one morning
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
誰も居ない客席。
.
中央の座席に座り、ステージに目を向けた。
ピンスポットに照らされ一人で立つ凪紗ちゃんが、こちらに真っ直ぐ視線を合わせてから会場全体を見渡した。
すうっ……と、大きく息を吸い込んでから彼女は歌い出す。
だけどその声は緊張で上ずり、搾り出すように辛そうだ。
「大丈夫、出来るよ」
そう気持ちを込めてライトを目で追う。
戸惑い顔でいた彼女はすぐに持ち直し、やがて伸び伸びと歌声が響き渡った。
いつも通りの歌声。
その声に安心して、姿勢を正す。
広いホールに歌声を響かせながら、舞台の上を滑るように踊る姿に釘付けになった。
淡いオレンジ色のロングドレスは、彼女の動きに合わせて、優しく揺れた。
歌声の他には何の音もしないホール。
お互いの息遣いまでもが感じられる時間。
瞬きも忘れそうなほど夢中になった。
やがて凪紗ちゃんは舞台中央でピタリと立ち止まり、歌が終わる。
歌声はホールに余韻を残しながら、少しずつ吸い込まれていった。
静まり返ったホール。
優雅に一礼した凪紗ちゃん。
ところが、彼女は突然切なげに小さく首を振ると、ピンスポットから出てしまう。
彼女を追うように照らしていたそれは、動くことなくその場に留まる。
「どうしたの?」
そう声をかけたつもりだった。
だけどその声は音にならない。
俺に向かって何かを言った彼女の声も、何故か聞こえない。
ただお互いに口をパクパクさせた。
舞台の方へ行こうとしても、何かに押さえ付けられたように座席から離れることが出来ない。
凪紗ちゃんもキョロキョロ視線をさ迷わせ、手は空を泳いだ。
まるで、舞台に見えない壁があるように、彼女はそこから出られない。
訳のわからないまま暫くそんな事を何度か繰り返していると、凪紗ちゃんは悲しそうに首を横に振った。
そして俺から目を反らして、舞台袖に立ち去ろうと踵を返してしまう。
「どこに行くの?」
慌てて呼びかける声も、彼女には届かない。
ドレスを重たそうに引きずって、だけど背筋はピンと伸ばして優雅な身のこなしで…… 彼女は舞台袖に姿を消してしまった。
「待って……!」
暗転した舞台に、懸命に手を伸ばす。
その時、突然感じた浮遊感。
瞬きをした、その一瞬の間を置いて。
気が付けば俺は、晴れた空の下にいた。
---------------
「……さん」
「……一磨さん」
空から降りてくるような、柔らかく心を包み込むような声。
ぼんやりと目を開けると、空色のエプロンをした凪紗ちゃんが、間近で俺の顔を覗きこむようにしていた。
「……また寝ぼけてる」
ふふ……っと笑い声を洩らした彼女に、頭を撫でられる。
あぁ、夢か……。
すぐに気がついて。
「おはよう」
そう言おうとしたけど声にならない。
彼女はそんな俺の前髪をそっと除けるようにしながら微笑みかける。
「……また、寝ちゃうの?」
凪紗ちゃんは、ぽすん、と。
胸の上にそっと頭を乗せると、あやすようにポンポンと撫でた。
暖かくて、気持ちがよくて…… 彼女の背中に手を添えて俺もポンポンと撫でると、ふぅと彼女がはいた吐息に胸が擽られる。
ふわふわと意識がまた遠のいて…… 開きかけた瞼は、また静かに閉じていった。
1/5ページ