stalk
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
あの日。
私はぼんやりと行くあてもなく、ただ夜道をふらふらと歩いていた。
繁華街を少し離れた裏道で、人通りは疎らであった。義父に殴られた脇腹が、ジクジクと痛む。家にずっと軟禁されていて、金銭は全て義父が管理していたから、所持金はあまり多くない。寒い冬の夜なのに、羽織っているのは古いトレンチコート一枚だけで寒い。けれど、それは仕方のないことだ。だって、私は逃げるしかなかったのだから。
あのまま家にいれば、きっと私は殺されていた。
母親は、私が小学生の時に父と離婚した。父親は、女癖が悪くて不倫を繰り返していた。離婚の引き金となったのは、父親が不倫相手の女を妊娠させた──、とかじゃなかったっけな。まあいい、そんなことは。
その後、私と母親は女二人、貧乏だけれどそこそこ幸せな日々を送っていた、気がする。母は社会人経験がほとんどなかったけれど、毎日私のために朝も夜も働き詰めだった。けれど、親子仲は良くて、私は母のことを慕っていたし、母も私のことを愛していた。
けれど、言うまでもなく母は女性であり、男性に比べれば体力が少ないのは事実だ。それで一般の男性以上の時間を働くというのは、中々に酷なことだ。彼女は一般的な女性よりも、そこそこ顔が美しかった。だから、私が中学生になってから、彼女は顧客であった、年上の裕福な男性と結婚し、働くのをやめ、専業主婦となった。
母の約二十歳年上、離婚歴三回。不動産を多数所有しているという。
そいつは──、外面だけは良くて、初めはただの優しいおじさんだった。けれど、再婚後、急に本性を見せ始めた。
私と母に暴力を振るい出すようになったのだ。毎日些細なことで、執拗に私と母を怒鳴り、殴った。全身に青紫の痣ができた。虐待が発覚するのを恐れたためか、私はあまり学校に行かせてもらえなくなった。それ以外も、基本的に外出は禁止。
母は私を助けようとはしなかった。逃げる様子もなく、ただ家の隅で一人怯え、私が標的となり虐待を受けている際、時折義父の肩を持った。今思えば、彼女もマインドコントロールされていたのではないか、と思う。もしかすると、再婚する前から、ずっと。
私の母親に対しての愛情なるものは、粉々に砕け散ってしまった。
もういい、私だけ助かればいいのだ、私は逃げよう。
そして、冬の夜更け。私は義父と母親が眠り込んでいるのを確認してから、義父の財布をこっそり抜き取って家から逃げた。──彼は基本的にキャッシュレスを用いていたから、現金は十分とは言えなかったけれど、まあないよりかはマシだろう。
真冬の夜の気温は、もう氷点下に近い。薄いコート一枚で家出をしようなんて馬鹿だった。義父のものでもいいから、もっと防寒性の高いものを着用すべきだった。もう長い間歩いている。携帯の類のものは取り上げられていたので、時間はおろか、自分の現在地さえわからない。
寒い、凍え死にそうだ。指先はとっくに悴んで、もはや感覚がない。
息を吐くと、すぐにそれは空気を真っ白に染めた。
どうしようか、このまま外にいたら凍死してしまう気がする、とりあえず屋内に入りたい。コンクリートを敷き詰められた地面から、ゆっくりと目線を地上へ上げる。
目線の左側には、ライトで照らされた地味なドアがあった。その上には、『Bar Espoir』と文字が光っている。
(エスポイア……? 読み方がわからないな)
店の外装の目立たなさからして、おそらく個人経営の店であろう。個人経営の店ならば、酒類を扱う店でも年齢確認をされにくいと耳にした頃がある。これ以上外にいるのは耐えられなかった。とりあえず入ってしまおう、もし追い返されたら、その時また考えればいい。
ドアノブを回し、ゆっくりとドアを開ける。何か言われたらどうしよう、不安から背筋に冷たさを覚える。
