偶奇
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それは、一瞬の出来事であった。
カチリ、とダイアルが合わさるかのように視線と視線が重なる。
その途端、私の脳髄に火花が飛び散り、そのままセカイはドロドロと溶けていった。
「おはよう」
「……っひ」
目を開けると、見ず知らずの青年が私のことを覗き込んでいた。髪も肌も白い、生気の感じられない幽霊のような青年。
それを目にするのと同時か、それよりも一瞬早くか。強烈な甘い柑橘系の匂いが鼻奥を突き刺し、心臓がドクドクと早鐘を打ち始める。それに合わせ、自ずと呼吸も早まる。顔が、頭が熱を帯び、何もかもがぼやけて見える。身体が、何かを欲しているのがわかる。下腹部がキュンと甘い痛みを発した。
「キミにもさっき抑制剤を打ってもらったんだけどなぁ、効きが悪いみたいだね」
その見知らぬ青年はさも当然のように私の額に触れ、まだ熱いねと破顔した。彼の行動によって、柑橘類の匂いはより強くなったように感じた。香水を付けすぎると吐き気を催すように、その柑橘系の匂いは良い香りなのに強すぎて、今にも嘔吐いてしまいそうだ。
「ここは保健室だよ。といっても、本科校舎のだけどね」
「ほんか、こうしゃ……?」
「そう。あは、まだ頭が働いていないみたいだね……」
喉乾いたでしょう、私の返事を待たずして青年はペットボトルに口をつけ、それを傾ける。そして私の顎を掴み、青年の顔が私に近付く。私の唇に柔い感触の何かが当たる。そして咥内に生温い液体が流れ込んでくる。私は雛鳥のように、与えられたものをただ飲み込むことしか出来ない。やがて顔は離され、それと同時に唇の柔い感触もなくなる。
「キミみたいな予備学科の人間に対して、こんな気持ちを抱くことになんて屈辱すぎるよ。でも、これが本能ってものなのかも、しれないね」
なにをいっているのだろう、このひとは。
熱で融けきった頭では、うまく物事を考えることが出来ない。
また目の前が、ゆっくりと暗くなっていく。その中で青年の顔だけが白く浮き上がっていた。
再び目を開くと、天井が見えた。全身が煮えたぎる様な熱は冷めきっていて、頭も先程よりは冴えていた。
おもむろに上半身をベッドから起き上がらせると、ベッド隣の椅子に腰掛け本を読んでいた青年が、私の方へ目を向ける。白い肌に白い髪、おそらく、先程の彼だ。
「あれ、起きたんだね。どう? さすがに落ち着いた?」
「ええ、えっと……、あなた、先程もいてくださった方ですよね」
「さっきのこと、覚えてるの?」
「途切れ途切れだけど……」
「そう、それならよかったよ」
よく見ると、否、よく見なくても、その青年は非常に端正な顔立ちをしていることがありありと分かった。そして、本科生の証である、焦茶色の制服を着ていることにも気がつく。先程までは身体の熱さに脳髄を翻弄されていたせいで、気にかける余裕がなかった。というか、何も考えることが出来なかった。
体調が正常に戻ったことで、頭の中を様々な疑問が駆け巡る。私は早口で、隣の青年にそれを吐き出す。
「それで……、どうして私は本科の保健室なんかに? 私、ここに来る前のこと、何も覚えていないんです。それに、あなたはどうしてずっと私の傍に着いていてくれるんですか? 別に面識があるという訳でもないのに。そしてあなたはどなたですか?」
青年は気だるげに頭を搔くと、一つ溜息を吐いた。そして言い淀みながらもゆっくりと言葉を発する。
「ううん……、まず、ボクは狛枝凪斗、制服から分かると思うけど、本科生で三年だ。キミは苗字さんね、申し訳ないけど勝手に生徒手帳を拝見したよ」
「いや、それは全然大丈夫ですけど……」
「うん、分かってる、……じゃあまず単刀直入に聞くけど、キミ、オメガでしょ?」
「……?」
青年は私の返答を期待するかのように、じっと私を見つめる。
