私達の始まり
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「なぁ、お姉ちゃん。中学生って何するの?お姉ちゃんは、僕が二年生になったら中学生なんだよな?そうしたら、もう大人になるの?」
「中学生はまだ子供だよ。でも、勉強は難しくなるし宿題も増えるかも。あ、後ね部活って言うものがあるんだって。部活はね、色んなものがあって好きなものを選べるんだよ」
この話をしたのは、いつだっただろう。
少なくとも、タケルの入学前だった事は間違いない。
小学校の六年間というのは心身共に成長が著しい。
辿々しかった言葉使いはしっかりするし、背丈も筍かと見紛う程に大きくなる。
自身の考え方もしっかりとしたものへと変わり、幼く現実的では無い夢では無く、しっかりと将来を見据え始める子すらも居た気がする。
そんな同級生を横目にしながらも、既に半ば行く道の定められて居た私は、目前と迫って居た中学での部活動と言うものに酷く好奇心を唆られて居た。
「へぇ。じゃあさ、お姉ちゃんは部活なにやるの?」
「そうだなぁ……。まだ決めてないんだけど、出来たら私は──」
あの時の私は、漠然とやって来るであろう未来に期待して居たのだろう。
今となってはそんなもの思い出すだけ無駄だと言うのに。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「起立、礼」
日直の声が静かな教室の中に木霊する。
一様に立ち上がった生徒が軽く頭を下げて、別れの挨拶と共に賑やかな放課後が幕を開ける。
学校という小さな枠組みは、子供が組織というものを学び他者と関わりを持っていく上で切っても切り離せない重要な役割を担う。
好き嫌いだけで人間関係というものは済まされる話では無くて。
本音と建前。
忖度と独善が狭い世界の中で日々渦を巻く。
それは呪術界とも少し似て居て、恐らくこれから私と机を並べるクラスメイトが向かうであろう一般社会も同じなのだろう。
最後の挨拶を交わし教室を出る私の背中には、部活の支度を始めるクラスメイトの視線が突き刺さり、この瞬間が一日の中で私は一番嫌いだった。
勉強もスポーツも右に出るものは居ない成績を納め、それで居て家庭の事情があるからと部活を免除して貰い、HRが終われば真っ直ぐに帰路に着き、特別親しい友人を作る事もなかった。
勿論、私だけが特別扱いされて居ると不平や不満の声は度々クラスで聞いた事がある。
しかし、それらを抑え込むだけの成績と他者と深く関わろうとしない私の態度に、直接苦言を呈して来る者は居らず。
クラスの中では目立つ事も無ければ居ても居なくても変わらない。
そんな立場を貫き通した。
もうすぐ二年目を迎える中学校生活は、想像して居た鮮やかな青よりもどんよりとした灰色に近い。
学校と呪術師としての任務を除き、己に許される時間の全ては家の事で終わってしまう生活に鮮やかさを求める方が間違って居るのだとは思う。
さながら、十代にして時間にゆとりのない主婦をして居るような感覚にすら陥る時がある。
しかし、望んだのは他ならぬ私で。
これは私がすべき贖罪と言っても過言では無くて。
私自身が声を上げないのに、この想いを誰かに掬い上げて貰いたいなんて傲慢だ。
それなのに、これが正解なのだと自分自身に必死に言い聞かせて居る気がしてならない。
「……吹奏楽部の音だ」
昇降口に向かうと既に運動部の活気のある声がグラウンドから響き渡って居た。
その声を彩るように空から鋭い金管楽器の音が聞こえて、その音色に耳を傾けながら私は正門を潜る。
本当なら、成績に合わせて少し遠くの中学に通う筈だった。
それは呪術師になるのだと人生を担保にしても尚、他の可能性を捨てるなと篤也さんが言ってくれたからで。
結局の所、私はその優しさすらも無碍にしてしまって居るのだろう。