店内は柔らかいオレンジ色の照明で照らされており、少し暗かった。壁際の棚には色とりどりな多種類のボトル類が丁寧に陳列され、そこから二人分程開けた所にカウンターと椅子が設置されている。綺麗な内装の店内はガランとしていて、客は一人もいない。
「やあ、いらっしゃい」
「あ……、こんばんは」
やや高めの声だった。私はその発信源に目を向ける。
私は思わず、息を呑んだ。
カウンター越しに、青年はにっこりと朗らかな笑み浮かべていた。店主、だろうか。いや、それにしては若すぎるのではないか。まだ二十代前半に見える。アルバイトかな。
そんなことはどうでもいい、その青年は──、今まで私が見てきた中で、一番と言っていいくらいに美しくて、人間離れした容姿をしていた。かっこいいともまた違う。
常夜灯のような明かりの元でもわかるくらいに肌は青白くて、血が通っていない人間のよう。髪色もその肌色に紐づいているのか、白だか銀だか、なんとも形容し難い色合いをしていた。それはゆるくウェーブを描いていて、男性にしては少し長かった。
身長はすごく高くて、その上痩せている。シャツの第一ボタンは開けられおり、首元からはくっきりと鎖骨が浮き出ているのがよく見えた。
「……どうしたの? 早く座りなよ」
「あっ、はい。すみません」
私そそくさと、カウンターの中央の席に腰掛けた。コートと荷物を、隣の空いている席に乗せる。
「何か飲みたいのある?」
「いえ……、えっと、オススメは」
「うーん……、お客さん甘いもの好き? アレキサンダーとかどうかな」
「あっ、じゃあそれで」
「了解」
酒への知識は皆無といっても過言ではなく、やり取りが少しぎこちなくなってしまった。けれど、年齢確認はされないようだ。安堵し、思わずほっと息を着く。
その美しい青年は、ブランデーやら生クリームやらを銀色のシェイカーに入れ、それを両手で淡々と前後に振った。キンキンと、氷がぶつかりあう小気味いい音がする。
やはり何度見ても、彼の容姿は美しい。シェイカーを振っているところが様になっている。生気がなくて、人間ではないみたいだけれど、それがアルコールという非日常と上手く組み合わさっている気がした。
やがて彼はそれを振り終え、グラスの中に中身を注ぐ。どろりとした白に、少しだけ混ざる茶。
青年は、私にグラスを差し出した。
「はい。甘くて飲みやすいと思うよ。とりあえず飲んでみて」
「ありがとうございます」
お酒を飲むなんて人生で初体験だ。心臓がいつもよりも大きく音を立てている気がした。こんな風にその初体験を失ってしまうだなんて、ちょっと勿体無いな。そう思いつつ、カクテルを口に含ませる。すると、チョコレートとクリームの甘くとろけそうな味が舌の上に広がる。
「わぁ……、甘くて美味しい」
青年は、カウンター越しに頬杖をつきながらじっとりと絡みつくような視線を私に向けていた。少し目を細めて、言う。
「でしょ? お客さんでも飲みやすいと思ったんだよね。……キミ未成年でしょ」
「っ……」
驚いて、一瞬息が止まった。思わず目を何度か瞬きさせる。その断定的な言い方に、ごまかしの言葉すら出てこない。
「あはは、大丈夫大丈夫。未成年飲酒ってね、飲んだ側じゃなくて飲ませた側が罰せられるんだ。即ち、悪いのはボクってことになるね」
「な、なんでそれで私に飲ませたんですか、というかどうして私が未成年だって……?」
「うーん、キミの様子を見てれば丸わかりなんだよね。顔立ちは幼いし、化粧もきちんとしてない、髪も地毛。お酒の知識も乏しくて慣れていなさげ。普段なら絶対提供してないよ! ただ、キミ訳ありなのかなぁって。今は深夜一時半、そんな時間に未成年の子が出歩くなんておかしいでしょう? 第一印象で判断するのも悪いけれど、キミは不良少女という気もないしね。それにキミ、腕に痣があるから」
