Lonely Happy Holiday
お名前は?
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
キラキラ眩しいクリスマス。
恋人たちが輝くクリスマス。
今年はホワイトクリスマス。
そんな中、私はひとりだ。
【Lonely Happy Holiday】
世の中はクリスマスムード一色。今日はクリスマスイブ。なぜ日本ではクリスマスイブの方が盛り上がるのか、いささか疑問でならない。クリスマスなど関係ない社会人である私は、恋人たちが輝くクリスマスに、黙々と仕事をしていた。
事務や経理の女性たちは、恋人と用があるのだろう。定時になる前からそわそわと落ち着きなく、こそこそと帰宅の用意をしている。
そして時計の針が定時を指したとたん、約束したかのように連なって帰っていく。
「あれ、常野重さん、残業ですか?」
「うん…。仕事が溜まってて…。」
「そうなんですねー。大変ですね、クリスマスなのに。じゃ、お先に失礼しまーす。」
にこやかに去っていく彼女の台詞は、ひねくれた私には「クリスマスに用事がないなんて、フリーなんですね常野重さん、可哀想」という嘲笑にしか聞こえなかったが、悔しくも羨ましくもない自分がいた。
大学を卒業して今の会社に就職し、もう5年が経とうとしている。営業職へと配属され、最初は新入社員として右も左も分からず、それでも上司や先輩から上手におだてられ、可愛がられながら仕事をしていた。1年も経てば、随分とたくましくなる。
「常野重、今月中に売り上げは上がりそうか。」
「なんとかなりそうです。」
「やっぱり困ったときはお前だな。」
「ありがとうございます。」
上司にそう褒められれば、やる気は出るもので、2年目以降も上手におだてられ、気が付けば5年目の今は部署内でもそれなりの営業成績をほこるようになっていた。それが楽しくて、自分のプライベートをないがしろにしており、気が付けば私は、まさに「仕事が恋人」状態となってしまったのだった。
クリスマスイブの今日も、栄養ドリンクを片手に見積書やら納期予定やら、取引先とのメールのやり取りを続けている。
クリスマスは別の見方をすれば年末直前なのだ。つまり、年内にできることはしておかなければならない。もっと言えば、年明けのことを考えて、仕事の調整をしなければならない。取引先の年末年始の休みなども考慮に入れつつ、仕事をしなければならない時期である。だから私は、自分が年始に楽になるように仕事をしている。
しかし流石に疲れてきて、ちょっと一息つこうと思ったときだった。
突然頬に暖かみを感じ、ふと視線をそちらに向けると、そこには私より1つ上の跡部先輩がいた。
「お疲れ。」
「ありがとうございます。跡部先輩も残っていらっしゃったんですね。」
「ああ、まあな。年末は、小銭稼ぎの時期だからな。小さな案件でも獲得しなきゃならないからな。」
そう言いながら、跡部先輩は私の隣の席に座った。そして暖かいカフェオレを手渡してくれた。
「案件獲得は確かにそうですね…。でも…」
「あん?でも何だ?」
率直に感じていることを言ってもいいものかと戸惑っていると、早く言えと急かされたので言わざるを得なかった。
「でも…跡部先輩みたいな人は、クリスマスイブなんて予定が詰まってるんじゃないですか?大人数で豪華なパーティーして、二次会で女の子達を呼んで、その子達を侍らせて、朝まで飲むみたいな…。」
容姿端麗、頭脳明晰、成績優秀、すべてにおいて言うことなしともいえる、この跡部景吾氏が社内に残っていること自体が私にとっては想定外だったのだ。思わずそう口走ると、呆れた顔をしながら跡部先輩が口を開いた。
「てめえ、俺がそんな遊び人だと思ってたのか。」
「ええ、少なからず…。」
「正直すぎるだろ。」
「だって跡部先輩、顔もきれいだし仕事もできるし。多分、収入もそれなりに高いでしょうから、世の中の女性が放っておくわけないじゃないですか。」
「ああ、確かにそうだな。実際、今日も方々から誘いはあったが断った。」
