おついち夢(短編)
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
私の好きな人は──モテる。いや、モテすぎる。
いつだって違う彼女がそばにいる、そんな人だ。
「先輩、そんな人の言うこと聞いちゃダメだよー」
「おついちくん、一緒に帰ろー」
「今日は先輩、バンドじゃないの?弓道部のほう?応援しに行きます!」
昼休みになれば、可愛い女の子たちが賑やかに彼の周りを取り囲む。
笑い声と話し声に包まれた輪の中心、そこにいるのは高等部二年のおついち。
整った顔立ちに、耳に残る歌声。女子にはいつだって優しく、今日もまた、その周囲は花のように華やいでいた。
私は、同じクラスの片隅からその光景を眺める。
声をかけたことは、もちろん一度もない。
──ミーハーなみんなとは違って、私はファンとして距離をとっているだけ。
そんな格好つけた言い訳はしない。ただ、自信がないだけだ。
どうしてこんなにも好きなんだろう。
そう思い続けて、もう一年が過ぎていた。
ある日の放課後、部活を終えて校舎を出ると、空はすでに群青色に染まり始めていた。薄暗くなった廊下や中庭を横目に、自転車置き場へ向かって歩く。
その途中──見てしまった。
人気のない場所で、上級生と思しき三人に囲まれ、絡まれているおついちの姿を。
胸がざわつく。足が、勝手に一歩、二歩と前に出る。止めなきゃ、そう思った瞬間だった。
彼の左拳が、何の予告もなく唸りを上げた。
鋭く、正確で、無駄のない左フック。
相手の攻撃を読み切った動きで、飛んでくる拳を滑らかに躱すと、その勢いのまま背負い投げで叩きつける。
──優等生ではないだろうとは思っていた。けれど、まさかここまでとは。
呆然とその光景を見ていると、不意にバチッと視線が交わった。
驚いたように目を見開く彼。その直後──
鈍い音が響き、彼は横から思い切り殴られた。呼吸が詰まるような音が、嫌に耳に残る。
……え、私が見てたから? 私のせい?
そんな思いがよぎる間もなく、彼は迷いなく三人の腹部へ容赦のない膝蹴りを叩き込む。
口元から血が滲みながらも、涼しい顔でスクールバッグを肩にかけ、勇ましい姿のまま、こちらへと歩み寄ってきた。
「だ、だだだ……?! だい、大丈夫っ?!」
口から飛び出したのは、あんなに好きすぎて声もかけられなかった自分とは裏腹に、心配が先走った言葉だった。
その瞬間、彼はキョトンとした表情を見せ、すぐにフッと柔らかい笑顔に戻る。
「はは、恥ずかしー。まさか喧嘩見られるとはね。なんか難癖つけてくるから、思わず殴っちゃった。俺がやったこと、秘密にしてくれる? あの先輩ら先生にチクったとしても、生活態度悪すぎて多分取り合わないと思うからさ」
笑顔──だ。けれど同時に、簡単に首を突っ込むなという威圧感も感じる。
笑っているのに怖い。その感覚と共に、思い出した。こういうところが、私が好きになった理由だったのだ。
負けず嫌いで、同じ部でも一番を諦めない。無礼な相手には容赦なく制裁を加える。
厳しいけれど道理が通っていて、本当は優しい。
「い、言わない。だって弓道部の試合、もう直ぐあるし」
「あ、やっぱり俺のこと好きなんだ。よく俺のこと見てるもんね」
──こ、こいつ!
気持ちがバレているなら今さら隠しても仕方ない。半ば諦めながら、私は水道水で濡らしたハンカチを差し出した。
「汚れるよ、別にたいしたことないからいいよ」
「そうは言うけど……顔腫れてたら言い逃れできないでしょ。冷やした方がいいと思う」
これを渡したらさっさと帰ろう。正直、喧嘩や不良は苦手だ。
うちの兄貴がヤンキーで、日常的に喧嘩をしていたせいで、心底辟易していたのだ。
「こういう場面だとさ、女の子って大体ビビって逃げるか、泣くか、ってイメージだったんだけど、全然動揺してないね?」
ハンカチを受け取りながら、思わず目を逸らす。格好良すぎて、惚れた弱みがここにある。
「み、見慣れてる……から、じゃないかな?」
「ふーん。じゃあこっちは慣れてないんだ?」
その隙に、彼はぐっと距離を詰める。目線を戻すと、至近距離に彼の顔があった。
──え? は? え? キスされる?!