すぐに自身の腕に目線をやる。コートを脱ぐときに袖が少し捲れてしまったらしく、腕の痣が露わになっていた。今まで気が付かなかった。反射的に袖を整え、痣を彼から隠す。
この人、本当に細かいところまで人を見ているんだな……。
「……反応的に、誰かにやられたんでしょう。家出?」
「……そう、です」
「どうしたの、よかったらお話聞かせてよ。さっきのカクテル代は奢るからさ。こんなゴミみたいなボクだけれど、何かキミの助けになれるかもしれない」
(ゴミって、自分を卑下しすぎじゃあ……)
そうは思ったけれど、こんな優しい声かけをしてくれる大人がいるだなんて、そう私は感動した。そんな大人とは関わったことがなかったから、誇張ではなく、嬉しすぎて本当に涙が出るかと思った。
この人になら話してみてもいいかもしれない。
そう思って、私は家庭環境についてと、バーに来るまでの経緯について、彼に洗いざらい話した。
「そっかそっか……、名前ちゃん、辛かったね」
「……」
眉尻を下げ、心底心配そうに、真摯に相槌を打ってくれる彼に身の内を明かしていくうちに、自然とポロポロと両目から涙が零れ落ちていった。今までは、人前で泣くなど自身の矜持がゆるさなかったのに、どうして。
「……ボクがキミを、匿ってあげようか」
「え」
「……自己紹介が遅れたけど、ボクは狛枝凪斗って名前なんだ。このエスポワールの店長をしていてね。まあ、そんなことは置いておいて。ボクはキミを、おそらくキミの家族に気付かれないように、完全に匿えるよ」
「……どうしてそんな、言い切れるんですか」
「……まず、ボクは希望ヶ峰学園という高校の出身なんだ」
「えっ、狛枝さん、そうなんですか……⁉︎」
思わず口元に手を当てる。世間知らずの私でも、何度も耳にしたことがあるくらいには有名な高校。何らかの並外れて秀でた、素晴らしい才能を持っている者のみが入学を許可される学園。そこを卒業した者は、将来の成功が確約される──、だったっけ。
「そう、だから、万が一キミのご家族が警察なんかを使ってキミを見つけ出そうとしても、おそらくボクの権力でそれを跳ね返せる。そういうことに精通した、有力な知り合いも何人かいるんだ。二つ目に、ボクは元超高校級の幸運であること。ボクはね、幸運なんだ。即ち、ボクがキミを匿いたいと強く望んでいさえすれば、キミはボクの幸運によって守られるということだ」
超高校級の幸運、そんな能力があるのか。そして彼の口ぶりからして、それはただの運不運なんかではなく、本当に効力のある力なのだろうと推測がつく。
「ボクは以前、ちょうど一部屋アパートを人から譲り受けてね。いやあいらないしさっさと売り払おうと思ってたんだけど、キミがいるならちょうどいい、そこに住みなよ」
「えっ、いいんですか、本当に……? で、でも私、ほぼ無一文なんです……」
「そんなのわかってるよ。ボクはお金に困ってないから、そこは心配しなくていいよ。ただ……、そうだな、このバーに週に何回か、バイトとして来てくれないかな。本当にそれだけで構わないよ。そうすればキミの衣食住は保証するし、お小遣いだってあげる。ボクはずっと一人で店を経営していて、何だか飽きてきちゃってね。……どうかな?」
「い、いいんですか……? そんな素晴らしい待遇を受けてしまって、こんなよくわからない小娘に……」
「いいよいいよ、キミがいい子なのは話していてわかったし、そういう子は助けてあげたいんだ。それにボクの才能の性質上、お金は有り余っているからさ」
だから大丈夫だよ。
狛枝さんは私の瞳を見つめて、優しく笑った。
彼は私のことを受け入れてくれる初めての大人だった。
そうして私は、今住んでいるアパートに住むことになり、そして狛枝さんのバーで働くことになったのだった。幸いにも、今のところ家族に居場所は見つかっていない。彼らが私のことを見つけようとしているのかは知らないけれど。