「え、断ったんですか!どうして?!約束すればよかったじゃないですか!」
自分のクリスマスイブの過ごし方などそっちのけで、跡部先輩のクリスマスを心配してしまった。
「お前が残業するだろうと思ったからだ。」
「え?」
「俺はお前が思っているような遊び人じゃない。クリスマスに浮かれて、馬鹿騒ぎをするような奴らとは違う。」
「そうだったんですか…。それは大変失礼いたしました。」
「失礼極まりないな。」
「はい、重々承知しております。誠に申し訳ございません。」
「わかればいい。どうせ、今年もお前は残業するだろうから、俺も残業しようかと思っただけだ。」
「そうでしたか…。でも…今年も、と言ってらっしゃったってことは、私が毎年残っているのを見てたってことですよね?」
「ああ、そうだ。それがどうした?」
「え、遊び人より怖いです。」
まさか跡部先輩は私のストーカーなのではと一瞬疑ってしまったが、跡部先輩によってすぐ否定される。
「お前の後をつけて俺様が楽しむと思うか、あーん?ずっと同じ部署で働いてりゃ、そういう想像ぐらいできるだろうが。」
「ああ、それもそうか。」
冷静になって考えてみれば、跡部先輩とは5年間同じ部署で仕事をしていたのだった。勿論、時々話したり、部の飲み会で話したことはあるものの、しっかり話したことはあまりなかった。
「まあ…俺もお前も仕事が恋人だからな。」
「そうですね……って、え?恋人いらっしゃらないんですか?」
次々と跡部先輩から出てくる衝撃発言に目が点になって、跡部先輩を見た。
「俺に恋人がいないことがそんなに不思議か?」
「不思議ですし、驚きです。侍らせている女の子の中に、一人か二人ぐらい彼女がいるもんだと…」
「つくづく失礼な奴だな。お前、取引先でもそんな感じか?」
「いいえ、仕事はちゃんとしてますよ。」
「……まあ、それもそうか。じゃないと、あんだけの成績は残せないよな。」
跡部先輩も私の仕事の成果には一目おいてくれているのか、そう言ってもらえて少し嬉しかった。
「で、お前の仕事は終わりそうなのか?」
「そうですね。今しているのは、明日でもできることですね…。」
「そうか。じゃあ……」
じゃあ、と言った跡部先輩の次の一言に驚きを隠せなかった。
「え、今なんておっしゃいました?」
「お前…聞いてなかったのか?」
「いや…驚きすぎて…ちょっと理解が追い付いておりませんで。」
「仕方ねえなあ…。もう一度言ってやるから、よく聞けよ。」
「はあ。」
「それから、お前に選択権はないからな。」
「へえ…。」
力ない返事を繰り返していたら、頭を小突かれて「ちゃんと聞け」と言われたので、ちょっと仕事モードになってみた。
「このあと、食事に行くから、それに付き合え。店は予約してある。」
「跡部先輩、1点よろしいでしょうか。」
「なんだ。」
「……なぜ拒否権がないのでしょうか。」
「2名で予約したからだ。」
「え…。そもそも1人で行ったら良かったんじゃ…」
「たまには、「仕事が恋人」の者同士、二人で互いを労おうじゃねえか。」
「はあ…」
なんとも言えない返事をしたところで「早く行くぞ、片付けろ」と言われ、それと同時に跡部先輩が自席に戻って帰り支度を始めた。私もとりあえず帰り支度をして準備が整ったところで、跡部先輩はどこかに電話をかけていた。
「もう少し待ってろ。迎えが来る。」
「はあ。」
迎えとは…?頭には終始、疑問符が浮かんでいるが、「仕事が恋人」の私たちで、お互いにお互いを労おうという跡部先輩の案も悪くないと思った。
しばらくの間、車を待ちながら社内にいた。
「お前…」
「なんでしょう?」
「恋愛に興味はあるのか?」
「は?」
今日の跡部先輩はどうしたのか、唐突な質問が多い。思わず変な声が出てしまったが、至って真面目に質問したようで、ちゃんと答えるしかなかった。
「興味がない…わけではないんですが…」
「わけではないが、何だ。」
「この5年はずっと、仕事が楽しくて仕方がなくて。そうしたら、恋愛の仕方を忘れてしまって…。出会いも社内が殆どですし、結局どうすればいいかわからなくて…。」
