第3話
ゼザの船団は嵐に見舞われていた。
ファリスが嵐に気づいたおかげで、船同士の衝突は避けられ、嵐の対策もいち早く出来た。
それでも、嵐の中で船員達は船が沈まないようにシーアンカーを投げたり帆を下ろしたりと、作業に追われていた。
ファリスは自らの経験を活かし、その作業に参加していた。
バッツ達も手伝うと言ったが、経験の無いものがこの嵐で作業をするのは危険と判断され、船内に避難させられていた。
甲板の様子が窓から見える船長室で、レナはファリスの姿を目で追っていた。
時折、ファリスが指をさしながら指示をしてる。
波に煽られ船体が大きく揺れる。
その度にレナは窓枠にしがみつく。
ファリスも海に落とされないように、ロープをしっかり握っていた。
その時、ファリスの目の前で兵士が数人波に呑まれ、荒れ狂う海の中に消えた。
その瞬間から、ファリスの様子が先程までと変わった。
目を見開き、身動きが取れなくなっているような…
「姉さん??」
聞こえないと分かっていても、レナはファリスに問いかけるように呟いた。
そして、レナはいてもたってもいられず、扉に向かって駆け出した。
***********
ファリスは自分自身に動揺していた。
嵐に会うことは初めてじゃなかった。海賊をしてれば嫌という程経験する。
目の前で仲間が波に飲まれることなんて、日常茶飯事だ。
だが、今の彼女は足が竦み、体が言うことを聞かなくなっていた。
兵士達が波に呑まれた瞬間、彼女の脳裏にフラッシュバックした過去。つい最近まで失っていた幼少期の記憶。
父親と共に乗った船が嵐にあった。
甲板にいた父親が心配で船室から甲板に飛び出し、目にしたのは自分に襲いかかる大きな波。
「おとうさまーーーっ!!!!」
「サリサーーーーーーっ!!!!」
そこから記憶は無かった。
その記憶が、その時の恐怖が今、彼女の体を蝕んでいた。
(なんで、今更!!こんなの日常茶飯事だったじゃねーか!!なのに、なんでっ!!)
頭の中で記憶と葛藤する。
恐怖でロープを握る手の力が緩んだその時。
「姉さんっ!!」
「っ!?」
レナの声にハッと恐怖が消し飛び、弾かれたように顔を上げる。
船長室の扉のところで、バッツに腕を掴まれながら必死に自分を呼ぶ妹の姿。
「姉さん!!前っ!!」
その言葉に前を向くと、目の前に迫る波。
(しまった!!)
そして、再びフラッシュバックする記憶。
「姉さーーーーーーんっ!!!!」
レナの悲痛な叫びが耳に届く。
そのまま為す術もなく、ファリスは海に投げ出された。
真っ暗な海の中に呑まれてしまえば、どちらが上か下か分からない。
(ごめん…レナ)
薄れていく意識の中で、死を覚悟したファリスは唯一の肉親に謝る。
そんな中、一瞬水中に届いた雷光。
その光の中で、大きな影が自分に向かって来るのが分かった。
(……父………さ……ん………?)