乙女の脳が大混乱している間に、彼の手が私の背中に伸び、水道水を含ませたハンカチで血を洗い始める。
その時間は妙に長く、胸板が肩に触れる。ハグされているわけではないのに、まるで抱きしめられているような感覚があった。
「と、ははっ、顔真っ赤」
そう言われて初めて、自分が全く身動きできていなかったことに気づく。
「夜暗いしさ。自転車でしょ? 駅までなら一緒に帰れそうだよね」
──行こう、と誘われ、断ることもできなかった。
そこから毎日のように一緒に帰ることになるとは、この時の私はまだ知らなかった。
いつだって違う彼女がそばにいる、そんな人だ。
「先輩、そんな人の言うこと聞いちゃダメだよー」
「おついちくん、一緒に帰ろー」
「今日は先輩、バンドじゃないの?弓道部のほう?応援しに行きます!」
昼休みになれば、可愛い女の子たちが賑やかに彼の周りを取り囲む。
笑い声と話し声に包まれた輪の中心、そこにいるのは高等部二年のおついち。
整った顔立ちに、耳に残る歌声。女子にはいつだって優しく、今日もまた、その周囲は花のように華やいでいた。
私は、同じクラスの片隅からその光景を眺める。
声をかけたことは、もちろん一度もない。
──ミーハーなみんなとは違って、私はファンとして距離をとっているだけ。
そんな格好つけた言い訳はしない。ただ、自信がないだけだ。
どうしてこんなにも好きなんだろう。
そう思い続けて、もう一年が過ぎていた。
ある日の放課後、部活を終えて校舎を出ると、空はすでに群青色に染まり始めていた。薄暗くなった廊下や中庭を横目に、自転車置き場へ向かって歩く。
その途中──見てしまった。
人気のない場所で、上級生と思しき三人に囲まれ、絡まれているおついちの姿を。
胸がざわつく。足が、勝手に一歩、二歩と前に出る。止めなきゃ、そう思った瞬間だった。
彼の左拳が、何の予告もなく唸りを上げた。
鋭く、正確で、無駄のない左フック。
相手の攻撃を読み切った動きで、飛んでくる拳を滑らかに躱すと、その勢いのまま背負い投げで叩きつける。
──優等生ではないだろうとは思っていた。けれど、まさかここまでとは。
呆然とその光景を見ていると、不意にバチッと視線が交わった。
驚いたように目を見開く彼。その直後──
鈍い音が響き、彼は横から思い切り殴られた。呼吸が詰まるような音が、嫌に耳に残る。
……え、私が見てたから? 私のせい?
そんな思いがよぎる間もなく、彼は迷いなく三人の腹部へ容赦のない膝蹴りを叩き込む。
口元から血が滲みながらも、涼しい顔でスクールバッグを肩にかけ、勇ましい姿のまま、こちらへと歩み寄ってきた。
「だ、だだだ……?! だい、大丈夫っ?!」
口から飛び出したのは、あんなに好きすぎて声もかけられなかった自分とは裏腹に、心配が先走った言葉だった。
その瞬間、彼はキョトンとした表情を見せ、すぐにフッと柔らかい笑顔に戻る。
「はは、恥ずかしー。まさか喧嘩見られるとはね。なんか難癖つけてくるから、思わず殴っちゃった。俺がやったこと、秘密にしてくれる? あの先輩ら先生にチクったとしても、生活態度悪すぎて多分取り合わないと思うからさ」
笑顔──だ。けれど同時に、簡単に首を突っ込むなという威圧感も感じる。
笑っているのに怖い。その感覚と共に、思い出した。こういうところが、私が好きになった理由だったのだ。
負けず嫌いで、同じ部でも一番を諦めない。無礼な相手には容赦なく制裁を加える。
厳しいけれど道理が通っていて、本当は優しい。
「い、言わない。だって弓道部の試合、もう直ぐあるし」
「あ、やっぱり俺のこと好きなんだ。よく俺のこと見てるもんね」
──こ、こいつ!
気持ちがバレているなら今さら隠しても仕方ない。半ば諦めながら、私は水道水で濡らしたハンカチを差し出した。
「汚れるよ、別にたいしたことないからいいよ」
「そうは言うけど……顔腫れてたら言い逃れできないでしょ。冷やした方がいいと思う」
これを渡したらさっさと帰ろう。正直、喧嘩や不良は苦手だ。
うちの兄貴がヤンキーで、日常的に喧嘩をしていたせいで、心底辟易していたのだ。
「こういう場面だとさ、女の子って大体ビビって逃げるか、泣くか、ってイメージだったんだけど、全然動揺してないね?」
ハンカチを受け取りながら、思わず目を逸らす。格好良すぎて、惚れた弱みがここにある。
「み、見慣れてる……から、じゃないかな?」
「ふーん。じゃあこっちは慣れてないんだ?」
その隙に、彼はぐっと距離を詰める。目線を戻すと、至近距離に彼の顔があった。
──え? は? え? キスされる?!
乙女の脳が大混乱している間に、彼の手が私の背中に伸び、水道水を含ませたハンカチで血を洗い始める。
その時間は妙に長く、胸板が肩に触れる。ハグされているわけではないのに、まるで抱きしめられているような感覚があった。
「と、ははっ、顔真っ赤」
そう言われて初めて、自分が全く身動きできていなかったことに気づく。
「夜暗いしさ。自転車でしょ? 駅までなら一緒に帰れそうだよね」
──行こう、と誘われ、断ることもできなかった。
そこから毎日のように一緒に帰ることになるとは、この時の私はまだ知らなかった。