青年の問い掛けと先程の私の疑問のどこに関連性があるのか、点と点が繋がらずに眉を顰める。大体、人に、しかも大して親密ではない人に対し、第二性を問うのはタブーであるはずなのに。けれど、特段隠す意味はないし、何より相手は偉大なる本科生様である。私は素直に応えることにした。
「まだわかっていません」
「なにそれ? そんなことってあるの?」
「……私は一年生なので、検査は来月なんです」
「……なるほどね」
彼は困惑したかのように首を振って、再度溜息を吐く。
第二性の特徴は、思春期から青年期にかけて顕になっていくため、第二性検査は高校一年生の九月までに全員が受けるように国で定められており、基本的には学校で集団検査を受けるのが一般的である。
今は四月で、予備学科で第二性検査が集団で行われるのは五月。だから、私が自身の第二性を知らないのも当然のことであった。
といっても、第二性検査など一般的な学生にとっては殆ど関係の無い話だ。何故ならば、アルファという存在は本当に貴重で、数千人に一人いるかいないかだからだ(本科生に限ってアルファの比率が跳ね上がっているらしいが、そんなことは予備学科生には関係がない)。オメガに関してはさらに貴重で、一万人に一人程の割合しか存在しない。基本的には皆、無個性の象徴のベータである。だから、ほぼ無意味であろう検査の為だけに痛みを伴う採血をせねばならぬ事を嫌がる学生は多い。私もその一人だ。
「……それが、なんだって言うんですか?」
「キミはオメガなんだよ。それで、ボクはアルファなんだ。これで多少は状況が理解できるかな?」
「……私が、オメガ?」
「そう」
唐突すぎることを言われ、耳にした言葉を脳内でうまく咀嚼することが出来ない。
オメガ? 私が? 無個性である私が? 数万人に一人のオメガ? なんで? どうして? 嘘でしょ?
一瞬にして、様々な言葉が脳内に生まれていく。けれど、それすらもうまく整理することが出来ない。
そんな私を無視して、青年は言葉を繋げていく。
「キミはボクのフェロモンで倒れたんだよ、今は抑制剤を沢山追加したから大丈夫だけど。ボクもキミのフェロモンで我を失いそうになった、まあボクは抑制剤を持ち歩いてるからさ、すぐに飲んで無事だったんだけど」
キミのフェロモンが強すぎて指定量の三倍飲んだんだよ、と彼は肩を竦めた。
「私は……、その、オメガで確定なんですか?」
「うん、そうじゃなかったらボクと目が合っただけで倒れ込んだりはしないよ。それにさっき、超高校級の保健委員さんにキミのことを診てもらったけど、症状的にオメガで確定みたい。第二性の抑制剤は本科校舎にしか置かれていないからさ、だからキミをここに連れてきたんだ」
その言葉で、私は心臓が鷲掴みされているような絶望感を感じた。思わず足にかかっている毛布を強く握り、皺を作ってしまう。
オメガはヒートなどがあることから、社会で生きていく上でハンデが大きい。ヒートで見ず知らずのアルファを寄せ付けてしまうこともある。だからこそ、私は絶対にオメガにだけはなりたくなかった、それなのに——。目の前が真っ暗になる感覚がして俯くも、彼はそれを無視して饒舌に話し出す。
「あは、ボクはキミに会ったことで希望と絶望を同時に強く感じているよ! こんな経験初めてだ。キミ、オメガの自覚なかったみたいだし、年齢的にもまだオメガとしての機能はうまく働いてないでしょ? つまりヒートもまだ来ていない、それなのにボクはキミの微量なフェロモンに、キミはボクのフェロモンに惹かれた、しかもその場に倒れ込んでしまうくらいにね! それらの一連の出来事は、ボクたちが運命の番っていうことの証だよ!」
ぼんやりと靄のかかったままの頭で考える。
運命の番——、ほぼ都市伝説扱いされているが、数十万分の一の確率で出会えるらしい。遺伝子の組み合わせが上手く噛み合うことによって、お互い一目会っただけで本能が激しくアルファとオメガの二人を惹き付け合い、この人しかいないという強い確信を得るのだという。
