熱が見せた過去の君
「ファリス、アジトに着いたぜ」
「あぁ、分かった」
船長室から出てきたファリス。
ギルガメッシュは彼女を見て、心なしか顔色が悪いように感じた。
「ファリス、お前、どこか調子悪いんじゃ…」
「気のせいだろ」
ファリスはいつものように、ツカツカと甲板に出ていく。
「野郎ども!!今日もよくやった!!これからしばらく休暇にする!!各自町に出て好きに過ごせ!!」
「アイアイサー!!」
アジトから子分たちが町へと繰り出し、アジトにはファリスとギルガメッシュ、いつも留守番の救護班の爺さんが残った。
それを確認したファリスは、気が抜けたのかフラフラとギルガメッシュに寄りかかった。
体が熱い。
「おい!!ファリス!!やっぱり調子悪いんじゃねぇか!!」
「うるさい…頭に響く…」
今にも足から崩れ落ちそうなファリスを抱きかかえ、彼女の部屋に行き、ベッドに寝かせる。
ギルガメッシュは救護班の爺さんを部屋に連れてき、診断を待った。
「こりゃ、今流行りの高熱が出るタイプの風邪じゃな」
「ファリスはすぐに良くなるのか??爺さん」
その言葉に、爺さんは難しい表情をする。
「普通の風邪と違って薬も違くてな。その薬はここにはないんじゃ」
「それじゃあ、どうしたら………」
顎に手を当て考え込んだギルガメッシュは、ふとある事を思いついた。
「じいさん!!今からファリス抱えてタイクーンに行ってくるぜ!!」
そう言うと、素早く毛布でファリスの体を包み、抱き抱え部屋を飛び出した。
********
「たのもーっ!!」
タイクーンの城門前でギルガメッシュは叫んだ。
見張りの兵士がその声に驚き、何事かと駆け寄ってきた。
「ギルガメッシュ殿!!それに、サリサ様!?」
「すまねぇ!!詳しい話はあとだ!!レナ王女に合わせてくれ!!」
ファリスの様子が只事では無いと判断した兵士は「かしこまりました!!」と慌てて門を開け、2人を通した。
城内に入り、真っ直ぐ王の間まで走り勢いよく扉を開ける。
突然大きな音を立てて開かれた扉に、玉座に座っていたレナは驚いた。
近衛兵が、すかさず一斉にレナを守る体制に入った。
「驚かせてすまねぇ!!緊急事態だ!!」
「ギルガメッシュ!!それに姉さん!?」
レナは近衛兵を制して、ギルガメッシュの元へ駆け寄った。
「さっき航海を終えて戻ってきたら、高熱を出して倒れたんだ。救護の爺さんが言うには、最近の流行病らしいんだ」
「わかったわ。すぐにお医者様を呼びましょう。大臣お願い」
レナの言葉に大臣は「かしこまりました」と大慌てで部屋から出ていった。
「ギルガメッシュ、姉さんの部屋に案内するわ」
「頼む」
レナに案内され部屋に入ると、ファリスをベッドに寝かせる。
すると、侍女達が氷嚢や体温計、着替えとタオルを持って入ってきた。
着替えをさせる為、レナとギルガメッシュは一旦部屋の外で待機させられた。
少しの沈黙があってから、ギルガメッシュは口を開いた。
「レナ、すまねぇ。俺がついていながら…」
「あなたのせいじゃないわ、ギルガメッシュ。病気は防ごうと思っても、なかなか防げないものよ」
「いや、実は航海に出る直前から、少し様子がおかしかったんだ。でも、聞いても「なんともない」「気のせいだ」しか言わなくてよ。航海中も、戦闘以外はずっと船長室に籠ってたから、その時から体調が悪かったんだと思うんだ」
ギルガメッシュは「俺が強く止めていれば…」と申し訳なさそうに言った。
