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「ここがボクの家だよ。さあ、入って」
「お、おじゃまします……」
狛枝さんが黒の金属製の門に手をかけると、少し錆びているのか、キィと軋む音が聴こえる。
かねてより狛枝さんから耳にしていた通り、狛枝さんの家は豪邸といっても差し支えないくらいには広く、大きかった。
私と同程度の高さの白いレンガの塀が、まるで家を守るかのように周りを取り囲んでいて、外からは木々しか見えない。
中には大きな木が何本も植えられており、まるで森のように生茂っていた。玄関までの道は、誰かの手によって整えられていることがわかる芝生に覆われ、花壇には真っ白な花々が咲き誇っている。
「わぁ……すごい……」
「そうかな?」
「ええ、とても。花壇、一面真っ白で素敵ですね。狛枝さんが全部手入れしてるの?」
「ありがとう。そう言って貰えると嬉しいよ。……といっても、ボク自身は何も手入れしてないけどね。全部業者任せなんだ」
「流石お金持ちですね」
「ふふ、そうかなあ。……ああそうだ、名前ちゃんは花は好きかな?」
「うーん、見る分には可愛らしくて好きだけど、全然詳しくはないですね」
「そう。まあ、ボクも同じ感じかな。でも、ここに植えられているもののことはだいたい知ってるよ」
あの真ん中の黄色がアクセントの小さな可愛い花はプリムローズ、お辞儀をしているみたいな形のはスノードロップ。可愛らしい名前の花ばかりでしょう。なんだかどれも、頑張って生えている感じが名前ちゃんみたいだね。季節によって花壇の花は変化するんだ、だから名前ちゃん、また見においでよ。……ね?
狛枝さんは目を細め、首を傾げた。
重厚なビターチョコレート色の扉を開けると、扉と同じ深い茶色の床と、それに反して真っ白な壁が長くまっすぐに伸びている。
壁の合間合間にはぽつぽつと黒い部分があり、それが別の部屋に続くドアであるということはすぐに分かった。その長い廊下の最奥にはこれまたまっすぐに伸びた階段が見える。
玄関には一足の靴も置かれておらず、ただ花崗岩か何かでできた床が弱々しく外灯の光を反射していた。
狛枝さんの綺麗好きな性格もあって、靴は全て丁寧に靴箱へとしまわれているのだろう、玄関には一足の靴も置かれていない。
生活感がなくて、幽霊でも出てきそうな屋敷だな。ふと心の中で思う。
「狛枝さんは、こんな広いところに、一人で暮らしていたんですね」
「そうだよ。寂しいものだよね。引っ越しても良かったんだけど、両親の形見だと思うとなかなか手放せなくて」
「そっか」
「……でもね、今日からは名前ちゃんが一緒に暮らしてくれるからね。ボク嬉しいよ」
「私はそんな……、長居するつもりはありませんよ。狛枝さんに迷惑かけたくないし……」
「そんなぁ、ボク寂しいよ。迷惑じゃないし、アパート売り払ってこっちに越してきて欲しいくらいさ。それこそ、ボクが名前ちゃんにバイトとは別に給料払うから、代わりにここに住んで欲しいって思うくらいにはね」
「もう、狛枝さんったら。さすがに言い過ぎですよ」
はは、と狛枝さんは眉尻をさげて笑う。
「さあ、部屋に案内するね」
着いてきて、と電気すら付けないままに、狛枝さんは私に背中を向け進む。電気はいいんですか、と口を開きかけるも、それは余計な一言かもしれないと推し量って、私は黙って彼の後を追った。
廊下の突き当たりの階段を登る。明かりは窓から差し込む淡い月光だけであった。二人の規則的な足音が、トントンと静寂の中響く。
「ここだよ」
二階の階段を登ってすぐの扉を狛枝さんは開ける。そして、部屋の中の電気のスイッチを付けた。
部屋の中には、一人で寝るには結構大きめな(目分量でダブルサイズ程度だ)ベッドと、机と椅子、ベッド脇にはサイドテーブルとスタンドライトが置かれていた。質素ではあるが、少しの間住む分には何も困ることはないだろう。
