イケメン戦国ss
帰蝶さんと恋仲になり、
堺にある商館に住むようになって幾日。
朝目が覚めると既に帰蝶さんはおらず、
どうやら先に仕事へ向かってしまったのだと気付いて、
少し悲しい気持ちになりながら、
私はベッドから身体を起こす。
「(今日は雨が降ってるのか……)」
どんよりとした空気に、
ザワザワと降り注ぐ雨の音が私の耳に届く。
雨の日は何故か無性に悲しくなる。
そう思いながらも、
私はさっさと身支度を整えることにした。
「ん……?」
指先に何か赤い糸のようなものが巻きついていることに気づいて、
糸が巻きついている左手の小指を見つめる。
こんなの昨夜なかったのに……。
どうしてか巻きついているその赤い糸は、
部屋の扉を越え、
どこかへ繋がっているようだった。
閉まっているはずの扉をすり抜けて、
その向こうまで続いている時点で、
これがおかしなものであるということには気付いたけれど、
どこへ続いているのか、
どこに繋がっているのか気になった私は、
その糸を追いかけることにした。
■
部屋の扉を開け廊下に出れば、
奥の方まで一直線に繋がっていて、
どこがゴールなのかも分からないまま、
ただその糸を辿る。
通りかかった家臣の皆さんに、
挨拶をしながらその赤い糸をただ追いかける。
追いかけて歩いていくうちに、
ひとつの部屋に辿り着いた。
「ここは……」
辿り着いた部屋は、
帰蝶さんが普段執務室として使っている部屋で、
外出する必要のない仕事をしているときは、
大体この部屋にいることが多い。
私の薬指に巻きついている赤い糸は、
その部屋の中まで続いているようで、
私はそっと中にいるであろう帰蝶さんに声をかけ、
その部屋のドアノブを捻り中に入った。
「おはよう、舞」
「おはようございます、帰蝶さん」
既に仕事を始めていた帰蝶さんが、
こちらに視線を向けて柔らかな笑みを浮かべる。
その優しい微笑みに鼓動が鳴ったけれど、
それは無視して何とか平常心でいようと心がける。
「何かあったのか?」
「あ、その……。
昨夜にはなかった赤い糸が、
私の小指に巻きついていて、
それでその糸を追っていたらここに……」
仕事をしていると分かっていながらも、
ここへやって来た私に、
帰蝶さんは何か緊急事態が起きたのかと、
心配そうな声色で私に問いかける。
「赤い糸?
ああ、そういえば……
俺にも同じようなものが見えるな」
「そうなんですか?」
椅子から立ち上がり、
私の傍までやってきた帰蝶さんが、
そっと自分の左手で私の左手を持ち上げ、
お互いに見える高さまで持ち上げられると、
手のひらでぎゅっと握り返される。
「見えるか?」
「はい、帰蝶さんの小指にもありますね……
これは一体、何なのでしょう?」
どうやらこの赤い糸は、
帰蝶さんに繋がっていたようで、
ほんの少し空いた隙間から覗く、
お互いの小指を繋いでいる赤い糸が、
つい先程までよりも短くなっていた。
「俺たちにしか見えていないということは、
互いを惹き寄せるためのものだったか」
「惹き寄せる?」
手を繋いでいない片方の私より大きな手で、
腰を抱き寄せられ先程までよりも、
帰蝶さんとの距離がぎゅっと縮まった。
突然のことに驚いて、
帰蝶さんの顔を見上げるとくすりと微笑まれた。
「互いに共にいたいという強い願いが、
俺たちにこうして赤い糸として、
魅せているのかもしれんな」
「お互いに一緒にいたいという強い願い……」
私はそっと呟いて、
自分の小指と帰蝶さんの小指を繋ぐ、
赤い糸をじっと見つめる。
確かに帰蝶さんはお忙しい方だし、
一緒にいれる時間も中々ないときもある。
その度に悲しさを覚えながらも、
忙しい帰蝶さんの手を煩わせたくなくて、
いつも気丈に振舞ってきた。
それでも一緒にいたいという願いが消える訳もなく、
離れた時間が長ければ長いほど、
帰蝶さんに会いたい、
一緒に過ごしたいという願いが、
私の胸の内で膨らんでいたことには気付いていた。
「(その想いが魅せているもの……)」
部屋を出た後、
偶然通りかかった仲の良い女中さんにこの赤い糸のことを聞いても、
そんなものは見えないと言われてから、
こうしてここにやってくるまでずっと、
私にしか見えていないものだと思っていたけれど、
私だけではなく、
帰蝶さんにも見えているということは。
帰蝶さんも少なからず、
私と同じ想いを抱いていたということになる。
帰蝶さんも同じ想いを抱いていた。
という事実が私の心を温かなもので満たしていく。
───嬉しい。単純にそう思う。
「今やっている仕事を終えれば、
しばらくは共にいれる。
すぐに終わらせ残りの時間をお前と過ごそう」
「ありがとうございます、帰蝶さん」
「いや、俺もそろそろ限界だったからな」
「限界……?」
じっと赤い糸を見つめながら考え込んでいた私に、
帰蝶さんは腰を抱いていた手で頭を優しく撫でながら、
すぐに仕事を終わらせると告げた。
無理はしてほしくないと思いながらも、
帰蝶さんのその思いが伝わってきて嬉しくなる。
最後にぼそっと告げていた言葉だけは、
私の中で解釈し切れなかったのだけれど。
限界とは一体何に対してなんだろう?
