結局似た者同士、
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明日は待ちに待ったバレンタインデーである。
私は学園からの帰路の途中にあるデパート内の高級チョコレート店に寄り、どのチョコレートを購入しようかと一人吟味を重ねていた。
バレンタインデーが近いこともあって、平日だというのに店内は若い女性客で賑わっている。カツカツとヒールが床を弾く音がたくさん聞こえた。
客層は若者ばかりとはいえども、制服姿だったり、私服だったり、はたまたスーツ姿だったり、と多少年代には誤差がある。しかし皆、外見から裕福であることが窺い知れる身なりをしているのは同じだ。
店員さんに相談を持ちかけている高校生らしき子はお嬢様学校として知られる制服を身に纏っているし、ショーウィンドーの中を覗き込んでいるスーツ姿の女性が手にしているのは、高級ブランドのハンドバッグだ。
そして、自分で言うのも差し出がましい話だが、私もその中に混じえていて何ら遜色のない身なりをしていた。
裕福さの度合いでは、周りの人よりも劣るかもしれない。けれど私が着用している茶色のブレザーと赤いリボンは、私が「私立希望ヶ峰学園本科生」であることを示していて、それはこの場において誰よりも私が優れた才能の持ち主であることを顕著に表していた。
チラチラと、店内の客が私へ視線を向けているのを感じる。こうやって公共の場で注目を浴びるのは慣れた話であるにも拘わらず、心の中の底抜けの優越感がじわじわと満たされていくのを感じてしまう。この場で最も価値のある人間は私なのだと今一度確認できることが、幸せで堪らない。やはり、才能があることは素晴らしい。
視線に気づかないふりをしながら、大きなショーケース内に並ぶ数々のチョコレートボックスに目を向ける。赤、ピンク、青、緑──。色とりどりに飾り付けられたボックスの中には、これまた色とりどりに飾り付けられたチョコレートが並べられていた。艶々のチョコレートはいずれも宝石のように輝きを放っていて、それらはもはや食品というよりは芸術品に近しいものに思えた。
(狛枝くんは甘いものが苦手って言ってたし……、やっぱりビターのものがいいかな)
そういえば以前、綺麗なものが好きだと聞いた覚えもある。
彼の今までの言動を脳裏に思い浮かべながら、彼が一番好むものはどれだろうかと、ショーケースの隅々にまで目をやる。やはり好きな人には、相手がなるたけお気に召すものを渡したいものだ。数分間チョコレートたちと睨めっこをした後に、ふと一つの箱に目が止まった。
リボンのつけられた白い箱の中に、ぎっしりと一口サイズのチョコレートが詰められた一品。中のチョコレートはいずれもビター。値段は一箱五千円を超える超高級なもので、学生が購入するには敷居が高い一品だった。けれど、綺麗なものが好きで、その上甘いものが苦手な狛枝くんならきっと喜んでくれるはずだ。そう確信しながら、その箱へと手を伸ばす。
すると、後ろから突然肩をとんとん、と叩かれる感触がした。突然のことに驚いて振り返ると、目の前には私とお揃いの茶色のブレザーが。そしてそのまま目線を上に動かすと、白い綿毛みたいな髪の毛。思わずあ、と呟いてしまう。こんな綿毛みたいな髪の毛の本科性は一人しかいない、頭から顔へと目線を下げると、やっぱりそれは狛枝くんだった。
「ああ、やっぱり! 苗字さんだね」
後ろ姿を見ただけでわかったよ、と彼は仏のように穏やかな笑みを浮かべていた。これが彼の通常運転である。
まさかこんなところで会うとは思ってもいなかった私は、驚きを隠しきれずに何度も瞼をぱちくりと開閉させてしまう。
「どうしてここに?」