「ギルガメッシュ、姉さんは強く止めても出航したと思うわ。どんな事があっても、狙った獲物を逃がさない人だから。確かに出航せずに大人しく休んでいれば、多少は違ったかもしれないけれど…。でも、それをギルガメッシュが気に病むことはないわ」
レナの言葉に、ギルガメッシュは弱々しく笑みを浮かべ「ありがとな」と言った。
そんな会話をしていると、部屋から侍女達が出てき始めた。
「サリサ様のお着替え等が終わりました」
「ありがとう、皆手洗いうがいをきちんとね」
「はい」
仕事を終えた侍女達は、その場を後にした。
すると、今度は大臣がやってきた。
「レナ様、お医者様が到着致しました」
「わかったわ、ありがとう大臣。ギルガメッシュ、姉さんについててあげて。私はお医者様を案内してくるわ」
「わかった」
部屋に戻ると、ギルガメッシュはベッドの横に椅子を持っていき座った。
ファリスは眠ってはいるが、熱が出て苦しいのか呼吸は荒かった。
彼女が無理をしてるのを止められなかった後悔が、ギルガメッシュの中に広がっていく。
(どんな手を使ってでも、航海を中止させればよかった…)
「くそっ!!」
自分の膝に拳を叩きつけた。
自責の念に駆られていると、ノック音が響き、レナと医者が入ってきた。
ギルガメッシュは医者と場所を変わり、事の経緯を説明した。
医者はそれを聞いて「分かりました、では診察します」と診察を開始した。
熱を計り、聴診器を当て、口の中を確認。
診察結果は、やはり今流行りの新型の風邪だろうとのことだった。
薬をいくつか出され、5日後にもう一度診察しに来ると言って、医者は帰っていった。
ギルガメッシュは医者に頭をさげ礼を言い、レナは医者を見送るために部屋を出ていった。
「…う、ううん…」
呻き声の方に顔を向けると、ファリスが目を覚ましたところだった。
「あ……れ??ここは??」
「お!!気がついたか!!」
ギルガメッシュが声をかけると、ファリスは顔を向けた。
「ギル……そっか、私、倒れて…」
彼女の言葉に、ギルガメッシュは耳を疑った。
(今、「私」って言わなかったか?!)
あまりの衝撃に絶句していると、レナが戻ってきた。
「姉さん気が付いたのね!!」
「…レナ」
「気分はどう??」
「まだクラクラする、でも大丈夫だよ」
その会話を聞いていて、ギルガメッシュは何となく彼女の話し方に幼さを感じ取った。
「ファリス??」
ギルガメッシュが呼んでも返事が来ない。
そのことに、流石にレナもいつもと違うことに気が付いた。
「ギルガメッシュ、ちょっと良いかしら??」
「あ、あぁ」
立ち上がろうとした瞬間、咄嗟に腕を掴まれた。
見ると、ファリスが両手でしっかりと腕を掴んでいた。
「やだっ!!どこ行くの!?私を1人にしないでぇ!!」
言って涙をボロボロ流す彼女に、ギルガメッシュはどうしたらいいのか分からず固まっていた。
見かねたレナが声をかける。
「姉さん、少しの時間だけ待っててくれないかしら??ギルガメッシュとお話があるの。すぐ戻ってくるから、ね??」
小さな子供に言い聞かせるように、優しく言った。
すると、彼女は「わかった」と手を離した。
「すぐ戻ってくるから、いい子にしててな」
「……うん」
その言葉を聞いて、ギルガメッシュとレナは部屋を出た。
「なぁレナ、あれはいったい…」
困惑した表情で、ギルガメッシュは聞いた。
「たぶんだけど、記憶が混乱してるんじゃないかしら??今の姉さんは、小さい頃のサリサに戻ってる」
「なるほど、だからファリスって呼んでも返事がないわけか…」
