隴を得て蜀を望む
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殆どを玉犬が手柄としてしまった任務は、幼い私達であっても二人も必要無いと思える程に簡易なものだった。
しかし、念には念を入れ、更に石橋を叩いて渡るくらいの慎重さがあったとしても、この世界では常に人が命を落として行く。
何より、そんな低級の呪霊ですら一般人にとっては大きな脅威であり。
私達は日毎その現実を突きつけられて居る。
重苦しい、闇を纏った帷が上がる。
それは、私達の任務が終わった合図でもあり、胸を撫で下ろすのと同時に手にした二つの呪霊の珠がポケットの内で微かに響く。
「お疲れ〜。思ったより早かったね」
私達の陰鬱な心などまるで興味なしといった様子で、五条さんは手にした携帯から手を離し、口角を上げる。
任務の後、いつも彼は労いの言葉こそかけてくれるものの、その凄惨さについて言及する事は無い。
それはまるで、これが私達の選んだ地獄で。
この世界に慣れろと訴えて居る様にも思える。
「じゃ、帰ろっか。報告書は適当に上げとくから今日はこれでおしまい。真那、オマエは日下部さんが来るまで硝子の所で待っててよ。恵、送ってく」
「わかりました。おい、行くぞ」
五条さんが私の上着のポケットを一瞥した後に、運転席に乗り込む。
私達もそれぞれ後部座席の扉に手を掛け、隣り合った恵君が無言のまま視線を向けた。
取り繕う様に向けた笑みは、我ながら上手く出来たと自負して居る。
それなのに、高専に向かう道すがら。
私の持つ呪霊の珠がどんどんその重さを増して居く気がした。
五条さんの言う硝子さんの元での待機。
それはある種、私と彼。
そして硝子さんだけの知る隠語だ。
高専で呪力の扱い方を学ぶ様になって早数年。
未だ蠱毒に関してわかっている事は多く無い。
それこそ、私が保護される事になった際。
五条さんが古い文献で読んだと聞かされた事に毛が生えた程度のものでしか無かった。
ただ、一つだけ分かった事と言えば、定期的に呪霊を取り込まなくてはならないと言う事だけ。
それは蠱毒を維持する為に、常に呪いが必要なのか。
はたまた、何か別の理由があるのかは、私自身にも未だ理解が及ない。
その点に関して言えば、村長は私達より余程蠱毒について明るかった。
しかし、その人もすでに不帰の客となり、理由を確かめる術も無い。
本来ならば、保護者的な立場である篤也さんにも、この事は知っておいて貰うべきなのだろう。
ただ、私は自身に起き始めた異変を自覚した際。
医師である家入さんと、蠱毒に関して一番関心を持ち、そして警戒を続ける五条さんを頼った。
そして、それらを篤也さんに伝える事を拒んだ。
篤也さんは優しい人だ。
きっと、この事を知ったとして、これまで通りの生活を約束してくれる。
今まで通りに接してくれる。
そう分かって居ても、言えなかった。
もしかしたら怖かったのかもしれない。
自身ですら、不気味だと思ってしまうこの渇き。
無意識に呪霊を求め、取り込もうとする本質。
それが例えば術式故のものであったとしても、私の存在は既に呪術師の中でも異質としか言いようが無くて。
時折、喉元を掻き毟りたくなる衝動が頭を擡げるから。
それなのに、己の気持ちを誤魔化す術だけがどんどん上手くなって。
ただ、唯一。
恵君の前でだけは、私は年相応に子供らしく居る事が出来たのかもしれない。
良い子である事が辛い訳じゃない。
お姉ちゃんである事が嫌な訳でも無い。
ただ、そうして居れば好いて貰えると言う打算は常に持ち続けて居るし、最適解だとも考える。
それなのに、無条件でありのままを受け入れて貰いたいと。
叶いもしないのに、そんな悲鳴を上げる声が聞こえた気がした。
親もなく、頼るあてもない私は、謂わばお荷物同然だ。
例えばそれが普通とはかけ離れた呪術界と言う世界であっても、庇護下に置かれるだけ現状はマシなは筈なのに。
それすらも、呪術師と言う担保があってのものなのだと、こう言う時ばかり冴える思考が憎い。