跳ね上がる心臓を押さえつけながら、冷静さを装いつつ訊ねると、「ちょっとした買い物だよ」と彼は持っていた紙袋を掲げて見せた。白い袋には、ハイブランドの女性向けブランドのロゴが記されていた。わざわざ聞かなくても、紙袋を目にしただけで嫌でも推測してしまう。そしてその推測は、ほぼ事実で間違いがない。彼が購入したのは女性に向けてのプレゼントだろう。以前彼女はいないと言っていたから、狛枝くんが好意を寄せている女性に向けてのものだろうな。もしかしたら、バレンタインを機に告白するのかもしれない。……逆バレンタイン、とかいうやつだろうか。
「……それ、女の子へのプレゼント?」
「うん、どうだよ」
隠す様子もなく、狛枝くんはからからと楽しげに笑った(別に楽しいわけではないのだと思う、彼は常々そんな感じだ)。
彼へ贈るべく本命チョコレートを選んでいた最中だったというのに、既に振られた気分になってしまう。相手は一体、クラスメイトの誰なのだろうか。変わっていると評されがちだが容姿端麗な彼のことだから、先輩か後輩の可能性もあり得る。彼は恋愛に関わりのない人だと思っていたのに。心臓がぎゅっと強く鷲掴みにされる感覚に襲われるが、どうにか振る舞いに出ないよう平静を保った。
「私、狛枝くんに好きな人がいるだなんて知らなかったよ」
「うん、言ってないからね」
私よりずっと背の高い彼は、自然に私を見下ろす姿勢となる。それでも威圧感はまるでなくて、小動物を見るかのような優しい目つきで彼は問う。
「キミは……、いや、ボクなんかのことなんか何でもいいんだけどさ。それで、どうしてチョコレートなんか選んでるの?」
「え、えーと……、ちょっと人に渡そうと思っていてね。でも今日はもういいかな、なんだか面倒くさくなっちゃった」
本当は狛枝くんのために選んでいたのだけれど、という言葉は呑み込んだ。だって、それを告げてしまったら私が彼のことを好きだということまで気付かれてしまうだろう。義理相手に向けて、こんな高級店でプレゼントを購入しようとする女性など絶対にいない、断言できる。もちろん、ソニアさんレベルのお嬢様となれば話は別かもしれないけれども。
狛枝くんは私の言葉を聞くと、一瞬不思議そうな顔をして首を傾げた。しかしすぐに元の笑顔に戻ると、「ふぅん、そっか」とだけ呟いて、それ以上追及することはなかった。
「じゃあさ、ちょっと一緒についてきてくれないかな? 苗字さんに話したいことがあってね」
「え、う、うん、いいけど……」
これまた唐突で意図の見えないことを言われ、少し戸惑う。
というか狛枝くんには本命の女性がいるはずで、そんな状況で私と二人きりでデートだなんていいのだろうか。それは本命の女性に対しての裏切りなのではないか。
そう思いつつも、好きな人からの誘いを拒めるほど、私は他人本意で動く人間ではなければ、意志の強い人間でもない。ここは素直に彼の言葉に従うことにした。
[newpage]
狛枝くんの誘いのままに、私たちはデパート内にある喫茶店へと場所を移した。
そこは落ち着いた雰囲気のある、上品な空間だった。店内にはジャズの音楽が流れていて、席ごとに仕切りがあるおかげでプライベートが保たれている。混雑したデパート内とは対照的に、ここだけはゆっくりと時間が流れているように思えた。
「ここなら落ち着いて話せるかな」
狛枝くんはコーヒーカップを口へ運んだ。やはり甘みのあるものは苦手なのか、彼が選んだのはブラックコーヒーだった。
一方、私はロイヤルミルクティーを頼んだ。にも拘らず、私はどう振舞えばいいのか分からなくて、折角頼んだお茶には一切口をつけられていない。そもそも、狛枝くんが私をここまで連れてきた理由は何なのだろうか。
一体なんの話なのだろう、と不安になる。告白の手伝いをしろ、とか? 考えただけで嫌な気持ちになる。流石にライトノベルのように、ここで「実はキミが好きだったんだ……」だなんて告白される展開には、なるわけがない。悲しいことに、私は彼のような絶対的な幸運の才能は持ち合わせていなかった。
彼はいつも通りの穏やかな表情を浮かべているが、これまたいつも通り、その瞳の奥底に何が潜んでいるかは読み解けない。彼はそういう人だ。