恐らく、長い時間高熱に晒されていたせいで気が弱り、不安の念が彼女の精神を幼児後退させたのだろう。
「元気になれば今の姉さんに戻ると思う。だから、今はサリサって呼んであげて」
「わかった」
返事をすると、レナがクスッと笑った。
「なんだ??」
「ごめんなさい、なんだかギルガメッシュが羨ましくて」
「??」
レナの言葉がよく分からず首を傾げていると、レナが説明してくれた。
「姉さんね、小さい頃熱を出すと一番大好きな人に付いててもらわないと寝れなかったみたいなの」
レナは優しい笑顔で言葉を続ける。
「当時は、お父様か世話役のジェニカが付いてないと、ずっと泣いて大変だったらしいわ。そして、姉さんは今ギルガメッシュに傍にいて欲しいって言ってる。私じゃなくて、ね」
「なるほど、そういう事か…」
その言葉で納得した。
「少し妬けちゃった」
レナは少し寂しそうに笑った。
「すまねぇ。その代わり、ファリス大事にするからよ」
「ええ、お願いねギルガメッシュ」
ニッコリ微笑んだ。ちょうどそこに通りかかった侍女に、レナはファリスの食事を持ってくるように頼んだ後、公務があるからと戻っていった。
「サリサ」
部屋に戻って、彼女の本名を呼んでみる。
「あ、ギルガメッシュ、おかえりなさい」
ホッとした表情をする彼女に「いい子にしてたか??」と言って、椅子に腰を下ろした。
彼女は「うん」と言って微笑んだ。
それがなんとも言えず可愛らしく、抱き締めたい衝動に駆られたが、ぐっと堪えた。
「えらいな」
そう言って彼女の頬を撫でた。
「えへへっ」
と、嬉しそうに無邪気な笑顔を浮かべる。
自分の知らない幼い彼女を目のあたりにして、ギルガメッシュは戸惑いと嬉しさが入り交じっていた。
「ねぇ、ギルガメッシュ」
「ん?なんだ??」
「私ね、お父様とジェニカとレナが大好きなんだ」
「そうか」
無邪気に話す彼女につられて、優しい笑顔で返事をする。
「でもね、今、私が一番大好きなのはね、ギルガメッシュなの」
少し照れながら言う彼女に、ギルガメッシュは「ありがとな」と言って頭を撫でた。
「ねぇ、ギルガメッシュは誰が一番大好きなの??」
聞かれて一瞬驚いたが、彼はすぐに答えた。
「お前さんが一番大好きで、一番大切だ」
彼女の目を真っ直ぐ見て、優しく、そしてハッキリとした声で言うと、彼女は満面の笑みで「嬉しい」と答えた。
(昔のファリスは、こんなに素直だったんだな)
誰からも愛されていたに違いない。でなければ、こんな素直に気持ちを話すような子にはならない。
そんな子が、海に落ち、そのショックで記憶を失い、荒くれの海賊の中で育った苦労を想像し、ギルガメッシュは胸が苦しくなった。
そうこうしていると、侍女が食事と薬を持って現れた。
「サリサ、食べられるか??」
「あまり食べたくない、でも、食べないと元気にならないんだよね??」
「そうだな、薬も飲めないし…」
「…頑張って食べる。早く元気になりたいもん」
「えらいな、起き上がれるか??」
「うん」
サリサはゆっくりと上半身を起こす。
机に置かれたトレイから、ミルク粥とスプーンを手に取った。
「ギルガメッシュ」
「なんだ?」
椅子に座り、ミルク粥を冷ましていたギルガメッシュは顔をあげた。
「食べさせてほしいな…」
上目遣いで言われ、ギルガメッシュは心の中で悶絶していた。
相手が病人でなければ、そのままキスして押し倒していただろう。
(これは、なんの拷問だ!?)