そんな、この人と私が……。にわかに信じられない話ではあるが、先程までの自身の体調とこの人の話を照らし合わせて考えると、頭ごなしに否定することも出来ない。
押し黙る私を無視して、彼は口を動かし続ける。
「ボクはね、才能のない人間って嫌いなんだ。だから予備学科のキミなんかと運命の番だなんて信じたくないよ。でも、それ以上にキミという存在に強く惹かれているというのもまた事実で……、本当に心底絶望的な状況だよね」
「…………」
彼の話を聞けば聞くほどに頭が混乱し、言葉を正常に紡ぐことが出来ない。そんな私を置き去りにし、彼は更に衝撃的なことを発した。
「それで、君に正式にヒートが来たら、モチロンボクと番になってくれるよね?」
「は?」
私は思わず目を丸くした。
アルファがオメガの項をひと噛みするだけで、アルファとオメガの間に婚姻関係以上、それこそ死ぬ迄解けない程に強固な“番”という関係を作り出してしまう。
だから、そんな重大な事実を軽々しく述べることに驚愕してしまった。
「え、嫌ですけど……」
「はぁ? どうして? 他に彼氏でもいるわけ?」
「いや、第一私は先輩に惹かれていない、というか実感ができていないというか……。先程確かに倒れたし、その時強烈な匂いは感じました、でもその時はフェロモンが強すぎたせいで先輩に惹かれる、という所まで頭が回らなかったんです。今は抑制剤が効ききっているからか、匂いすら感じないし……」
「そっか……、じゃあ実感すればいいんだ。そうだ、そうしよう!」
彼は合点がいったかのように顔を輝かせる。なんだろう、非常に嫌な予感しかしない。
「あの……、何を考えているんですか?」
「んー、ボクはキミとすぐにでも番になりたいんだけどさ、キミはまだヒートが来ていない発達途中のオメガだから無理でしょ? だからお互い抑制剤を飲みながら何回かデートしてみて、相性を探ってみようか。抑制剤を飲まずして会ったら、まあ今日みたいなことになりかねないしね。そうすればきっと、ボクたちの相性の良さが証明出来るはずだよ」
モチロンいいよね、キミには断る筋合いは無いものね、だってボクは本科生でキミは予備学科生なんだから。先輩は唇を弧の形に歪ませながら、有無を言わせない口調で 述べた。私はそれに頷くしかなかった。
カチリ、とダイアルが合わさるかのように視線と視線が重なる。
その途端、私の脳髄に火花が飛び散り、そのままセカイはドロドロと溶けていった。
「おはよう」
「……っひ」
目を開けると、見ず知らずの青年が私のことを覗き込んでいた。髪も肌も白い、生気の感じられない幽霊のような青年。
それを目にするのと同時か、それよりも一瞬早くか。強烈な甘い柑橘系の匂いが鼻奥を突き刺し、心臓がドクドクと早鐘を打ち始める。それに合わせ、自ずと呼吸も早まる。顔が、頭が熱を帯び、何もかもがぼやけて見える。身体が、何かを欲しているのがわかる。下腹部がキュンと甘い痛みを発した。
「キミにもさっき抑制剤を打ってもらったんだけどなぁ、効きが悪いみたいだね」
その見知らぬ青年はさも当然のように私の額に触れ、まだ熱いねと破顔した。彼の行動によって、柑橘類の匂いはより強くなったように感じた。香水を付けすぎると吐き気を催すように、その柑橘系の匂いは良い香りなのに強すぎて、今にも嘔吐いてしまいそうだ。
「ここは保健室だよ。といっても、本科校舎のだけどね」
「ほんか、こうしゃ……?」
「そう。あは、まだ頭が働いていないみたいだね……」
喉乾いたでしょう、私の返事を待たずして青年はペットボトルに口をつけ、それを傾ける。そして私の顎を掴み、青年の顔が私に近付く。私の唇に柔い感触の何かが当たる。そして咥内に生温い液体が流れ込んでくる。私は雛鳥のように、与えられたものをただ飲み込むことしか出来ない。やがて顔は離され、それと同時に唇の柔い感触もなくなる。
