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ビルシャナ戦姫ss

すっかり紅葉シーズンも終わり、
木々の葉は枯れ落ちて昨夜降り積もった雪で辺り一面真っ白に染まっていた。
そんな中、人通りの多いショッピングモールの中央に飾られた大きなクリスマスツリーの下、
春玄は少しズレ下がったマフラーをそっと首元に寄せる。
無意識に吐き出された息は白く、
今日の寒さを仄かに感じさせられる。

「すまない、春玄!待たせてしまって……」
「遮那、待っていたよ。……ん?これは?」
「待たせてしまったお詫びだ。
何もこんな寒空の下で待っていなくても、
どこか店内に入って待っていてくれて良かったんだぞ?」

駅から慌てて走って来たのだろう。
義経の髪は少しだけ風で乱れていた。
そしてその手には自分と春玄の分のホットココアの缶を持っていた。

「遮那、行きは手袋をしていただろう?
ほら、こんなに手が冷えて真っ赤だ」
「ああ。後ろのリュックに入れたままだった」
「全く……これ以上冷えてはいけない。
どこか店の中に入ろうか」
「ああ、そうしよう」

今日は義経だけ午前に授業があったこともあって、
午後から新しくオープンしたこのショッピングモールを見て回ろうと約束していた。
要はデートの集合場所がここだったということだ。

高校まで直接迎えに行っても良かったのだが、
義経がそこまでさせてしまうのは申し訳ないと断りを入れたため、現地集合となった。
そのため春玄は分かりやすい目印のある場所で待つことにした。
それが中央広場にあるこの大きなクリスマスツリーの下だったということだ。

中央広場を囲うように色んなお店が立ち並んでいるのだが、
この広場は外にある。
加えて駅から真っ直ぐ歩けばこの広場にたどり着くこともあって、
結構な人通りの激しい場所でもあったが、
今は少し人が少なくなっている。

「本当に店の中で待っていても良かったんだぞ?
あんな寒いところで待っていなくても……」
「それだと遮那と合流できないだろう?」
「そんなことはない!春玄の姿ならどこにいたってすぐに見つけられる自信があるからな」

屈託の笑みを浮かべて自信満々にそう告げる義経に、
春玄もクスッと笑みを浮かべる。
今世でも生まれたばかりの頃からの幼馴染であり、
大切な女性でもある義経からそう言われるのは嬉しい。
お互いに前世の──平安後期の時代に生きた記憶を持っている。
もうあの頃のような天命や役目はなく、
義経もただの女の子として今世を生きている。

ただ容姿が整っている上に男勝りの口調で話す義経は、
女子からの人気が高いようで、
隣に歩いていてもよく思慕の眼差しで見つめられていることを思い出す。
そんなことを思い出している春玄もまた、
女子からの人気が高いことを知らないようだが。

「しかしこの時期は人が多いな」
「まぁ、この季節恒例のクリスマスが近付いているからなんだろうな」

春玄や義経の前世の時代にはなかった行事に、
記憶を思い出してから初めて迎えたこの時期は少し困惑したものだったが、
今ではすっかり慣れ親しんでいる。

「もう今年も終わりだなんて信じ難いな」
「あっという間だったな」

カフェの中に入った二人は温かい飲み物と、
ちょっとした茶菓子を頼み、
届くまでの待ち時間に雑談する。
前世の義経は寝る前や寝る時以外は髪を結い上げていたが、
今世では部活動の時間以外は腰近くまであるその髪を下ろしている。
この季節は特に寒いからという理由もあるだろうけれど。
何せ夏場になれば髪を結い上げているからだ。

「少しだけ温まってからどこへ行くか決めようか。
ここは広いから悩みどころではあるが」
「そうだな。兄上には連絡しているし、
多少遅くなっても問題ないとは思うから、
ゆっくり見て回ろう」
「頼朝殿、か……」

今世で義経と頼朝は実の兄妹だ。
見た目としては春玄の方が頼朝に似ているのだが、
今世では血縁関係にはない。
いや、もしかしたら春玄が知らないだけで遠い親戚だったりするのかもしれないが。

「春玄、今世では何も問題ない。分かっているだろう?」
「それは……」

春玄の気持ちも分かっているからこそ、
義経は少し困った顔で微笑む。
今はもうあの頃のような複雑な因縁はない。
頼朝も義経達同様前世の記憶を持っているが、
少し鈍感が過ぎる義経をただ心配している兄に過ぎない。
それに恋仲の相手もかつては自身の本当の弟だった春玄であることを知っている。
全面的に頼朝は義経のことを春玄に任せている。

「……すまない、私が置いていってしまったせいだな」
「遮那。お前は何も悪くないよ」

あの日、壇ノ浦の戦いの後、
義経は頼朝率いる軍による攻撃を避けられず、
重症を負って春玄と共に海の底へ身を投げ出した。
かろうじて義経よりも怪我が酷くなかった春玄だけが奇跡的に生き残った。
自身がいなくなったあと、彼が一体何をやってきたのかは知らない。
だが、法皇の命で皇族に嫁がされそうになっていたあの時に垣間見た絶望感を帯びた光のない瞳を思い出せば、
どのようなことをして生きてきたのかは想像に難くない。

「またこうして会えたんだ。それで充分だよ」
「そうか……そうだな。
こんな奇跡的なことが起きたんだからな」

少し暗くなった雰囲気を春玄がガラリと変えてしまう。
哀しさに呑まれないように上手く立ち回るのは、
今も昔も相変わらずだなと義経も心から笑みを浮かべる。
どれほど来世でも会いたいと願ったところで、
それが叶う可能性などない。
そう思えばまたこうして出会えたのは本当に奇跡と思ってもいいだろう。

「来年は少し遠出がしたいな」
「それもいいな。どこへ行こうか」

今年は前世で生まれ育った鞍馬寺に行くことができた。
前世と縁のある場所には迎えたし、
来年行く場所は知らない場所に行ってみたいなと思い浮かべる。

「ああ、そうだ。年末にまた弁慶達と集まって忘年会をやろうと思ってるんだ。
……というか、ほぼやることは決定しているんだが」
「またか……。良いな、何を持って行こうかも決めないといけないな」
「すまない、春玄。でも皆に会う機会は中々ないし……」
「分かっているよ。俺も久しぶりに会いたいしな」
「ありがとう」

テーブルに置かれたケーキを口に含みながら、
年末の忘年会に持ち寄るものと、
来年行く先をあれやこれやと案を出し合って話す。
こんなにもゆったりとした日々を毎日過ごせるなんて、
前世では思いつかなかっただろう。
そんな日々を生き別れてしまった愛する人と過ごせることにこの上ない幸せを感じる。
そう思いながら二人はこれからに思いを馳せた。

【the end】
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