ファリスは、そこで意識を手離した。
***********
「ぶはっ!!」
ギルガメッシュは、荒れ狂う海の水面から勢いよく顔を出した。
「ファリスっ!!」
水中から右手に掴んだ彼女の腕を引っ張あげる。
そして、彼女の胴体に左腕を回し、上半身を水面から出した。
その、反動でファリスはゴホッ!!と咳込み、海水を吐いた。
彼女の正面から波がかからないように配慮しつつ、近くに浮かんでいる樽を掴んだ。
嵐のせいで潮の流れが早く、船からどんどん離され、今では船のシルエットが黒い豆の大きさぐらいに見える。
潮の流れに逆らえば、いくら強靭な体力を持っているギルガメッシュであっても、船にたどり着く前に体力が尽きるのが目に見えた。
彼はファリスを気遣いつつ、潮の流れに逆らわぬように徹した。
どれほど流されただろうか、次第と波が落ち着き、天候も徐々に良くなっていった。
視界がよくなり、ギルガメッシュは改めて辺りを見渡す。
遠くの方に陸地があるのが目に入った。
彼は迷わず、陸地に向かって泳ぎ始めた。
何とか体力が尽きる前に陸地に上陸したギルガメッシュは、砂浜にファリスを横たえ膝を付き、肩で息を吸う。
呼吸が一通り整うと、ファリスの頬を軽く叩いて呼びかけた。
「ファリスっ!!おい!!しっかりしろっ!!」
すると、ファリスは「うぅっ」と呻き声を洩らし、うっすらと目を開いた。
「気がついたか?!」
「ギル…ガ…メッ………シュ………?」
自分の視界に映る人物が誰かを認識した瞬間、彼女は勢いよく起き上がり、彼と距離を取った。
「なっ!!なんでお前がっ!!」
驚きと警戒心を全面に出しながら、ファリスは言った。
その反応に、ギルガメッシュはため息を吐きながら頭をボリボリ掻いた。
「おいおい、命の恩人にその反応はねぇんじゃねーか??ま、気が付いたら目の前に敵が居たんじゃ仕方ないか」
苦笑いをしながら、地面に腰を下ろす。
「にしてもお前さん、船の上がホームグラウンドとか言ってたのに波に攫われて海に落ちるとか、ちょっと情けないじゃねーか??」
意地悪そうな表情で言ったギルガメッシュに、ファリスは「なっ!!」と言葉に詰まった。
確かに、あれだけの啖呵を切ったのにカッコ悪いことこの上ないと自分でも納得し、溜め息を吐きながら自分も地面に腰を下ろした。
「事情があるんだよ。自分でも正直驚いた」
バツの悪そうにそっぽを向きながら、ファリスは答えた。
「なんだ?その事情ってやつは」
「敵に自分の内情を話すと思うか??」
呆れた視線を向けられたが、ギルガメッシュは気にする様子もなく言った。
「今後のお前さん達の行動に差し支えがあるってんなら、別に言わなくてもいいさ」
「…別に差し支えはねえけど…」
「じゃあ、教えてくれよ。俺様はお前さんの事を知りてぇ」
その言葉にファリスは怪訝な顔をした。
「なんで俺の事が知りたいんだよ」
「なんでって…」
ギルガメッシュは深い溜め息を吐いて言った。
「この前言ったじゃねーか。お前に惚れたって。好きな奴のことを知りたいと思うのは当然だろ??」
まだそんなふざけた事を…とファリスは思ったが、相手の顔は真剣そのものだった。
今後に差し支えはないし、何より命を助けて貰った借りもある。自分の事を知って相手が満足するなら、それでも良いかと彼女は自分自身に言い聞かせた。
「わかった、話すよ」
「お、本当か?嬉しいぜ!!」
途端にニコニコと満面の笑みを浮かべた彼に、「やっぱ、やめときゃ良かった」と後悔したが後の祭りだ。仕方なく、ファリスは話し始めた。
「小さい頃、乗ってた船が嵐にあって、今回みたいに海に落ちたんだ」
ギルガメッシュは黙って話を聞く。