軽く頭を抱えていると、返事がないのを否定と捉えた彼女は悲しそうな表情をした。
「…ダメ…??」
「――――っ!!」
愛しい女性の普段は絶対にしない表情に、絶対に言わない言葉に、ギルガメッシュは悶えそうになったが、深呼吸をして、気持ちを落ち着かせた。
「し、しかたねぇな。ほれ、あーん」
ミルク粥を載せたスプーンを彼女の口元に持って行く。
それをサリサは嬉しそうに口にする。
「よく噛むんだぞ」
「うん」
やはり、熱で身体を動かすのがしんどいのか、ゆっくりとした動作で食べていた。
そして、ミルク粥を半分ほど食べたあたりで「もう食べられない」と言った。
食欲がないのに半分も頑張って食べたのを褒めてから、薬を飲ませる。
すると、サリサはゆっくりと身体をベッドに横たえた。
ギルガメッシュは侍女を呼び、片付けを頼んで彼女の元に戻る。
「ねぇ、ギルガメッシュ」
「ん?なんだ??」
彼が返事をすると、サリサは布団から手を出しギルガメッシュに伸ばした。
「眠るまで、手を握ってくれる??」
「あぁ」
彼女の手を握る。
「ありがとう」
安心したように目を閉じる。
そして、ギルガメッシュは彼女が寝付くまで、空いている手で頭を撫でた。
**********
ふと、ファリスは目を覚ました。
視界に入ったのは豪華な天井。
一瞬、自分のいる場所が何処か分からなかったが、すぐにタイクーンの自分の部屋だと思い出した。
「なんで、ここにいるんだ??」
記憶を探っていると、右手を強く握られていることに気がついた。
見ると、そこには自分の手を握り椅子に座ったまま寝ているギルガメッシュの姿があった。
(そうか、俺、アジトで気を失って…)
そこで自分の記憶が完全に途絶えていた。
その間に、彼が自分をタイクーンまで運んだと言うことは想像がついた。
(心配かけちまったな…)
無理をして自ら体調を悪化させた事を少し後悔した。
ファリスは彼から手を離し上半身を起こすと、自分の掛け布団から薄手の毛布を1枚引っ張り出し、ギルガメッシュの体に掛ける。
そして、机の上に置いてあった体温計を手に取り、熱を計る。
結果は少し高めではあるが、平熱の範囲内に治まっていた。
そこで、ある疑問が湧き上がった。
あれほど数日続いてた熱が、寝てるだけで下がるわけが無い。
下がったという事は、自分は薬を飲んだ可能性がある。
だとしたら、いつ薬を飲んだのか??
寝ている人間に薬を飲ませるのは不可能だ。
なら、一体いつ………
必死に記憶を探るが、アジトで気を失ってから今目覚めるまでの記憶は全くない。
色々と思考を巡らせていると、ギルガメッシュが起きたようだった。
「よぅ、ギルガメッシュ」
「ファリス!?」
彼女の姿を見た途端、彼は勢いよく立ち上がり、彼女の元へ駆け寄った。
「大丈夫なのか??」
「あぁ、熱は下がってる」
「そうか!!」
ギルガメッシュはホッとした表情を見せた。
「心配かけてすまなかった」
「全くだ、次からは少しでも様子がおかしいと思ったら、どんな手を使ってでも止めるからな!!」
少し怒ってるように言うギルガメッシュに、苦笑いをしながら「あぁ」と答えた。
そして、ファリスはずっと思っていた疑問をぶつけた。
「なぁ、俺、アジトで気を失ってからの記憶が今目覚めるまで全くないんだ、その間に俺が目覚める事ってあったか??」
その言葉に、ギルガメッシュは驚いた。
「お前さん、覚えてないのか??」
「あぁ。でも、そう言うって事は、1度目が覚めてるんだな??」
すると、ギルガメッシュはその時の自分自身の様子を説明し始めた。
それを聞いて、ファリスはどんどん恥ずかしくなり、説明が終わると同時に顔を真っ赤にしながら言った。