「昔客室として使われていたんだ、ここ。質素で何もない部屋でごめんね」
「いえ、全然そんなことないし……、そもそも一般的な家に客室ってないですよ」
「はは、そういうものなのかな。……まあいいや。後でキッチンとお風呂、トイレと——、あと書斎を案内するよ。生憎ボクはテレビは煩くて、あまり好きではなくて昔捨ててしまったんだ。ただその代わり、本なら沢山あるからさ。暇つぶしにでもなるんじゃないかな。あと、ボクの部屋も紹介しないと。もし夜中に何かあったらおいでよ」
じゃあお茶を入れてくるからね。そう言って狛枝さんは部屋を出て行った。
一人になった私は、ぐるりと部屋を見渡す。
天井が高いせいか、それともこの部屋の作りがそうさせているのか、かなり広く感じる。
(……疲れた)
色々なことがあって、精神的にも、肉体的にも、どっと疲労が溜まっているのが分かった。
私はベッドに腰掛けて、目を閉じる。
「……ちゃん、……名前ちゃん」
聞き慣れた耳触りのいい声と、肩を軽く叩かれる感触で目を開く。
「疲れてたんだね。まあそれも当然か、バイトもあったし、怖いこともあったんだから……。ハーブティーを入れたよ。リラックス作用と安眠作用があるらしいから、ちょっと飲んでみてもいいかもしれない」
私は狛枝さんの温かい気遣いに、心の底から嬉しさを感じる。
「ありがとう、狛枝さん。狛枝さんは、本当に優しいんですね」
「ううん、そんなことないよ。然るべきことをしているだけだからさ」
「……なんだか私にとって、狛枝さんって、お兄ちゃんみたい。私に兄はいないから、よく分からないけど……。優しくしてくれて、頼れて、なんでも話を聞いてくれて。私、狛枝さんに、本当に感謝しているの」
「それは嬉しいな。いくらでも頼ってくれていいんだよ、名前ちゃん」
私はサイドテーブルに置かれたティーカップに手を伸ばす。それはほんのりとあたたかくて、触れていて気持ちが良かった。
湯気が立つ水面を覗き込めばそこには、私の顔がある。カップの中から、独特の緑の香りがあたりへ広がっていくのを感じた。いい匂いだ。
「じゃあ、いただきます」
「……うん」
ふと狛枝さんの方へと目をやると、目がカチリと重なり合った。狛枝さんは私を見つめ、微笑んでいる。
私は一口、お茶を口に含み、それを飲み下した。
「お、おじゃまします……」
狛枝さんが黒の金属製の門に手をかけると、少し錆びているのか、キィと軋む音が聴こえる。
かねてより狛枝さんから耳にしていた通り、狛枝さんの家は豪邸といっても差し支えないくらいには広く、大きかった。
私と同程度の高さの白いレンガの塀が、まるで家を守るかのように周りを取り囲んでいて、外からは木々しか見えない。
中には大きな木が何本も植えられており、まるで森のように生茂っていた。玄関までの道は、誰かの手によって整えられていることがわかる芝生に覆われ、花壇には真っ白な花々が咲き誇っている。
「わぁ……すごい……」
「そうかな?」
「ええ、とても。花壇、一面真っ白で素敵ですね。狛枝さんが全部手入れしてるの?」
「ありがとう。そう言って貰えると嬉しいよ。……といっても、ボク自身は何も手入れしてないけどね。全部業者任せなんだ」
「流石お金持ちですね」
「ふふ、そうかなあ。……ああそうだ、名前ちゃんは花は好きかな?」
「うーん、見る分には可愛らしくて好きだけど、全然詳しくはないですね」
「そう。まあ、ボクも同じ感じかな。でも、ここに植えられているもののことはだいたい知ってるよ」
あの真ん中の黄色がアクセントの小さな可愛い花はプリムローズ、お辞儀をしているみたいな形のはスノードロップ。可愛らしい名前の花ばかりでしょう。なんだかどれも、頑張って生えている感じが名前ちゃんみたいだね。季節によって花壇の花は変化するんだ、だから名前ちゃん、また見においでよ。……ね?