「もうすぐ高専に着くよ。硝子には連絡しておくから、そのまま部屋に行っててよ。戻ったら、様子見に行くからさ」
「え、あ。はい」
考えに耽る余り、時間の経過すら気づかなかったのか。
現実に引き戻された時、車は高専の直ぐ側まで迫って居たらしい。
無言でも気まずくならなかったのは隣の恵君がいつの間にか夢の中に誘われて居たからで。
普段の素っ気ない態度からは考えられない程に、その姿はあどけない。
思わず笑みが溢れる様を、ミラー越しに五条さんが見つめて居た。
やがて構内に入った車は、呪術師の常駐する寮の手前で停車する。
一礼した私は、五条さんの言葉に従って医務室に向かう事なく、そのまま彼の自室。
そして、その地下に誂えられた室内に身を置いた。
「……恵君の寝顔。可愛なったなぁ。写真でも撮っておけば良かった」
革張りのソファに腰掛け、つい先程見た光景に私は再び顔を綻ばせる。
しかし、篤也さんが来るまでに終わらせなければ。
そう思い至り、表情が途端に強張ったものへと変わる。
意を決した様に一度深く息を吐く。
そして、ポケットから取り出した鈍く光る黒い呪いの珠を一気に喉の奥へと押し込んだ。
相変わらず感じるのは尋常ではない不味さ。
そして、そんなものを取り込まなければならないと言う己への嫌悪感。
次いでやって来るのは、身の内で呪力の暴れ回る感覚と声にならない程の痛みだった。
昔から、この感覚は少なからずあった。
しかし、年を追う毎に。
自身で祓える呪霊がその階級を上げる毎に、取り込む呪いの階級も比例し、顕著なものへと変わって行った。
今では、任務の後。
日下部さんと待ち合わせをする約束を交わすと、こうして五条さんのプライベート空間を借りる事でその痛みをやり過ごし、何事も無かったかの様に振る舞い帰路に着く。
それが日常となった。
「……っ、う……ぁ」
引き攣った喉から漏れた声は実に不様なもので、ソファに身を投げ出した私は、無意識の内に胸元を鷲掴み苦悶の表情を浮かべる。
昔と決定的に違う事があるとすれば、これは誰に強制された訳でもなく私の意思だと言う事だ。
それは、今の自身の生活を守る為。
そして、将来呪術師としての有用性を示すためのもの。
自ら選んだ妙策は、愚策としか言いようのないものだったに違いない。
それでも、五条さんも家入さんもそれを良しとしてくれて居るのは、憐憫からか。
それとも、同情なのか。
五条さん対してはそれだけではない様な気もして居るけれど、聞いたところではぐらかされてしまうだけだろう。
いつまで続くかも定かではない痛みが、少しでも早く治ってくれる事を願うしかなかった。
目を閉じてみても眠る事など出来るは筈もなく、自らの意思であっても孤独で耐える痛みは精神すらも蝕む。
無意識に伸ばした手が宙を舞う。
しかし、そのまま落ちるかと思いきや、包み込む様に掴まれた手のひらからじんわりとした温もりを感じて。
涙目になりながら見つめた先。
そこには、幻想的な白と空の色が見えた気がする。
「ほんっと、痩せ我慢が好きだよね。オマエ、ドM?」
「ご、じょ……さん?」
依然、呼吸すら儘ならない頭の中。
鼓膜を撫でる声は、普段よりも落ち着いたもので、いっそ優しくも感じるのに。
その内容だけが普段と変わる事が無くて、こんな状況で無ければ笑って居たに違いない。
しかし、やはり誰かが側に付いて居てくれると言うのは心強い。
痛みは強く残るものの、浅く繰り返して居た呼吸が次第に落ち着きを取り戻し、おもむろに頭を撫でつけられて私は瞼を下ろす。
「後で起こしてやるから。無理矢理にでも寝ときなよ」
「は、い……」
主人である五条さんが多忙な事も相俟って普段、この部屋を借りる時。
私はその時間の殆どを孤独に過ごし、痛みをやり過ごすばかりだ。
それなのに、今日に限ってはその限りではなく、言葉にこそしてくれないものの、任務がしんどかった事を憂いてくれて居るのだろうか。
「……なぁ。呪霊ってさ。どんな味がすんの?オマエ達が見てる世界は、俺 とは何が違ったんだ?」
答えなきその問いは、一体誰に向けたものだったのだろう。
私達 とは、私とそれ以外の誰を指して居たのか。