「おい、子分達にこの事は絶対に言うなよ!!」
「言う訳ないだろ。知ってるのは俺様だけで十分だ!!」
「お前も忘れろっ!!」
「なんでだよ!!」
「俺自身が覚えてねぇんだから、お前も忘れろ!!いいな!!」
「なんだよそれ!!」
「船長命令だ!!」
そんな言い合いをしていると、ノックと共にレナが部屋に入ってきて「まだ熱が下がっただけで、完全に治ってないんだから」と注意され、ファリスは渋々ベッドに戻った。
結局、サリサに戻っていた時の事は他言しなければいいと言うことで収まったのだった。
「あぁ、分かった」
船長室から出てきたファリス。
ギルガメッシュは彼女を見て、心なしか顔色が悪いように感じた。
「ファリス、お前、どこか調子悪いんじゃ…」
「気のせいだろ」
ファリスはいつものように、ツカツカと甲板に出ていく。
「野郎ども!!今日もよくやった!!これからしばらく休暇にする!!各自町に出て好きに過ごせ!!」
「アイアイサー!!」
アジトから子分たちが町へと繰り出し、アジトにはファリスとギルガメッシュ、いつも留守番の救護班の爺さんが残った。
それを確認したファリスは、気が抜けたのかフラフラとギルガメッシュに寄りかかった。
体が熱い。
「おい!!ファリス!!やっぱり調子悪いんじゃねぇか!!」
「うるさい…頭に響く…」
今にも足から崩れ落ちそうなファリスを抱きかかえ、彼女の部屋に行き、ベッドに寝かせる。
ギルガメッシュは救護班の爺さんを部屋に連れてき、診断を待った。
「こりゃ、今流行りの高熱が出るタイプの風邪じゃな」
「ファリスはすぐに良くなるのか??爺さん」
その言葉に、爺さんは難しい表情をする。
「普通の風邪と違って薬も違くてな。その薬はここにはないんじゃ」
「それじゃあ、どうしたら………」
顎に手を当て考え込んだギルガメッシュは、ふとある事を思いついた。
「じいさん!!今からファリス抱えてタイクーンに行ってくるぜ!!」
そう言うと、素早く毛布でファリスの体を包み、抱き抱え部屋を飛び出した。
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「たのもーっ!!」
タイクーンの城門前でギルガメッシュは叫んだ。
見張りの兵士がその声に驚き、何事かと駆け寄ってきた。
「ギルガメッシュ殿!!それに、サリサ様!?」
「すまねぇ!!詳しい話はあとだ!!レナ王女に合わせてくれ!!」
ファリスの様子が只事では無いと判断した兵士は「かしこまりました!!」と慌てて門を開け、2人を通した。
城内に入り、真っ直ぐ王の間まで走り勢いよく扉を開ける。
突然大きな音を立てて開かれた扉に、玉座に座っていたレナは驚いた。
近衛兵が、すかさず一斉にレナを守る体制に入った。
「驚かせてすまねぇ!!緊急事態だ!!」
「ギルガメッシュ!!それに姉さん!?」
レナは近衛兵を制して、ギルガメッシュの元へ駆け寄った。
「さっき航海を終えて戻ってきたら、高熱を出して倒れたんだ。救護の爺さんが言うには、最近の流行病らしいんだ」
「わかったわ。すぐにお医者様を呼びましょう。大臣お願い」
レナの言葉に大臣は「かしこまりました」と大慌てで部屋から出ていった。
「ギルガメッシュ、姉さんの部屋に案内するわ」
「頼む」
レナに案内され部屋に入ると、ファリスをベッドに寝かせる。
すると、侍女達が氷嚢や体温計、着替えとタオルを持って入ってきた。
着替えをさせる為、レナとギルガメッシュは一旦部屋の外で待機させられた。
少しの沈黙があってから、ギルガメッシュは口を開いた。
「レナ、すまねぇ。俺がついていながら…」
「あなたのせいじゃないわ、ギルガメッシュ。病気は防ごうと思っても、なかなか防げないものよ」