日毎、篤也さんと言葉を交わす数が減って、今では殆どが携帯を通じた文面のみでのやり取りへと変わってしまった。
あれ程親子の様に接して居たと言うのに、今となっては互いにどんな言葉を交わしたらいいのか考えあぐねるばかりで。
いつも、先に逃げるのは私の方になってしまう。
合わせる顔がないと言うのが本音なのだろう。
しかし、高専に入るまではあの家に居たいと言うのもまた己の本音で、僅か数分の帰路を辿る足取りが重い。
頭の中は今日の夕飯の事でいっぱいだ。
近い内に買い出しもしなければならず、急な任務が入らない限り週末は既に決まったも同然と言っても良い。
「……ただいま」
迎えてくれる人も居ないと言うのに、これだけは日下部家に身を置く様になってからと言うもの、すっかり癖になってしまったらしい。
静まり返ったリビングに荷物を起き、一度深く息を吐き出した。
幸いにも今朝と同じ位置にお姉ちゃんの姿は見えず、きっと私が学校に行って居る間に篤也さんが顔を出したのだろう。
ただ、この時は妙な違和感を覚えた。
普段から何をする訳でもないお姉ちゃんは側に居ても気配を殆ど感じさせない。
それが自室となれば尚更、一人で居る様な錯覚さえ抱かせる。
しかし、今日に限ってはどれだけ気配を探ろうとしても息遣いすら聞こえる気がしなくて。
騒つく胸元に自然と己の手が向かう。
「……お姉ちゃん?居るんだよね?」
答えがなくても言葉を掛けたのは、孤独を恐れて居たからなのか。
脚が自然とお姉ちゃんの部屋に向かい、震えた手がその扉を叩く。
返事など、ここ数年返って来た試しは無い。
それなのに、私は何度も何度もお姉ちゃんに呼びかけ、やがて入る旨を伝えた手がゆっくりと扉を開く。
しかし、そこには人の姿は無かった。
僅かに開けられた窓だけがカーテンを揺らし、其処に佇んで居る筈の姿は垣間見る事すら無い。
篤也さんが連れ出したのか。
否、そうだとしたら帰宅時間を予め伝えて居る私の元に連絡が来ない筈がない。
だからと言ってお姉ちゃんが一人で外に出るなんて事は今では考えられず。
踏み入った室内。
ベッドの上に置かれたパンフレットを見た瞬間に、私は愕然として唇を戦慄かせる。
「なん、で……」
咄嗟に手にした紙が、加減の効かない手の中で皺を刻む。
記されて居たのは、精神疾患を患った患者向けの施設の案内だった。
これまでにそういった話が出なかった訳ではないし、生活能力を無くした大人を子供が面倒見るなんて言うのはおかしな事で。
本来ならばもっと早くそうするのが正解だったのだろう。
私はお姉ちゃんの血縁ではない。
この件に関しては兄である篤也さんの一存で決定できるものであり、その権限は彼にしかないのは重々承知して居る。
篤也さんには篤也さんなりの考えがあって、一度はお姉ちゃんの施設行きを拒んだ私の意思をこれまでは尊重してくれて居たのだろう。
だからと言って、私に一言もなく行動に移されてしまうのは違うのではないかと怒りにも似た感情が込み上げる。
そして、落胆した。
やはり私は頼るに値する人間ではなく、家族の枠にも入れては貰えなかったのだと。
「……ねぇ。私、頑張ったよ……。どうすればよかったの?」
震えた声と共に、くしゃくしゃになったパンフレットを押し当てた瞼から雫が溢れた。
力無くその場に膝をつき、嗚咽する声が木霊する。
本当なら今からでも高専に出向き、篤也さんを問いただしたい気持ちでいっぱいだった。
それなのに、その衝動を上回る悲しさと虚しさが私から気力を奪って行く。
お姉ちゃんの為に。
そう体裁を取り繕って行って来た善行は、蓋を開ければ自分自身が孤独になりたくないが為の言い訳だったのだと思い知らされた気がした。
「一人に、しないで……っ」
堰を切った様に溢れた言葉だけが今の私の唯一の本音だった。
何でもする。
我儘なんて言わない。
だから、どうか。
誰でも良いから私を必要として。
たとえ地獄でも構わないから、私だけの居場所が欲しいと弱い心が劈く様な悲鳴をあげる。