狛枝くんは無言でちびちびとコーヒーに口をつけていたが、不意に顔を上げて、言った。
「キミにさっき聞かれたことをそのまま鸚鵡返しするけれど、キミには好きな人がいるのかな?」
「え?」
「だって、こんな時期にチョコレートを買いに来てるだなんて、……目的は一つでしょ?」
もう一口、彼はコーヒーを口に含んだ。
白濁のお茶が並々と注がれたままとなっている私のティーカップの中とは対照的に、先程一口で狛枝くんのティーカップの中は空になってしまった。はあ、と一つため息をついてから、彼は口を開く。
「ボクはキミのことが好きだよ」
「……。……え? え?」
「だからさ、……ボクと付き合ってよ」
「……」
「あれ、聞こえなかった?」
「……き、」
「うん?」
「……聞こえてる! ……けど」
「けど?」
「狛枝くん、さっき女の子にプレゼント買ってたよね、あれはどういうことなの? 他に好きな女の子がいるんじゃないの?」
「あれは、……キミに買ったんだけど」
そうして狛枝くんは私に紙袋を手渡す。中には綺麗にラッピングされたエメラルド色の箱が入っていた。開けてみると、一粒ダイヤの綺麗なネックレス。
「……私に!?」
「そうだけど……。あれ、なんか変かな? 小説とかだと、告白の後にこういうものを渡すシーンがあったから」
ボクは人間関係を構築した経験が乏しいから、一般的な告白の仕方がよく分からないんだ、と狛枝くんは肩を竦めた。…… まさか私にこんなライトノベル的な展開が訪れるだなんて。
「えっ、いや、そうじゃなくて……!」
「……やっぱり、苗字さんには他に好きな人がいるの?」
しゅん、と眉尻を下げて、親に置いていかれる子供のような顔をする狛枝くん。彼は男性で、私よりずっとずっと体格も大きいというのに、その表情がなんともいじらしくて、私は慌てて弁明を始める。
「ち、違うの! 私もずっと狛枝くんのことが好きで……、今日チョコレートを選んでいたのだって、狛枝くんに渡そうと思って……、でも狛枝くん、他に好きな女の子がいるのかなって……」
「ああそうなんだ! なんだ、不安になって損したよ」
狛枝くんは先程との表情とは一変して、心底嬉しそうに笑みを浮かべる。ここまで切り替えが早いなんて──、やはり絶対的な幸運の持ち主だからだろう、私との件も必ず上手くいくと信じ切っていたに違いない。
入学した時からずっと、彼のことが好きだった。
勿論狛枝くんの美しい容姿も好きだが、それ以上に私は彼の独特の思想に惹かれた。みんなは彼の極端な才能至上主義を気持ち悪いものとして扱う。けれど私はそうは思わない。私は他人の目を気にしてしまって大きな声では言えないが、やはり才能こそがこの世の全てだと私は考えているし、少なからず一般の人たちもそう考えているに決まっているのだ。皆自分には才能がなくて、悔しいから才能至上主義を否定するだけで。そうでなければ、ここまで希望ヶ峰学園が大きく取り上げられることもなければ、世の中の重役として才能を有する人々が活躍することもないだろう。
正論を真っ当に主張する彼は、やはり素敵で、美しいのだ。そして彼の類稀なる才能は、彼に不幸をもたらすことはあれど、やはり貴重で、美しい。そして、才能が原因で不運に見舞われ、恵まれてるとは言い難い過去を持つことも、彼の美しさの一つだと私は考えていた。
そんな美しい人から告白してもらえるだなんて──、私自身超高校級ではあるから、彼がフリーの状態で私から告白しさえすれば、断られはしないとは思っていたけれど。
「キミの才能の輝きが、その希望がずっと好きだったんだ……、そして、ボクのことを唯一拒絶しないでいてくれるキミのことが」
じゃあボクたち付き合おうか。狛枝くんは私の手を握る。
病的に青白い皮膚で覆われた手は、意外にも温かかった。そして、硬かった。
「私もね、狛枝くんの幸運の才能が、あなたの考え方が、ずっとずっと素敵だと思ってたんだよ」
そう口にすると、狛枝くんは何それ初めて言われたよ、と顔をくしゃくしゃにして笑った。
