隠した真実
切ない/身分差/ビターエンド/記憶喪失/
見えない夢
▽
トンっと誰かに背中を押された。
その瞬間片足浮いて、車道に飛び出した。
右眼の視界の端から車が来ているのが見えた
危ない、そう思った時には遅く、
ガンっと強い衝撃が走った。
頭に強い衝撃が走り、視界が一瞬真っ白になった。
ーーそこからの記憶はない。
△
目がさめると白い天井と薬品の匂いが鼻を掠めた。直ぐに病院と理解した。
「
腕を強く握られながら大声をあげられる。
その強い力に顔をしかめた。
「…痛いので離してください」
そう話しかけるとその人物は驚いたような顔をした。
_______
そのあと医者がやってきて、淡々と説明された。といっても事故当時の記憶は全く覚えていない。
「慶さんは事故に遭われて、記憶がない状態です。打ち所が悪くほぼ忘れている可能性が高いです」
…そう告げられても実際に実感はわかなかった。結局は記憶がないから記憶がなくなったことも自分では理解できない、といったところだろうか。
先ほどの人物はのちに名乗った。
彼は雫といい、俺のサーヴァント[従者]
だったのらしい。俺は慶といい、お金持ちの家系に生まれた長男の御曹司だということも知った。
△△△
俺の主人兼…恋人は記憶を無くしていた。
自身の名前を知らず、俺の名前を知らず、
家のことまで完全に忘れてしまっていた。
…そんな主人でも主人だ。俺が仕えていたのはこの目の前にいる主人だけなのだ、と俺は割り切った。
俺の主人ーー慶様は16歳にして御曹司という重い荷を肩に背負うことになった。
俺はサーヴァントの家系に生まれて、彼に仕えるためだけに生きてきた。教育をしっかりと受け仕えるためだけに育てられた。
昔は俺と慶様は友達として育てられてきたが
小学六年生の時に知った。俺は彼とは馴れ合ってはならないのだと。…身分が違いすぎた、生活観が違いすぎた、
ーー背負っているものが違いすぎた。
彼がいなくなれば彼のお父様の会社は潰れてしまう、別に僕がいなくなったところでそんなことにはならない。
若干六年生で悟り、母に相談すればお前は彼の従者になるのだーーと真実を知った。
実はもう一人、小さい頃によく遊んだ慶様とよく似た家柄の子がいた名前はーー。
悠様は違う業界でとても有名であった。
その子とは僕だけいつのまにか小学六年生の頃から会えていない。悪名高き御曹司だ。
彼は薬品会社の跡取りで、とても賢く頭の回転が速い。…早い段階で俺が慶様の従者であることに気づいていたのだろう。
しかし中学三年のある日、僕と慶様の関係は変わった。元々中学一年の時から従者としてお世話をしたりスケジュール管理やサポート役をして一日ーー24時間側にいた僕は、
少し変わった感情を抱き始めていた。
それは愛情、恋情というものだ。…本当は僕は昔から慶様をそういう目で見ていたのかもしれない、と悟り正直自分の立ち位置のわかってないバカだと思った。
…しかしそれは明らかだったのか、中学三年のある日俺は告げられた。
ーーシズってさ、俺のこと好きだよな?
ゾッとしたのと同時に感銘した。さすが未来の跡取り様というわけか、その明晰な分析力がキラリと光った。
違いますよ、ただの従者ですーー
と告げようとしたその瞬間慶様からありえない言葉が口から出たのであった。
ーー俺もシズのこと好きなんだ。
…これが僕たちを壊す始まりだった。
それからというもの高校生になり性に多感になる時期、そろそろ慶様も僕とじゃ恋愛なんぞ成立しないーーと理解してくださるのかと思いきや
ーーなあ、シズ。やろうぜ。
彼はそう言った。あの晩は彼の両親共々海外視察でおらず、静けさが僕らの間に走った。
…計画的犯行ーーとでも言おうじゃないか。
「ダメです、まだ僕たちは18にも満たない子供です。…それに、」
「それに、何?」
それに男とやるべきではーー
それを言うのをためらった。なぜか言えなかった。彼の気持ちを否定し、僕自身の気持ちを否定している気分になったからなのか。
僕は従者で彼は主人。主人の命令は絶対だ。
ーー主人命令だ。
そう言われた僕は逆らうことができずに、
そのまま彼に押し倒されたのだ。
広いキングサイズのベッドを広々と使って
…彼は俺を愛撫した。
「あッ、ちょっ、ムリッ、あッッああ!!