それに呼応する様に身体が熱くなった。
まるで何かが私の側に居るのだと、そう訴えかける様に。
「中学生はまだ子供だよ。でも、勉強は難しくなるし宿題も増えるかも。あ、後ね部活って言うものがあるんだって。部活はね、色んなものがあって好きなものを選べるんだよ」
この話をしたのは、いつだっただろう。
少なくとも、タケルの入学前だった事は間違いない。
小学校の六年間というのは心身共に成長が著しい。
辿々しかった言葉使いはしっかりするし、背丈も筍かと見紛う程に大きくなる。
自身の考え方もしっかりとしたものへと変わり、幼く現実的では無い夢では無く、しっかりと将来を見据え始める子すらも居た気がする。
そんな同級生を横目にしながらも、既に半ば行く道の定められて居た私は、目前と迫って居た中学での部活動と言うものに酷く好奇心を唆られて居た。
「へぇ。じゃあさ、お姉ちゃんは部活なにやるの?」
「そうだなぁ……。まだ決めてないんだけど、出来たら私は──」
あの時の私は、漠然とやって来るであろう未来に期待して居たのだろう。
今となってはそんなもの思い出すだけ無駄だと言うのに。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「起立、礼」
日直の声が静かな教室の中に木霊する。
一様に立ち上がった生徒が軽く頭を下げて、別れの挨拶と共に賑やかな放課後が幕を開ける。
学校という小さな枠組みは、子供が組織というものを学び他者と関わりを持っていく上で切っても切り離せない重要な役割を担う。
好き嫌いだけで人間関係というものは済まされる話では無くて。
本音と建前。
忖度と独善が狭い世界の中で日々渦を巻く。
それは呪術界とも少し似て居て、恐らくこれから私と机を並べるクラスメイトが向かうであろう一般社会も同じなのだろう。
最後の挨拶を交わし教室を出る私の背中には、部活の支度を始めるクラスメイトの視線が突き刺さり、この瞬間が一日の中で私は一番嫌いだった。
勉強もスポーツも右に出るものは居ない成績を納め、それで居て家庭の事情があるからと部活を免除して貰い、HRが終われば真っ直ぐに帰路に着き、特別親しい友人を作る事もなかった。
勿論、私だけが特別扱いされて居ると不平や不満の声は度々クラスで聞いた事がある。
しかし、それらを抑え込むだけの成績と他者と深く関わろうとしない私の態度に、直接苦言を呈して来る者は居らず。
クラスの中では目立つ事も無ければ居ても居なくても変わらない。
そんな立場を貫き通した。
もうすぐ二年目を迎える中学校生活は、想像して居た鮮やかな青よりもどんよりとした灰色に近い。
学校と呪術師としての任務を除き、己に許される時間の全ては家の事で終わってしまう生活に鮮やかさを求める方が間違って居るのだとは思う。
さながら、十代にして時間にゆとりのない主婦をして居るような感覚にすら陥る時がある。
しかし、望んだのは他ならぬ私で。
これは私がすべき贖罪と言っても過言では無くて。
私自身が声を上げないのに、この想いを誰かに掬い上げて貰いたいなんて傲慢だ。
それなのに、これが正解なのだと自分自身に必死に言い聞かせて居る気がしてならない。
「……吹奏楽部の音だ」
昇降口に向かうと既に運動部の活気のある声がグラウンドから響き渡って居た。
その声を彩るように空から鋭い金管楽器の音が聞こえて、その音色に耳を傾けながら私は正門を潜る。
本当なら、成績に合わせて少し遠くの中学に通う筈だった。
それは呪術師になるのだと人生を担保にしても尚、他の可能性を捨てるなと篤也さんが言ってくれたからで。
結局の所、私はその優しさすらも無碍にしてしまって居るのだろう。
日毎、篤也さんと言葉を交わす数が減って、今では殆どが携帯を通じた文面のみでのやり取りへと変わってしまった。
あれ程親子の様に接して居たと言うのに、今となっては互いにどんな言葉を交わしたらいいのか考えあぐねるばかりで。