やっと微睡始めた意識の中、未だ続く痛みに私は手を握りしめる。
その手を柔く握り返し、意識が沈む直前。
私が聞いた彼の声は、何故だか今にも泣きそうなものの様に聞こえた。
しかし、念には念を入れ、更に石橋を叩いて渡るくらいの慎重さがあったとしても、この世界では常に人が命を落として行く。
何より、そんな低級の呪霊ですら一般人にとっては大きな脅威であり。
私達は日毎その現実を突きつけられて居る。
重苦しい、闇を纏った帷が上がる。
それは、私達の任務が終わった合図でもあり、胸を撫で下ろすのと同時に手にした二つの呪霊の珠がポケットの内で微かに響く。
「お疲れ〜。思ったより早かったね」
私達の陰鬱な心などまるで興味なしといった様子で、五条さんは手にした携帯から手を離し、口角を上げる。
任務の後、いつも彼は労いの言葉こそかけてくれるものの、その凄惨さについて言及する事は無い。
それはまるで、これが私達の選んだ地獄で。
この世界に慣れろと訴えて居る様にも思える。
「じゃ、帰ろっか。報告書は適当に上げとくから今日はこれでおしまい。真那、オマエは日下部さんが来るまで硝子の所で待っててよ。恵、送ってく」
「わかりました。おい、行くぞ」
五条さんが私の上着のポケットを一瞥した後に、運転席に乗り込む。
私達もそれぞれ後部座席の扉に手を掛け、隣り合った恵君が無言のまま視線を向けた。
取り繕う様に向けた笑みは、我ながら上手く出来たと自負して居る。
それなのに、高専に向かう道すがら。
私の持つ呪霊の珠がどんどんその重さを増して居く気がした。
五条さんの言う硝子さんの元での待機。
それはある種、私と彼。
そして硝子さんだけの知る隠語だ。
高専で呪力の扱い方を学ぶ様になって早数年。
未だ蠱毒に関してわかっている事は多く無い。
それこそ、私が保護される事になった際。
五条さんが古い文献で読んだと聞かされた事に毛が生えた程度のものでしか無かった。
ただ、一つだけ分かった事と言えば、定期的に呪霊を取り込まなくてはならないと言う事だけ。
それは蠱毒を維持する為に、常に呪いが必要なのか。
はたまた、何か別の理由があるのかは、私自身にも未だ理解が及ない。
その点に関して言えば、村長は私達より余程蠱毒について明るかった。
しかし、その人もすでに不帰の客となり、理由を確かめる術も無い。
本来ならば、保護者的な立場である篤也さんにも、この事は知っておいて貰うべきなのだろう。
ただ、私は自身に起き始めた異変を自覚した際。
医師である家入さんと、蠱毒に関して一番関心を持ち、そして警戒を続ける五条さんを頼った。
そして、それらを篤也さんに伝える事を拒んだ。
篤也さんは優しい人だ。
きっと、この事を知ったとして、これまで通りの生活を約束してくれる。
今まで通りに接してくれる。
そう分かって居ても、言えなかった。
もしかしたら怖かったのかもしれない。
自身ですら、不気味だと思ってしまうこの渇き。
無意識に呪霊を求め、取り込もうとする本質。
それが例えば術式故のものであったとしても、私の存在は既に呪術師の中でも異質としか言いようが無くて。
時折、喉元を掻き毟りたくなる衝動が頭を擡げるから。
それなのに、己の気持ちを誤魔化す術だけがどんどん上手くなって。
ただ、唯一。
恵君の前でだけは、私は年相応に子供らしく居る事が出来たのかもしれない。
良い子である事が辛い訳じゃない。
お姉ちゃんである事が嫌な訳でも無い。
ただ、そうして居れば好いて貰えると言う打算は常に持ち続けて居るし、最適解だとも考える。
それなのに、無条件でありのままを受け入れて貰いたいと。
叶いもしないのに、そんな悲鳴を上げる声が聞こえた気がした。
親もなく、頼るあてもない私は、謂わばお荷物同然だ。
例えばそれが普通とはかけ離れた呪術界と言う世界であっても、庇護下に置かれるだけ現状はマシなは筈なのに。
それすらも、呪術師と言う担保があってのものなのだと、こう言う時ばかり冴える思考が憎い。
「もうすぐ高専に着くよ。硝子には連絡しておくから、そのまま部屋に行っててよ。戻ったら、様子見に行くからさ」
「え、あ。はい」
