ビルシャナ戦姫ss
「……すまない」
ざぁざぁと強く雨の雫が地へ降り注ぐ音だけが、
この静寂な空間の中でうるさく聞こえた。
「謝る必要はない。
慣れない生活だったのだから仕方がないことだ」
今私は褥に横たわった状態でいる。
普段なら外へ出て、
つい最近仲良くなった村の人達の手伝いをしに行くところだったのだが、
今までとは全く違う環境に体が悲鳴を上げたのか、
昨日、熱を出して寝込んでしまった。
教経と共に未来を生きるために死んだ振りをし、
表舞台に立つことも、
大切な仲間たちともう二度と会えないことも理解しながら、
私たちの願いと、
希望を賭けて海底へ飛び込んだ『壇ノ浦の戦い』から数ヶ月。
初めは警戒してあまり話すこともできなかった村の人達とも仲良くなり、
今まで知らなかったことを教えてもらいながら、
生活してきた。
私を心配そうに見下ろし、
水桶に浸した手拭いをもう一度私の額に乗せた教経が、
慰めるように優しい声色でそう告げる。
教経自身も平家の子として生きてきた時には思いもしなかったような、
戸惑いばかりの日々を送っているはずなのに余裕そうに見えて、
私は少しむっとしてしまう。
確かに私は女の身だが、
鞍馬寺で男として源氏の御曹司として鍛錬に励んできたのだから、
こうして体調を崩すだなんて情けないと思ってしまう。
「今はゆっくり休め」
私の瞼の上に、
眠るよう促すかのように教経は手のひらを乗せた。
ぶっきらぼうではあるけれど、
その言動からは心から私を心配しているのだと伝わってきて、
ついついクスリと笑ってしまう。
きっと教経は分かっている。
私が情けないと思っていることなんて。
彼と私は似た者同士で最愛の人。
だからお互いを自分以上に理解している。
不器用な一言に、
『情けなくなどない』という、
教経の想いが込められているように感じて、
沈んでいた心と彼への劣等感が和らいでいく。
──本当に私はなんて単純なんだろうか。
心の中で自笑して、
愛しい温もりに促されるがまま私は眠りに着いた───。
■
すぅすぅと小さく寝息が聞こえてくる。
昨夜妙に義経の体が熱いと思ったら、
慣れない環境下で過ごしていた影響なのか、
体調を崩してしまったのだと気付いたときは、
自分でも予想以上に戸惑ってしまった。
どこまでも強くいつまでも眩しい存在で、
初めて会った時から、
その強さに惹かれた義経のこんなにも弱々しい姿を見るのは、
やはり何度見ても慣れないものだった。
いつも以上に火照っている義経のその姿は、
あどけなさを残していながらも艶やかさを醸し出す様に、
どうしても胸の鼓動が高鳴る。
……ずっと気を張っていたのかもしれんな。
安心し切ったように穏やかな顔で眠る義経に近寄る。
まだお互いを今よりも知らず、
敵同士だった頃は強い警戒心を持たれていたのに、
今ではこうして俺に寝顔をさらけ出してくれる姿に、
自然と嬉しさで頬が緩む。
信頼してくれているのだと改めて実感する。
「……お休み、義経」
すぅすぅと小さな、
それもよく耳を澄ませていなければ分からないほどに、
小さな寝息を立てて眠る義経の額にそっと口付けを送る。
明日はいつものように元気な姿を見せてくれるようにと願いを込めて。
【the end】
ざぁざぁと強く雨の雫が地へ降り注ぐ音だけが、
この静寂な空間の中でうるさく聞こえた。
「謝る必要はない。
慣れない生活だったのだから仕方がないことだ」
今私は褥に横たわった状態でいる。
普段なら外へ出て、
つい最近仲良くなった村の人達の手伝いをしに行くところだったのだが、
今までとは全く違う環境に体が悲鳴を上げたのか、
昨日、熱を出して寝込んでしまった。
教経と共に未来を生きるために死んだ振りをし、
表舞台に立つことも、
大切な仲間たちともう二度と会えないことも理解しながら、
私たちの願いと、
希望を賭けて海底へ飛び込んだ『壇ノ浦の戦い』から数ヶ月。
初めは警戒してあまり話すこともできなかった村の人達とも仲良くなり、
今まで知らなかったことを教えてもらいながら、
生活してきた。
私を心配そうに見下ろし、
水桶に浸した手拭いをもう一度私の額に乗せた教経が、
慰めるように優しい声色でそう告げる。
教経自身も平家の子として生きてきた時には思いもしなかったような、
戸惑いばかりの日々を送っているはずなのに余裕そうに見えて、
私は少しむっとしてしまう。
確かに私は女の身だが、
鞍馬寺で男として源氏の御曹司として鍛錬に励んできたのだから、
こうして体調を崩すだなんて情けないと思ってしまう。
「今はゆっくり休め」
私の瞼の上に、
眠るよう促すかのように教経は手のひらを乗せた。
ぶっきらぼうではあるけれど、
その言動からは心から私を心配しているのだと伝わってきて、
ついついクスリと笑ってしまう。
きっと教経は分かっている。
私が情けないと思っていることなんて。
彼と私は似た者同士で最愛の人。
だからお互いを自分以上に理解している。
不器用な一言に、
『情けなくなどない』という、
教経の想いが込められているように感じて、
沈んでいた心と彼への劣等感が和らいでいく。
──本当に私はなんて単純なんだろうか。
心の中で自笑して、
愛しい温もりに促されるがまま私は眠りに着いた───。
■
すぅすぅと小さく寝息が聞こえてくる。
昨夜妙に義経の体が熱いと思ったら、
慣れない環境下で過ごしていた影響なのか、
体調を崩してしまったのだと気付いたときは、
自分でも予想以上に戸惑ってしまった。
どこまでも強くいつまでも眩しい存在で、
初めて会った時から、
その強さに惹かれた義経のこんなにも弱々しい姿を見るのは、
やはり何度見ても慣れないものだった。
いつも以上に火照っている義経のその姿は、
あどけなさを残していながらも艶やかさを醸し出す様に、
どうしても胸の鼓動が高鳴る。
……ずっと気を張っていたのかもしれんな。
安心し切ったように穏やかな顔で眠る義経に近寄る。
まだお互いを今よりも知らず、
敵同士だった頃は強い警戒心を持たれていたのに、
今ではこうして俺に寝顔をさらけ出してくれる姿に、
自然と嬉しさで頬が緩む。
信頼してくれているのだと改めて実感する。
「……お休み、義経」
すぅすぅと小さな、
それもよく耳を澄ませていなければ分からないほどに、
小さな寝息を立てて眠る義経の額にそっと口付けを送る。
明日はいつものように元気な姿を見せてくれるようにと願いを込めて。
【the end】
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