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泥の中の秋明菊を奪う

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ー片思いしていた先輩に恋人ができたー
そう知ったのは"彼"がやってきて二ヶ月後のことだった。





秋吉あきよし先輩!今日も帰りましょ!」

そう僕が声をかけたのは、秋吉先輩。
秋吉先輩は僕が中三の時に割と偏差値の高い高校に入るために手伝ってくれた家庭教師の先輩だ。今ではその高校に入ることができて、高校三年に秋吉先輩、高校一年に僕が在籍している。

入学してから先輩と帰るのが定番になっていて、先輩もそれを心優しく受け入れてくれているようで僕の話をずっと聞いてくれている。


そうやって普通の日常を過ごして、少しだけ片思いで苦しくなる日々を過ごしていた僕。
そんな僕に転機が訪れた。


「今日からお世話になります。ー麗央レオといいます」

僕のクラスに季節外れの転校生がやってきた。その転校生はサラリとした黒髪に、透き通った瞳にパッチリとした二重に目尻が下がった可愛らしい目、顔は小顔で背が低く可愛い男の子だった。

転校生は僕の隣の席になり、僕が学校を案内する役にも選ばれた。

「え、うみくん先輩とかと仲良いんだ…すごいね、僕きっと仲良くなれないよ…どうしよう」

不安げに揺れている瞳から逃れることはできなくて、流されるがままに秋吉先輩を誘うことになった。

「秋吉先輩、
こちら先週転校してきた麗央くんです!」
「こんにちは、先輩」

麗央くんはニコッと笑って先輩も笑った。



僕が帰ろうとした時、彼はそこにいた

「秋吉先輩!その、僕も一緒に帰っていいですか?」

可愛く首を傾げて先輩の前でそういう麗央くんはとても可愛くて、守ってあげたくなるような、女の子みたいな感じがあった。
…可愛い容姿を利用しているように見えるのだけれど。

「うん、いいよ。多分そろそろ海も来るはずだし」


先輩は僕を待ってくれている
先輩は僕と帰りたがっている

そう思いたかった、そう思っていた。



その一ヶ月後に麗央くんから呼び出された。
内容は、彼が二人きりで先輩と帰りたいというものだった。

「…その、秋吉先輩のこと、好き…だから二人きりで
帰りたくって…いい、かな?」

またあの時と同じ顔で今度は僕を見つめる。

本当はやめてほしい
僕も先輩が好きなんだ、そう言いたい。

「あー…うん、いいよ!」

…それでも僕は、先輩に知られてしまうのが怖くて 先輩に振られてしまうのが怖くて、結局は自分を守りたくて自分が傷つきたくなくて逃げてしまうのだ。



それから暫くして、秋吉先輩と麗央くんが付き合ったという報告を受けた。

…何も言うことができないまま、結局は自分の思うようにならないのが僕の天命、みたいなものでずっとこんな状態だ。



もう今は僕たちが高校三年になって最も大事な一月の期末試験が迫ってきた。

結局あれから二年経つけれど、先輩が大学に行っても仲良くしている二人の様子を噂で聞けば、やっぱり何もしなくて良かった。と今まで安心することしかできなかったのだ。

付き合っていても、
僕にだけ勉強を教えてくれる先輩だよね?
隣で勉強していいのは僕だけだよね?


「秋吉先輩!お久しぶりです!」
「ああ海か、どうしたんだ?」

あれから自然に会う機会が減って、先輩と帰ることもなく、ばったりと学校で会ったら挨拶するくらいになってしまっていた。

…ああ変わらないな。
無表情で冷たく見えるのに、クスッと笑うその控えめな笑い方が優しさを含んでいてハリネズミみたいな。僕に向ける目は優しくて、…でもそれはただの"友情"で、"恋人"ではない。それがいつまで経っても耐え難く苦しいことだった。

「もうすぐ期末じゃないですか〜?だから、勉強教えてほしいなって!」
うーん…と先輩は考え込んだそぶりを見せた。

「あー…俺も飲み込みの早いお前に教えたいんだけど…実はさ麗央に教えるって約束してるんだ。二人教えることもできるけど…」

分かってる、先輩が断らないことを知ってて頼んでるんだ。でも先輩の表情はそう言ってはいない。
…本当は断りたいんだよね、二人見るなんて無理だもんね、ごめんね。

「…んー、やっぱいいや!僕自分でやるよ〜
そろそろ秋吉先輩離れしないと!」

僕が明るく言えば、先輩は困らない。
僕が耐えれば、先輩は苦しまない。
僕が先の事まで考えれば、先輩と彼は幸せだ。

…僕だけ、僕だけが耐えればいい話。

結局高校最後に勉強を教えてもらう事は叶わず、自分で悲しさを糧に必死に勉強した。
これまでにないほど。

彼と先輩が別れてしまえばいい、
何度そうやって考えた事だろうか
結局そうなったところで僕は先輩が悲しむ姿を見たくない。…極端に言えば、彼を失った事で泣いている先輩が見たくないのだ。そうすれば先輩にとって僕より彼が大事だったと痛感してしまうから。