ハァ、あん、あんッ!!」
ーー甘くドロドロに満たされ、溶かされた。
彼に抱かれる僕は従者だから、なんてことを忘れていつのまにか彼に溺れていた。
これが高校一年生の時。その後も彼の両親がいないときを見計らって何度も満たされた。
…それが幸せだった。唯一本当に僕が彼の恋人なんだと思える時であったから。
いつのまにか慶様が病院のベッドで寝ている間に物思いに耽ていた。…ああこんな風に友達、と呼べていた時も恋人、だなんて呼べていた時もあったなあ幸せだ。
その時突然、ガラッとドアが開く音がした。
「…悠?」
そこに現れたのは悠だった。髪の毛がミルクティーのような柔らかい色合いで可愛らしい女の子のような瞳をしている。背丈は僕より低く可愛らしい印象をおぼえる。
「ああ、雫か。…今日は俺が見とくから、
帰っていいよ」
「えっ、でも…!」
「帰っていいよ」
顔も見えないままそう繰り返す悠が怖かった
まるで察しろ、と命令されているようだった
分かったーーとありきたりな返事をしてその病室を後にした。
…それが後に大きな後悔になるとも知らず。
翌日、僕が病室に入ると慶様は起きていた。
慶様の近くの椅子に座ると、口を開いた。
「気分はどうですか?」
「…ああ、"雫さん"。実は夢を見たんです。
クリスマスツリーの下で待ってる俺の夢
…きっと恋人ですよね。」
唐突に丁度一年前のクリスマスの話をし始めてドキッとした。それは僕だと言うべきなのか、言わないべきなのか。
そう考えていると悠がやってきて、
「慶…!!思い出してくれたの…!?」
…え?、僕は呆気にとられた。
悠は慶様の恋人じゃないだろ、僕が恋人なんだよーーそう言いたかった。
けどそれを静止させたのは慶様だった。
「ーーやっぱりそうだよな、お前しか考えられないもん」
その言葉で僕の頭は鈍器で殴られたかのように止まった。
その時はこの二人に対して恐怖を感じてしまい何も言えなかった。
僕は悠が病室を出て行ったのと同時に悠を追った。
「ゆ、悠!……僕と慶様が付き合ってたの知ってるよね?」
そう言うと悠は振り返って恐ろしい笑みを浮かべた。
「だって、俺は慶が好きなんだもん。」
「でも…ほんとうは、」
彼は可愛い顔を崩すようにニタっと気持ち悪く笑った。
「じゃあさ、18になってなかったのに慶が性行為をしたって慶の親に言おうか?…どうなるかなあ、慶はどつきまわられるだろうしお前はサーヴァントクビだ。…てか生きてられるかも分からないじゃないか」
背骨がピッと張った。…それは決して耳に入ってはならない話。18になるまでは必ず性行為等の不純異性行為はしてはならないと彼の家系の契約書に記入してあった。
…もしバレたら慶様の立場や今後の婚約などが破棄されてしまうかもしれない。そんな恐怖に襲われた。
…たった一度の火遊びで大事な彼の未来が壊れることはしたくない。
実は慶様が後処理をすると避妊具やティッシュなどを上手く隠せずバレてしまう可能性があったため、僕が別で綺麗に処理して今まで隠し通せてきていた。…それを悠ーー婚約者にバレてしまえば其れでおしまいだ。僕の命はない。慶は許されても僕の命やサーヴァント家系は絶縁させられてしまう。
…どうしてもそれだけは避けたい、いや避けなければならない。
「言われたくないなら、黙って俺と慶の邪魔しないでよ。どうせいつかお前らは別れなきゃならなかったんだし」
丁度良かっただろ、と告げられた言葉を最後に悠はその場を去った。
膝から崩れ落ちそうだった。今までずっと恋人としてサーヴァントとして大切だった慶様が他人に奪われてしまった。
主人と従者、そういう風に割り切っても結局僕は慶様が大好きだった。
その日、慶様の病室のドアを開けることはできずそのまま部屋に帰って涙した。
結局その後も慶様の記憶が戻ることはなく、
医師によると今後も戻る可能性がないとのことだった。
もう悠と慶が"恋人"になって三ヶ月経つ。
その間僕も沢山考えたけど、無理に思い出させるより今を楽しく生きていたほうが慶様のためになるのではと思い何も言えてない。
何も言わない、見てない、聞かない。そんなふりをしてこの数ヶ月過ごしてきていた。
