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えんらえんらに名前を付けてとお願いされる話 (1話完結)



「名前...」

ゆらりゆらり。目の前の彼女の体の端が揺れる。
それに目を奪われた。気が付けばすぐ消えていきそうなのに、いつも私のそばに揺蕩う心地よい煙。
ゆらりゆらり。揶揄うように、遊ばれるように揺れてく。

「ゆら」

安直だと思う。なんの捻りもなくて、特別な意味も無い。ただ、ふと目に写った彼女の一片に丁度当てはまる擬音だっただけ。

「ゆらって名前、どうかな」

口に出した後で思うのもアレだけど、"ゆら"っていう名前はありふれていて、違う名前にしようかと思った。
でも、彼女にはゆらゆら佇んでいる姿が一番よく似合ってるから。
何の飾りっけのない、真っ直ぐの私を、名前をあげたい。

"これまで"は単なる種族名でしか呼べなかった。
"今から"は彼女のことをちゃんと名前で呼べるんだ。

「素直な名前ね」

やっぱり、心を攫われた。
精一杯隠した気持ちも。純粋のようでいて下心があったのも。全て攫われて、その上で正面から受け止めてくれてなお、素直だと。

「あ」

見蕩れる。優しい目をきゅうと妖しく細めた含み笑い。薄い撫子色を浮かべた肌。同性でもつい目を送ってしまう豊満な女性の象徴。

炭酸ラムネのぱちぱちによく似た彼女の煙にどんどん体が包み込まれて、ひんやり冷たくて柔らかいゆらの両手が私の両肩に触れる。隠された左目があともう少しで見えそう。

「ねぇ」

藍鼠色の虹彩が僅かに揺れ、小さな口元から流れたなんてことのない一声が、この場一帯を覆う。

鼓動が血流を抜けていって、中枢から末端にまで広がる。全身が心臓になっているんじゃないかと勘違いするくらい、自分が発する脈が大きくて苦しい。


「煙に巻いて攫って行っちゃおうか」

差し出された甘い誘いに応えようと、口から出るはずの言葉が気体と成り果て沈みこんだ。やけに火照って色っぽく、私の舌や口腔にまとわりついて離れてくれない。

丁寧に舌を撫でられ、弄られ、奉仕されると同時に求められる。いや、求められるというより同化されていく方が近いかもしれない。

そんなことを一瞬でも思っただけで身が震え、猛烈に焦がれている。このまま、段々と液体になって、蒸発して気体となり狂ってしまいたい。明白な理由なんかないけど。思いに気付いて自覚した時には心の底から渇望していた。

そうだ。
この気持ちを、ゆらになんて名付けてもらおうか。
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