖かったから。
「……負けた」
ケンジとの電話を切ったあと、私はアイスの事なんて全く忘れてソファへと身体を投げた。
手を組み、それをおでこに乗せて誰もいないリビングの天井を黙って見つめる。
夏休みに入る直前たまたま南と日直になって、放課後の教室で2人きりになった事があった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「南は部活どーするん?冬まで残るん?」
南は字が綺麗だった。
その為、日誌を書くのを南に任せた私は彼が書く、整った字を見つめながら聞いた。
「いや、オレは冬までは残らんよ。夏で終わりや」
「そうなんや…でも最後の夏でもインターハイまで行けるなんてさすがやな」
「インターハイなんて通過点や。オレらが目指すんはてっぺんやからな」
サラサラと南は日誌を書き終え、パタン、とそれを閉じた。
「…つか、なんでオレが書いてるねん」
「だって、南が書く字ってめっちゃ綺麗やん」
「褒めたってなんも出ぇへんよ」
南は日誌でペシっと軽く私の頭を叩き、「持ってくのはお前の仕事な」と言って、日誌を私に託して教室を出て行こうとした。
「南!!」
私は教室のドアを開けようとする南を呼び止めた。
一言だけ、どうしても言いたくて……。
「インターハイ、頑張ってな」
その時、南は一瞬だけ目を細め優しく微笑んでくれた気がする。そして「言われなくても頑張るわ」と言って教室を出て行った。
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そんなやり取りを思い出し、私は泣きそうになる。部活をしていない私には正直わからないだろう、南が今どんな思いでいるのか。
私はテーブルに置いておいたスマホのLINEを開き、南とのトーク画面をタップしたが、すぐにそれを閉じた。
「……何も思い浮かばへん」
そもそも、私なんかの言葉で南を元気づける事なんて無謀すぎる。その時、手に持っている私のスマホからLINEの通知音が鳴った。
まさかーーー?!?!
『明日うちで勉強せぇへん?』
相手は同じクラスの女友達からだった。
友達と勉強なんて捗らないことは目に見えて分かっている。ーが、たまには息抜きだって必要だ。
私は二つ返事で飛びついた。
もちろん、今の私の気持ちを聞いてもらうために。
「へぇ~、南たち負けたんや」
麦茶をゴクゴクと飲みながら話すのは、私の女友達。汗をかいたグラスの表面を軽くティッシュで拭き取ると、テーブルの上にそのグラスを置いた。
私は昨日LINEで言っていた勉強会の為に、友達の家に来ている。
「そうなんよ…」
私は左手にあごを乗せ肘をつく、いわゆる頬杖をつきながら。そして右手でクルクルとシャープペンを器用に回しながら答える。
「慰めてあげたらええやん」
「そんな簡単に言わへんでよ…なに言うてええか全然わからへんもん」
深刻な私とは正反対に、友達はあっけらかんと提案をしてくる。慰めるなんて……
慰める方法がわかっていたら、昨日の時点でどうにかしてるっちゅーねん!
「めっちゃ好きやな、南のこと」
友達の発言に私は思わず、回していたシャープペンを吹っ飛ばしてしまった。向かいに座っている友達の腕にあたったシャープペンはコロコロとテーブルの上を転がる。
「……ね、なんでこんなに好きになったんやろ」
回転を止めたシャープペンをゆっくりと手に取り、私は困ったように話す。
「気付いたらめっちゃ好きになってん。ぶっきらぼうだけど、ホントは優しくてさ」
「……まぁ、確かにアイツは中学の頃からぶっきらぼうやったなぁ」
この子は南と同じ中学で、その頃からよくつるんでいたらしい。
「去年の夏休みにみんなで花火やったやん?」
「あぁ!ロケット花火でまなみが火傷したやつ!」
「そうそう!あの時誰よりも心配してくれたんは、南やったんよ…あんたはめっちゃ爆笑してたけどな」
「あははは!ごめんごめん!」
去年の夏休み、いつものメンバーで花火をしていた。ーーと、いうよりロケット花火のぶつけ合いをしていた。完全にお遊びではしゃいでいたのだが、運悪く私の足とサンダルの隙間に火がついたロケット花火が刺さってしまったのだ。
そして足の指を火傷してしまった。
周りは爆笑の渦に包まれていたのだが……
「おい!大丈夫か?!」
誰よりも先にかけつけ、心配をしてくれたのが南だった。ホントはかなり痛かったのだが、場の雰囲気を壊すのが嫌だった私は「大丈夫!大丈夫!」と強がった。それなのにーー
「嘘つけ」
南はそう言っていきなり私をおぶったのだ。
「行くで」
「ちょっ、南!!」
周りからは「ヒュウ〜」と冷やかしの声が上がっている。けれど、そんなもの南は何一つ気にしていない様子だ。
「跡、残ったら嫌やろ」
南は私をおぶったまま自分の家の薬局、南龍星堂まで連れていき薬を塗ってくれた。
「あ、ありがとう……」
「ホンマにお前は手がかかる奴やな」
決して口は良くはないけれど、本当に優しい奴なのだ…南という男は。
そんな南に対しての恋心がどんどんと大きくなっていくのは、何も不思議なことではなかった。まるでそうなる事を神様に決められているかのようだ。
「そんなに好きやったら、誘えば?」
頭の中で去年の回想をしていると、目の前の友達に言われ、今現在の世界に戻された。
「誘うって?」
私の質問に友達はズイ!っとスマホの画面を見せてきた。画面には大きく「花火大会」の文字。
これは明日行われる花火大会で、毎年行っていたのだが、今年は受験もあるし…と結局諦めていた。
「そっか!みんなで行こうや!!」
私がパン!と、手を叩いて言うと、友達はジト目で私を見てくる。
「あんたアホなん?なんでみんなで行かなあかんの。南と2人で行きぃや」
「ふ、2人?!そんなん今まで1回もあらへんよ!無理無理無理!!!」
「だから、やろ!高校の夏休みは泣いても笑っても、これが最後なんやで?」
最後ーーー。
そんな言葉が私に重くのしかかる。南と同じ教室でなんでもない日常を過ごすのも、あと数ヶ月…。考えないようにしていた事がいま、現実となって私に迫ってきた。
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