「キミみたいな予備学科の人間に対して、こんな気持ちを抱くことになんて屈辱すぎるよ。でも、これが本能ってものなのかも、しれないね」
なにをいっているのだろう、このひとは。
熱で融けきった頭では、うまく物事を考えることが出来ない。
また目の前が、ゆっくりと暗くなっていく。その中で青年の顔だけが白く浮き上がっていた。
再び目を開くと、天井が見えた。全身が煮えたぎる様な熱は冷めきっていて、頭も先程よりは冴えていた。
おもむろに上半身をベッドから起き上がらせると、ベッド隣の椅子に腰掛け本を読んでいた青年が、私の方へ目を向ける。白い肌に白い髪、おそらく、先程の彼だ。
「あれ、起きたんだね。どう? さすがに落ち着いた?」
「ええ、えっと……、あなた、先程もいてくださった方ですよね」
「さっきのこと、覚えてるの?」
「途切れ途切れだけど……」
「そう、それならよかったよ」
よく見ると、否、よく見なくても、その青年は非常に端正な顔立ちをしていることがありありと分かった。そして、本科生の証である、焦茶色の制服を着ていることにも気がつく。先程までは身体の熱さに脳髄を翻弄されていたせいで、気にかける余裕がなかった。というか、何も考えることが出来なかった。
体調が正常に戻ったことで、頭の中を様々な疑問が駆け巡る。私は早口で、隣の青年にそれを吐き出す。
「それで……、どうして私は本科の保健室なんかに? 私、ここに来る前のこと、何も覚えていないんです。それに、あなたはどうしてずっと私の傍に着いていてくれるんですか? 別に面識があるという訳でもないのに。そしてあなたはどなたですか?」
青年は気だるげに頭を搔くと、一つ溜息を吐いた。そして言い淀みながらもゆっくりと言葉を発する。
「ううん……、まず、ボクは狛枝凪斗、制服から分かると思うけど、本科生で三年だ。キミは苗字さんね、申し訳ないけど勝手に生徒手帳を拝見したよ」
「いや、それは全然大丈夫ですけど……」
「うん、分かってる、……じゃあまず単刀直入に聞くけど、キミ、オメガでしょ?」
「……?」
青年は私の返答を期待するかのように、じっと私を見つめる。
青年の問い掛けと先程の私の疑問のどこに関連性があるのか、点と点が繋がらずに眉を顰める。大体、人に、しかも大して親密ではない人に対し、第二性を問うのはタブーであるはずなのに。けれど、特段隠す意味はないし、何より相手は偉大なる本科生様である。私は素直に応えることにした。
「まだわかっていません」
「なにそれ? そんなことってあるの?」
「……私は一年生なので、検査は来月なんです」
「……なるほどね」
彼は困惑したかのように首を振って、再度溜息を吐く。
第二性の特徴は、思春期から青年期にかけて顕になっていくため、第二性検査は高校一年生の九月までに全員が受けるように国で定められており、基本的には学校で集団検査を受けるのが一般的である。
今は四月で、予備学科で第二性検査が集団で行われるのは五月。だから、私が自身の第二性を知らないのも当然のことであった。
といっても、第二性検査など一般的な学生にとっては殆ど関係の無い話だ。何故ならば、アルファという存在は本当に貴重で、数千人に一人いるかいないかだからだ(本科生に限ってアルファの比率が跳ね上がっているらしいが、そんなことは予備学科生には関係がない)。オメガに関してはさらに貴重で、一万人に一人程の割合しか存在しない。基本的には皆、無個性の象徴のベータである。だから、ほぼ無意味であろう検査の為だけに痛みを伴う採血をせねばならぬ事を嫌がる学生は多い。私もその一人だ。
「……それが、なんだって言うんですか?」
「キミはオメガなんだよ。それで、ボクはアルファなんだ。これで多少は状況が理解できるかな?」
「……私が、オメガ?」
「そう」
唐突すぎることを言われ、耳にした言葉を脳内でうまく咀嚼することが出来ない。
オメガ? 私が? 無個性である私が? 数万人に一人のオメガ? なんで? どうして? 嘘でしょ?
