イケメン戦国ss
徐々に肌寒くなってきたこの頃。
ひと仕事を終えた私は夜の街並みを急いで走っていた。
息を切らしながら見つめた視線の先には、
数十分ほど待たせてしまっていた相手──光秀さんがいた。
「すみません!遅れてしまって……」
「いや気にするな」
私に気付いた光秀さんは息切れして呼吸を落ち着かせている私に、
手に持っていた温かな飲み物が入っている紙カップを手渡す。
寒くなってきたからとはいえ流石に全速力で走ると暑い。
そう思いながらも気温差で風邪を引いてしまっては元も子もない。
光秀さんから手渡された飲み物をそっと口に含んだ後になって、
関節キスをしていたことに気付いて、
落ち着いてきた体温がまた上がる感じがした。
「何を考えた?」
「!」
ニヤニヤと愉しげに笑う姿を見て、
私が考えていたことなどきっとこの人にはお見通しなんだろうと悟る。
それに気付いて羞恥で頬が熱くなった。
もうそろそろハロウィンの季節だからか、
街に並ぶ店のショーウィンドウには、
ハロウィンの仮装をしたマネキンや関連グッズなどが飾られている。
そっかもうそんな時期かと思いながら、
お迎えに来てくれた光秀さんと連れたって歩き始める。
───今私たちは現代に来ている。
三ヶ月程前に突然五百年後に飛ばされてから、
また戦国時代へ戻るために、
佐助くんからのワームホールの演算結果待ちだ。
私にはそういった知識がないから、
何かお手伝いできないのが悔しいけれど、
やっぱりその辺は専門家に任せるに限る。
現代に飛ばされたのは私と佐助くんと光秀さんの三人。
光秀さんは私と一緒にいたから巻き込まれて飛ばされてしまった。
巻き込んでしまったことを申し訳なく思いながらも、
恋仲と一緒にいられて嬉しいとも思ってしまっている。
光秀さんも気にするなと言ってくれるけれど、
内心は複雑な気持ちだ。
「今日の夕餉は何にしましょうか?」
「俺は食に関しては疎いのでな。
お前が作ったものならば何でも」
「あ、そうでしたね……」
そう、光秀さんが”腹に入れば何でもいい”タイプだったことをすっかり忘れていた。
こういう時『何でもいい』が一番困る返答ではあるのだが、
実際政宗にものすごく注意されるほどの味音痴だ。
本当に『何でもいい』のだろう。
となると……現代の食べ物にしようかな。
戦国時代では食べられないものを今のうちに食べてほしい。
それは現代に飛ばされて落ち着いてから思っていたことだった。
「じゃあ、今日はシチューにしましょう!
最近肌寒くなってきましたし!」
「しちゅー?」
「はい、楽しみにしててくださいね」
「どういった食べ物かは知らないが、
小娘がそんなにも張り切るぐらいだ。
期待していよう」
私の手料理は政宗ほど上手という訳ではないのに、
この時代に来てから光秀さんはよく食べるようになった気がする。
何か変化があったのかな?と思いながら、
家への帰路へ着く。
今日は光秀さんのお誕生日。
去年は再現出来なかったお祝いも今年はやれる。
そう思うとこうして不可抗力にも飛ばされて良かったと思ってしまう。
「帰ったらすぐに準備しますね!」
「ふっ……まるで夫婦のようだな」
「え?光秀さん今なんて……?」
隣を歩く光秀さんが小さく笑って何かを言った気がするのだが、
その声が呟くような小さな声音で、
私は上手く聞き取れなかった。
そんな私を見て光秀さんはふっと柔らかな笑みを浮かべた。
「いや、何でもないぞ」
「えっ!な、何ですか!わわ、髪が……!」
ぐしゃぐしゃとするように光秀さんの大きな手が私の頭を撫でる。
どうしてそんなに上機嫌なんだろう?と思いながら、
夕暮れの寒空の下、私たちは連れたって歩いた。
■
──五百年後の日ノ本に飛ばされてから、
甲斐甲斐しく家事と仕事をこなす舞の姿を見て、
ふと『夫婦のようだ』と思った。
いずれはそうなるものと──
いやそんな関係になりたいと思える存在は舞だけなのだが、
それでもそんな呑気なことを思えることに自分で驚いてしまった。
戦国の世ではありふれた幸せな日々は脆くあっという間に過ぎ去る。
いつまでも共に生きていける保証などない。
俺の方が先に舞を置いていってしまうだろう。
そう考えればこの戦のない平和な時代で、
家庭を築いた方が舞にとって幸せなのではないかと思った。
それと同時にそんなことを言えば怒られるだろうとも。
戦国の世で二人一緒にいられる時間は短いだろう。
何が起こるか分からない世だ。
今までも仕事で舞を一人御殿に置いては悲しませていただろう。
そんな日々が当たり前だったからこそ、
何も阻むものがないこの暮らしは幸せに思えた。
立場も役目もない、そんな暮らしは。
だがこの平和な世をこの目で見た以上は、
絶対に戻らなければならない。
いつか舞が生まれるこの時代へ繋げるために。
俺の生誕の日を祝ってくれた愛らしい女は、
隣ですやすやと眠っている。
この五百年後での生活もあと残り僅か。
こうも長く共にいる時間が増えれば、
元の時代に戻った時、
仕事で離れ離れになるのが惜しく思える。
今のうちに悔いのないように、
とことん甘やかそうと心に決め、
心地よさそうに眠る舞を抱き締め、
そっと目を閉じた────。