「そうか。」
「はい。跡部先輩はどうなんですか?」
「そうだな…。興味がないわけじゃないが、仕事の方が優先順位が高いな。」
「なんだ、一緒じゃないですか。」
ちょっとおかしくて、ふふっと笑いながら跡部先輩を見たら、少しだけ戸惑った顔をしていた。その時、跡部先輩の携帯が鳴って、車の到着を知らせた。
「行くぞ、常野重。」
「あ、はい。」
到着した車は驚くほど高級な車で、一瞬自分の目を疑った。ー長い。今までの人生で見たことがないぐらい、車体が長い。本当にこれに乗るのかと戸惑っていると、車の運転手さんがドアを開けてくれた。
「どうぞ、お乗りください景吾様。」
「ああ、ご苦労様。店に遅れると連絡はいれてくれたか。」
「はい、勿論でございます。」
「助かる。礼を言う。」
そんな会話を交わして、跡部先輩は車に乗り込んだ。呆然と立っていると、運転手さんが優しく「どうぞ、お嬢様もお乗りください。」と言われた。お嬢様だなんて、人生で生まれてはじめて言われて、照れ臭かった。
中には机が設置してあって、その机を挟んでお互いに正面に座った。
「…レンタルですか、この車。」
「ばーか。俺の家の車だ。」
「え、何者なんですか、跡部先輩。」
「…お前、本当に何にも知らないんだな。」
「何のことでしょうか。」
「俺のことだ。」
あまり話したこともないのに、知っているわけがない…と心の底から思った。考えていると、いきなり跡部先輩が密着するぐらい近い距離で隣に座ってきた。綺麗な顔がものすごい近くにある。絵になるなぁ、見とれていると、少し呆れながら机に肘をついて私に一言だけ言い放った。
「教えてやる。俺たちの会社の会長は、俺の親父だ。」
「あらま。」
確かに入社当時から跡部先輩の名字が、会長と同じだな、とは思っていた。でも、遠い親戚の縁故入社なのだろうか、と思っていた。
あまり話したことは無かったけれど、容姿端麗、頭脳明晰、成績優秀。そんな先輩に憧れて頑張っていたものの、まさか会長の血縁者だとは思わなかった。
「まさか会長のご子息だったとは…。」
「…本当に知らなかったんだな。」
「はい。誰も教えてくれませんでしたし…」
「…お前、社内に友達いねえのか?」
「男女とも同期はいますが…。そういうゴシップ的な話は好きじゃないので、聞いていなかったのかもしれません。」
「益々面白いやつだな、お前は。」
隣からの視線をまっすぐに受けながら、話をし続けた。話してみると意外とまともな人なのだと感じた。
「でも、会長の息子さんだったら、もう少し高いポジションとかでもいいんじゃないですか?」
率直に感じたことを、先輩にぶつけてみる。
「最初はその話もあったが、訓練がてら配属された今の部署の仕事が面白くてな。抜ける気には全くなれなくて、今の状態だ。」
少しだけにこやかに話す跡部先輩を見るのは、なんだか新鮮だった。
そんな話をしている内に目的地に着いたようだった。車のドアが開き、ゆっくり降りると全くの別世界が広がっていた。
「行くぞ、常野重。」
「いや、行くぞと言われましても…」
見たことのない、白い豪華な建物には門があるし、その門は閉まっているし、閉まっている門の両サイドには門番みたいなボーイは立っているし…。何なんだ、ここは。あの長い車に乗ったときから夢でもみているのかと思ったが、「何をしている」という跡部先輩の声で我に返り、現実なのだと実感する。
跡部先輩は慣れているのか、入り口のボーイ話しかけている。すると「お待ちしておりました」という声と共に、門が開いて通行可能となった。
門に入ると、中には通路があって、それが白い建物まで続いている。しかし、遠い。なぜこんなにも広いのかと疑問を抱いてしまう。
歩いている途中に、このお店の人であろう、スーツを着た人が迎えに来た。
「跡部様、お待ちしておりました。」
「遅れて申し訳ない。今日は他の予約もあって忙しいだろうに…。」
「いえいえ。跡部様のことですから、何か事情があってのことだと承知しております。お気になさらないでください。」