「いや、実は航海に出る直前から、少し様子がおかしかったんだ。でも、聞いても「なんともない」「気のせいだ」しか言わなくてよ。航海中も、戦闘以外はずっと船長室に籠ってたから、その時から体調が悪かったんだと思うんだ」
ギルガメッシュは「俺が強く止めていれば…」と申し訳なさそうに言った。
「ギルガメッシュ、姉さんは強く止めても出航したと思うわ。どんな事があっても、狙った獲物を逃がさない人だから。確かに出航せずに大人しく休んでいれば、多少は違ったかもしれないけれど…。でも、それをギルガメッシュが気に病むことはないわ」
レナの言葉に、ギルガメッシュは弱々しく笑みを浮かべ「ありがとな」と言った。
そんな会話をしていると、部屋から侍女達が出てき始めた。
「サリサ様のお着替え等が終わりました」
「ありがとう、皆手洗いうがいをきちんとね」
「はい」
仕事を終えた侍女達は、その場を後にした。
すると、今度は大臣がやってきた。
「レナ様、お医者様が到着致しました」
「わかったわ、ありがとう大臣。ギルガメッシュ、姉さんについててあげて。私はお医者様を案内してくるわ」
「わかった」
部屋に戻ると、ギルガメッシュはベッドの横に椅子を持っていき座った。
ファリスは眠ってはいるが、熱が出て苦しいのか呼吸は荒かった。
彼女が無理をしてるのを止められなかった後悔が、ギルガメッシュの中に広がっていく。
(どんな手を使ってでも、航海を中止させればよかった…)
「くそっ!!」
自分の膝に拳を叩きつけた。
自責の念に駆られていると、ノック音が響き、レナと医者が入ってきた。
ギルガメッシュは医者と場所を変わり、事の経緯を説明した。
医者はそれを聞いて「分かりました、では診察します」と診察を開始した。
熱を計り、聴診器を当て、口の中を確認。
診察結果は、やはり今流行りの新型の風邪だろうとのことだった。
薬をいくつか出され、5日後にもう一度診察しに来ると言って、医者は帰っていった。
ギルガメッシュは医者に頭をさげ礼を言い、レナは医者を見送るために部屋を出ていった。
「…う、ううん…」
呻き声の方に顔を向けると、ファリスが目を覚ましたところだった。
「あ……れ??ここは??」
「お!!気がついたか!!」
ギルガメッシュが声をかけると、ファリスは顔を向けた。
「ギル……そっか、私、倒れて…」
彼女の言葉に、ギルガメッシュは耳を疑った。
(今、「私」って言わなかったか?!)
あまりの衝撃に絶句していると、レナが戻ってきた。
「姉さん気が付いたのね!!」
「…レナ」
「気分はどう??」
「まだクラクラする、でも大丈夫だよ」
その会話を聞いていて、ギルガメッシュは何となく彼女の話し方に幼さを感じ取った。
「ファリス??」
ギルガメッシュが呼んでも返事が来ない。
そのことに、流石にレナもいつもと違うことに気が付いた。
「ギルガメッシュ、ちょっと良いかしら??」
「あ、あぁ」
立ち上がろうとした瞬間、咄嗟に腕を掴まれた。
見ると、ファリスが両手でしっかりと腕を掴んでいた。
「やだっ!!どこ行くの!?私を1人にしないでぇ!!」
言って涙をボロボロ流す彼女に、ギルガメッシュはどうしたらいいのか分からず固まっていた。
見かねたレナが声をかける。
「姉さん、少しの時間だけ待っててくれないかしら??ギルガメッシュとお話があるの。すぐ戻ってくるから、ね??」
小さな子供に言い聞かせるように、優しく言った。
すると、彼女は「わかった」と手を離した。
「すぐ戻ってくるから、いい子にしててな」
「……うん」
その言葉を聞いて、ギルガメッシュとレナは部屋を出た。
「なぁレナ、あれはいったい…」