「やっぱりボクは幸運だな」
私は学園からの帰路の途中にあるデパート内の高級チョコレート店に寄り、どのチョコレートを購入しようかと一人吟味を重ねていた。
バレンタインデーが近いこともあって、平日だというのに店内は若い女性客で賑わっている。カツカツとヒールが床を弾く音がたくさん聞こえた。
客層は若者ばかりとはいえども、制服姿だったり、私服だったり、はたまたスーツ姿だったり、と多少年代には誤差がある。しかし皆、外見から裕福であることが窺い知れる身なりをしているのは同じだ。
店員さんに相談を持ちかけている高校生らしき子はお嬢様学校として知られる制服を身に纏っているし、ショーウィンドーの中を覗き込んでいるスーツ姿の女性が手にしているのは、高級ブランドのハンドバッグだ。
そして、自分で言うのも差し出がましい話だが、私もその中に混じえていて何ら遜色のない身なりをしていた。
裕福さの度合いでは、周りの人よりも劣るかもしれない。けれど私が着用している茶色のブレザーと赤いリボンは、私が「私立希望ヶ峰学園本科生」であることを示していて、それはこの場において誰よりも私が優れた才能の持ち主であることを顕著に表していた。
チラチラと、店内の客が私へ視線を向けているのを感じる。こうやって公共の場で注目を浴びるのは慣れた話であるにも拘わらず、心の中の底抜けの優越感がじわじわと満たされていくのを感じてしまう。この場で最も価値のある人間は私なのだと今一度確認できることが、幸せで堪らない。やはり、才能があることは素晴らしい。
視線に気づかないふりをしながら、大きなショーケース内に並ぶ数々のチョコレートボックスに目を向ける。赤、ピンク、青、緑──。色とりどりに飾り付けられたボックスの中には、これまた色とりどりに飾り付けられたチョコレートが並べられていた。艶々のチョコレートはいずれも宝石のように輝きを放っていて、それらはもはや食品というよりは芸術品に近しいものに思えた。
(狛枝くんは甘いものが苦手って言ってたし……、やっぱりビターのものがいいかな)
そういえば以前、綺麗なものが好きだと聞いた覚えもある。
彼の今までの言動を脳裏に思い浮かべながら、彼が一番好むものはどれだろうかと、ショーケースの隅々にまで目をやる。やはり好きな人には、相手がなるたけお気に召すものを渡したいものだ。数分間チョコレートたちと睨めっこをした後に、ふと一つの箱に目が止まった。
リボンのつけられた白い箱の中に、ぎっしりと一口サイズのチョコレートが詰められた一品。中のチョコレートはいずれもビター。値段は一箱五千円を超える超高級なもので、学生が購入するには敷居が高い一品だった。けれど、綺麗なものが好きで、その上甘いものが苦手な狛枝くんならきっと喜んでくれるはずだ。そう確信しながら、その箱へと手を伸ばす。
すると、後ろから突然肩をとんとん、と叩かれる感触がした。突然のことに驚いて振り返ると、目の前には私とお揃いの茶色のブレザーが。そしてそのまま目線を上に動かすと、白い綿毛みたいな髪の毛。思わずあ、と呟いてしまう。こんな綿毛みたいな髪の毛の本科性は一人しかいない、頭から顔へと目線を下げると、やっぱりそれは狛枝くんだった。
「ああ、やっぱり! 苗字さんだね」
後ろ姿を見ただけでわかったよ、と彼は仏のように穏やかな笑みを浮かべていた。これが彼の通常運転である。
まさかこんなところで会うとは思ってもいなかった私は、驚きを隠しきれずに何度も瞼をぱちくりと開閉させてしまう。
「どうしてここに?」
跳ね上がる心臓を押さえつけながら、冷静さを装いつつ訊ねると、「ちょっとした買い物だよ」と彼は持っていた紙袋を掲げて見せた。白い袋には、ハイブランドの女性向けブランドのロゴが記されていた。わざわざ聞かなくても、紙袋を目にしただけで嫌でも推測してしまう。そしてその推測は、ほぼ事実で間違いがない。彼が購入したのは女性に向けてのプレゼントだろう。以前彼女はいないと言っていたから、狛枝くんが好意を寄せている女性に向けてのものだろうな。もしかしたら、バレンタインを機に告白するのかもしれない。……逆バレンタイン、とかいうやつだろうか。