「助かる。」
お店の人も慣れているのか、跡部先輩と話している。
「失礼ながら…跡部様、こちらの方は…?」
「ああ、なにも紹介してなかったな。俺の所属している部の後輩だ。」
「そうでしたか。今日はごゆっくりとお食事をお楽しみくださいませ。」
「あ…ありがとうございます。」
そんな話をしつつ、歩いていたら個室へと通された。まあなんとシックな雰囲気の個室なのか。暗めの照明の中、白いテーブルクロスがひかれたテーブルに、椅子が2つ向かい合わせに置いてある。
結婚式でしかみたことがないような、食事のセッティングがされている。フォークもナイフもスプーンも何本も並べられているし、ワイングラスにシャンパングラス…グラスだけでもいくつも並んでいる。何なんだ、この慣れない空間は…。料理の味なんてするのだろうか…と緊張していると、先ほど案内してくれたお店の人が椅子を引いて座らせてくれた。
二人で向かい合って座ったものの、会話のない状況が続いている。
不意にメニューを見ていた跡部先輩が口を開いた。
「お前…」
「へい!」
「何なんだ、その色気のない返事は…」
少し呆れたような顔をしながら跡部先輩はそう言った。
「まあいい。お前、ワインは飲めるのか?」
「はい、赤も白も大丈夫です。」
「そうか、なら大丈夫だな。」
そう言うと、跡部先輩は見ていたメニュー表を閉じた。
「あのー…」
どうしても聞いてみたいことがあって、私は先輩に話しかけた。
「なんだ。」
「ここへはどんな方といらっしゃっているんですか…?」
「はあ?」
「いや…お店のかたともお知り合いのようですし…。」
「取引先だ。接待に使うにはちょうどいい。」
「えええ、お客さんとこんな素敵なところに来るんですか。」
「ああ。大事な取引先と、大事な商談があるときは、色んな人に協力を仰いで、ここで接待をすることにしている。」
「へえ…。ちなみに…プライベートでは来るんですか…?」
「ん?」
「あ…すみません、聞いてはいけなかったですね…。」
「……てめえ、また俺が女とここに来てるとでも想像してんだろ?」
「…ばれましたか?」
「すけすけだぜ、あーん?」
「それは失礼いたしました。」
「安心しろ、他の女とは来たことはない。」
「そうですか…。」
なぜ安心しろ、という枕詞がついたのかわからないけれど、そう考えている間に、コース料理が運ばれてきた。
見たことも聞いたこともない料理ばかりだったけれど、どれも頬が落ちるほど美味しくて、なんと贅沢なのかと思った。そして、初めて過ごす素敵なクリスマスだということに気がついた。
「なんか…素敵なクリスマスをありがとうございます。」
「ふっ…。たまにはいいだろ、こういう時間も。」
「とても贅沢です。」
「仕事のことを忘れて、うまいものを味わう時間も必要だと思うぜ。…俺も、お前もな。」
「…そうですね。」
今まで毎年、仕事ばかりして、クリスマスらしいことなどしたこともなく、唯一していたこととすれば、よく行く店でシャンパンだけ飲んで一人でゆっくりするぐらいだった。
でも、今年はびっくりするぐらいの豪華で、優雅な時間を過ごすことができた。それは全部、跡部先輩のおかげだ。
「跡部先輩、本当にありがとうございます。」
笑いながらそう言うと、急に不敵な笑みを浮かべながら、跡部先輩はいい放った。
「来年も来るぞ、常野重。」
「へ?」
「俺に下心がないとでも思ってたか?」
「んんん?」
そう言うと、跡部先輩は急に身を乗り出して、私の瞳をとらえて言った。
「俺様は、本命には本気だからな。」
「へ…?」
「捕らえた獲物は逃がさねえ。」
「ほう…?」
「……てめえ、まだわかってねえのか?」
「いや…本命には本気で、捕らえた獲物は逃がさないんですよね?」
「ああ、そうだ。」
「捕らえた獲物は……果たして…誰なのか…」
「お前だ。」
「ほお、私………私?!」
「俺と付き合え、常野重。」
「えっ…」
「お前に選択権はないからな。」
「なんてこと。」
キラキラ眩しいクリスマス。
恋人たちが輝くクリスマス。
