イケメン源氏伝ss
京にある泰親さんのお屋敷に移り住み、
ここでの生活も、薬師としての仕事環境にも
慣れてきたある日。
私は自室で、薬の調合に勤しんでいた。
「由乃様、お仕事中失礼致します」
「?どうぞ」
襖の向こう、廊下の方から聞こえてきた
女中さんの声に何かあったのだろうかと
首を傾げながら、襖をそっと開ける。
「孝明(たかあき)様から文が届いております」
「孝明さんから……?」
女中さんから手渡された文を受け取り、
聞き覚えのある名前にハッとする。
孝明さん──彼は贔屓にしてくださっているお方で、
つい先日にも診察をしに会いに行ったばかりだった。
私がどこに住んでいるのかを知っているので、
こうしてお屋敷宛に文を届けられたのだろうと
一人納得して、退出していった女中さんが
いなくなった静かな部屋で一人、文を開く。
「これは───」
■
夜になり、ようやく仕事を終え一息ついたところに
襖の向こうから控えめな声が聞こえてくる。
「泰親さん、由乃です。お邪魔しても良いですか?」
「由乃さん?どうぞ~」
夜になれば、毎日朝までこの部屋で過ごしている
というのに未だに彼女は他人行儀だ。
きっとまだ慣れていないというのもあるのだろう。
それを理解しているからこそ、俺はひっそりと
愛らしい恋人の初々しさに微笑みを浮かべる。
「あ、あの泰親さん……相談があって……」
「ん?」
部屋に入り、俺の目の前に座った由乃さんの
頬は何故か赤く染まっている。
特に俺が何かしたわけでもないのに、
どうしてかそう見えてしまう。
「由乃さん、熱でもあるの?」
「い、いえ!至って健康です!」
そっと由乃さんの頬に手を添えると、
そこは普段よりも熱を帯びていて、
俺が触れたことでより一層熱さが増したような気がする。
どうしてか慌てふためいている由乃さんの様子に
何かあったのだろうと察して、
宥めるようにその小さな背を撫でる。
「落ち着いて。何があったか、教えてくれる?」
「は、はい……実は……」
それから語られたのは衝撃的なことだった。
昼間、女中さんから贔屓にしてくれている
患者の人から恋文を受け取ったこと。
その文を広げて見せてくれたので、
読んでみればそれはもう熱烈な愛の言葉が綴られていた。
──面白くない。
その文を見た瞬間、俺はそう思った。
いや、面白いという表現はおかしいか。
これは嫉妬だ。
俺の愛しい人へ想いを寄せ、
横取りしようとしているこの男への憎悪の念だ。
「それで、私はこういったものを貰うなんて
初めてのことで……どうお返事すれば良いでしょう?」
「……」
恋文を貰うことが初めてでどうしたらいいのか
分からなかった彼女が、一番初めに
俺を頼ってくれたことに嬉しさを感じながらも、
返事をしようとしていることには不快感を覚える。
「返事、するの?」
「え……、はい。折角書いて頂いたわけですし、
それに、きちんと私には恋仲の方がいるので
お断りしておいた方が良いのかなと思って……」
彼女の告げた何気ない言葉に胸が詰まる。
きちんと自分には相手がいるから、
初めから断ろうと思っていたのだと知ったからだ。
この彼女の誠実さにいつも救われることが多い。
「……分かったよ。
君がそう決めたのなら、俺は尊重するよ。
でも、断るつもりでいたのなら、
どうして俺に相談を?もちろんとっても嬉しいけど」
「それは、勝手に文を出すのはだめかと思って。
文を書く相手は、異性の方ですし……」
恋仲である自分に相談もせずに、
勝手に、それも異性の相手に文を出すというのは
俺を不快にさせてしまうのではないかと思って、
許可を得るために、俺に相談したのか……。
もちろんきっと、恋文を貰うことが初めてだから
どうやってお返ししたら良いのか分からなかった
というのも彼女が俺に相談した理由だろう。
どこまでも真っ直ぐに、隠し事さえしない
彼女の清らかな姿に、胸を締め付けられる。
あぁ、どうして君はこうも俺の心を乱すのが
上手いんだろうかと堪えがたい衝動に胸を焦がす。
嫉妬心でどうにかなりそうだった心は、
いつの間にか彼女への愛情で溢れるほど満たされて。
どうしようもない衝動のままに、
恥ずかしそうにしていた彼女の額に口づけた───。