いつも、先に逃げるのは私の方になってしまう。
合わせる顔がないと言うのが本音なのだろう。
しかし、高専に入るまではあの家に居たいと言うのもまた己の本音で、僅か数分の帰路を辿る足取りが重い。
頭の中は今日の夕飯の事でいっぱいだ。
近い内に買い出しもしなければならず、急な任務が入らない限り週末は既に決まったも同然と言っても良い。
「……ただいま」
迎えてくれる人も居ないと言うのに、これだけは日下部家に身を置く様になってからと言うもの、すっかり癖になってしまったらしい。
静まり返ったリビングに荷物を起き、一度深く息を吐き出した。
幸いにも今朝と同じ位置にお姉ちゃんの姿は見えず、きっと私が学校に行って居る間に篤也さんが顔を出したのだろう。
ただ、この時は妙な違和感を覚えた。
普段から何をする訳でもないお姉ちゃんは側に居ても気配を殆ど感じさせない。
それが自室となれば尚更、一人で居る様な錯覚さえ抱かせる。
しかし、今日に限ってはどれだけ気配を探ろうとしても息遣いすら聞こえる気がしなくて。
騒つく胸元に自然と己の手が向かう。
「……お姉ちゃん?居るんだよね?」
答えがなくても言葉を掛けたのは、孤独を恐れて居たからなのか。
脚が自然とお姉ちゃんの部屋に向かい、震えた手がその扉を叩く。
返事など、ここ数年返って来た試しは無い。
それなのに、私は何度も何度もお姉ちゃんに呼びかけ、やがて入る旨を伝えた手がゆっくりと扉を開く。
しかし、そこには人の姿は無かった。
僅かに開けられた窓だけがカーテンを揺らし、其処に佇んで居る筈の姿は垣間見る事すら無い。
篤也さんが連れ出したのか。
否、そうだとしたら帰宅時間を予め伝えて居る私の元に連絡が来ない筈がない。
だからと言ってお姉ちゃんが一人で外に出るなんて事は今では考えられず。
踏み入った室内。
ベッドの上に置かれたパンフレットを見た瞬間に、私は愕然として唇を戦慄かせる。
「なん、で……」
咄嗟に手にした紙が、加減の効かない手の中で皺を刻む。
記されて居たのは、精神疾患を患った患者向けの施設の案内だった。
これまでにそういった話が出なかった訳ではないし、生活能力を無くした大人を子供が面倒見るなんて言うのはおかしな事で。
本来ならばもっと早くそうするのが正解だったのだろう。
私はお姉ちゃんの血縁ではない。
この件に関しては兄である篤也さんの一存で決定できるものであり、その権限は彼にしかないのは重々承知して居る。
篤也さんには篤也さんなりの考えがあって、一度はお姉ちゃんの施設行きを拒んだ私の意思をこれまでは尊重してくれて居たのだろう。
だからと言って、私に一言もなく行動に移されてしまうのは違うのではないかと怒りにも似た感情が込み上げる。
そして、落胆した。
やはり私は頼るに値する人間ではなく、家族の枠にも入れては貰えなかったのだと。
「……ねぇ。私、頑張ったよ……。どうすればよかったの?」
震えた声と共に、くしゃくしゃになったパンフレットを押し当てた瞼から雫が溢れた。
力無くその場に膝をつき、嗚咽する声が木霊する。
本当なら今からでも高専に出向き、篤也さんを問いただしたい気持ちでいっぱいだった。
それなのに、その衝動を上回る悲しさと虚しさが私から気力を奪って行く。
お姉ちゃんの為に。
そう体裁を取り繕って行って来た善行は、蓋を開ければ自分自身が孤独になりたくないが為の言い訳だったのだと思い知らされた気がした。
「一人に、しないで……っ」
堰を切った様に溢れた言葉だけが今の私の唯一の本音だった。
何でもする。
我儘なんて言わない。
だから、どうか。
誰でも良いから私を必要として。
たとえ地獄でも構わないから、私だけの居場所が欲しいと弱い心が劈く様な悲鳴をあげる。
それに呼応する様に身体が熱くなった。
まるで何かが私の側に居るのだと、そう訴えかける様に。
1/1ページ