やっぱりずっと働き詰めで疲労が溜まってるとか?
そんなことを考えていると、
「舞」
「はい?」
名を呼ばれ、
反射的に俯いていた顔を上げると、
額に温もりがおりてくる。
ほんの少し経ってから、
それが帰蝶さんからの口付けだったと気付いて、
恥ずかしさに頬が熱くなる。
もう三月になったとはいえ、
未だ寒いことには変わりないというのに、
全身が熱を持って暑さを感じる。
「突然こういうことをするのはずるいです……」
「お前がぼんやりしていたからだろう?」
両手で熱を持った顔を隠すと、
帰蝶さんにぎゅっと抱きしめられ、
全身が帰蝶さんの香りに包まれる。
大好きな香りを胸いっぱいに吸い込み、
しばらくの間飽きることなく、
私と帰蝶さんはお互いを抱きしめ合った。
【the end】
堺にある商館に住むようになって幾日。
朝目が覚めると既に帰蝶さんはおらず、
どうやら先に仕事へ向かってしまったのだと気付いて、
少し悲しい気持ちになりながら、
私はベッドから身体を起こす。
「(今日は雨が降ってるのか……)」
どんよりとした空気に、
ザワザワと降り注ぐ雨の音が私の耳に届く。
雨の日は何故か無性に悲しくなる。
そう思いながらも、
私はさっさと身支度を整えることにした。
「ん……?」
指先に何か赤い糸のようなものが巻きついていることに気づいて、
糸が巻きついている左手の小指を見つめる。
こんなの昨夜なかったのに……。
どうしてか巻きついているその赤い糸は、
部屋の扉を越え、
どこかへ繋がっているようだった。
閉まっているはずの扉をすり抜けて、
その向こうまで続いている時点で、
これがおかしなものであるということには気付いたけれど、
どこへ続いているのか、
どこに繋がっているのか気になった私は、
その糸を追いかけることにした。
■
部屋の扉を開け廊下に出れば、
奥の方まで一直線に繋がっていて、
どこがゴールなのかも分からないまま、
ただその糸を辿る。
通りかかった家臣の皆さんに、
挨拶をしながらその赤い糸をただ追いかける。
追いかけて歩いていくうちに、
ひとつの部屋に辿り着いた。
「ここは……」
辿り着いた部屋は、
帰蝶さんが普段執務室として使っている部屋で、
外出する必要のない仕事をしているときは、
大体この部屋にいることが多い。
私の薬指に巻きついている赤い糸は、
その部屋の中まで続いているようで、
私はそっと中にいるであろう帰蝶さんに声をかけ、
その部屋のドアノブを捻り中に入った。
「おはよう、舞」
「おはようございます、帰蝶さん」
既に仕事を始めていた帰蝶さんが、
こちらに視線を向けて柔らかな笑みを浮かべる。
その優しい微笑みに鼓動が鳴ったけれど、
それは無視して何とか平常心でいようと心がける。
「何かあったのか?」
「あ、その……。
昨夜にはなかった赤い糸が、
私の小指に巻きついていて、
それでその糸を追っていたらここに……」
仕事をしていると分かっていながらも、
ここへやって来た私に、
帰蝶さんは何か緊急事態が起きたのかと、
心配そうな声色で私に問いかける。
「赤い糸?