「その時のショックなのか、気が付いた時には記憶が無くて、自分が誰なのかさえも分からなかった」
ゆっくりと、落ち着いた声で言葉を紡ぐ。
「でも、バッツ達と出会ってから、少しづつ記憶を取り戻し始めたんだ。海に落ちた時の記憶は、本当に最近思い出した。そのせいかは分からねぇけど、あの嵐の中で突然その時の記憶がフラッシュバックして…」
徐々に声が震えだし、ファリスは自分の体をギュッと抱き締めた。
「その時に感じた恐怖も甦って…、体が言うことを聞かなかったんだ…」
ギルガメッシュは、普段見るより小さくなっている彼女の隣に移動し、頭を撫でた。
「そうか…」
彼はそれ以上は何も言わなかった。
その代わり、ずっと彼女の頭を撫で続けた。
そしてまた、ファリスがその手を振り払うことも無かった。
その大きな手が、幼い頃、父親に頭を撫でられた時の感覚に似ていて、心地が良かった。
ファリスが嵐に気づいたおかげで、船同士の衝突は避けられ、嵐の対策もいち早く出来た。
それでも、嵐の中で船員達は船が沈まないようにシーアンカーを投げたり帆を下ろしたりと、作業に追われていた。
ファリスは自らの経験を活かし、その作業に参加していた。
バッツ達も手伝うと言ったが、経験の無いものがこの嵐で作業をするのは危険と判断され、船内に避難させられていた。
甲板の様子が窓から見える船長室で、レナはファリスの姿を目で追っていた。
時折、ファリスが指をさしながら指示をしてる。
波に煽られ船体が大きく揺れる。
その度にレナは窓枠にしがみつく。
ファリスも海に落とされないように、ロープをしっかり握っていた。
その時、ファリスの目の前で兵士が数人波に呑まれ、荒れ狂う海の中に消えた。
その瞬間から、ファリスの様子が先程までと変わった。
目を見開き、身動きが取れなくなっているような…
「姉さん??」
聞こえないと分かっていても、レナはファリスに問いかけるように呟いた。
そして、レナはいてもたってもいられず、扉に向かって駆け出した。
***********
ファリスは自分自身に動揺していた。
嵐に会うことは初めてじゃなかった。海賊をしてれば嫌という程経験する。
目の前で仲間が波に飲まれることなんて、日常茶飯事だ。
だが、今の彼女は足が竦み、体が言うことを聞かなくなっていた。
兵士達が波に呑まれた瞬間、彼女の脳裏にフラッシュバックした過去。つい最近まで失っていた幼少期の記憶。
父親と共に乗った船が嵐にあった。
甲板にいた父親が心配で船室から甲板に飛び出し、目にしたのは自分に襲いかかる大きな波。
「おとうさまーーーっ!!!!」
「サリサーーーーーーっ!!!!」
そこから記憶は無かった。
その記憶が、その時の恐怖が今、彼女の体を蝕んでいた。
(なんで、今更!!こんなの日常茶飯事だったじゃねーか!!なのに、なんでっ!!)
頭の中で記憶と葛藤する。
恐怖でロープを握る手の力が緩んだその時。
「姉さんっ!!」
「っ!?」
レナの声にハッと恐怖が消し飛び、弾かれたように顔を上げる。
船長室の扉のところで、バッツに腕を掴まれながら必死に自分を呼ぶ妹の姿。
「姉さん!!前っ!!」
その言葉に前を向くと、目の前に迫る波。
(しまった!!)
そして、再びフラッシュバックする記憶。
「姉さーーーーーーんっ!!!!」
レナの悲痛な叫びが耳に届く。
そのまま為す術もなく、ファリスは海に投げ出された。
真っ暗な海の中に呑まれてしまえば、どちらが上か下か分からない。
(ごめん…レナ)
薄れていく意識の中で、死を覚悟したファリスは唯一の肉親に謝る。
そんな中、一瞬水中に届いた雷光。
その光の中で、大きな影が自分に向かって来るのが分かった。
(……父………さ……ん………?)