今年はホワイトクリスマス。
そんな中、ひょんなことから
私はひとりじゃなくなった。
恋人たちが輝くクリスマス。
今年はホワイトクリスマス。
そんな中、私はひとりだ。
【Lonely Happy Holiday】
世の中はクリスマスムード一色。今日はクリスマスイブ。なぜ日本ではクリスマスイブの方が盛り上がるのか、いささか疑問でならない。クリスマスなど関係ない社会人である私は、恋人たちが輝くクリスマスに、黙々と仕事をしていた。
事務や経理の女性たちは、恋人と用があるのだろう。定時になる前からそわそわと落ち着きなく、こそこそと帰宅の用意をしている。
そして時計の針が定時を指したとたん、約束したかのように連なって帰っていく。
「あれ、常野重さん、残業ですか?」
「うん…。仕事が溜まってて…。」
「そうなんですねー。大変ですね、クリスマスなのに。じゃ、お先に失礼しまーす。」
にこやかに去っていく彼女の台詞は、ひねくれた私には「クリスマスに用事がないなんて、フリーなんですね常野重さん、可哀想」という嘲笑にしか聞こえなかったが、悔しくも羨ましくもない自分がいた。
大学を卒業して今の会社に就職し、もう5年が経とうとしている。営業職へと配属され、最初は新入社員として右も左も分からず、それでも上司や先輩から上手におだてられ、可愛がられながら仕事をしていた。1年も経てば、随分とたくましくなる。
「常野重、今月中に売り上げは上がりそうか。」
「なんとかなりそうです。」
「やっぱり困ったときはお前だな。」
「ありがとうございます。」
上司にそう褒められれば、やる気は出るもので、2年目以降も上手におだてられ、気が付けば5年目の今は部署内でもそれなりの営業成績をほこるようになっていた。それが楽しくて、自分のプライベートをないがしろにしており、気が付けば私は、まさに「仕事が恋人」状態となってしまったのだった。
クリスマスイブの今日も、栄養ドリンクを片手に見積書やら納期予定やら、取引先とのメールのやり取りを続けている。
クリスマスは別の見方をすれば年末直前なのだ。つまり、年内にできることはしておかなければならない。もっと言えば、年明けのことを考えて、仕事の調整をしなければならない。取引先の年末年始の休みなども考慮に入れつつ、仕事をしなければならない時期である。だから私は、自分が年始に楽になるように仕事をしている。
しかし流石に疲れてきて、ちょっと一息つこうと思ったときだった。
突然頬に暖かみを感じ、ふと視線をそちらに向けると、そこには私より1つ上の跡部先輩がいた。
「お疲れ。」
「ありがとうございます。跡部先輩も残っていらっしゃったんですね。」
「ああ、まあな。年末は、小銭稼ぎの時期だからな。小さな案件でも獲得しなきゃならないからな。」
そう言いながら、跡部先輩は私の隣の席に座った。そして暖かいカフェオレを手渡してくれた。
「案件獲得は確かにそうですね…。でも…」
「あん?でも何だ?」
率直に感じていることを言ってもいいものかと戸惑っていると、早く言えと急かされたので言わざるを得なかった。
「でも…跡部先輩みたいな人は、クリスマスイブなんて予定が詰まってるんじゃないですか?大人数で豪華なパーティーして、二次会で女の子達を呼んで、その子達を侍らせて、朝まで飲むみたいな…。」
容姿端麗、頭脳明晰、成績優秀、すべてにおいて言うことなしともいえる、この跡部景吾氏が社内に残っていること自体が私にとっては想定外だったのだ。思わずそう口走ると、呆れた顔をしながら跡部先輩が口を開いた。
「てめえ、俺がそんな遊び人だと思ってたのか。」
「ええ、少なからず…。」
「正直すぎるだろ。」
「だって跡部先輩、顔もきれいだし仕事もできるし。多分、収入もそれなりに高いでしょうから、世の中の女性が放っておくわけないじゃないですか。」
「ああ、確かにそうだな。実際、今日も方々から誘いはあったが断った。」
「え、断ったんですか!どうして?!約束すればよかったじゃないですか!」