「……それ、女の子へのプレゼント?」
「うん、どうだよ」
隠す様子もなく、狛枝くんはからからと楽しげに笑った(別に楽しいわけではないのだと思う、彼は常々そんな感じだ)。
彼へ贈るべく本命チョコレートを選んでいた最中だったというのに、既に振られた気分になってしまう。相手は一体、クラスメイトの誰なのだろうか。変わっていると評されがちだが容姿端麗な彼のことだから、先輩か後輩の可能性もあり得る。彼は恋愛に関わりのない人だと思っていたのに。心臓がぎゅっと強く鷲掴みにされる感覚に襲われるが、どうにか振る舞いに出ないよう平静を保った。
「私、狛枝くんに好きな人がいるだなんて知らなかったよ」
「うん、言ってないからね」
私よりずっと背の高い彼は、自然に私を見下ろす姿勢となる。それでも威圧感はまるでなくて、小動物を見るかのような優しい目つきで彼は問う。
「キミは……、いや、ボクなんかのことなんか何でもいいんだけどさ。それで、どうしてチョコレートなんか選んでるの?」
「え、えーと……、ちょっと人に渡そうと思っていてね。でも今日はもういいかな、なんだか面倒くさくなっちゃった」
本当は狛枝くんのために選んでいたのだけれど、という言葉は呑み込んだ。だって、それを告げてしまったら私が彼のことを好きだということまで気付かれてしまうだろう。義理相手に向けて、こんな高級店でプレゼントを購入しようとする女性など絶対にいない、断言できる。もちろん、ソニアさんレベルのお嬢様となれば話は別かもしれないけれども。
狛枝くんは私の言葉を聞くと、一瞬不思議そうな顔をして首を傾げた。しかしすぐに元の笑顔に戻ると、「ふぅん、そっか」とだけ呟いて、それ以上追及することはなかった。
「じゃあさ、ちょっと一緒についてきてくれないかな? 苗字さんに話したいことがあってね」
「え、う、うん、いいけど……」
これまた唐突で意図の見えないことを言われ、少し戸惑う。
というか狛枝くんには本命の女性がいるはずで、そんな状況で私と二人きりでデートだなんていいのだろうか。それは本命の女性に対しての裏切りなのではないか。
そう思いつつも、好きな人からの誘いを拒めるほど、私は他人本意で動く人間ではなければ、意志の強い人間でもない。ここは素直に彼の言葉に従うことにした。
[newpage]
狛枝くんの誘いのままに、私たちはデパート内にある喫茶店へと場所を移した。
そこは落ち着いた雰囲気のある、上品な空間だった。店内にはジャズの音楽が流れていて、席ごとに仕切りがあるおかげでプライベートが保たれている。混雑したデパート内とは対照的に、ここだけはゆっくりと時間が流れているように思えた。
「ここなら落ち着いて話せるかな」
狛枝くんはコーヒーカップを口へ運んだ。やはり甘みのあるものは苦手なのか、彼が選んだのはブラックコーヒーだった。
一方、私はロイヤルミルクティーを頼んだ。にも拘らず、私はどう振舞えばいいのか分からなくて、折角頼んだお茶には一切口をつけられていない。そもそも、狛枝くんが私をここまで連れてきた理由は何なのだろうか。
一体なんの話なのだろう、と不安になる。告白の手伝いをしろ、とか? 考えただけで嫌な気持ちになる。流石にライトノベルのように、ここで「実はキミが好きだったんだ……」だなんて告白される展開には、なるわけがない。悲しいことに、私は彼のような絶対的な幸運の才能は持ち合わせていなかった。
彼はいつも通りの穏やかな表情を浮かべているが、これまたいつも通り、その瞳の奥底に何が潜んでいるかは読み解けない。彼はそういう人だ。
狛枝くんは無言でちびちびとコーヒーに口をつけていたが、不意に顔を上げて、言った。
「キミにさっき聞かれたことをそのまま鸚鵡返しするけれど、キミには好きな人がいるのかな?」