困惑した表情で、ギルガメッシュは聞いた。
「たぶんだけど、記憶が混乱してるんじゃないかしら??今の姉さんは、小さい頃のサリサに戻ってる」
「なるほど、だからファリスって呼んでも返事がないわけか…」
恐らく、長い時間高熱に晒されていたせいで気が弱り、不安の念が彼女の精神を幼児後退させたのだろう。
「元気になれば今の姉さんに戻ると思う。だから、今はサリサって呼んであげて」
「わかった」
返事をすると、レナがクスッと笑った。
「なんだ??」
「ごめんなさい、なんだかギルガメッシュが羨ましくて」
「??」
レナの言葉がよく分からず首を傾げていると、レナが説明してくれた。
「姉さんね、小さい頃熱を出すと一番大好きな人に付いててもらわないと寝れなかったみたいなの」
レナは優しい笑顔で言葉を続ける。
「当時は、お父様か世話役のジェニカが付いてないと、ずっと泣いて大変だったらしいわ。そして、姉さんは今ギルガメッシュに傍にいて欲しいって言ってる。私じゃなくて、ね」
「なるほど、そういう事か…」
その言葉で納得した。
「少し妬けちゃった」
レナは少し寂しそうに笑った。
「すまねぇ。その代わり、ファリス大事にするからよ」
「ええ、お願いねギルガメッシュ」
ニッコリ微笑んだ。ちょうどそこに通りかかった侍女に、レナはファリスの食事を持ってくるように頼んだ後、公務があるからと戻っていった。
「サリサ」
部屋に戻って、彼女の本名を呼んでみる。
「あ、ギルガメッシュ、おかえりなさい」
ホッとした表情をする彼女に「いい子にしてたか??」と言って、椅子に腰を下ろした。
彼女は「うん」と言って微笑んだ。
それがなんとも言えず可愛らしく、抱き締めたい衝動に駆られたが、ぐっと堪えた。
「えらいな」
そう言って彼女の頬を撫でた。
「えへへっ」
と、嬉しそうに無邪気な笑顔を浮かべる。
自分の知らない幼い彼女を目のあたりにして、ギルガメッシュは戸惑いと嬉しさが入り交じっていた。
「ねぇ、ギルガメッシュ」
「ん?なんだ??」
「私ね、お父様とジェニカとレナが大好きなんだ」
「そうか」
無邪気に話す彼女につられて、優しい笑顔で返事をする。
「でもね、今、私が一番大好きなのはね、ギルガメッシュなの」
少し照れながら言う彼女に、ギルガメッシュは「ありがとな」と言って頭を撫でた。
「ねぇ、ギルガメッシュは誰が一番大好きなの??」
聞かれて一瞬驚いたが、彼はすぐに答えた。
「お前さんが一番大好きで、一番大切だ」
彼女の目を真っ直ぐ見て、優しく、そしてハッキリとした声で言うと、彼女は満面の笑みで「嬉しい」と答えた。
(昔のファリスは、こんなに素直だったんだな)
誰からも愛されていたに違いない。でなければ、こんな素直に気持ちを話すような子にはならない。
そんな子が、海に落ち、そのショックで記憶を失い、荒くれの海賊の中で育った苦労を想像し、ギルガメッシュは胸が苦しくなった。
そうこうしていると、侍女が食事と薬を持って現れた。
「サリサ、食べられるか??」
「あまり食べたくない、でも、食べないと元気にならないんだよね??」
「そうだな、薬も飲めないし…」
「…頑張って食べる。早く元気になりたいもん」
「えらいな、起き上がれるか??」
「うん」
サリサはゆっくりと上半身を起こす。
机に置かれたトレイから、ミルク粥とスプーンを手に取った。
「ギルガメッシュ」
「なんだ?」
椅子に座り、ミルク粥を冷ましていたギルガメッシュは顔をあげた。
「食べさせてほしいな…」
上目遣いで言われ、ギルガメッシュは心の中で悶絶していた。
相手が病人でなければ、そのままキスして押し倒していただろう。
(これは、なんの拷問だ!?)
