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夕暮れの校舎裏、緑豊かな木々の間から差し込む光が、彼の孤独な影を際立たせていた。

慣れた手つきでタバコに火をつけ、深呼吸をする。煙を吐き出しながら、彼は遠い目をした。錬金術、国家錬金術師…かつて、それが彼のすべてだった。しかし、今はもう、ただの過去の出来事。前の世界にいた時のように両手を合わせそっと東屋の柱に触れる。…当然何も起こるはずもなく柱は柱のままで…

猫たちが、彼の足元にすり寄ってきた。この猫たちはキャンパスのアイドルとして人気であり、野良にもかかわらず毛並みも肉付きも最高である。生温かい体を感じながら、エドは静かに目を閉じた。この穏やかな時間が、永遠に続くような気がした。

「…なあ…こっちでは錬金術って昔の学問なんだと。しかも化学じゃなくて魔術の類でさ…」

彼は、かつての自分を呪うように呟いた。母を蘇らせようとした、その愚かな行為。…母を愛していた。だから死んで、もう二度と抱きしめて貰えないことが受け入れられなくて。弟と共に母を蘇らせようとした。わかっていた。死んだ人を生き返らせてはいけないことを。知っていたのに禁忌を犯し、その代償に身体を失って。
自分はともかく弟だけは元に戻すと決めて長い間旅をして、方法が見つからないまま時間だけが過ぎて。…弟が自分の存在と引き換えにエドの身体を元に戻して、それが受け入れられなくてエドは。

「…ハハっ…堂々巡りでバカみてー…」

対価として、彼女はこの世界に飛ばされた。
最初はロケット工学を学んだ。元の世界まで飛べるロケットを作ろうとした。次は神秘学を学んだ。あちらの錬金術が魔術の類ならば異なったアプローチで元の世界に戻れるのではと考えた。無理だった。それでも諦めず物理、建築、宗教…片っ端から手を出して、周りが心配するほどなりふり構わず没頭して、やっぱり無理で。今は考古学を専攻している。
もう二度と元の世界に戻ることはできない。その事実を受け入れるのが、どれほど辛いことか。

…自分がタバコやら酒やらに手を出すなんて3年前まで思ってもなかった。勿論年齢的なものもあるが必要性が分からなかったのである。ただ煙を吸うことの何が楽しいのか。以前東部顔見知りの男に聞いたことがある。

『味とかじゃなくてなんつーか…落ち着くんだよな』

当時は意味がわからなかった。でも、今なら何となくわかる気がする。相変わらず美味いとは思わないが落ち着いてモヤモヤをリセット出来るような、そんな感じだろうか。一時的にでも未来の不安を忘れさせてくれるようなアイテムとして定期的に使って、同じゼミ生のメイ・リンからは心配されている。酒税法で酒が買えなくなった分、タバコに比重が偏るのは許して欲しいのだが。


「…よし」

エドは、決意を固めたように呟いた。もう過去を悔やんでいても仕方がない。目の前の現実を受け入れ、この世界で生きていくしかない。今日も自分の罪と元の世界に戻る可能性を再確認する。「すべての罪は、無知から生まれる」。哲学を学んでいる時に聞いた言葉だ。その通り過ぎて笑えないと当時思った。そうだ。私は罪人で元の世界に二度と帰れないのが私の罰。諦めろ。認めろ。私はこの世界で生きるしかないんだ
この世界で生きていくと決めて、それまでの男勝りな態度や口調を改めようと参考にしたのが弟だった。いつも温和な笑顔で柔らかい所作の弟を真似ることで孤独を紛れさせようとでもしてるのだろうか。我ながら本当に女々し過ぎる。
彼女は、猫たちに別れを告げ、立ち上がった。夕焼け空の下、エドは再び歩き始める。彼女の心には、まだ多くの葛藤が残っていたが、一歩ずつ前に進んでいく決意が固まっていた。それしか、出来ないから。
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