自分のクリスマスイブの過ごし方などそっちのけで、跡部先輩のクリスマスを心配してしまった。
「お前が残業するだろうと思ったからだ。」
「え?」
「俺はお前が思っているような遊び人じゃない。クリスマスに浮かれて、馬鹿騒ぎをするような奴らとは違う。」
「そうだったんですか…。それは大変失礼いたしました。」
「失礼極まりないな。」
「はい、重々承知しております。誠に申し訳ございません。」
「わかればいい。どうせ、今年もお前は残業するだろうから、俺も残業しようかと思っただけだ。」
「そうでしたか…。でも…今年も、と言ってらっしゃったってことは、私が毎年残っているのを見てたってことですよね?」
「ああ、そうだ。それがどうした?」
「え、遊び人より怖いです。」
まさか跡部先輩は私のストーカーなのではと一瞬疑ってしまったが、跡部先輩によってすぐ否定される。
「お前の後をつけて俺様が楽しむと思うか、あーん?ずっと同じ部署で働いてりゃ、そういう想像ぐらいできるだろうが。」
「ああ、それもそうか。」
冷静になって考えてみれば、跡部先輩とは5年間同じ部署で仕事をしていたのだった。勿論、時々話したり、部の飲み会で話したことはあるものの、しっかり話したことはあまりなかった。
「まあ…俺もお前も仕事が恋人だからな。」
「そうですね……って、え?恋人いらっしゃらないんですか?」
次々と跡部先輩から出てくる衝撃発言に目が点になって、跡部先輩を見た。
「俺に恋人がいないことがそんなに不思議か?」
「不思議ですし、驚きです。侍らせている女の子の中に、一人か二人ぐらい彼女がいるもんだと…」
「つくづく失礼な奴だな。お前、取引先でもそんな感じか?」
「いいえ、仕事はちゃんとしてますよ。」
「……まあ、それもそうか。じゃないと、あんだけの成績は残せないよな。」
跡部先輩も私の仕事の成果には一目おいてくれているのか、そう言ってもらえて少し嬉しかった。
「で、お前の仕事は終わりそうなのか?」
「そうですね。今しているのは、明日でもできることですね…。」
「そうか。じゃあ……」
じゃあ、と言った跡部先輩の次の一言に驚きを隠せなかった。
「え、今なんておっしゃいました?」
「お前…聞いてなかったのか?」
「いや…驚きすぎて…ちょっと理解が追い付いておりませんで。」
「仕方ねえなあ…。もう一度言ってやるから、よく聞けよ。」
「はあ。」
「それから、お前に選択権はないからな。」
「へえ…。」
力ない返事を繰り返していたら、頭を小突かれて「ちゃんと聞け」と言われたので、ちょっと仕事モードになってみた。
「このあと、食事に行くから、それに付き合え。店は予約してある。」
「跡部先輩、1点よろしいでしょうか。」
「なんだ。」
「……なぜ拒否権がないのでしょうか。」
「2名で予約したからだ。」
「え…。そもそも1人で行ったら良かったんじゃ…」
「たまには、「仕事が恋人」の者同士、二人で互いを労おうじゃねえか。」
「はあ…」
なんとも言えない返事をしたところで「早く行くぞ、片付けろ」と言われ、それと同時に跡部先輩が自席に戻って帰り支度を始めた。私もとりあえず帰り支度をして準備が整ったところで、跡部先輩はどこかに電話をかけていた。
「もう少し待ってろ。迎えが来る。」
「はあ。」
迎えとは…?頭には終始、疑問符が浮かんでいるが、「仕事が恋人」の私たちで、お互いにお互いを労おうという跡部先輩の案も悪くないと思った。
しばらくの間、車を待ちながら社内にいた。
「お前…」
「なんでしょう?」
「恋愛に興味はあるのか?」
「は?」
今日の跡部先輩はどうしたのか、唐突な質問が多い。思わず変な声が出てしまったが、至って真面目に質問したようで、ちゃんと答えるしかなかった。
「興味がない…わけではないんですが…」
「わけではないが、何だ。」
「この5年はずっと、仕事が楽しくて仕方がなくて。そうしたら、恋愛の仕方を忘れてしまって…。出会いも社内が殆どですし、結局どうすればいいかわからなくて…。」
「そうか。」
「はい。跡部先輩はどうなんですか?」
