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してんのう の チリ が あらわれた ! めのまえが まっくらに なった!



「.........」

今夜もベッドの横に座る私に気が付かないくらい熟睡しているチリさん。連日残業が続いていたのもあってか、ここ最近は帰ってきてご飯を食べた後にお風呂に入ったらすぐ寝てしまう。少し寂しい気持ちも湧くが、今は逆にそれが好都合だった。これから行う事をチリさんに知られたら、きっと軽蔑されてしまう。

慎重に、布団の中からチリさんの右手を私の首へと運ぶ。白鷺のように白く、男性みたいに骨ばっていて大きな手。爪先は淡いピンク色で、爪の長さは長くもないし短くもなく、触れるもの全てに傷をつけないようにしているのかと思うくらいに綺麗で整っている。

ふと浮かんだ。チリさん自らの意思で、他でも無いチリさんの手でゆっくりと私の首をじわじわと絞めて貰いたい。だなんて、チリさんが知ったらどんな顔をするだろうか。
一瞬そんな考えがよぎり、微かに興奮した。してしまった。 流石にそこまではいけない。人としてダメな所まで堕ちてしまう。
最も、もう既に人としてダメな事は隠れてしているので今更だと思うが、最低限のラインは引かなければいけない。

チリさんの手の形を私の首を絞めるような形にして、顎下へとあてがう。両手でぐぅっと押して、上手い具合に酸素を肺へ取り入れる量を制限できるまで。擬似的に、愛しい人の手で息がしづらくなる事実の罪悪感と快楽で身が震える。

体の芯から背徳感に塗れて、少しずつ声帯から苦痛とも悦楽の声とも聞き取れるモノが溢れ出す。そのせいで口は半開きだし、チリさんを起こしてはいけないので声を我慢しているから、とてもだらしない顔をしているのだろうと自分で推測できるくらいダメになっている自覚がある。脳がぐずぐずにとろけて蒸発していく。自ら破滅へ向かうように。

ハマったらダメな事をしているスパイスと、その相手が愛しい人である事の甘味がこの上なく至福を刺激する。私の手より2周り程大きいチリさんの手で命を征服されている。そう思うだけで私の中のマゾヒズムがどうしようもないくらい滾って吹きこぼれてしまう。

唐突に、自分を貫く視線がある事に気が付いた。

「自分...何しとるん?」

心臓に冷水をかけられたみたいに、全身の熱という熱が冷めていく。息のしづらさが、さっきとはまるで違うしづらさに変わる。使い物にならなかった脳は覚醒し、嫌でも今の状況を認識し始めた。

何か弁明の言葉を紡ごうとしても、言葉を発するだけどうにもならないと理性が囁いている。俯いたままで前を直視することができない。
好きな人に自分の見られたくない姿を晒してしまった羞恥心だとか、余りにも倒錯し過ぎている癖を知られた絶望感だとか、こんな所を見られても尚嫌われたくない幼稚な心だとか。色んな気持ちがごちゃごちゃになって気持ち悪くなる。いや、一番気持ち悪いのは他でも無い、自分自身だ。自分の欲を発散したいが為だけに他人、ましてチリさんを利用するなんて。

「チリちゃんの手で、自分の首絞めとったんか」

怖い。チリさんの顔を見る事ができない。でも、それでも。責任をとらなくてはいけない。そうしなければいけないのに、喉が詰まって出すべき言葉を言い出せずにいた。喉奥が縄で縛られているみたいに締まって舌の根がカラカラに乾いている。ただ一言が、「ごめんなさい」が言えない。肩から手、足先に渡るまで震えて、過呼吸を引き起こす。

「そんな震えんでもええよ。前から知っとったから」

今度こそ、身が凍った。自分の浅ましい希死念慮のようなナニカの為に、夜な夜な行っていた事が知られていたなんて。膝立ちのはずの足元が妙にグラグラして変な浮遊感を覚える。未だに私の首にかかっているチリさんの右手が、罪人を咎めるための首輪にすら思えてきた。

首にかかっていた手が解けて引っ込んでいく。と同時に、布団と服と皮膚の擦れる音が聞こえた。先程から目線を落としていたベッド下に、チリさんの足が見える。こんな時でさえ、つくづく私は馬鹿だった。なりを潜めていた性的興奮が蘇り始める。フツフツと熱が篭もり始めた私の身体が、突然抱き抱えられてベッドに沈められた。

期待と混乱に耽る私と、下ろしている深緑色の髪から覗く緋色の瞳がやけに艶めかしくて、私の両手を片手で押さえ付けるチリさん。これは、完全に"そういう"ムードなんじゃないか。と勝手に自分が作り出した架空の雰囲気に飲まれそうだ。

互いの視線が絡み合う。そして数分、数秒かどうかも熱に浮かされてよく分からないが、とにかく見詰めあっていた。その間全く表情を変えずにいたチリさんが怖い。何故何も言ってくれないのか。何故何もしないままでいるのか。最低な私には分からない。理由も、気持ちも。もう何も分からないから、私は最悪の間違いを犯そうとする。絶対に間違いだって分かってはいるけど、いたたまれなくて。何とかしてチリさんの拘束から逃れようとした。

「あ?」

低くてドスの効いた声が静寂を突き破る。その声の主は普段の陽気な感じからは予想もつかない人物で、視覚と聴覚の情報の擦り合わせが上手くいかない。怖い、ただひたすらに怖い。眉間に皺を寄せ、瞳孔が開いている。明らかにチリさんの地雷を踏んだ。しかも、決して踏んではいけない最後の砦らしき所を。

「なぁ、自分は散々好き勝手やったんやから」

チリさんの口角が弧を描きはじめ、それに呼応して緋色の目もじわりと愉悦に歪む。人間が人間としての皮をゆっくり脱ぎ捨てて、性欲に従うだけの獣に成り下がる過程を特等席で見ているみたいだ。

「チリちゃんも、好き勝手やってええやんな?」

両膝裏を手で捕まえられて、でんぐり返しのような体勢にされた。ベッドの軋む音に合わせてチリさんの顔が近付いてくる。私の後頭部に左手を添わせて、顔の位置さえも逸らせない状況になった。どうしたらいいのか分からない中、唯一分かるのは私が特大の地雷を踏み抜いたことくらいだ。何度謝っても許してくれる雰囲気さえないし、むしろもっとチリさんの何かを掻き立てる気がする。

何が何だか困惑する中、恐怖の感情に従って必死に抵抗してみせたけど、緑の麗人には全く効果は無いようだ。

「しっかり気張りや。チリちゃんが躾たる」
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