見えない人の力
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それから何日かが経った。
メルエムとコムギとネフェルピトーは、マスターハンドによって用意された大きな部屋の中で過ごしていたが、いつまでもそこに居続けることは難しかった。
「食べ物は、創造とは別物でね。自然の摂理を曲げることと同じだから、食事は食堂に来て欲しいんだ」
いつまでも餌を運んでこないのでメルエムに呼びつけられたマスターハンドは、別段、臆することもなく言った。
メルエムもネフェルピトーも、人肉を食いはするが、食事をしなくても平気だった。
だが、か弱い人間として生まれたコムギは日に日に痩せ細るので、自分の手元から離すのは耐えがたかったが、ネフェルピトーと共にコムギを食堂に行かせた。
特に騒ぎが起こることなく、コムギはネフェルピトーと共にメルエムの元に戻ってくるのだが、どういうところなのかと問うと、にこりと控えめに微笑むのだ。
「あの、みんな、優しくて……目の見えないワダすですが、色々教えて頂きまして」
コムギはそこで、スプーンの持ち方や嗅いだことのない食べ物の話などを聞いたそうだった。彼女の家庭環境が、あまりにも酷いものだったとよく分かる。
「そうか、それはよかったな」
とメルエムはさり気なくそう返すと、コムギははい! と元気よく言った。
その表情を見て、メルエムは思わず笑った。コムギは小首を傾げている。……他者のためによかったと言える相手がいるとはな、とメルエム自身、自分の言葉に驚いていたからだ。
「今日も、軍儀を打ちますか?」
メルエムの笑みをどう捉えたのか、珍しくコムギからそう言ってきた。
「ああ、そうだな」
そんなやり取りを、ネフェルピトーは少し離れた横で立って見守っていた。
彼女も少し雰囲気が変わったような気がした。最初会った時は、人というよりは獣に近かった。今でも、猫のような動きや目配せの仕方はあるが、コムギをみつめる時の目は特に、母猫のようなそれとよく似ていた。
「コムギ、欲しいものはあるか」
メルエムは軍儀を打ちながら、毎回問いかけてる言葉を掛けた。
「いえ、特にはございません」
まるで、軍儀を打てるだけで充分、というかのようにコムギはいつもそう答えた。
「お主が勝ったら、なんでも欲しいものを与えよう」
とメルエムが言っても、コムギはお言葉だけで嬉しいです、とだけ答えた。
「ワダす、メルエム様とこうして軍儀を打てるだけで幸せ者ですから」
「そうか」
メルエムは、さすがにこの会話の繰り返しに飽きていた。どうしたものかと思考を巡らせていると、軍儀のコムギの一手によって、またメルエムが負けたことが判明した。
「詰みだ」
メルエムは無感情に言い放つ。
コムギを殺すことはとうになかったものの、メルエムは一切、手は抜いていなかった。だが、勝てない。コムギは、丁寧に頭を下げた。
「対戦ありがとうございます。次は……」
「いや、今は休め」
メルエムは、コムギに何度も軍儀を挑むことが常だった。コムギもそう思ったらしく、すぐに次の試合に掛かろうとしたところを、メルエムは止めた。
「分かりました、メルエム様」
それから手探りで自分の杖を拾い、ふらふらと立ち上がったところを、支えるようにネフェルピトーが横に並んだ。
「待て、ピトー」メルエムはネフェルピトーへ目を向けた。「お主は分かるか。コムギの欲しいものが」
思わぬ質問に、ネフェルピトーは一瞬動きを止めた。
しかしネフェルピトーは疑問を口にせず、コムギをその場に立たせてから、素早く膝まづいた。
「お言葉ですが、メルエム様……」
と重々しく口を開いたネフェルピトー。
その様を見て、メルエムは、前にネフェルピトーを尻尾で殴打したことを思い出していた。殴ったくらいでは死なないのがネフェルピトーだが、無礼を働きたくはない、という気持ちのほうが強いらしかった。
「お主は、コムギとよく食堂に行っている。余は、コムギのことが知りたいだけだ」
出来るだけ、優しい言い方をしたいのだが、メルエムは本来支配を目的に生まれたキメラアントの王。他に言い方も思いつかずにメルエムが目を逸らすと、コムギが慌てたように手を前に振った。
「そ、そんな、メルエム様……! ワダすのことは、お気になさらずに……!」
「余は、ピトーに訊いているのだ」
とたんにコムギは崩れるように座り込み、何度も頭を下げながら、申し訳ねぇですと謝り始めた。
一方のネフェルピトーは、ためらいがちに、やっと、こう告げたのだ。
「本、でしょうか」
「本……?」
本とはどういうものなのか、メルエムは知ってはいた。だが、コムギは全盲である。本など読めるはずがなかった。
「そ、そんな……それは、ただ、ヘレナ様とお話頂いただけのことでして……」
一向に頭を上げないコムギが、おどおどとそう言う。
どういうことだ、とメルエムがネフェルピトーを見やる。
「食堂には、コムギ様と同じ、全盲の人間がいるのです。その者の話によりますと、全盲でも読める本があるとのことでした」
「ほう」ネフェルピトーの説明に、メルエムは顎に手を当てた。「明日、食堂に行った時、その者を連れてこい。本を持って来させるのだ」
「え……」
「かしこまりました、メルエム様」
メルエムの発言に、コムギはとても驚いた顔をし、ネフェルピトーはいつものように返答をする。