「そうだな…。興味がないわけじゃないが、仕事の方が優先順位が高いな。」
「なんだ、一緒じゃないですか。」
ちょっとおかしくて、ふふっと笑いながら跡部先輩を見たら、少しだけ戸惑った顔をしていた。その時、跡部先輩の携帯が鳴って、車の到着を知らせた。
「行くぞ、常野重。」
「あ、はい。」
到着した車は驚くほど高級な車で、一瞬自分の目を疑った。ー長い。今までの人生で見たことがないぐらい、車体が長い。本当にこれに乗るのかと戸惑っていると、車の運転手さんがドアを開けてくれた。
「どうぞ、お乗りください景吾様。」
「ああ、ご苦労様。店に遅れると連絡はいれてくれたか。」
「はい、勿論でございます。」
「助かる。礼を言う。」
そんな会話を交わして、跡部先輩は車に乗り込んだ。呆然と立っていると、運転手さんが優しく「どうぞ、お嬢様もお乗りください。」と言われた。お嬢様だなんて、人生で生まれてはじめて言われて、照れ臭かった。
中には机が設置してあって、その机を挟んでお互いに正面に座った。
「…レンタルですか、この車。」
「ばーか。俺の家の車だ。」
「え、何者なんですか、跡部先輩。」
「…お前、本当に何にも知らないんだな。」
「何のことでしょうか。」
「俺のことだ。」
あまり話したこともないのに、知っているわけがない…と心の底から思った。考えていると、いきなり跡部先輩が密着するぐらい近い距離で隣に座ってきた。綺麗な顔がものすごい近くにある。絵になるなぁ、見とれていると、少し呆れながら机に肘をついて私に一言だけ言い放った。
「教えてやる。俺たちの会社の会長は、俺の親父だ。」
「あらま。」
確かに入社当時から跡部先輩の名字が、会長と同じだな、とは思っていた。でも、遠い親戚の縁故入社なのだろうか、と思っていた。
あまり話したことは無かったけれど、容姿端麗、頭脳明晰、成績優秀。そんな先輩に憧れて頑張っていたものの、まさか会長の血縁者だとは思わなかった。
「まさか会長のご子息だったとは…。」
「…本当に知らなかったんだな。」
「はい。誰も教えてくれませんでしたし…」
「…お前、社内に友達いねえのか?」
「男女とも同期はいますが…。そういうゴシップ的な話は好きじゃないので、聞いていなかったのかもしれません。」
「益々面白いやつだな、お前は。」
隣からの視線をまっすぐに受けながら、話をし続けた。話してみると意外とまともな人なのだと感じた。
「でも、会長の息子さんだったら、もう少し高いポジションとかでもいいんじゃないですか?」
率直に感じたことを、先輩にぶつけてみる。
「最初はその話もあったが、訓練がてら配属された今の部署の仕事が面白くてな。抜ける気には全くなれなくて、今の状態だ。」
少しだけにこやかに話す跡部先輩を見るのは、なんだか新鮮だった。
そんな話をしている内に目的地に着いたようだった。車のドアが開き、ゆっくり降りると全くの別世界が広がっていた。
「行くぞ、常野重。」
「いや、行くぞと言われましても…」
見たことのない、白い豪華な建物には門があるし、その門は閉まっているし、閉まっている門の両サイドには門番みたいなボーイは立っているし…。何なんだ、ここは。あの長い車に乗ったときから夢でもみているのかと思ったが、「何をしている」という跡部先輩の声で我に返り、現実なのだと実感する。
跡部先輩は慣れているのか、入り口のボーイ話しかけている。すると「お待ちしておりました」という声と共に、門が開いて通行可能となった。
門に入ると、中には通路があって、それが白い建物まで続いている。しかし、遠い。なぜこんなにも広いのかと疑問を抱いてしまう。
歩いている途中に、このお店の人であろう、スーツを着た人が迎えに来た。
「跡部様、お待ちしておりました。」
「遅れて申し訳ない。今日は他の予約もあって忙しいだろうに…。」
「いえいえ。跡部様のことですから、何か事情があってのことだと承知しております。お気になさらないでください。」
「助かる。」
お店の人も慣れているのか、跡部先輩と話している。
