君の香り
お名前は?
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私の実家は喫茶店で、母が経営を管理し、厨房には父が立っている。
私は昔から家の手伝いをしていて、そのまま成人し、この喫茶店を継ぐつもりで今も変わらず働いている。
こんな実家の喫茶店には、毎日18時になると必ず来る常連客がいる。
喫茶店には常連客なんて山のようにいて、注文するものもいつも同じ人が多いけれど、その人は他のお客さんとは諸々違う点が多かった。
金の地に毛先だけが赤い派手な髪色に似合わないピシッとしたスーツを着ているが、足元はスニーカー。
スーツなのにスニーカーで、黒いリュックを背負った姿は、間違いなく教師だと早いうちから確信した。
「いらっしゃいませ。ご注文はいつもとご一緒でよろしいですか?」
毎日来るので、覚えようと思わなくとも否が応でも覚えてしまう。
「うむ、それでお願いしよう。」
まっすぐすぎる返事に少したじろいでしまうが、「かしこまりました。」と返事をする。
ちょっと偉そうな話し方に最初は驚いたものの、だいぶ慣れた。
小ぢんまりした喫茶店なので、口頭で厨房へ注文を通し、コーヒーとサンドイッチの提供を準備する。
カチャカチャと食器の当たる音が響くが、そんな音は全く気にならないようで、この注文をしたその人は持参した資料に目を通していた。
最近になってようやく、そのお客さんの苗字を知った。煉獄さんというらしい。派手な髪によく似合う名前だと思った。
「お待たせいたしました。コーヒーとサンドイッチです。」
「ありがとう。」
私は頼まれた注文を提供して席を離れる。
煉獄さんは、いつも私が離れたタイミングで、店中に響き渡るような声で「いただきます!」と言って食事を始める。
そして、一口サンドイッチを口に入れては噛みしめるように「うまい。うまい。うまい。」と言う。
父が作った料理…といっても、軽食だが、それを褒めてもらえているのは素直にうれしく感じる。
来るたびに同じものを食べては、毎度同じテンションで「うまい」と言う煉獄さんは、どこか変わっている人に見えたけれど、いい人なんだろうな、とも思った。
家族経営の喫茶店なので、閉店時間は少し早くしており、20時には店を閉めることにしている。煉獄さんは18時に来て、閉店までずっといる。
父は煉獄さんが常連になるまで、毎日来ては2時間もこの店にいる煉獄さんのことを不思議がってはいたものの、
毎日自分が作ったものを嚙みしめるように「うまい」と言い、退店時には「ご馳走様でした。今日もとてもおいしかったです。」と言う煉獄さんの人柄にすっかり惹かれていた。
今日もいつもと変わらない様子の煉獄さんだったが、19時になったところで急に「店員さん」と声をかけられた。
その声もまた狭い店にはよく通る大きい声で、教師生活の中で声量の調節方法を忘れてしまったのではないかと思ってしまった。
「はい、なんでしょう?」
「今日はこれもいただきたいと思って。」
そう言ってメニューを指さして、珍しくデザートを頼んだ。
「あら、デザートなんて珍しいですね。お疲れですか?」
「なぜそう思うんです?」
「人間、甘いものを欲しているときは疲れていることが多いですから。」
「そうか。」
「それに、煉獄さんはいつも資料を読んでいらっしゃるので、頭をたくさん使っていらっしゃるんだろうな、と。」
「む?俺の名前はいつ?」
「あ、すみません。先日、退店されたときに学生さんとお話されているところを見てしまって。」
「なるほど!名前を覚えてもらえているのは光栄だ。」
「では、デザートをお持ちしますね。」
そう言って追加注文を父へ通すと、父から「お代はいらないって言っとけ」と言われた。
父は余程、煉獄さんのことが気に入っているらしい。昔から通ってくれている常連さんにですら、極稀にしかサービスをしないのに、そのお客さんよりも日の浅い煉獄さんにサービスしている。
「お待たせいたしました。こちらのデザートですが、サービスだそうです。」
「なに、それは申し訳ない。代金はしっかり払わせてもらおう。」
「父がプレゼントしたいとのことなので、どうかお受け取りください。」
「いや、しかし…。」
「煉獄さんがいつもおいしいと言ってくれるのが、嬉しいようですから、そのお礼だと思ってください。」
私がそこまで言ってやっと、煉獄さんはサービスを受け入れてくれた。
提供したデザートも噛みしめるように「うまい」と言って食べてくれていた。心なしか、父が嬉しそうに見えた。
20時の閉店間際になり、煉獄さんは荷物をまとめはじめた。
私は一足早く、レジに立ち、ほかのお客さんを見送りながら、煉獄さんを待っていた。
いつもなら、店に残っている誰よりも早く会計を済ませて退店するのだが、今日は珍しく最後にレジに来た。
「ありがとうございます。」
「店員さん、あなたの名前は?」
「え?」
「名前を教えてくれないか。」
「舞智華ですが…」
「舞智華さん、お父様によろしく伝えてほしい。」
「はい、承知しました。父も喜ぶと思います。」
「それと…」
「はい?」
珍しくいろいろお話してくださるな…と思っていると、ポケットから徐に小さな白い紙きれを出して、私に渡してきた。
「これは…?」
「俺の連絡先だ。俺はあなたともっと話がしたい。あなたが嫌でなければ、一度連絡がほしい。」
まさか店で連絡先を渡されるとは思ってもみなくて、心底驚いた。
「ありがとうございます。」
「連絡、待っている。」
「あ…はい。」
「今日もごちそうさまでした。おいしかったです。また来ます!」
煉獄さんはそう言って退店した。
私は会計を済ませた片手に、煉獄さんからいただいた連絡先を持ったまま、レジの前でぼーっとしてしまった。