一瞬にして、様々な言葉が脳内に生まれていく。けれど、それすらもうまく整理することが出来ない。
そんな私を無視して、青年は言葉を繋げていく。
「キミはボクのフェロモンで倒れたんだよ、今は抑制剤を沢山追加したから大丈夫だけど。ボクもキミのフェロモンで我を失いそうになった、まあボクは抑制剤を持ち歩いてるからさ、すぐに飲んで無事だったんだけど」
キミのフェロモンが強すぎて指定量の三倍飲んだんだよ、と彼は肩を竦めた。
「私は……、その、オメガで確定なんですか?」
「うん、そうじゃなかったらボクと目が合っただけで倒れ込んだりはしないよ。それにさっき、超高校級の保健委員さんにキミのことを診てもらったけど、症状的にオメガで確定みたい。第二性の抑制剤は本科校舎にしか置かれていないからさ、だからキミをここに連れてきたんだ」
その言葉で、私は心臓が鷲掴みされているような絶望感を感じた。思わず足にかかっている毛布を強く握り、皺を作ってしまう。
オメガはヒートなどがあることから、社会で生きていく上でハンデが大きい。ヒートで見ず知らずのアルファを寄せ付けてしまうこともある。だからこそ、私は絶対にオメガにだけはなりたくなかった、それなのに——。目の前が真っ暗になる感覚がして俯くも、彼はそれを無視して饒舌に話し出す。
「あは、ボクはキミに会ったことで希望と絶望を同時に強く感じているよ! こんな経験初めてだ。キミ、オメガの自覚なかったみたいだし、年齢的にもまだオメガとしての機能はうまく働いてないでしょ? つまりヒートもまだ来ていない、それなのにボクはキミの微量なフェロモンに、キミはボクのフェロモンに惹かれた、しかもその場に倒れ込んでしまうくらいにね! それらの一連の出来事は、ボクたちが運命の番っていうことの証だよ!」
ぼんやりと靄のかかったままの頭で考える。
運命の番——、ほぼ都市伝説扱いされているが、数十万分の一の確率で出会えるらしい。遺伝子の組み合わせが上手く噛み合うことによって、お互い一目会っただけで本能が激しくアルファとオメガの二人を惹き付け合い、この人しかいないという強い確信を得るのだという。
そんな、この人と私が……。にわかに信じられない話ではあるが、先程までの自身の体調とこの人の話を照らし合わせて考えると、頭ごなしに否定することも出来ない。
押し黙る私を無視して、彼は口を動かし続ける。
「ボクはね、才能のない人間って嫌いなんだ。だから予備学科のキミなんかと運命の番だなんて信じたくないよ。でも、それ以上にキミという存在に強く惹かれているというのもまた事実で……、本当に心底絶望的な状況だよね」
「…………」
彼の話を聞けば聞くほどに頭が混乱し、言葉を正常に紡ぐことが出来ない。そんな私を置き去りにし、彼は更に衝撃的なことを発した。
「それで、君に正式にヒートが来たら、モチロンボクと番になってくれるよね?」
「は?」
私は思わず目を丸くした。
アルファがオメガの項をひと噛みするだけで、アルファとオメガの間に婚姻関係以上、それこそ死ぬ迄解けない程に強固な“番”という関係を作り出してしまう。
だから、そんな重大な事実を軽々しく述べることに驚愕してしまった。
「え、嫌ですけど……」
「はぁ? どうして? 他に彼氏でもいるわけ?」
「いや、第一私は先輩に惹かれていない、というか実感ができていないというか……。先程確かに倒れたし、その時強烈な匂いは感じました、でもその時はフェロモンが強すぎたせいで先輩に惹かれる、という所まで頭が回らなかったんです。今は抑制剤が効ききっているからか、匂いすら感じないし……」
「そっか……、じゃあ実感すればいいんだ。そうだ、そうしよう!」
彼は合点がいったかのように顔を輝かせる。なんだろう、非常に嫌な予感しかしない。
「あの……、何を考えているんですか?」
「んー、ボクはキミとすぐにでも番になりたいんだけどさ、キミはまだヒートが来ていない発達途中のオメガだから無理でしょ? だからお互い抑制剤を飲みながら何回かデートしてみて、相性を探ってみようか。抑制剤を飲まずして会ったら、まあ今日みたいなことになりかねないしね。そうすればきっと、ボクたちの相性の良さが証明出来るはずだよ」
モチロンいいよね、キミには断る筋合いは無いものね、だってボクは本科生でキミは予備学科生なんだから。先輩は唇を弧の形に歪ませながら、有無を言わせない口調で 述べた。私はそれに頷くしかなかった。
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