メルエムは、全盲の人間がどのように生きているのか、少し興味が湧いていた。
メルエムとコムギとネフェルピトーは、マスターハンドによって用意された大きな部屋の中で過ごしていたが、いつまでもそこに居続けることは難しかった。
「食べ物は、創造とは別物でね。自然の摂理を曲げることと同じだから、食事は食堂に来て欲しいんだ」
いつまでも餌を運んでこないのでメルエムに呼びつけられたマスターハンドは、別段、臆することもなく言った。
メルエムもネフェルピトーも、人肉を食いはするが、食事をしなくても平気だった。
だが、か弱い人間として生まれたコムギは日に日に痩せ細るので、自分の手元から離すのは耐えがたかったが、ネフェルピトーと共にコムギを食堂に行かせた。
特に騒ぎが起こることなく、コムギはネフェルピトーと共にメルエムの元に戻ってくるのだが、どういうところなのかと問うと、にこりと控えめに微笑むのだ。
「あの、みんな、優しくて……目の見えないワダすですが、色々教えて頂きまして」
コムギはそこで、スプーンの持ち方や嗅いだことのない食べ物の話などを聞いたそうだった。彼女の家庭環境が、あまりにも酷いものだったとよく分かる。
「そうか、それはよかったな」
とメルエムはさり気なくそう返すと、コムギははい! と元気よく言った。
その表情を見て、メルエムは思わず笑った。コムギは小首を傾げている。……他者のためによかったと言える相手がいるとはな、とメルエム自身、自分の言葉に驚いていたからだ。
「今日も、軍儀を打ちますか?」
メルエムの笑みをどう捉えたのか、珍しくコムギからそう言ってきた。
「ああ、そうだな」
そんなやり取りを、ネフェルピトーは少し離れた横で立って見守っていた。
彼女も少し雰囲気が変わったような気がした。最初会った時は、人というよりは獣に近かった。今でも、猫のような動きや目配せの仕方はあるが、コムギをみつめる時の目は特に、母猫のようなそれとよく似ていた。
「コムギ、欲しいものはあるか」
メルエムは軍儀を打ちながら、毎回問いかけてる言葉を掛けた。
「いえ、特にはございません」
まるで、軍儀を打てるだけで充分、というかのようにコムギはいつもそう答えた。
「お主が勝ったら、なんでも欲しいものを与えよう」
とメルエムが言っても、コムギはお言葉だけで嬉しいです、とだけ答えた。
「ワダす、メルエム様とこうして軍儀を打てるだけで幸せ者ですから」
「そうか」
メルエムは、さすがにこの会話の繰り返しに飽きていた。どうしたものかと思考を巡らせていると、軍儀のコムギの一手によって、またメルエムが負けたことが判明した。
「詰みだ」
メルエムは無感情に言い放つ。
コムギを殺すことはとうになかったものの、メルエムは一切、手は抜いていなかった。だが、勝てない。コムギは、丁寧に頭を下げた。
「対戦ありがとうございます。次は……」
「いや、今は休め」
メルエムは、コムギに何度も軍儀を挑むことが常だった。コムギもそう思ったらしく、すぐに次の試合に掛かろうとしたところを、メルエムは止めた。
「分かりました、メルエム様」
それから手探りで自分の杖を拾い、ふらふらと立ち上がったところを、支えるようにネフェルピトーが横に並んだ。
「待て、ピトー」メルエムはネフェルピトーへ目を向けた。「お主は分かるか。コムギの欲しいものが」
思わぬ質問に、ネフェルピトーは一瞬動きを止めた。
しかしネフェルピトーは疑問を口にせず、コムギをその場に立たせてから、素早く膝まづいた。
「お言葉ですが、メルエム様……」
と重々しく口を開いたネフェルピトー。
その様を見て、メルエムは、前にネフェルピトーを尻尾で殴打したことを思い出していた。殴ったくらいでは死なないのがネフェルピトーだが、無礼を働きたくはない、という気持ちのほうが強いらしかった。
「お主は、コムギとよく食堂に行っている。余は、コムギのことが知りたいだけだ」
出来るだけ、優しい言い方をしたいのだが、メルエムは本来支配を目的に生まれたキメラアントの王。他に言い方も思いつかずにメルエムが目を逸らすと、コムギが慌てたように手を前に振った。
「そ、そんな、メルエム様……! ワダすのことは、お気になさらずに……!」
「余は、ピトーに訊いているのだ」
とたんにコムギは崩れるように座り込み、何度も頭を下げながら、申し訳ねぇですと謝り始めた。
一方のネフェルピトーは、ためらいがちに、やっと、こう告げたのだ。
「本、でしょうか」
「本……?」
本とはどういうものなのか、メルエムは知ってはいた。だが、コムギは全盲である。本など読めるはずがなかった。
「そ、そんな……それは、ただ、ヘレナ様とお話頂いただけのことでして……」
一向に頭を上げないコムギが、おどおどとそう言う。
どういうことだ、とメルエムがネフェルピトーを見やる。
「食堂には、コムギ様と同じ、全盲の人間がいるのです。その者の話によりますと、全盲でも読める本があるとのことでした」
「ほう」ネフェルピトーの説明に、メルエムは顎に手を当てた。「明日、食堂に行った時、その者を連れてこい。本を持って来させるのだ」
「え……」
「かしこまりました、メルエム様」
メルエムの発言に、コムギはとても驚いた顔をし、ネフェルピトーはいつものように返答をする。
メルエムは、全盲の人間がどのように生きているのか、少し興味が湧いていた。