よもや、よもやだった。
私は昔から家の手伝いをしていて、そのまま成人し、この喫茶店を継ぐつもりで今も変わらず働いている。
こんな実家の喫茶店には、毎日18時になると必ず来る常連客がいる。
喫茶店には常連客なんて山のようにいて、注文するものもいつも同じ人が多いけれど、その人は他のお客さんとは諸々違う点が多かった。
金の地に毛先だけが赤い派手な髪色に似合わないピシッとしたスーツを着ているが、足元はスニーカー。
スーツなのにスニーカーで、黒いリュックを背負った姿は、間違いなく教師だと早いうちから確信した。
「いらっしゃいませ。ご注文はいつもとご一緒でよろしいですか?」
毎日来るので、覚えようと思わなくとも否が応でも覚えてしまう。
「うむ、それでお願いしよう。」
まっすぐすぎる返事に少したじろいでしまうが、「かしこまりました。」と返事をする。
ちょっと偉そうな話し方に最初は驚いたものの、だいぶ慣れた。
小ぢんまりした喫茶店なので、口頭で厨房へ注文を通し、コーヒーとサンドイッチの提供を準備する。
カチャカチャと食器の当たる音が響くが、そんな音は全く気にならないようで、この注文をしたその人は持参した資料に目を通していた。
最近になってようやく、そのお客さんの苗字を知った。煉獄さんというらしい。派手な髪によく似合う名前だと思った。
「お待たせいたしました。コーヒーとサンドイッチです。」
「ありがとう。」
私は頼まれた注文を提供して席を離れる。
煉獄さんは、いつも私が離れたタイミングで、店中に響き渡るような声で「いただきます!」と言って食事を始める。
そして、一口サンドイッチを口に入れては噛みしめるように「うまい。うまい。うまい。」と言う。
父が作った料理…といっても、軽食だが、それを褒めてもらえているのは素直にうれしく感じる。
来るたびに同じものを食べては、毎度同じテンションで「うまい」と言う煉獄さんは、どこか変わっている人に見えたけれど、いい人なんだろうな、とも思った。
家族経営の喫茶店なので、閉店時間は少し早くしており、20時には店を閉めることにしている。煉獄さんは18時に来て、閉店までずっといる。
父は煉獄さんが常連になるまで、毎日来ては2時間もこの店にいる煉獄さんのことを不思議がってはいたものの、
毎日自分が作ったものを嚙みしめるように「うまい」と言い、退店時には「ご馳走様でした。今日もとてもおいしかったです。」と言う煉獄さんの人柄にすっかり惹かれていた。
今日もいつもと変わらない様子の煉獄さんだったが、19時になったところで急に「店員さん」と声をかけられた。
その声もまた狭い店にはよく通る大きい声で、教師生活の中で声量の調節方法を忘れてしまったのではないかと思ってしまった。
「はい、なんでしょう?」
「今日はこれもいただきたいと思って。」
そう言ってメニューを指さして、珍しくデザートを頼んだ。
「あら、デザートなんて珍しいですね。お疲れですか?」
「なぜそう思うんです?」
「人間、甘いものを欲しているときは疲れていることが多いですから。」
「そうか。」
「それに、煉獄さんはいつも資料を読んでいらっしゃるので、頭をたくさん使っていらっしゃるんだろうな、と。」
「む?俺の名前はいつ?」
「あ、すみません。先日、退店されたときに学生さんとお話されているところを見てしまって。」
「なるほど!名前を覚えてもらえているのは光栄だ。」
「では、デザートをお持ちしますね。」
そう言って追加注文を父へ通すと、父から「お代はいらないって言っとけ」と言われた。
父は余程、煉獄さんのことが気に入っているらしい。昔から通ってくれている常連さんにですら、極稀にしかサービスをしないのに、そのお客さんよりも日の浅い煉獄さんにサービスしている。
「お待たせいたしました。こちらのデザートですが、サービスだそうです。」
「なに、それは申し訳ない。代金はしっかり払わせてもらおう。」
「父がプレゼントしたいとのことなので、どうかお受け取りください。」
「いや、しかし…。」
「煉獄さんがいつもおいしいと言ってくれるのが、嬉しいようですから、そのお礼だと思ってください。」
私がそこまで言ってやっと、煉獄さんはサービスを受け入れてくれた。
提供したデザートも噛みしめるように「うまい」と言って食べてくれていた。心なしか、父が嬉しそうに見えた。
20時の閉店間際になり、煉獄さんは荷物をまとめはじめた。
私は一足早く、レジに立ち、ほかのお客さんを見送りながら、煉獄さんを待っていた。
いつもなら、店に残っている誰よりも早く会計を済ませて退店するのだが、今日は珍しく最後にレジに来た。
「ありがとうございます。」
「店員さん、あなたの名前は?」
「え?」
「名前を教えてくれないか。」
「舞智華ですが…」
「舞智華さん、お父様によろしく伝えてほしい。」
「はい、承知しました。父も喜ぶと思います。」
「それと…」
「はい?」
珍しくいろいろお話してくださるな…と思っていると、ポケットから徐に小さな白い紙きれを出して、私に渡してきた。
「これは…?」
「俺の連絡先だ。俺はあなたともっと話がしたい。あなたが嫌でなければ、一度連絡がほしい。」
まさか店で連絡先を渡されるとは思ってもみなくて、心底驚いた。
「ありがとうございます。」
「連絡、待っている。」
「あ…はい。」
「今日もごちそうさまでした。おいしかったです。また来ます!」
煉獄さんはそう言って退店した。
私は会計を済ませた片手に、煉獄さんからいただいた連絡先を持ったまま、レジの前でぼーっとしてしまった。
よもや、よもやだった。
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