私はぼんやりと行くあてもなく、ただ夜道をふらふらと歩いていた。
繁華街を少し離れた裏道で、人通りは疎らであった。義父に殴られた脇腹が、ジクジクと痛む。家にずっと軟禁されていて、金銭は全て義父が管理していたから、所持金はあまり多くない。寒い冬の夜なのに、羽織っているのは古いトレンチコート一枚だけで寒い。けれど、それは仕方のないことだ。だって、私は逃げるしかなかったのだから。
あのまま家にいれば、きっと私は殺されていた。
母親は、私が小学生の時に父と離婚した。父親は、女癖が悪くて不倫を繰り返していた。離婚の引き金となったのは、父親が不倫相手の女を妊娠させた──、とかじゃなかったっけな。まあいい、そんなことは。
その後、私と母親は女二人、貧乏だけれどそこそこ幸せな日々を送っていた、気がする。母は社会人経験がほとんどなかったけれど、毎日私のために朝も夜も働き詰めだった。けれど、親子仲は良くて、私は母のことを慕っていたし、母も私のことを愛していた。
けれど、言うまでもなく母は女性であり、男性に比べれば体力が少ないのは事実だ。それで一般の男性以上の時間を働くというのは、中々に酷なことだ。彼女は一般的な女性よりも、そこそこ顔が美しかった。だから、私が中学生になってから、彼女は顧客であった、年上の裕福な男性と結婚し、働くのをやめ、専業主婦となった。
母の約二十歳年上、離婚歴三回。不動産を多数所有しているという。
そいつは──、外面だけは良くて、初めはただの優しいおじさんだった。けれど、再婚後、急に本性を見せ始めた。
私と母に暴力を振るい出すようになったのだ。毎日些細なことで、執拗に私と母を怒鳴り、殴った。全身に青紫の痣ができた。虐待が発覚するのを恐れたためか、私はあまり学校に行かせてもらえなくなった。それ以外も、基本的に外出は禁止。
母は私を助けようとはしなかった。逃げる様子もなく、ただ家の隅で一人怯え、私が標的となり虐待を受けている際、時折義父の肩を持った。今思えば、彼女もマインドコントロールされていたのではないか、と思う。もしかすると、再婚する前から、ずっと。
私の母親に対しての愛情なるものは、粉々に砕け散ってしまった。
もういい、私だけ助かればいいのだ、私は逃げよう。
そして、冬の夜更け。私は義父と母親が眠り込んでいるのを確認してから、義父の財布をこっそり抜き取って家から逃げた。──彼は基本的にキャッシュレスを用いていたから、現金は十分とは言えなかったけれど、まあないよりかはマシだろう。
真冬の夜の気温は、もう氷点下に近い。薄いコート一枚で家出をしようなんて馬鹿だった。義父のものでもいいから、もっと防寒性の高いものを着用すべきだった。もう長い間歩いている。携帯の類のものは取り上げられていたので、時間はおろか、自分の現在地さえわからない。
寒い、凍え死にそうだ。指先はとっくに悴んで、もはや感覚がない。
息を吐くと、すぐにそれは空気を真っ白に染めた。
どうしようか、このまま外にいたら凍死してしまう気がする、とりあえず屋内に入りたい。コンクリートを敷き詰められた地面から、ゆっくりと目線を地上へ上げる。
目線の左側には、ライトで照らされた地味なドアがあった。その上には、『Bar Espoir』と文字が光っている。
(エスポイア……? 読み方がわからないな)
店の外装の目立たなさからして、おそらく個人経営の店であろう。個人経営の店ならば、酒類を扱う店でも年齢確認をされにくいと耳にした頃がある。これ以上外にいるのは耐えられなかった。とりあえず入ってしまおう、もし追い返されたら、その時また考えればいい。
ドアノブを回し、ゆっくりとドアを開ける。何か言われたらどうしよう、不安から背筋に冷たさを覚える。