狛枝さんは目を細め、首を傾げた。
重厚なビターチョコレート色の扉を開けると、扉と同じ深い茶色の床と、それに反して真っ白な壁が長くまっすぐに伸びている。
壁の合間合間にはぽつぽつと黒い部分があり、それが別の部屋に続くドアであるということはすぐに分かった。その長い廊下の最奥にはこれまたまっすぐに伸びた階段が見える。
玄関には一足の靴も置かれておらず、ただ花崗岩か何かでできた床が弱々しく外灯の光を反射していた。
狛枝さんの綺麗好きな性格もあって、靴は全て丁寧に靴箱へとしまわれているのだろう、玄関には一足の靴も置かれていない。
生活感がなくて、幽霊でも出てきそうな屋敷だな。ふと心の中で思う。
「狛枝さんは、こんな広いところに、一人で暮らしていたんですね」
「そうだよ。寂しいものだよね。引っ越しても良かったんだけど、両親の形見だと思うとなかなか手放せなくて」
「そっか」
「……でもね、今日からは名前ちゃんが一緒に暮らしてくれるからね。ボク嬉しいよ」
「私はそんな……、長居するつもりはありませんよ。狛枝さんに迷惑かけたくないし……」
「そんなぁ、ボク寂しいよ。迷惑じゃないし、アパート売り払ってこっちに越してきて欲しいくらいさ。それこそ、ボクが名前ちゃんにバイトとは別に給料払うから、代わりにここに住んで欲しいって思うくらいにはね」
「もう、狛枝さんったら。さすがに言い過ぎですよ」
はは、と狛枝さんは眉尻をさげて笑う。
「さあ、部屋に案内するね」
着いてきて、と電気すら付けないままに、狛枝さんは私に背中を向け進む。電気はいいんですか、と口を開きかけるも、それは余計な一言かもしれないと推し量って、私は黙って彼の後を追った。
廊下の突き当たりの階段を登る。明かりは窓から差し込む淡い月光だけであった。二人の規則的な足音が、トントンと静寂の中響く。
「ここだよ」
二階の階段を登ってすぐの扉を狛枝さんは開ける。そして、部屋の中の電気のスイッチを付けた。
部屋の中には、一人で寝るには結構大きめな(目分量でダブルサイズ程度だ)ベッドと、机と椅子、ベッド脇にはサイドテーブルとスタンドライトが置かれていた。質素ではあるが、少しの間住む分には何も困ることはないだろう。
「昔客室として使われていたんだ、ここ。質素で何もない部屋でごめんね」
「いえ、全然そんなことないし……、そもそも一般的な家に客室ってないですよ」
「はは、そういうものなのかな。……まあいいや。後でキッチンとお風呂、トイレと——、あと書斎を案内するよ。生憎ボクはテレビは煩くて、あまり好きではなくて昔捨ててしまったんだ。ただその代わり、本なら沢山あるからさ。暇つぶしにでもなるんじゃないかな。あと、ボクの部屋も紹介しないと。もし夜中に何かあったらおいでよ」
じゃあお茶を入れてくるからね。そう言って狛枝さんは部屋を出て行った。
一人になった私は、ぐるりと部屋を見渡す。
天井が高いせいか、それともこの部屋の作りがそうさせているのか、かなり広く感じる。
(……疲れた)
色々なことがあって、精神的にも、肉体的にも、どっと疲労が溜まっているのが分かった。
私はベッドに腰掛けて、目を閉じる。
「……ちゃん、……名前ちゃん」
聞き慣れた耳触りのいい声と、肩を軽く叩かれる感触で目を開く。
「疲れてたんだね。まあそれも当然か、バイトもあったし、怖いこともあったんだから……。ハーブティーを入れたよ。リラックス作用と安眠作用があるらしいから、ちょっと飲んでみてもいいかもしれない」
私は狛枝さんの温かい気遣いに、心の底から嬉しさを感じる。
「ありがとう、狛枝さん。狛枝さんは、本当に優しいんですね」
「ううん、そんなことないよ。然るべきことをしているだけだからさ」
「……なんだか私にとって、狛枝さんって、お兄ちゃんみたい。私に兄はいないから、よく分からないけど……。優しくしてくれて、頼れて、なんでも話を聞いてくれて。私、狛枝さんに、本当に感謝しているの」
「それは嬉しいな。いくらでも頼ってくれていいんだよ、名前ちゃん」
私はサイドテーブルに置かれたティーカップに手を伸ばす。それはほんのりとあたたかくて、触れていて気持ちが良かった。
湯気が立つ水面を覗き込めばそこには、私の顔がある。カップの中から、独特の緑の香りがあたりへ広がっていくのを感じた。いい匂いだ。
「じゃあ、いただきます」
「……うん」
ふと狛枝さんの方へと目をやると、目がカチリと重なり合った。狛枝さんは私を見つめ、微笑んでいる。
私は一口、お茶を口に含み、それを飲み下した。