【the end】
ひと仕事を終えた私は夜の街並みを急いで走っていた。
息を切らしながら見つめた視線の先には、
数十分ほど待たせてしまっていた相手──光秀さんがいた。
「すみません!遅れてしまって……」
「いや気にするな」
私に気付いた光秀さんは息切れして呼吸を落ち着かせている私に、
手に持っていた温かな飲み物が入っている紙カップを手渡す。
寒くなってきたからとはいえ流石に全速力で走ると暑い。
そう思いながらも気温差で風邪を引いてしまっては元も子もない。
光秀さんから手渡された飲み物をそっと口に含んだ後になって、
関節キスをしていたことに気付いて、
落ち着いてきた体温がまた上がる感じがした。
「何を考えた?」
「!」
ニヤニヤと愉しげに笑う姿を見て、
私が考えていたことなどきっとこの人にはお見通しなんだろうと悟る。
それに気付いて羞恥で頬が熱くなった。
もうそろそろハロウィンの季節だからか、
街に並ぶ店のショーウィンドウには、
ハロウィンの仮装をしたマネキンや関連グッズなどが飾られている。
そっかもうそんな時期かと思いながら、
お迎えに来てくれた光秀さんと連れたって歩き始める。
───今私たちは現代に来ている。
三ヶ月程前に突然五百年後に飛ばされてから、
また戦国時代へ戻るために、
佐助くんからのワームホールの演算結果待ちだ。
私にはそういった知識がないから、
何かお手伝いできないのが悔しいけれど、
やっぱりその辺は専門家に任せるに限る。
現代に飛ばされたのは私と佐助くんと光秀さんの三人。
光秀さんは私と一緒にいたから巻き込まれて飛ばされてしまった。
巻き込んでしまったことを申し訳なく思いながらも、
恋仲と一緒にいられて嬉しいとも思ってしまっている。
光秀さんも気にするなと言ってくれるけれど、
内心は複雑な気持ちだ。
「今日の夕餉は何にしましょうか?」
「俺は食に関しては疎いのでな。
お前が作ったものならば何でも」
「あ、そうでしたね……」
そう、光秀さんが”腹に入れば何でもいい”タイプだったことをすっかり忘れていた。
こういう時『何でもいい』が一番困る返答ではあるのだが、
実際政宗にものすごく注意されるほどの味音痴だ。
本当に『何でもいい』のだろう。
となると……現代の食べ物にしようかな。
戦国時代では食べられないものを今のうちに食べてほしい。
それは現代に飛ばされて落ち着いてから思っていたことだった。
「じゃあ、今日はシチューにしましょう!
最近肌寒くなってきましたし!」
「しちゅー?」
「はい、楽しみにしててくださいね」
「どういった食べ物かは知らないが、
小娘がそんなにも張り切るぐらいだ。
期待していよう」
私の手料理は政宗ほど上手という訳ではないのに、
この時代に来てから光秀さんはよく食べるようになった気がする。
何か変化があったのかな?と思いながら、
家への帰路へ着く。
今日は光秀さんのお誕生日。
去年は再現出来なかったお祝いも今年はやれる。
そう思うとこうして不可抗力にも飛ばされて良かったと思ってしまう。
「帰ったらすぐに準備しますね!」
「ふっ……まるで夫婦のようだな」
「え?光秀さん今なんて……?」
隣を歩く光秀さんが小さく笑って何かを言った気がするのだが、
その声が呟くような小さな声音で、
私は上手く聞き取れなかった。
そんな私を見て光秀さんはふっと柔らかな笑みを浮かべた。
「いや、何でもないぞ」
「えっ!な、何ですか!わわ、髪が……!」
ぐしゃぐしゃとするように光秀さんの大きな手が私の頭を撫でる。
どうしてそんなに上機嫌なんだろう?と思いながら、
夕暮れの寒空の下、私たちは連れたって歩いた。
■
──五百年後の日ノ本に飛ばされてから、
甲斐甲斐しく家事と仕事をこなす舞の姿を見て、
ふと『夫婦のようだ』と思った。
いずれはそうなるものと──
いやそんな関係になりたいと思える存在は舞だけなのだが、
それでもそんな呑気なことを思えることに自分で驚いてしまった。
戦国の世ではありふれた幸せな日々は脆くあっという間に過ぎ去る。
いつまでも共に生きていける保証などない。
俺の方が先に舞を置いていってしまうだろう。
そう考えればこの戦のない平和な時代で、
家庭を築いた方が舞にとって幸せなのではないかと思った。
それと同時にそんなことを言えば怒られるだろうとも。
戦国の世で二人一緒にいられる時間は短いだろう。
何が起こるか分からない世だ。
今までも仕事で舞を一人御殿に置いては悲しませていただろう。
そんな日々が当たり前だったからこそ、
何も阻むものがないこの暮らしは幸せに思えた。
立場も役目もない、そんな暮らしは。
だがこの平和な世をこの目で見た以上は、
絶対に戻らなければならない。
いつか舞が生まれるこの時代へ繋げるために。
俺の生誕の日を祝ってくれた愛らしい女は、
隣ですやすやと眠っている。
この五百年後での生活もあと残り僅か。
こうも長く共にいる時間が増えれば、
元の時代に戻った時、
仕事で離れ離れになるのが惜しく思える。
今のうちに悔いのないように、
とことん甘やかそうと心に決め、
心地よさそうに眠る舞を抱き締め、
そっと目を閉じた────。
【the end】