店内は柔らかいオレンジ色の照明で照らされており、少し暗かった。壁際の棚には色とりどりな多種類のボトル類が丁寧に陳列され、そこから二人分程開けた所にカウンターと椅子が設置されている。綺麗な内装の店内はガランとしていて、客は一人もいない。
「やあ、いらっしゃい」
「あ……、こんばんは」
やや高めの声だった。私はその発信源に目を向ける。
私は思わず、息を呑んだ。
カウンター越しに、青年はにっこりと朗らかな笑み浮かべていた。店主、だろうか。いや、それにしては若すぎるのではないか。まだ二十代前半に見える。アルバイトかな。
そんなことはどうでもいい、その青年は──、今まで私が見てきた中で、一番と言っていいくらいに美しくて、人間離れした容姿をしていた。かっこいいともまた違う。
常夜灯のような明かりの元でもわかるくらいに肌は青白くて、血が通っていない人間のよう。髪色もその肌色に紐づいているのか、白だか銀だか、なんとも形容し難い色合いをしていた。それはゆるくウェーブを描いていて、男性にしては少し長かった。
身長はすごく高くて、その上痩せている。シャツの第一ボタンは開けられおり、首元からはくっきりと鎖骨が浮き出ているのがよく見えた。
「……どうしたの? 早く座りなよ」
「あっ、はい。すみません」
私そそくさと、カウンターの中央の席に腰掛けた。コートと荷物を、隣の空いている席に乗せる。
「何か飲みたいのある?」
「いえ……、えっと、オススメは」
「うーん……、お客さん甘いもの好き? アレキサンダーとかどうかな」
「あっ、じゃあそれで」
「了解」
酒への知識は皆無といっても過言ではなく、やり取りが少しぎこちなくなってしまった。けれど、年齢確認はされないようだ。安堵し、思わずほっと息を着く。
その美しい青年は、ブランデーやら生クリームやらを銀色のシェイカーに入れ、それを両手で淡々と前後に振った。キンキンと、氷がぶつかりあう小気味いい音がする。
やはり何度見ても、彼の容姿は美しい。シェイカーを振っているところが様になっている。生気がなくて、人間ではないみたいだけれど、それがアルコールという非日常と上手く組み合わさっている気がした。
やがて彼はそれを振り終え、グラスの中に中身を注ぐ。どろりとした白に、少しだけ混ざる茶。
青年は、私にグラスを差し出した。
「はい。甘くて飲みやすいと思うよ。とりあえず飲んでみて」
「ありがとうございます」
お酒を飲むなんて人生で初体験だ。心臓がいつもよりも大きく音を立てている気がした。こんな風にその初体験を失ってしまうだなんて、ちょっと勿体無いな。そう思いつつ、カクテルを口に含ませる。すると、チョコレートとクリームの甘くとろけそうな味が舌の上に広がる。
「わぁ……、甘くて美味しい」
青年は、カウンター越しに頬杖をつきながらじっとりと絡みつくような視線を私に向けていた。少し目を細めて、言う。
「でしょ? お客さんでも飲みやすいと思ったんだよね。……キミ未成年でしょ」
「っ……」
驚いて、一瞬息が止まった。思わず目を何度か瞬きさせる。その断定的な言い方に、ごまかしの言葉すら出てこない。
「あはは、大丈夫大丈夫。未成年飲酒ってね、飲んだ側じゃなくて飲ませた側が罰せられるんだ。即ち、悪いのはボクってことになるね」
「な、なんでそれで私に飲ませたんですか、というかどうして私が未成年だって……?」
「うーん、キミの様子を見てれば丸わかりなんだよね。顔立ちは幼いし、化粧もきちんとしてない、髪も地毛。お酒の知識も乏しくて慣れていなさげ。普段なら絶対提供してないよ! ただ、キミ訳ありなのかなぁって。今は深夜一時半、そんな時間に未成年の子が出歩くなんておかしいでしょう? 第一印象で判断するのも悪いけれど、キミは不良少女という気もないしね。それにキミ、腕に痣があるから」
