誠実な嘘つき
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「あ、ありがとう義人くん。じゃあ私、失礼します。一磨さん、今度また舞台のお話聞かせてくださいね」
「喜んで。またね」
凪紗の足音が遠ざかると、一磨は大きく息を吐き出すと、少し前のめりに肩を落とした。
その姿勢で顔だけを前に向けると、さっきまで凪紗が座っていた場所に、同じ台本を持った義人が座っている。
「義人、スケジュール違わないか?」
「たまたま空いたから事務所に寄ってた」
台本に視線を落としたまま、淡々とした声で返事が返ってくる。
「その台本は?」
「一昨日だったかな。社長室にあったから、頼んで借りた」
目の前にいる自分が戸惑う様子を気にすることもなく、黙って台本を読み続ける義人。
その態度に一磨は質問するのを諦め、続く言葉を待った。
そうして黙ったまま過ごし、一磨が何度目かのため息をついたとき、コーヒーを飲み終えた義人がようやく口を開いた。
「面白いな、この脚本」
「ああ……」
「個人名でレッスン室の延長申請が出てたから、付き合おうと思って。まさか彼女がいるとは思わなかったけど」
台本から視線を外して、真っ直ぐに一磨を見据える。
「一磨が余計なことを考えそうな話だったからな。でも、大丈夫そうだ」
真面目とも冗談とも取れる表情で言う義人に、少しの間をおいてから緊張を解いて、一磨は背筋を伸ばした。
「もう平気だよ。でも……助かった」
「そうか」
「彼女に、俺が楽しそうだって会うなり言われたよ」
「相変わらず苦労性だな」
それから義人が苦笑して立ち上がり、一磨もそれに続いた。
「一磨。次は迷うなよ」
「……何だよ、いきなり」
「次は、自分の幸せを望め。でないと一磨の世話好きが俺にもうつって困る」
「うつるって……」
ははっと笑って義人を追い越すと、レッスン室の扉を開く。
「じゃあその日のために、先ずはこれを全力で楽しむよ」
はぐらかすような一磨の言葉に、義人が複雑な顔で後ろから扉を掴み、また追い越して先に中へ入った。
「……まずはその癖を直してからだな」
「……え? 」
「まあ……今は、いい。お前は分かってるんだろうから」
「何を」……そう言いかけて、一磨は口を閉ざす。
自分がまだそれを望んでいない事は、誰よりも知っている。
だからこそ。
今はまだ、この痛みを抱えていたいと、そう思った。
Fin.
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