考えに耽る余り、時間の経過すら気づかなかったのか。
現実に引き戻された時、車は高専の直ぐ側まで迫って居たらしい。
無言でも気まずくならなかったのは隣の恵君がいつの間にか夢の中に誘われて居たからで。
普段の素っ気ない態度からは考えられない程に、その姿はあどけない。
思わず笑みが溢れる様を、ミラー越しに五条さんが見つめて居た。
やがて構内に入った車は、呪術師の常駐する寮の手前で停車する。
一礼した私は、五条さんの言葉に従って医務室に向かう事なく、そのまま彼の自室。
そして、その地下に誂えられた室内に身を置いた。
「……恵君の寝顔。可愛なったなぁ。写真でも撮っておけば良かった」
革張りのソファに腰掛け、つい先程見た光景に私は再び顔を綻ばせる。
しかし、篤也さんが来るまでに終わらせなければ。
そう思い至り、表情が途端に強張ったものへと変わる。
意を決した様に一度深く息を吐く。
そして、ポケットから取り出した鈍く光る黒い呪いの珠を一気に喉の奥へと押し込んだ。
相変わらず感じるのは尋常ではない不味さ。
そして、そんなものを取り込まなければならないと言う己への嫌悪感。
次いでやって来るのは、身の内で呪力の暴れ回る感覚と声にならない程の痛みだった。
昔から、この感覚は少なからずあった。
しかし、年を追う毎に。
自身で祓える呪霊がその階級を上げる毎に、取り込む呪いの階級も比例し、顕著なものへと変わって行った。
今では、任務の後。
日下部さんと待ち合わせをする約束を交わすと、こうして五条さんのプライベート空間を借りる事でその痛みをやり過ごし、何事も無かったかの様に振る舞い帰路に着く。
それが日常となった。
「……っ、う……ぁ」
引き攣った喉から漏れた声は実に不様なもので、ソファに身を投げ出した私は、無意識の内に胸元を鷲掴み苦悶の表情を浮かべる。
昔と決定的に違う事があるとすれば、これは誰に強制された訳でもなく私の意思だと言う事だ。
それは、今の自身の生活を守る為。
そして、将来呪術師としての有用性を示すためのもの。
自ら選んだ妙策は、愚策としか言いようのないものだったに違いない。
それでも、五条さんも家入さんもそれを良しとしてくれて居るのは、憐憫からか。
それとも、同情なのか。
五条さん対してはそれだけではない様な気もして居るけれど、聞いたところではぐらかされてしまうだけだろう。
いつまで続くかも定かではない痛みが、少しでも早く治ってくれる事を願うしかなかった。
目を閉じてみても眠る事など出来るは筈もなく、自らの意思であっても孤独で耐える痛みは精神すらも蝕む。
無意識に伸ばした手が宙を舞う。
しかし、そのまま落ちるかと思いきや、包み込む様に掴まれた手のひらからじんわりとした温もりを感じて。
涙目になりながら見つめた先。
そこには、幻想的な白と空の色が見えた気がする。
「ほんっと、痩せ我慢が好きだよね。オマエ、ドM?」
「ご、じょ……さん?」
依然、呼吸すら儘ならない頭の中。
鼓膜を撫でる声は、普段よりも落ち着いたもので、いっそ優しくも感じるのに。
その内容だけが普段と変わる事が無くて、こんな状況で無ければ笑って居たに違いない。
しかし、やはり誰かが側に付いて居てくれると言うのは心強い。
痛みは強く残るものの、浅く繰り返して居た呼吸が次第に落ち着きを取り戻し、おもむろに頭を撫でつけられて私は瞼を下ろす。
「後で起こしてやるから。無理矢理にでも寝ときなよ」
「は、い……」
主人である五条さんが多忙な事も相俟って普段、この部屋を借りる時。
私はその時間の殆どを孤独に過ごし、痛みをやり過ごすばかりだ。
それなのに、今日に限ってはその限りではなく、言葉にこそしてくれないものの、任務がしんどかった事を憂いてくれて居るのだろうか。
「……なぁ。呪霊ってさ。どんな味がすんの?オマエ達が見てる世界は、
答えなきその問いは、一体誰に向けたものだったのだろう。
やっと微睡始めた意識の中、未だ続く痛みに私は手を握りしめる。
その手を柔く握り返し、意識が沈む直前。
私が聞いた彼の声は、何故だか今にも泣きそうなものの様に聞こえた。