この数ヶ月間、彼らはとても楽しそうだった。特に慶様はとても幸せそうで、僕にとっても彼が幸せであることがとても嬉しかった
できることなら僕と一緒に幸せになって欲しかったのだけれど。
その数ヶ月の間にたくさんあったのだ。
十五夜、ハロウィン、クリスマスーーそのどの行事も今年は慶様と過ごせていない。その代わりに彼は悠と過ごした。
昔から日本で代々続く名家であった唐島家では十五夜を恋人と過ごす、という謎の伝統があった故に慶様の両親は二人してどこかにお出かけになり、慶様は悠と二人でお月見をされた。ーー俺は慶様の専属サーヴァントということで彼らの側にいた。
しかしそれは酷なもので彼らが蜜月を過ごしているのを僕は影から見ているのだ。
「悠、お月見綺麗だね。」「そうだね…麗しいね」
彼らが手をつなごうと、
「悠、好きだよ…記憶無くなってゴメン」
慶様が他の人に愛を囁こうと、
彼らが丸く輝く月の下でキスをしても、
その全ては僕に向けたものではない。
辛い、苦しい。けれど従者なのだから、と他のサーヴァントや兄である執事室長に説得された。
自分では理解しているつもりでも、
どんなに割り切ったつもりでも、
…結局は僕は自分の恋人に手を出して欲しくなかっただけなのかもしれない。
そのお月見の後、俺は執事室に戻って項垂れていた。ーあとどれくらいこんなのが続くのだろうかそれを想像しただけで恐ろしい。
「なあ…雫、そんな落ち込むなって。
必ずいつか思い出してくれる、今耐えればまた幸せは戻ってくるから…」
兄である時雨室長はいつも俺を励ましてくれていた。今は兄の言葉だけでなんとか紡いでいる。
「ねえ、お兄ちゃん。付き合ったこと自体間違いだったのかな?」
「っ!そんなことあるわけないだろ!」
諦めの言葉をかけると必死で否定される。
怒ったような形相の兄に申し訳なさと悲しさが募って目の前にいる兄に縋り付いた。
告げようと思った言葉は口から発することができずにボロボロと溢れる涙で埋まる顔を隠したくて兄の腹の近くに頭を預けた。
頭を撫でてくれるその大きな手のひらに少しだけ安堵しながら、安心して頭を預けた。
そんなことが何回も続いて、気づけば弥生。
あれから六ヶ月ーー約半年が経つ。
枯れていた草木たちもいつのまにか生命の息吹を感じさせるように青々と輝いていた。未だに慶様の容態は改善せず、記憶も思い出せないままであった。
「慶、いつものお寺のところで彼岸桜のお花見しない?」
「ああいいよ」
いつのまにか桜が咲き始める時期。
よくお花見に行っていたお寺では彼岸桜という早咲き桜が見られることで有名で、彼岸桜は普通の桜と違った花の形をしていてとても綺麗なのである。
俺はまたお月見の時と同じように、専属サーヴァントとしてお花見にも同行することになってしまった。
三月中旬になり、黒塗りの高級車を運転してそのお寺へと向かう。乗っているのは慶様だけだ。悠の自宅はそのお寺の近くにありわざわざ慶の自宅まで行くのは大変だ、ということで現地集合になったのだ。
…慶様はじっと窓の外を眺めている。ああ、
昔は沢山お話ししながら運転していたのにと過去を振り返った。
そのお寺に着けばピクニック道具を沢山抱えた悠ーーその姿だけ見れば本当に純粋に慶様のことが好きなのだなと伺わせる。
悠はシートや椅子、カメラなどを持ってきて慶様はサーヴァントーー僕が作ったお弁当を持ってお花見にきた。僕はてっきり悠と慶様が一緒に僕の弁当を食べるのだと思っていたがそれは違ったようで慶様は黙々と弁当を召し上がった。…中身は庶民らしさ全開なのだが美味しいと言いながら食べてくれていて、少しだけ涙腺が緩んだ。
その時にたまたま春風が吹いて、彼岸桜の木が揺れて花が僕の手に落ちてきた。
ーーこれは暗示だ、サインなのだ。
少しだけ悲しくなりながらもまた彼らの偵察に勤しんだ。
花見から帰りは悠と慶様二人が帰宅された。
「今日は慶と一緒に寝る!」
と悠が告げた。僕はそそくさと来客用の着替えやお風呂の準備に取り掛かって、慶様の隣にある自室に戻った。