「え?」
「だって、こんな時期にチョコレートを買いに来てるだなんて、……目的は一つでしょ?」
もう一口、彼はコーヒーを口に含んだ。
白濁のお茶が並々と注がれたままとなっている私のティーカップの中とは対照的に、先程一口で狛枝くんのティーカップの中は空になってしまった。はあ、と一つため息をついてから、彼は口を開く。
「ボクはキミのことが好きだよ」
「……。……え? え?」
「だからさ、……ボクと付き合ってよ」
「……」
「あれ、聞こえなかった?」
「……き、」
「うん?」
「……聞こえてる! ……けど」
「けど?」
「狛枝くん、さっき女の子にプレゼント買ってたよね、あれはどういうことなの? 他に好きな女の子がいるんじゃないの?」
「あれは、……キミに買ったんだけど」
そうして狛枝くんは私に紙袋を手渡す。中には綺麗にラッピングされたエメラルド色の箱が入っていた。開けてみると、一粒ダイヤの綺麗なネックレス。
「……私に!?」
「そうだけど……。あれ、なんか変かな? 小説とかだと、告白の後にこういうものを渡すシーンがあったから」
ボクは人間関係を構築した経験が乏しいから、一般的な告白の仕方がよく分からないんだ、と狛枝くんは肩を竦めた。…… まさか私にこんなライトノベル的な展開が訪れるだなんて。
「えっ、いや、そうじゃなくて……!」
「……やっぱり、苗字さんには他に好きな人がいるの?」
しゅん、と眉尻を下げて、親に置いていかれる子供のような顔をする狛枝くん。彼は男性で、私よりずっとずっと体格も大きいというのに、その表情がなんともいじらしくて、私は慌てて弁明を始める。
「ち、違うの! 私もずっと狛枝くんのことが好きで……、今日チョコレートを選んでいたのだって、狛枝くんに渡そうと思って……、でも狛枝くん、他に好きな女の子がいるのかなって……」
「ああそうなんだ! なんだ、不安になって損したよ」
狛枝くんは先程との表情とは一変して、心底嬉しそうに笑みを浮かべる。ここまで切り替えが早いなんて──、やはり絶対的な幸運の持ち主だからだろう、私との件も必ず上手くいくと信じ切っていたに違いない。
入学した時からずっと、彼のことが好きだった。
勿論狛枝くんの美しい容姿も好きだが、それ以上に私は彼の独特の思想に惹かれた。みんなは彼の極端な才能至上主義を気持ち悪いものとして扱う。けれど私はそうは思わない。私は他人の目を気にしてしまって大きな声では言えないが、やはり才能こそがこの世の全てだと私は考えているし、少なからず一般の人たちもそう考えているに決まっているのだ。皆自分には才能がなくて、悔しいから才能至上主義を否定するだけで。そうでなければ、ここまで希望ヶ峰学園が大きく取り上げられることもなければ、世の中の重役として才能を有する人々が活躍することもないだろう。
正論を真っ当に主張する彼は、やはり素敵で、美しいのだ。そして彼の類稀なる才能は、彼に不幸をもたらすことはあれど、やはり貴重で、美しい。そして、才能が原因で不運に見舞われ、恵まれてるとは言い難い過去を持つことも、彼の美しさの一つだと私は考えていた。
そんな美しい人から告白してもらえるだなんて──、私自身超高校級ではあるから、彼がフリーの状態で私から告白しさえすれば、断られはしないとは思っていたけれど。
「キミの才能の輝きが、その希望がずっと好きだったんだ……、そして、ボクのことを唯一拒絶しないでいてくれるキミのことが」
じゃあボクたち付き合おうか。狛枝くんは私の手を握る。
病的に青白い皮膚で覆われた手は、意外にも温かかった。そして、硬かった。
「私もね、狛枝くんの幸運の才能が、あなたの考え方が、ずっとずっと素敵だと思ってたんだよ」
そう口にすると、狛枝くんは何それ初めて言われたよ、と顔をくしゃくしゃにして笑った。
「やっぱりボクは幸運だな」
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