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イケメン源氏伝ss

泰親さんの屋敷に移り住んでから少し経ったある日。
いつも通り薬師としての仕事も終え、
自室でまったりと過ごしているところに、
仕事を終えて帰ってきたばかりの泰親さんが私の部屋へ訪れてきた。

「泰親さん、お疲れ様でした」
「うん、由乃さんこそ今日もお疲れさま!
そういえば、今日は満月みたいだよ」
「えっ、そうなんですか!?」
「じゃあ一緒に満月を見に行こうか」

朝早くに起きて、
母の仕事の手伝いをして、
夜になれば家の外には危ないからと、
出ることを許されていなかった私にとって、
月は不思議と惹き付けられる魅力を感じていた。
初めて見た時はこんなにも綺麗なんだと、
とっても感動したことを今でも覚えている。

まるで子供のようにはしゃいでしまった私を、
泰親さんは微笑ましそうに眺めていることに気づいて、
頬が熱を持つのが分かる。
うぅ、年甲斐もなく子供ぽかったかな?
恥ずかしさで胸がいっぱいになりながら、
羽織を手に取って、
泰親さんと一緒に部屋の外へ移動した。



「わぁ……!すごく明るいですね!」
「そうだねぇ、俺にはもう見慣れたものだけど、
由乃さんと一緒に眺めると全く違うものに見えるなぁ」

満月がよく見える場所へ泰親さんに連れて行ってもらい、
二人して縁側に腰掛けて月を見上げる。
丸くて、優しい光が辺りを照らしていて、
とても幻想的な景色にうっとりと目を奪われる。

「違うもの、ですか?」
「うん、すっごく明るくて綺麗に見える。
前は、綺麗なものも穢いものも無慈悲に照らす、
煩わしいものだと思っていたのに不思議だなぁ」

泰親さんの言葉の真意が分からず疑問に思って問い返すと、
遠くを見るように目を細めて告げる泰親さんの言葉に、
何と返せば良いのか戸惑って返事をできずにいると、
困ったように微笑んだ泰親さんが私の肩を引き寄せる。

「……!」
「君に会ってから、
本当に色んなものを変えられちゃったなぁ……
だからね、今すっごく戸惑ってるんだ」
「え?」

私の肩口に顔を寄せた泰親さんが、
はぁ、と大きく息を吐いて言葉を述べる。
その声色が聞いたこともない不安と困惑を伴っていて、
どう返せば良いのか分からなくなる。
いつも飄々としていた泰親さんからは、
全く思い浮かばない姿に何ともいえない気持ちになる。

「誰かひとりをこんなにも愛したことなんてなかったから、
君に対してどう接すれば良いのか分からないんだよねぇ。
大切にしたい、どんな事でも叶えてあげたい、
好きなことをさせてあげたい、
でもそれと同時に、
俺以外の人を頼らないでほしい、
誰の目にも君の姿を入れたくない……そんな、
今までになかった思いが溢れ出してきて、
一体この手に負えないものをどうしたらいいのかわからなくて……
困ってるんだよねぇ」
「っ!」

泰親さんの深過ぎる愛情がその声から、
発せられる言葉から伝わってきて言葉が出なくなる。
あぁ、どうしたらこの人のこんなにも深い愛に応えられるのだろうか。
私はきちんとこの人に、
私からの愛を伝えられているだろうかと不安になる。

そういえば、
幕府の御所から泰親さんの屋敷に移り住んでからというもの、
ずっと泰親さんにお世話されっぱなしの状態で、
些細なこともさせてもらえないことが今日まで続いている。
今まで顕仁様にだけ向いていたものが、
私にも向かれているのだと知れて嬉しくなったと同時に、
こうして泰親さんの心の内を聞いた今となっては、
私にどう接すれば良いのか迷いに迷って、
決められずにいる最中で、
必要以上のことをしてしまっていたのだということを知ることができた。

大事にしたいからこそ、
過保護になって、
どこへ行こうにも危険がないようにと、
一緒に着いてきてくれていたのだと。
ちょっと暴走気味のその愛情深い行動に、
少し苦笑してしまう。

「泰親さん」
「ん?」
「私はただ、泰親さんのお傍にいられるだけで、
とっても満足で幸せなんです。
今みたいに、満月を一緒に眺めたり、
今までのようにお話をしたり、
一緒にどこかへ行ったり。
特別なことは望みません。
ただ、泰親さんの傍で、
何の変哲もないいつもの日常を過ごしたいだけなんです」

当たり前のように泰親さんの傍で暮らしていたい。
頼るだけではなく、頼られたい。
何か豪華絢爛な物を望むでもなく、
特別な扱いをしてほしいわけでもない。
ただ一緒にいたい。それだけが私の望み。

「そっか……
でも君は無自覚に人を誑し込んでいくから、
これからも俺がきちんと監視しておかないとね」
「誑し込む……?」
「ほらやっぱり。
君に好意を抱いてる男性はたっくさんいるんだよ?
だから、きちんと俺がそばにいて、
そんな輩から守ってあげないとね」

ぎゅっと私の身体を強く抱きしめた泰親さんの告げた言葉に、
首を傾げながらも、
何か吹っ切れたような表情をしている泰親さんを見て、
何か私の言葉が泰親さんの悩みを解消したのかと思うと嬉しくなる。

「……冷えてきたね、戻ろうか」
「はい……わっ!」

しばらくお互いに寄り添いながら、
月明かりが照らす夜空を見上げた後、
泰親さんの言葉で戻るために立ち上がろうとした瞬間、
泰親さんに横抱きにされて、
急に浮いた感覚に驚いて声を出してしまう。

「さ、冷えちゃったし温めてあげないとね」
「え、や、泰親さん?
あの、歩けるので下ろしてくれると……」
「ん~?なあに、俺の姫君」
「……っ!」

時折告げる『俺の姫君』という言葉に私は弱い。
だってそんなこと言われたことがないから。
一度は誰だって”お姫様”に憧れを抱くことがある。
でも大きくなるにつれて、
それは自分にはなれないただの幻想でしかないと分かってからは、
馬鹿みたいだと憧れることさえ諦めたもので。

確かに『狐憑きの姫君』と呼ばれることは多くあったけれど、
それとこれとは違うもので、
そもそも大好きな人にそう言われるのは、
胸の奥がきゅんと鳴って苦しくなる。

何も言えずに頬を赤く染めるしかできない私を心底楽しそうに、
愛おしそうに見下ろす泰親さんの瞳から逃れたいけれど、
横抱きにされて部屋へ戻るため、
移動している今はどうしようもないもので、
顔を隠してしまいたい衝動に駆られている間に部屋へと戻ってきてしまった。

「よいしょっと」

泰親さんの膝の上に乗せられて、
身動きを取れないように強く抱き込まれて、
この羞恥心からは逃れられないのだと知った。

「可愛いね、俺の姫君は」
「うぅ……」

耳朶(じた)を甘く噛まれてびくりと肩を震わすと、
耳の近くで泰親さんが笑う気配を感じて、
羞恥心が限界に達しそうな気がして、
胸がいっぱいになって苦しくなる。
耳元で囁かれた言葉は、
あまりにも泰親さんの甘さと艶やかさを感じる声色で、
どうしようもなく灯っていく身体の熱を感じながら、
泰親さんに翻弄され、
愛される夜を過ごしていく───。


【the end】
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