ビルシャナ戦姫ss
壇ノ浦の戦いで負った傷も癒え、
ある程度外を出歩けるようになった頃。
源氏の棟梁として、
忙しなく日々を追われていた兄上から、
ほんの少しの息抜きにと、
蛍が見えることで有名な川辺へとやってきていた。
「見てください、兄上!
あんなにもたくさんの蛍が飛び交っています!」
「ああ。義経、こちらへ」
蛍という生き物がいることは知っていたけれど、
実際にこうして見るのが初めてだった私は、
悠々と飛び交う蛍の近くへ向かった。
既に辺りは暗くなり、
足元が危ういと兄上に支えられる。
未だに慣れない姫装束を纏っていることもあって、
申し訳ない気持ちになりながらも、
素直に兄上の手を取る。
わくわくと心躍らせながら、
綺麗で美しい景色を魅せる蛍の様子をじっくりと見つめる。
そんな心浮き立っている私に、
隣に来た兄上がクスッと笑った気配がした。
「兄上?」
「いや……。
蛍をこうして見に来ただけで、
そこまではしゃぐとはまるで子供のようだと思っただけだ」
「う……申し訳ありません」
「何を謝る必要がある?
それだけお前にとって物珍しいことなのだろう」
不思議に思って隣にいた兄上のお顔を見上げると、
優しい微笑みが視界に入り込む。
子供のようだと言われて恥ずかしくなったが、
兄上は不快に思ってはいないようで、
おかしそうに私を見下ろしていた。
未だにこの方のこうした優しい笑みには慣れない。
私は自分の頬が熱くなるのを感じながら、
お会いしたばかりの時には見れなかった、
その優しい笑みを目に焼きつける。
「どうした?蛍を見なくて良いのか」
「えっ」
私がじっと見つめていることに気付いた兄上が、
ふっと少し意地悪な笑みを浮かべて、
私に声をかける。
長時間ではないにしろ、
不躾にもじっと見つめてしまっていたことに、
私は顔を覆いたくなる衝動に駆られる。
兄上の今まで見られなかった一面を見られて、
嬉しいからと言って何てことを………。
そんな私の心の内を知ってか、
また兄上がおかしそうに笑っている。
私の前にだけ見せてくれるその一面が、
何よりも大切で、大好きなのだとより一層実感する。
いつも棟梁としての威厳溢れるそのお姿とは違い、
柔らかな空気を纏う兄上は、
本当にゆったりとしているように見える。
少しは気晴らしになっているのだとしたら、
私はとても嬉しいと思った。
「少し風が冷えて来たな……。
義経、傷に障る。邸へ戻るぞ」
「分かりました」
川の流れる音と、
その周囲を緩やかに軽やかに飛び回る蛍を、
ただ静かな空気の中、
互いに何も喋ることもなくじっと見つめていた。
以前なら気まずいと感じていたものは、
今では心地よいものに感じる。
何も言葉を交わさずとも、
心で通じ合っていることを知っているからだ。
ただ流れるがままに、
じっとその場に立ち、
幻想的な風景を眺めていた私に、
兄上がそっと声をかける。
その声音には優しさが滲み出ていて、
そのことを感じ取った私は、
胸がぎゅっと締め付けられる感覚を覚える。
これが忠信が言っていた『ときめき』というものだろうか。
兄上に優しく手を引かれ、
私たちは邸への帰路に着く。
そんな私たちを空に浮かぶ月が、
優しく温かな光で照らしていた────。
【the end】
ある程度外を出歩けるようになった頃。
源氏の棟梁として、
忙しなく日々を追われていた兄上から、
ほんの少しの息抜きにと、
蛍が見えることで有名な川辺へとやってきていた。
「見てください、兄上!
あんなにもたくさんの蛍が飛び交っています!」
「ああ。義経、こちらへ」
蛍という生き物がいることは知っていたけれど、
実際にこうして見るのが初めてだった私は、
悠々と飛び交う蛍の近くへ向かった。
既に辺りは暗くなり、
足元が危ういと兄上に支えられる。
未だに慣れない姫装束を纏っていることもあって、
申し訳ない気持ちになりながらも、
素直に兄上の手を取る。
わくわくと心躍らせながら、
綺麗で美しい景色を魅せる蛍の様子をじっくりと見つめる。
そんな心浮き立っている私に、
隣に来た兄上がクスッと笑った気配がした。
「兄上?」
「いや……。
蛍をこうして見に来ただけで、
そこまではしゃぐとはまるで子供のようだと思っただけだ」
「う……申し訳ありません」
「何を謝る必要がある?
それだけお前にとって物珍しいことなのだろう」
不思議に思って隣にいた兄上のお顔を見上げると、
優しい微笑みが視界に入り込む。
子供のようだと言われて恥ずかしくなったが、
兄上は不快に思ってはいないようで、
おかしそうに私を見下ろしていた。
未だにこの方のこうした優しい笑みには慣れない。
私は自分の頬が熱くなるのを感じながら、
お会いしたばかりの時には見れなかった、
その優しい笑みを目に焼きつける。
「どうした?蛍を見なくて良いのか」
「えっ」
私がじっと見つめていることに気付いた兄上が、
ふっと少し意地悪な笑みを浮かべて、
私に声をかける。
長時間ではないにしろ、
不躾にもじっと見つめてしまっていたことに、
私は顔を覆いたくなる衝動に駆られる。
兄上の今まで見られなかった一面を見られて、
嬉しいからと言って何てことを………。
そんな私の心の内を知ってか、
また兄上がおかしそうに笑っている。
私の前にだけ見せてくれるその一面が、
何よりも大切で、大好きなのだとより一層実感する。
いつも棟梁としての威厳溢れるそのお姿とは違い、
柔らかな空気を纏う兄上は、
本当にゆったりとしているように見える。
少しは気晴らしになっているのだとしたら、
私はとても嬉しいと思った。
「少し風が冷えて来たな……。
義経、傷に障る。邸へ戻るぞ」
「分かりました」
川の流れる音と、
その周囲を緩やかに軽やかに飛び回る蛍を、
ただ静かな空気の中、
互いに何も喋ることもなくじっと見つめていた。
以前なら気まずいと感じていたものは、
今では心地よいものに感じる。
何も言葉を交わさずとも、
心で通じ合っていることを知っているからだ。
ただ流れるがままに、
じっとその場に立ち、
幻想的な風景を眺めていた私に、
兄上がそっと声をかける。
その声音には優しさが滲み出ていて、
そのことを感じ取った私は、
胸がぎゅっと締め付けられる感覚を覚える。
これが忠信が言っていた『ときめき』というものだろうか。
兄上に優しく手を引かれ、
私たちは邸への帰路に着く。
そんな私たちを空に浮かぶ月が、
優しく温かな光で照らしていた────。
【the end】