「失礼ながら…跡部様、こちらの方は…?」
「ああ、なにも紹介してなかったな。俺の所属している部の後輩だ。」
「そうでしたか。今日はごゆっくりとお食事をお楽しみくださいませ。」
「あ…ありがとうございます。」
そんな話をしつつ、歩いていたら個室へと通された。まあなんとシックな雰囲気の個室なのか。暗めの照明の中、白いテーブルクロスがひかれたテーブルに、椅子が2つ向かい合わせに置いてある。
結婚式でしかみたことがないような、食事のセッティングがされている。フォークもナイフもスプーンも何本も並べられているし、ワイングラスにシャンパングラス…グラスだけでもいくつも並んでいる。何なんだ、この慣れない空間は…。料理の味なんてするのだろうか…と緊張していると、先ほど案内してくれたお店の人が椅子を引いて座らせてくれた。
二人で向かい合って座ったものの、会話のない状況が続いている。
不意にメニューを見ていた跡部先輩が口を開いた。
「お前…」
「へい!」
「何なんだ、その色気のない返事は…」
少し呆れたような顔をしながら跡部先輩はそう言った。
「まあいい。お前、ワインは飲めるのか?」
「はい、赤も白も大丈夫です。」
「そうか、なら大丈夫だな。」
そう言うと、跡部先輩は見ていたメニュー表を閉じた。
「あのー…」
どうしても聞いてみたいことがあって、私は先輩に話しかけた。
「なんだ。」
「ここへはどんな方といらっしゃっているんですか…?」
「はあ?」
「いや…お店のかたともお知り合いのようですし…。」
「取引先だ。接待に使うにはちょうどいい。」
「えええ、お客さんとこんな素敵なところに来るんですか。」
「ああ。大事な取引先と、大事な商談があるときは、色んな人に協力を仰いで、ここで接待をすることにしている。」
「へえ…。ちなみに…プライベートでは来るんですか…?」
「ん?」
「あ…すみません、聞いてはいけなかったですね…。」
「……てめえ、また俺が女とここに来てるとでも想像してんだろ?」
「…ばれましたか?」
「すけすけだぜ、あーん?」
「それは失礼いたしました。」
「安心しろ、他の女とは来たことはない。」
「そうですか…。」
なぜ安心しろ、という枕詞がついたのかわからないけれど、そう考えている間に、コース料理が運ばれてきた。
見たことも聞いたこともない料理ばかりだったけれど、どれも頬が落ちるほど美味しくて、なんと贅沢なのかと思った。そして、初めて過ごす素敵なクリスマスだということに気がついた。
「なんか…素敵なクリスマスをありがとうございます。」
「ふっ…。たまにはいいだろ、こういう時間も。」
「とても贅沢です。」
「仕事のことを忘れて、うまいものを味わう時間も必要だと思うぜ。…俺も、お前もな。」
「…そうですね。」
今まで毎年、仕事ばかりして、クリスマスらしいことなどしたこともなく、唯一していたこととすれば、よく行く店でシャンパンだけ飲んで一人でゆっくりするぐらいだった。
でも、今年はびっくりするぐらいの豪華で、優雅な時間を過ごすことができた。それは全部、跡部先輩のおかげだ。
「跡部先輩、本当にありがとうございます。」
笑いながらそう言うと、急に不敵な笑みを浮かべながら、跡部先輩はいい放った。
「来年も来るぞ、常野重。」
「へ?」
「俺に下心がないとでも思ってたか?」
「んんん?」
そう言うと、跡部先輩は急に身を乗り出して、私の瞳をとらえて言った。
「俺様は、本命には本気だからな。」
「へ…?」
「捕らえた獲物は逃がさねえ。」
「ほう…?」
「……てめえ、まだわかってねえのか?」
「いや…本命には本気で、捕らえた獲物は逃がさないんですよね?」
「ああ、そうだ。」
「捕らえた獲物は……果たして…誰なのか…」
「お前だ。」
「ほお、私………私?!」
「俺と付き合え、常野重。」
「えっ…」
「お前に選択権はないからな。」
「なんてこと。」
キラキラ眩しいクリスマス。
恋人たちが輝くクリスマス。
今年はホワイトクリスマス。
そんな中、ひょんなことから
私はひとりじゃなくなった。
1/1ページ