ああ、そういえば……
俺にも同じようなものが見えるな」
「そうなんですか?」
椅子から立ち上がり、
私の傍までやってきた帰蝶さんが、
そっと自分の左手で私の左手を持ち上げ、
お互いに見える高さまで持ち上げられると、
手のひらでぎゅっと握り返される。
「見えるか?」
「はい、帰蝶さんの小指にもありますね……
これは一体、何なのでしょう?」
どうやらこの赤い糸は、
帰蝶さんに繋がっていたようで、
ほんの少し空いた隙間から覗く、
お互いの小指を繋いでいる赤い糸が、
つい先程までよりも短くなっていた。
「俺たちにしか見えていないということは、
互いを惹き寄せるためのものだったか」
「惹き寄せる?」
手を繋いでいない片方の私より大きな手で、
腰を抱き寄せられ先程までよりも、
帰蝶さんとの距離がぎゅっと縮まった。
突然のことに驚いて、
帰蝶さんの顔を見上げるとくすりと微笑まれた。
「互いに共にいたいという強い願いが、
俺たちにこうして赤い糸として、
魅せているのかもしれんな」
「お互いに一緒にいたいという強い願い……」
私はそっと呟いて、
自分の小指と帰蝶さんの小指を繋ぐ、
赤い糸をじっと見つめる。
確かに帰蝶さんはお忙しい方だし、
一緒にいれる時間も中々ないときもある。
その度に悲しさを覚えながらも、
忙しい帰蝶さんの手を煩わせたくなくて、
いつも気丈に振舞ってきた。
それでも一緒にいたいという願いが消える訳もなく、
離れた時間が長ければ長いほど、
帰蝶さんに会いたい、
一緒に過ごしたいという願いが、
私の胸の内で膨らんでいたことには気付いていた。
「(その想いが魅せているもの……)」
部屋を出た後、
偶然通りかかった仲の良い女中さんにこの赤い糸のことを聞いても、
そんなものは見えないと言われてから、
こうしてここにやってくるまでずっと、
私にしか見えていないものだと思っていたけれど、
私だけではなく、
帰蝶さんにも見えているということは。
帰蝶さんも少なからず、
私と同じ想いを抱いていたということになる。
帰蝶さんも同じ想いを抱いていた。
という事実が私の心を温かなもので満たしていく。
───嬉しい。単純にそう思う。
「今やっている仕事を終えれば、
しばらくは共にいれる。
すぐに終わらせ残りの時間をお前と過ごそう」
「ありがとうございます、帰蝶さん」
「いや、俺もそろそろ限界だったからな」
「限界……?」
じっと赤い糸を見つめながら考え込んでいた私に、
帰蝶さんは腰を抱いていた手で頭を優しく撫でながら、
すぐに仕事を終わらせると告げた。
無理はしてほしくないと思いながらも、
帰蝶さんのその思いが伝わってきて嬉しくなる。
最後にぼそっと告げていた言葉だけは、
私の中で解釈し切れなかったのだけれど。
限界とは一体何に対してなんだろう?
やっぱりずっと働き詰めで疲労が溜まってるとか?
そんなことを考えていると、
「舞」
「はい?」
名を呼ばれ、
反射的に俯いていた顔を上げると、
額に温もりがおりてくる。
ほんの少し経ってから、
それが帰蝶さんからの口付けだったと気付いて、
恥ずかしさに頬が熱くなる。
もう三月になったとはいえ、
未だ寒いことには変わりないというのに、
全身が熱を持って暑さを感じる。
「突然こういうことをするのはずるいです……」
「お前がぼんやりしていたからだろう?」
両手で熱を持った顔を隠すと、
帰蝶さんにぎゅっと抱きしめられ、
全身が帰蝶さんの香りに包まれる。
大好きな香りを胸いっぱいに吸い込み、
しばらくの間飽きることなく、
私と帰蝶さんはお互いを抱きしめ合った。
【the end】