二月。僕が一番苦手な時期だ。

「海くん!今年もよろしくね!」

よろしくね、というのは新年もよろしくね、と言う意味なんかではなく。
"先輩へのバレンタインチョコ選びをよろしくね"という意味。

…そう、彼らが付き合って毎年二月、このチョコレートの季節になるたびに麗央くんにデパートへ連れて来られて選ぶのに付き合わされる。それが嫌で嫌で仕方なかった。

麗央くんは大概全く男気のない男で、一人で渡す勇気もないのだという。だから僕は連れて行かれて見てて、と言われるのだ。
ー新手の拷問ですか?と言いたいー

なんで続けるのか、と言われたら理由はただ一つだ。
間接的に僕が嬉しいからだ。

僕が選んだチョコで、彼に喜ぶ先輩を見れば
僕に喜んでくれているかのような錯覚に陥るのだ。
ありがとう、先輩。と言いたい。

「今年は何にしよーかなぁ」
…今年も何もお前はいつも選んでないだろ、と言いたくなるのを抑えて必死に目の前に広がるチョコレートの海に目を配る。

…ひとつだけ僕の目に輝くチョコレートを見つけた。
黄色のチョコレートでコーティングされている小さなボンボンショコラ。
説明書きを見れば、太陽をイメージしたチョコレートで中はビターチョコ、コーティングはレモンテイストの甘めのチョコレートでコーティングされているそうだ。

…少し先輩みたいだ。
怖そうとかクールとかの印象が八割型占めているのに、実は優しくて甘い人。
まさに先輩みたいなチョコレートだ、と感心して
少しだけ目をつけておく。

ーでもよく考えたら、高校三年。大学に行けば秋吉先輩に会うことはほぼ不可能になってしまう。ー

「これは、僕から先輩にあげよう」
「ん?何か言った?」
「んーん、なんでもない」

その年のバレンタインデー。
僕は麗央くんを初めて裏切った。

対して先輩が好きではない甘いばっかりのチョコレートに、可愛らしい包装のチョコレートを勧めた。

先輩はカフェラテと一緒にチョコレートを食べるタイプだから苦い方が好き。
先輩は可愛らしいものが好きじゃない、かっこいい感じの方が好きなんだよ。

…ねえ、僕の方が先輩のこと詳しいでしょ。

少しだけ牽制した。
麗央くんへの少しの抵抗、対抗心。
同じ土俵に立ちたかった。
少しでもいいから先輩の目に僕を入れて欲しかった。


「今年もありがとう!じゃあまたバレンタインデーに
いつもの場所で!」

笑顔で袋を前後に振りながら帰る麗央くんに少し申し訳なく思いながらも後ろに返って家へ向かった。


バレンタインデー当日、僕はいつも通り秋吉先輩の家の近くの公園で麗央くんを待っていた。

「お待たせ!待ったかな?」
「あ、…ううん、待ってないよ」

少しだけ驚いてしまった。
麗央くんは男という自覚があるのだろうか?
露出が割りかし多い服に、可愛らしい色の小物たち。

それを気にしながらも先輩の家に着いた。

「じゃあ、僕待ってるからね」



そう言って約二十分後、麗央くんが戻ってきた。

「先輩がホワイトデーに会えないって、今日貰った…!」

麗央くんの左手には白い小さな紙袋で、可愛らしいチョコレートを主にする店舗のものだった。
…本当に彼のために買ってきたんだな。
少しだけその事実に胸が痛くなりながらも、別にお返しが欲しくて先輩に求めてるわけではないから、と割り切った。

じゃあまたね、と麗央くんが帰ったのを見送ってから先輩の家の前までまた戻った。


あのチョコレート、先輩みたいなチョコレート。
あのお店にたくさんカラフルなチョコレートがあった。
中がホワイトチョコで、上は青と水色の海のような色でコーティングされたボンボンショコラ。

…これが最後。
そう思って先輩みたいなチョコレートと僕みたいなチョコレートが並んだ小さな箱が入った黒い紙袋を先輩の家のドアの近くに置いた。

「先輩、僕だって気づかないで」


先輩が思う僕の明るいイメージだとか、そんなの壊したくなかった。
実は先輩が好きだっただとかそんなの知られたくない。
今でも付き合いたいとかそんなことは思っていない。
昔も今もそばにいれたらそれでよかった。








…でももうこれで区切りをつけようと思う。









最後なんだ。
これで僕と先輩は本当の"先輩と後輩"に戻る。
そのために黄色と青のチョコレートを渡した。





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