軽く頭を抱えていると、返事がないのを否定と捉えた彼女は悲しそうな表情をした。
「…ダメ…??」
「――――っ!!」
愛しい女性の普段は絶対にしない表情に、絶対に言わない言葉に、ギルガメッシュは悶えそうになったが、深呼吸をして、気持ちを落ち着かせた。
「し、しかたねぇな。ほれ、あーん」
ミルク粥を載せたスプーンを彼女の口元に持って行く。
それをサリサは嬉しそうに口にする。
「よく噛むんだぞ」
「うん」
やはり、熱で身体を動かすのがしんどいのか、ゆっくりとした動作で食べていた。
そして、ミルク粥を半分ほど食べたあたりで「もう食べられない」と言った。
食欲がないのに半分も頑張って食べたのを褒めてから、薬を飲ませる。
すると、サリサはゆっくりと身体をベッドに横たえた。
ギルガメッシュは侍女を呼び、片付けを頼んで彼女の元に戻る。
「ねぇ、ギルガメッシュ」
「ん?なんだ??」
彼が返事をすると、サリサは布団から手を出しギルガメッシュに伸ばした。
「眠るまで、手を握ってくれる??」
「あぁ」
彼女の手を握る。
「ありがとう」
安心したように目を閉じる。
そして、ギルガメッシュは彼女が寝付くまで、空いている手で頭を撫でた。
**********
ふと、ファリスは目を覚ました。
視界に入ったのは豪華な天井。
一瞬、自分のいる場所が何処か分からなかったが、すぐにタイクーンの自分の部屋だと思い出した。
「なんで、ここにいるんだ??」
記憶を探っていると、右手を強く握られていることに気がついた。
見ると、そこには自分の手を握り椅子に座ったまま寝ているギルガメッシュの姿があった。
(そうか、俺、アジトで気を失って…)
そこで自分の記憶が完全に途絶えていた。
その間に、彼が自分をタイクーンまで運んだと言うことは想像がついた。
(心配かけちまったな…)
無理をして自ら体調を悪化させた事を少し後悔した。
ファリスは彼から手を離し上半身を起こすと、自分の掛け布団から薄手の毛布を1枚引っ張り出し、ギルガメッシュの体に掛ける。
そして、机の上に置いてあった体温計を手に取り、熱を計る。
結果は少し高めではあるが、平熱の範囲内に治まっていた。
そこで、ある疑問が湧き上がった。
あれほど数日続いてた熱が、寝てるだけで下がるわけが無い。
下がったという事は、自分は薬を飲んだ可能性がある。
だとしたら、いつ薬を飲んだのか??
寝ている人間に薬を飲ませるのは不可能だ。
なら、一体いつ………
必死に記憶を探るが、アジトで気を失ってから今目覚めるまでの記憶は全くない。
色々と思考を巡らせていると、ギルガメッシュが起きたようだった。
「よぅ、ギルガメッシュ」
「ファリス!?」
彼女の姿を見た途端、彼は勢いよく立ち上がり、彼女の元へ駆け寄った。
「大丈夫なのか??」
「あぁ、熱は下がってる」
「そうか!!」
ギルガメッシュはホッとした表情を見せた。
「心配かけてすまなかった」
「全くだ、次からは少しでも様子がおかしいと思ったら、どんな手を使ってでも止めるからな!!」
少し怒ってるように言うギルガメッシュに、苦笑いをしながら「あぁ」と答えた。
そして、ファリスはずっと思っていた疑問をぶつけた。
「なぁ、俺、アジトで気を失ってからの記憶が今目覚めるまで全くないんだ、その間に俺が目覚める事ってあったか??」
その言葉に、ギルガメッシュは驚いた。
「お前さん、覚えてないのか??」
「あぁ。でも、そう言うって事は、1度目が覚めてるんだな??」
すると、ギルガメッシュはその時の自分自身の様子を説明し始めた。
それを聞いて、ファリスはどんどん恥ずかしくなり、説明が終わると同時に顔を真っ赤にしながら言った。
「おい、子分達にこの事は絶対に言うなよ!!」
「言う訳ないだろ。知ってるのは俺様だけで十分だ!!」
「お前も忘れろっ!!」
「なんでだよ!!」
「俺自身が覚えてねぇんだから、お前も忘れろ!!いいな!!」
「なんだよそれ!!」
「船長命令だ!!」
そんな言い合いをしていると、ノックと共にレナが部屋に入ってきて「まだ熱が下がっただけで、完全に治ってないんだから」と注意され、ファリスは渋々ベッドに戻った。
結局、サリサに戻っていた時の事は他言しなければいいと言うことで収まったのだった。
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