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イケメン源氏伝ss

──やす、ち、さん……。
声が聞こえる。温かな、愛しい鈴の音のような声。
その声に導かれるままゆっくりと瞼を開けると、
そこには心配そうにしている由乃さんの姿があった。

「お疲れですか?こんな時間に、
それもこんなところで眠ってるなんて……」
「う……」

目を開けた瞬間に差し込んだ陽の光に当てられて、
一瞬だけ眩しさに目を閉じる。
もう一度目を開き、何度か瞬きを繰り返すと、
朦朧としていた意識がハッキリしてくるのを感じる。

「ううん、ちょっとだけ微睡んでただけだから」

俺の前にしゃがみこんで顔を覗き込んでいる由乃さんに心のまま微笑を返す。
今日は特に急ぎの用事もなく久しぶりに時間ができたから、
縁側でまったりしているといつの間にか眠ってしまっていたようだった。

由乃さんが屋敷にいるということは今はお昼時になったのだろう。
昼餉を取りに、
由乃さんが往診から帰ってきたのだと悟る。

「──それにしては嫌に鮮明で、
有り得そうな夢だったな……」
「有り得そうな夢、ですか?」

ぽつりと呟いた俺の言葉を聞き取ったのか、
由乃さんがこてんと不思議そうに首を傾げる。
そんな姿も可愛らしくて、
ついつい頬が緩んでしまうのを感じながら、
すぐ隣にいた由乃さんを抱き寄せる。

「そう、まだ君とは敵同士の関係で、
今みたいに恋仲になる前だったんだけどね……。
君を、幕府の元から攫ってこの屋敷で閉じ込めてる夢」
「えっ!?」

安心したように俺の身体に身を預けていた由乃さんの身体が硬直したのを感じとる。
それほど意外なことだったのかもしれないなと密かに思いながら、
悪戯な笑みを浮かべる。

「もしかしたら、
俺も同じようなことを君にやってたかもしれないねえ」
「じょ、冗談ですよね?」

ふるふると震えている由乃さんを見下ろして、
俺はにっこりと笑みを浮かべる。
何しろ今でも本当なら、
君に薬師の仕事なんてさせたくないと思っているのだから。

薬師の仕事をするということは、
それだけ多くの人と関わりを持つことになる。
きっと由乃さんのその優しさにつけ込んで、
あるいは惚れ込んで、
自分のものにしようと考える輩も出てくるだろう。
──そう考えるとすっごく不快なんだけど。

「さあ?どうだろうねえ?」
「や、泰親さん……っ!
絶対にからかってますよね?!」
「ううん、からかってなんかないよ。
でも、できればそうしたいなあとは思ってるけどね」

ぐっと由乃さんに顔を寄せれば、
可愛らしく頬を真っ赤に染めて、
驚きに大きく見開いた瞳で俺を見上げてくる。
……本当、こういうところが狡いと思うんだけどなあ。
本人には至って自覚がないことは理解しているので口には出さないけれど。
そろそろ自覚してくれたって良いと思うんだけど。

「……泰親さんは私を閉じ込めたいんですか?」
「!」

少しだけ潤んだ瞳で、
由乃さんが突然発した言葉に不覚にも驚いてしまう。
頬を真っ赤に染めて俺を見上げている由乃さんの姿は酷く扇情的に見えて。
普段の無垢な姿からは想像もつかないその姿に息を呑む。

「そうだねえ……由乃さんが許してくれるなら」
「っ!」
「ずっとずっと、誰の目の届かない場所に閉じ込めて、
俺に溺れてもらいたいなあとは考えてるよ?」

耳元でそっと囁けば、
羞恥からなのかふるふると身体を震えさせている。
その姿は子うさぎのようで可愛らしくもあるけれど。
ねえ、そんな姿でさえ俺を煽ってるって理解してる?
きっとそんなことを言っても彼女は理解しないだろう。

きっと夢の中の俺は恋仲になる以前から、
その愛を、その想いを行動に移したのだろう。
例え由乃さんがそれを望んでいなくても。
──俺の愛は歪んでいる。
だからこそその歪んだ愛の限り、
行動に移した結末があの夢の内容だったのかもしれない。

由乃さんに対して表面上はにこにこと微笑みつつも俺はそう考える。
もしかしたらやっていたかもしれない分岐の道を。
今になって視ることになるとは思わなかったけれど。
でも、俺は由乃さんが望まないことはもうやらない。
彼女を散々傷付けて、泣かせてきたのだ。
俺の心情など二の次で構わない。
彼女が望むことだけを俺は叶えていくんだと恋仲になってからそう決意し誓ったのだから。

「そういえば……昼餉はもう食べた?」
「いいえ、泰親さんと一緒に食べようと思って探していたのでまだです」
「そっか……じゃあ、一緒に食べに行こうか」
「はい!」

腕の中で恥ずかしそうにしていた由乃さんに、
そういえばと思い出したことを聞いてみると、
どうやら俺のことを探してくれていたらしい。
『一緒に食べようと思って』……そんな些細な彼女の言葉にすら、
俺は喜びを感じているのだから強欲になったものだなあと思う。

彼女を閉じ込めて独占したい気持ちはあるけれど、
自由であるからこそ彼女は美しく輝くのだと俺はそう思っている。
そんな綺麗な輝きをずっと傍で見ていたいとも。
俺の歪な愛情は、
いつかはきっと彼女の輝きすら奪っていくのかもしれない。
誰かに対してこんなに執着したことはなかったから。
でも、夢の中の俺のような人間にはなりたくない。
彼女の望まないことを俺はしたくない。

由乃さんが素直にありのまま楽しく、
笑顔で居続けられるならこの思いに蓋をしよう。
きっとこの思いは彼女の心を傷つけるだろうから。

「泰親さん?」

そっと俺の腕の中から抜け出して既に立ち上がっていた由乃さんが、
未だに縁側に座ったまま考え込む俺を見て不思議そうに首を傾げている。

「ごめんね、行こっか」
「はい」

それに気づいた俺はすぐさま立ち上がって、
由乃さんと手を繋いで昼餉を取りに部屋へ向かった。


【終】
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