【終】
ここでの生活も、薬師としての仕事環境にも
慣れてきたある日。
私は自室で、薬の調合に勤しんでいた。
「由乃様、お仕事中失礼致します」
「?どうぞ」
襖の向こう、廊下の方から聞こえてきた
女中さんの声に何かあったのだろうかと
首を傾げながら、襖をそっと開ける。
「孝明(たかあき)様から文が届いております」
「孝明さんから……?」
女中さんから手渡された文を受け取り、
聞き覚えのある名前にハッとする。
孝明さん──彼は贔屓にしてくださっているお方で、
つい先日にも診察をしに会いに行ったばかりだった。
私がどこに住んでいるのかを知っているので、
こうしてお屋敷宛に文を届けられたのだろうと
一人納得して、退出していった女中さんが
いなくなった静かな部屋で一人、文を開く。
「これは───」
■
夜になり、ようやく仕事を終え一息ついたところに
襖の向こうから控えめな声が聞こえてくる。
「泰親さん、由乃です。お邪魔しても良いですか?」
「由乃さん?どうぞ~」
夜になれば、毎日朝までこの部屋で過ごしている
というのに未だに彼女は他人行儀だ。
きっとまだ慣れていないというのもあるのだろう。
それを理解しているからこそ、俺はひっそりと
愛らしい恋人の初々しさに微笑みを浮かべる。
「あ、あの泰親さん……相談があって……」
「ん?」
部屋に入り、俺の目の前に座った由乃さんの
頬は何故か赤く染まっている。
特に俺が何かしたわけでもないのに、
どうしてかそう見えてしまう。
「由乃さん、熱でもあるの?」
「い、いえ!至って健康です!」
そっと由乃さんの頬に手を添えると、
そこは普段よりも熱を帯びていて、
俺が触れたことでより一層熱さが増したような気がする。
どうしてか慌てふためいている由乃さんの様子に
何かあったのだろうと察して、
宥めるようにその小さな背を撫でる。
「落ち着いて。何があったか、教えてくれる?」
「は、はい……実は……」
それから語られたのは衝撃的なことだった。
昼間、女中さんから贔屓にしてくれている
患者の人から恋文を受け取ったこと。
その文を広げて見せてくれたので、
読んでみればそれはもう熱烈な愛の言葉が綴られていた。
──面白くない。
その文を見た瞬間、俺はそう思った。
いや、面白いという表現はおかしいか。
これは嫉妬だ。
俺の愛しい人へ想いを寄せ、
横取りしようとしているこの男への憎悪の念だ。
「それで、私はこういったものを貰うなんて
初めてのことで……どうお返事すれば良いでしょう?」
「……」
恋文を貰うことが初めてでどうしたらいいのか
分からなかった彼女が、一番初めに
俺を頼ってくれたことに嬉しさを感じながらも、
返事をしようとしていることには不快感を覚える。
「返事、するの?」
「え……、はい。折角書いて頂いたわけですし、
それに、きちんと私には恋仲の方がいるので
お断りしておいた方が良いのかなと思って……」
彼女の告げた何気ない言葉に胸が詰まる。
きちんと自分には相手がいるから、
初めから断ろうと思っていたのだと知ったからだ。
この彼女の誠実さにいつも救われることが多い。
「……分かったよ。
君がそう決めたのなら、俺は尊重するよ。
でも、断るつもりでいたのなら、
どうして俺に相談を?もちろんとっても嬉しいけど」
「それは、勝手に文を出すのはだめかと思って。
文を書く相手は、異性の方ですし……」
恋仲である自分に相談もせずに、
勝手に、それも異性の相手に文を出すというのは
俺を不快にさせてしまうのではないかと思って、
許可を得るために、俺に相談したのか……。
もちろんきっと、恋文を貰うことが初めてだから
どうやってお返ししたら良いのか分からなかった
というのも彼女が俺に相談した理由だろう。
どこまでも真っ直ぐに、隠し事さえしない
彼女の清らかな姿に、胸を締め付けられる。
あぁ、どうして君はこうも俺の心を乱すのが
上手いんだろうかと堪えがたい衝動に胸を焦がす。
嫉妬心でどうにかなりそうだった心は、
いつの間にか彼女への愛情で溢れるほど満たされて。
どうしようもない衝動のままに、
恥ずかしそうにしていた彼女の額に口づけた───。
【終】