しばらくして悠がお風呂を出たようで、ドアが開いて閉まる音がした。
次に慶様が入られるのだろう、と思いそのまま待っていたのだがいつまで経っても部屋を出る様子がない。
「ッあ、んあっーーああ、!」
僕は絶句した。絶望した。耳を塞いだ。
それが表すのは隣にいる悠と慶様がーーなされているということであった。
遅かれ早かれいつかはこれが起こると思っていたものの、実際に隣で行われていることを実感すると今までに無い絶望と悲しさと拒否する気持ちが僕を襲った。
いやだいやだ、やめて、無理だ、
心の中でそう叫ぶけれど本当は大声で叫んで隣にいる彼らに伝えてやりたかった。
やっと静かになって終わったことを悟った。
顔はぐちゃぐちゃ、声もろくに出ない僕は慶様がお風呂に入るタイミングで告げようと覚悟した。
ドアが開く音がすると、俺も引き続き外に出た。
「…ああ雫さん。悠が寝てるから静かにね」
足早にお風呂場に向かう慶様の背中を少しだけ追って距離を短くした。
「慶様、覚えてらっしゃらないようですから申し上げます。…僕と慶様は恋人であったのです、信じられないかもしれないですが…」
長い沈黙が続いてようやく口を開いた慶様の
表情はどことなく暗かった。
「信じられるわけないだろ。お前の戯言だ。
お前みたいなサーヴァント誰が好きになるかよ!…俺を貶すのもいい加減にしろよ!!」
大きな怒号が廊下に響き渡った。
予想していなかった、
こんなに罵倒されるなんて。
考えても見なかった、
こんなに怒るなんて。
「っ、で、でもっ…僕には証拠が…」
「慶、どうしたの?…そんな怖い顔して」
僕が信じてもらうために携帯の写真フォルダを見せようとした時に、悠が現れた。
「悠、こいつなんて言ったと思う?こいつと俺が付き合ってたって言うんだ!!ありえないだろ?」
人差し指で僕を指しながら、怒りに狂った顔を見せる慶様。
「…そんな話聞いたことない。変なこと言わないでよ雫さん。慶、お風呂いこ」
僕を置いて後ろに向き直った二人は、そのまま浴室へ向かわれた。その途中、悠はあの気持ちが悪い笑みを浮かべた。…まるで勝ち誇ったような顔をした悠に絶望感を抱いた。
その日は自室に戻って朝が来るのを待った。
朝が来れば、兄がここに来る。それだけを待って自室で小さく縮こまっていた。
「執事室長、…今日限りでサーヴァントを辞職させていただきたい所存にあります。」
驚いた顔をして俺を凝視する。
「…おい、何かあったのか。」
「何も、ないです。」
「ちゃんと言うんだ、お前の兄貴だぞ!」
隠し通すことはできなかった。
兄に全てを伝えて、もう無理だ心が折れてしまったのだと伝えた。すると兄は容易に僕の辞職を受け入れてくれたのだ。
「…ごめんな、雫。今まで無理させて」
「僕は兄貴がいなかったらここまで続けられなかったよ…謝らないで」
その日のうちに荷物をまとめて、貯めていた貯金で住める小さなワンルームを契約して兄貴がツテで就職先を探してくれた。
「もうさようならですね、慶様。…18年間ありがとうございました。」
僕は仕事でいない慶様の自室に入って、誰もいない空虚な空間に挨拶した。
「最後に…ありがとう、慶ーー」
バタンといつもより大きな音でドアが閉まったような気がした。
▽
部屋に帰ると、執事室長ーー俺の親の専属をしている人物から俺の専属が辞めたことを聞いた。
そりゃそうだと納得して自室に戻るとベッドの近くのローテーブルにあの日見に言った彼岸桜の押し花で作られた栞が置いてあった。
ーー悠が作ったのだろう、かわいいなと思いそれを手帳に挟んだ。
いつも見ている夢に、
柔らかく優しく笑うその顔に見覚えがあった。
今日はその夢を見なかった。
いつのまにかスッと消えて無くなった。
最近は悪夢にうなされることも増えた。顔も見えない姿も見えない誰かからさよなら、と言われて泣き喚く俺がそこにいた。
キミは誰なんだ、キミはボクの何なんだ
止め処なく口から漏れるその言葉に
目の前のキミは答えた。
あなたのサーヴァントーー。
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