ファリスは、そこで意識を手離した。
***********
「ぶはっ!!」
ギルガメッシュは、荒れ狂う海の水面から勢いよく顔を出した。
「ファリスっ!!」
水中から右手に掴んだ彼女の腕を引っ張あげる。
そして、彼女の胴体に左腕を回し、上半身を水面から出した。
その、反動でファリスはゴホッ!!と咳込み、海水を吐いた。
彼女の正面から波がかからないように配慮しつつ、近くに浮かんでいる樽を掴んだ。
嵐のせいで潮の流れが早く、船からどんどん離され、今では船のシルエットが黒い豆の大きさぐらいに見える。
潮の流れに逆らえば、いくら強靭な体力を持っているギルガメッシュであっても、船にたどり着く前に体力が尽きるのが目に見えた。
彼はファリスを気遣いつつ、潮の流れに逆らわぬように徹した。
どれほど流されただろうか、次第と波が落ち着き、天候も徐々に良くなっていった。
視界がよくなり、ギルガメッシュは改めて辺りを見渡す。
遠くの方に陸地があるのが目に入った。
彼は迷わず、陸地に向かって泳ぎ始めた。
何とか体力が尽きる前に陸地に上陸したギルガメッシュは、砂浜にファリスを横たえ膝を付き、肩で息を吸う。
呼吸が一通り整うと、ファリスの頬を軽く叩いて呼びかけた。
「ファリスっ!!おい!!しっかりしろっ!!」
すると、ファリスは「うぅっ」と呻き声を洩らし、うっすらと目を開いた。
「気がついたか?!」
「ギル…ガ…メッ………シュ………?」
自分の視界に映る人物が誰かを認識した瞬間、彼女は勢いよく起き上がり、彼と距離を取った。
「なっ!!なんでお前がっ!!」
驚きと警戒心を全面に出しながら、ファリスは言った。
その反応に、ギルガメッシュはため息を吐きながら頭をボリボリ掻いた。
「おいおい、命の恩人にその反応はねぇんじゃねーか??ま、気が付いたら目の前に敵が居たんじゃ仕方ないか」
苦笑いをしながら、地面に腰を下ろす。
「にしてもお前さん、船の上がホームグラウンドとか言ってたのに波に攫われて海に落ちるとか、ちょっと情けないじゃねーか??」
意地悪そうな表情で言ったギルガメッシュに、ファリスは「なっ!!」と言葉に詰まった。
確かに、あれだけの啖呵を切ったのにカッコ悪いことこの上ないと自分でも納得し、溜め息を吐きながら自分も地面に腰を下ろした。
「事情があるんだよ。自分でも正直驚いた」
バツの悪そうにそっぽを向きながら、ファリスは答えた。
「なんだ?その事情ってやつは」
「敵に自分の内情を話すと思うか??」
呆れた視線を向けられたが、ギルガメッシュは気にする様子もなく言った。
「今後のお前さん達の行動に差し支えがあるってんなら、別に言わなくてもいいさ」
「…別に差し支えはねえけど…」
「じゃあ、教えてくれよ。俺様はお前さんの事を知りてぇ」
その言葉にファリスは怪訝な顔をした。
「なんで俺の事が知りたいんだよ」
「なんでって…」
ギルガメッシュは深い溜め息を吐いて言った。
「この前言ったじゃねーか。お前に惚れたって。好きな奴のことを知りたいと思うのは当然だろ??」
まだそんなふざけた事を…とファリスは思ったが、相手の顔は真剣そのものだった。
今後に差し支えはないし、何より命を助けて貰った借りもある。自分の事を知って相手が満足するなら、それでも良いかと彼女は自分自身に言い聞かせた。
「わかった、話すよ」
「お、本当か?嬉しいぜ!!」
途端にニコニコと満面の笑みを浮かべた彼に、「やっぱ、やめときゃ良かった」と後悔したが後の祭りだ。仕方なく、ファリスは話し始めた。
「小さい頃、乗ってた船が嵐にあって、今回みたいに海に落ちたんだ」
ギルガメッシュは黙って話を聞く。
「その時のショックなのか、気が付いた時には記憶が無くて、自分が誰なのかさえも分からなかった」
ゆっくりと、落ち着いた声で言葉を紡ぐ。
「でも、バッツ達と出会ってから、少しづつ記憶を取り戻し始めたんだ。海に落ちた時の記憶は、本当に最近思い出した。そのせいかは分からねぇけど、あの嵐の中で突然その時の記憶がフラッシュバックして…」
徐々に声が震えだし、ファリスは自分の体をギュッと抱き締めた。
「その時に感じた恐怖も甦って…、体が言うことを聞かなかったんだ…」
ギルガメッシュは、普段見るより小さくなっている彼女の隣に移動し、頭を撫でた。
「そうか…」
彼はそれ以上は何も言わなかった。
その代わり、ずっと彼女の頭を撫で続けた。
そしてまた、ファリスがその手を振り払うことも無かった。
その大きな手が、幼い頃、父親に頭を撫でられた時の感覚に似ていて、心地が良かった。
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