すぐに自身の腕に目線をやる。コートを脱ぐときに袖が少し捲れてしまったらしく、腕の痣が露わになっていた。今まで気が付かなかった。反射的に袖を整え、痣を彼から隠す。
この人、本当に細かいところまで人を見ているんだな……。
「……反応的に、誰かにやられたんでしょう。家出?」
「……そう、です」
「どうしたの、よかったらお話聞かせてよ。さっきのカクテル代は奢るからさ。こんなゴミみたいなボクだけれど、何かキミの助けになれるかもしれない」
(ゴミって、自分を卑下しすぎじゃあ……)
そうは思ったけれど、こんな優しい声かけをしてくれる大人がいるだなんて、そう私は感動した。そんな大人とは関わったことがなかったから、誇張ではなく、嬉しすぎて本当に涙が出るかと思った。
この人になら話してみてもいいかもしれない。
そう思って、私は家庭環境についてと、バーに来るまでの経緯について、彼に洗いざらい話した。
「そっかそっか……、名前ちゃん、辛かったね」
「……」
眉尻を下げ、心底心配そうに、真摯に相槌を打ってくれる彼に身の内を明かしていくうちに、自然とポロポロと両目から涙が零れ落ちていった。今までは、人前で泣くなど自身の矜持がゆるさなかったのに、どうして。
「……ボクがキミを、匿ってあげようか」
「え」
「……自己紹介が遅れたけど、ボクは狛枝凪斗って名前なんだ。このエスポワールの店長をしていてね。まあ、そんなことは置いておいて。ボクはキミを、おそらくキミの家族に気付かれないように、完全に匿えるよ」
「……どうしてそんな、言い切れるんですか」
「……まず、ボクは希望ヶ峰学園という高校の出身なんだ」
「えっ、狛枝さん、そうなんですか……⁉︎」
思わず口元に手を当てる。世間知らずの私でも、何度も耳にしたことがあるくらいには有名な高校。何らかの並外れて秀でた、素晴らしい才能を持っている者のみが入学を許可される学園。そこを卒業した者は、将来の成功が確約される──、だったっけ。
「そう、だから、万が一キミのご家族が警察なんかを使ってキミを見つけ出そうとしても、おそらくボクの権力でそれを跳ね返せる。そういうことに精通した、有力な知り合いも何人かいるんだ。二つ目に、ボクは元超高校級の幸運であること。ボクはね、幸運なんだ。即ち、ボクがキミを匿いたいと強く望んでいさえすれば、キミはボクの幸運によって守られるということだ」
超高校級の幸運、そんな能力があるのか。そして彼の口ぶりからして、それはただの運不運なんかではなく、本当に効力のある力なのだろうと推測がつく。
「ボクは以前、ちょうど一部屋アパートを人から譲り受けてね。いやあいらないしさっさと売り払おうと思ってたんだけど、キミがいるならちょうどいい、そこに住みなよ」
「えっ、いいんですか、本当に……? で、でも私、ほぼ無一文なんです……」
「そんなのわかってるよ。ボクはお金に困ってないから、そこは心配しなくていいよ。ただ……、そうだな、このバーに週に何回か、バイトとして来てくれないかな。本当にそれだけで構わないよ。そうすればキミの衣食住は保証するし、お小遣いだってあげる。ボクはずっと一人で店を経営していて、何だか飽きてきちゃってね。……どうかな?」
「い、いいんですか……? そんな素晴らしい待遇を受けてしまって、こんなよくわからない小娘に……」
「いいよいいよ、キミがいい子なのは話していてわかったし、そういう子は助けてあげたいんだ。それにボクの才能の性質上、お金は有り余っているからさ」
だから大丈夫だよ。
狛枝さんは私の瞳を見つめて、優しく笑った。
彼は私のことを受け入れてくれる初めての大人だった。
そうして私は、今住んでいるアパートに住むことになり、そして狛枝さんのバーで働くことになったのだった。幸いにも、今のところ家族に居場所は見つかっていない。彼らが私のことを見つけようとしているのかは知らないけれど。
4/4ページ